幸太はアリスと共に、自室に戻ってきていた。
食堂の険悪な空気に比べて、ここは穏やかな空気に包まれていた。
幸太とアリスは床に座布団を敷いて向かい合わせに座っている。
「そういえば、こっちに来るのは一ヶ月先じゃなかったか?」
「旦那様の命を狙っていた不逞の輩を予定より早く捕まえましたの。それで予定より早めにこちらに来させて頂きましたわ」
「へぇ〜、親父相変わらず命狙われまくってるんだな」
父の命が狙われるのは日常茶飯事なので、幸太はさほど驚かなかった。
そんな態度の幸太を見ても、アリスは不思議とは思わない。
なぜなら……。
「姉さんも懲りないな……もうどれだけ刺客を放ったんだ?」
「そうですわね。二十人ほどだったでしょうか……絶え間なく送り続けてくるので忘れましたわ」
ロールを巻いた横髪を指に絡めながら言った。
相変わらずの姉に複雑な笑みを浮かべると、
「他の皆はどうした?」
いつも忍びみたいにどこかに息を潜めているアリスの部下が見当たらないのに、幸太は不思議そうな顔をして聞いた。
「食堂ではないでしょうか? 久々に彼女達にも会ってやってくださいな、喜びますの」
「そっか、食堂にいるんだ……」
少し嫌な汗が額に浮かぶ。
父母と一緒に暮らしていた時から、彼女達――メイド隊と冥土隊の仲が良い所など一度も見たことがない。
出会う度に罵り合い、すれ違う度に足を引っかけ合ってたぐらいだ。
料理には毒を仕込み、靴には画鋲、たちまち抗争へと発展していた。
少し胸騒ぎがした幸太は立ち上がると、
「食堂に行こうか……?」
「わかりましたわ。お供をさせて頂きますの」
素直に頷くと立ち上がり背後に立つアリス。
幸太は食堂に向かって歩き始める……どうか思い違いであってほしいと、足取り重く部屋をでたのだった。
○
幸太の思いは見事打ち砕かれる事態となっていた。
既に食堂はいつ爆発してもおかしくないほど、張り詰めた空気が支配し、殺気が充満していた。
明日香の背後に立つ冥土達が黒刀の柄に手を添えて、殺気を夜菜達に向けて放っていた。
目の前に立つ四人のメイドに明日香がまず口を開いた。
「メイドは主人に尽くさねばならん。だが――お主達のしていることはなんだ?」
「幸様に尽くしまくってるっての! お前達こそ、戦闘以外じゃからっきしじゃねぇか」
明日香の言葉に、夜菜が反論する。
夜菜にしては、よく我慢しているほうでいつ殴りかかってもおかしくないのだが、躊躇ってしまうほど彼女達の戦闘力は凄まじい。
それこそ、やるからには死を覚悟しなければならない。
身の回りの世話に特化した佐倉家メイド隊。
主人の盾となり、剣となるべく戦闘に特化した佐倉家冥土隊。
だからと言って何も出来ない訳じゃなく、ある程度の基礎は覚えている。
だが、メイド隊と比べれば、やはり見劣りする。
常人からみればわからないほどの差なのだが……。
「そうか、お主は確か若殿の護衛だったな? 残念だが、お主はクビだ。新しい就職でも探してくるがいい」
挑発するようにほくそ笑む。出て行けとでも言いたげに扉に手を向けた。
その仕草を見て、ぎちぎちと歯ぎしりを始めた夜菜は地団駄を踏み始める。
「相手の挑発に乗ってどうするのです」
クイッとメガネを押し上げて雨季が颯爽と横から割り込んだ。
邪魔だった夜菜を突き飛ばし、明日香を睨みつける。
「確かに夜菜さんはいりません。ですが、あなた達はもっと必要ないのです」
反論は許さないとメガネの奥から見える瞳から、凍てつくような視線を送っていた。
「お主は教育係だったな。しかし、こんな物ばかり集めているのでは、仕事を全うできていないと思うのだが?」
エプロンのポケットから写真の束を取り出し、両手で広げて見せる。
そこには幸太の寝顔が写っていた。瞬く間に顔を紅く染めて、岸に釣り上げられた魚のように口をパクパクさせた。
なぜコレクションが明日香の手にあるのか、そもそもなぜ、選別に選別を重ねたお気に入りの写真トップ一〇〇を持っているのか、訳の分からなくなった雨季は、写真と明日香を交互に見始めた。
混乱する雨季などどうでもいい明日香は、大事そうに再び束ねて、そそくさとポケットに仕舞い直し、再び雨季に視線を向けると、
「これは没収させて頂く」
「え?」
その言葉を聞いて雨季は思わず間抜けな声を発してしまう。
だが、すぐさま気を取り直して、
「ふっ、ふざけないでください! 返してくだ――くぇっ」
明日香に飛びかかろうとしたが、襟を唐突に掴まれた。
「げほっ、なっん、なんですか?」
首をさすりながら、涙目で後ろを振り向くと……そこには、先程よりも憤怒の表情を浮かべた夜菜がいた。
「おぉい……てめぇ、幸様を隠し撮りしてやがったのか?」
「な、なんのことでしょうか? 私は一切なにも知りません」
「嘘つくんじゃねぇよ! てめぇ職権乱用してんじゃねぇよ!」
「人聞きの悪いことを言わないでください。幸様を無理に起こすのは可哀相だと思い。写真を撮っただけです」
「意味わかんねぇ! とりあえず、てめぇは死んどけ」
殴りかかる夜菜を見て、香月とすみれは溜息を吐いた。
「役立たずなの」
「まったくです〜、それにしても許せないですね。あのペチャパイは幸太様の写真を独り占めしちゃいましたよ〜」
香月は明日香を指差しながら言った。
常に笑みを絶やさない女性なので、怒っているのか機嫌が良いのか表情から知ることはできない。
だが、声音には微かに怒気が含まれていた。
そして、香月の言葉を聞いたすみれは、驚愕の事実を知り目を見開かせていた。
「本当なの……自然な動作で独り占めしてたの……」
「気づいてなかったんですか? メイド長しっかりしないとダメですよ〜?」
「わかったの。少し言ってきてやるの」
と明日香の近くまでひょこひょこと歩を進める。
三歩ほどの距離を空けて立ち止まると、
「写真を寄越せなの。お前のようなカスが持ってていいものじゃないの」
手を差し出して、クイクイと急かすように指先を動かした。
単刀直入に言ったすみれに驚きもせず、相変わらず涼しげな表情を浮かべて、
「いいものを見せてやろう」
バカにするように薄笑いすると、エプロンのポケットからある物を取り出した。
すみれは怪訝な表情を浮かべたが、次の瞬間差し出された物を見て、その表情は一変する。
「…………」
硬直するすみれを見て、
「模範となるべきメイド長が、こういうことをしてはいけないな」
それは一枚の写真だった。
そこにはすみれの寝ている姿が写りだされている。
だが、写真をよく見れば微かな違和感に気づく、それは……すみれが抱き締めているものだ。
「若殿を慕う気持ちはわかるが、抱き枕を作るとはな……」
そう、幸太の抱き枕に抱きついて眠るすみれの姿だった。
その言葉に香月が近づいてきて、写真を覗き込んだ。
「ほえ〜、よくできてますね……私も一つほしいです〜」
「確かによくできている。我もほしかったが私物を没収するわけにもいかないのでな。写真を撮るだけにした」
香月と明日香は羨ましそうにお互い頷いた。
すみれは恥ずかしいのか、顔を俯けている。
「おほんっ、そういう訳でメイド長失格だ」
「それはちょっと強引すぎます〜」
顔を俯けるすみれを守るように、立ちふさがった。
「あれでメイド長失格なら、あなたはどうなのですか〜?」
ニタリと悪い笑みを浮かべる香月を見て、明日香は眉間に皺を寄せた。
もぞもぞとポケットを探り出す香月、なにが入っているのか、なかなか目当ての物が見つからないようだ。
「あっ、これです〜。これこれ〜」
それは一枚の写真だった。
なんてことはない一枚の誰かが寝ている写真。
だが、この屋敷に住むメイドならば誰でも一目でわかるだろう。
「幸太様の部屋に侵入しましたね〜?」
満面の笑みを作り、写真を差し出した。
それは、幸太の天蓋付きベッドで寝る明日香の姿があった。
「……知らん」
瞳を泳がせ、あからさまに動揺すると顔を背ける。
「う、うまくできた合成だな。わっ、我は騙されん」
自身の手を絡めながら、先程とは違い落ち着きを無くしていた。
挙動不審な態度を見て、
「これを【獅子の女王】が知ったら、なんて言うのでしょうか〜」
ビクッと身体を揺らした明日香を見て、香月は更に笑みを深めるのだった。
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