お嬢様編
お嬢様編:第七話:桜は散れども新入生(7)
翌日――二度目の登校。
佐倉幸太は不良に絡まれていた。
門に入ること二歩目で絡まれた。それは見事な手際で退路まで塞がれている。
周りの生徒は誰も助けてくれない。誰もが関わりたくないと早足で去っていく。
このご時世、正義の味方なんて酔狂な者はいないのだろう。
「ねーぼくちゃんさー、お金貸してくれない?」
メイドの雨季が読んでいた漫画でも、同じ台詞を言っていたのを思い出す。
相手は三人。だらしない服装。ニヤニヤと他者をなめきった態度。
本当に呆れる。こちとら所持金二百円しかないというのに、こいつらはそれを貸せときた。
「おい、財布だせよ」
しかし、よくよく目をこらして見てみれば、彼らの手首には高級時計。陽の光を受けて革靴が光ってらっしゃる。
お金に困ってるとは到底思えない。
「えーと、悪いけど金はないんだ」
そう言って、彼らの脇を通り過ぎようとする。
「おいおい、嘘つくなよ。お前さっきメイドに送ってもらってたじゃん」
「そうそう、金持ちの特権だよな」
「羨ましくないんだからねっ!」
三人の不良がすかさず進路を妨害してくる。一人だけ涙目なのは太陽が眩しいからだろうか。
「いや、本当にないんだって」
しつこい不良に幸太は真剣な表情で言うが、彼らは一向に信じようとしない。
「嘘つくなって言ってんだろ!」
「今すぐここで飛んでみろ!」
「ぴょんぴょんってはねろよ!」
一人だけ不良にしては、やけに可愛いことを仰るやつがいる。
それにしても、まあ……雨季の漫画みたいな展開だ。
抵抗するのも面倒なので幸太はぴょんぴょん、その場でジャンプした。
その行動を見て不良たちが驚愕の表情を浮かべる。
「まじかよ……」
「うそだろ」
「空が青いなー」
やはり不良とは思えない奴が一人混じってるが、それよりも、なぜ驚くのか。
「……なんだよ?」
「いや、だって、ありえない」
「ああ……こいつマジかよ」
「おっ、あの雲。シュークリームみたいだ」
雲を掴もうとしてる不良がいるが、雨季の漫画にもこんなヤツはいなかったはず。
狼狽している不良たちは幸太を指さすと、恐る恐る口を開いた。
「こいつ、札束落とさなかったぞ」
「ああ、昨日のやつは三百万落としたのにな」
どこの金持ちをカツアゲしたんだ。そんな大金持ってる高校生がいたら引くわ。
あたかも皆が持ってるようなことを言いやがって、こいつらには常識というものがないのだろうか。
「三十人目にして初めてだぜ。札束を落とさなかったやつはよ」
「三百万しか落とさなかったヤツも相当な貧乏だと思ったけど、こいつは更に上をいくぜ」
――三十人? 常識ないのは自分のほうですか? あれ、あれ。
所持金二百円の幸太は動揺する。この国では、飛んだら札束を落とすのが普通なのかもしれない。
「いや、悪いな。本当に俺って貧乏なんだよ」
こづかい五百円アップに一喜一憂していた幸太は、とてつもなく自分が貧乏だということを知った。
泣きそうな幸太を見て、不良たちはバツが悪そうに、
「いや、おれ達も悪かったな! ははは……」
「おう、世の中、金だけじゃないからな」
「愛は金で買えない、とテレビで言ってたぞ」
同情が痛い。しかも、カツアゲしてきた相手だと尚更だ。
「あっ、これやるよ。昨日カツアゲしたヤツが持ってたもんだ」
リーダーっぽい不良が拳銃を手渡してくる。
――いや……なにこれ。この国では禁止されてるはずだけど。
「これな。ライターなんだぜ! お前タバコ吸う?」
ライターと聞いて幸太はホッと安堵のため息をついた。
「ほら、おれ達、健全な不良だろ。だからタバコ吸わないし使い道ないんだよな」
幸太も吸わないが、そもそも、いらないくせに奪うのはどうかと思う。
「俺も吸わないからいらないよ」
「……そ、そうか。じゃあなにがいいんだ」
「おれ達って金持ちだから結構いいもんやれるぜ」
カツアゲされていた、はずだが……どういった展開なのだろうか。
なぜこうも優しいのだろう。あれか、普段悪さしてる連中に限って優しいってやつか。
いや、でも、札束落としてたら奪われていただろうし、優しくもないのか。
「どうするよ? こんな金持ってないやつ初めてだからわかんねえよ」
「おれに言われてもわかんねえよ。お前がこいつからとるって決めたんじゃねえか」
混乱する幸太から少し離れて相談する二人の不良。
一人は「雲は甘いのだろうか……」と呟いて校舎に入っていった。
二人の不良を気の毒に思った幸太は、
「ほしい物なんてないから、もう行ってもいいか?」
振り向く不良二名。
「なんでよ?」
「おいおい、そりゃないだろうよ」
怒りの形相で近づいてくる。
「おれ達が必死に考えてるのに、お前がそれ言ったらダメだろうが」
「気持ちを踏みにじるのか? お前はそういうヤツなのか? おれ達が不良だからそう言うのか?」
幸太はリーダーっぽい不良に胸ぐらを掴まれた。
「いや、もう予鈴鳴るし、遅刻したらダメだろ?」
「そんなもん金渡せばどうにでもなるだろうがっ!」
「差別か、おれ達が不良だからかっ!」
「意味わかんないよ! お前らがなにしたいのか、全然わかんないよ!」
幸太は殴られたらたまらないので、とりあえず不良の腕を掴むとひねり上げた。
「あぐぁ――」
顔を苦痛に歪める不良。
「あっ、てめえ、人の気持ちを踏みにじっただけじゃなく、暴力まで振るうのか!」
「いや、そっちが……」
「ぐぅ、くそっ、くそっ、てめえみたいな真面目なヤツが将来犯罪者になるんだ」
幸太に腕をとられたリーダーっぽい不良が涙目で呟く。
「そうだ! おれ達が犯罪者予備軍なんじゃねえ! おまえらみたいな真面目ぶったやつが犯罪者予備軍なんだよ!」
ムカッてきたので思わず手に力を込めてしまった。
「あぐあああぁぁあぁああ――」
激痛で叫ぶ不良、無関心を装っていた周りの生徒の視線が集中する。
「や、やめてやってくれよ! おれ達がなにしたんだよ! 頼む、そいつを放してくれよ!」
地面に財布を置いて土下座する不良。
「ゆ、ゆるしてくだふぁい……」
鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしたリーダーっぽい不良が謝罪する。
そんなに痛くしているつもりはない。力だってそんなにいれてないのだ。
「そんなに痛いかな」
小さく呟いて手を放してやると、
「こ、これで許してください」
どこから出したのか、札束で山を作って差し出してきた。
「か、かんべんしてやってください」
財布だけじゃない、腕時計も靴も値が張りそうな物を全て差し出してくる。
なんだろう、カツアゲされていたのに、する側になってしまっている。
どこで間違えたのだろうか。なぜ、あんなに痛がったのか。こいつらの防御力は一しかないのか。
周りの生徒の視線が痛い。これはよからぬ噂をたてられるのは間違いない。
――どうにかしなければ……。
「いや、そんなのいらないから……とにかく、教室に行きたいだけなんだ」
「ゆ、ゆるしてくれるんスか?」
「まじっすか?」
土下座したままの二人に幸太は言った。
「許すもなにも怒ってないから。だから立ってくれ。頼むから……」
「ありがとうございます!」
「このご恩は一生忘れません!」
不良たちは素早く札束やらを片付けると立ち上がった。
「そ、それじゃ失礼しました!」
「授業頑張って下さい!」
不良たちは全速力で逃げていく。
残された幸太は周りの生徒に「演劇の練習です」と言いながら校舎に向かうのだった。
○
逃げるように校舎に入っていく幸太を見てる者がいた。
十六神女――華堂陽奈である。
「なんて野郎だ……」
不良を土下座させて、それを見下ろす姿は悪党そのもの。
メガネに隠されてはいたが、あの目は笑っていたに違いない。
「あんなヤツのところで姉さんは……」
きっと着せ替え人形のごとく弄ばれているのだ。
あの男はしている。絶対に姉を玩具にして笑っている。
幸太は一見、無害そうに見える。が、それは相手を油断させるためだろう。
隙を見せればあの不良たちのように、身ぐるみを剥がされ辱められてしまう。
姉を倒したほどだ。自分では敵わないかもしれない。あんな男に勝てるのだろうかと、不安が募っていく。
だが、それでも陽奈は姉を救い出さなければならない。
「姉さん……絶対に助けるから。あの男は私が倒してみせる」
物陰に隠れていた彼女は歩き出す。
途中、携帯が鳴った。
「もしもし?」
『昨日は悪かったな。ちょっと飼育係だったもんでさ』
愛しの姉から。だが、電話口の向こうにいる姉は本物ではない。
邪眼で操られた悲しき偽物である。
「いや、もういいんだ。必ず救い出すからさ」
『意味わかんないけど、あんがと。んでさ、メイド服についてだけど』
「うん」
『もう隠すのも面倒だし、本当のことを言おうと思ってさ』
「いや、姉さんわかってるよ。もう全部知ってる」
『えっ、マジで?』
「うん。あいつが邪眼の持ち主ってことも知ってるんだ」
『は? 邪眼ってなんだ』
「あとは……私に任せてくれ」
『なに言っ――』
通話を切る。これ以上、洗脳された姉の声を聞きたくはなかった。
次に電話をするときは、昔の姉に戻っているはず。
例え邪眼が相手だろうと、
「私が勝つ」
陽奈は颯爽と校舎に入っていくのだった。
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