メイド編
メイド編:第六十九話:スキとデレと謎(完)
「メイド法みたいなの作ったほうがいいかな。仲間割れ禁止とか……」
幸太は腕を組みながら真剣に考える。もしかすると、今回のすき焼きパーティーのせいで死者がでたかもしれない。
というよりも、今まで死者がでなかったことが不思議なのだ。
なるほど……これが女性の――いや、メイドの神秘というやつか。
幸太は変に納得した。
「そういや、食材袋忘れたままだったな」
歩いている途中に思い出して、あの破壊された部屋に戻ることにした。
歩くこと三分ほど。破壊された部屋は簡単に見つかった。
扉がないから見つけやすい。直すことになるメイドは大変だな、と幸太は同情する。
目的の袋も見つけた。幸太はそれを掴むと踵を返す。
「さて、これで勝者は俺になるのかな」
ほとんどのメイドが食堂でアウラに潰された。
残っていた者たちも、来る途中に自滅したり、夜菜たちに倒されてしまっているだろう。
食堂に向かおうとした幸太だったが、入り口に立つ女性を見て後ずさった。
「ようやく見つけましたわ」
忘れていた。戦闘冥土隊、獅子の女王、アリス・ヘディナ・ヘリオス。
この疲れ切った状況で彼女から逃げ切れるだろうか。
答えは否だ。やっかいなメイドが生き残っていたものである。
「ちゃんと戦いましたの。そのような目で見られるのは心外ですわ」
ドサッ――大きな袋を床に下ろしたアリスが胸を張る。
「勝って勝って勝ち続けましたわ」
「疑ってなんかないけど……今までどこにいたんだ」
「愚かな部下たちを叩きのめしていましたの」
部下に下克上でもされたのだろうか。
ここのメイド達はいろいろと問題が多すぎる。あっさり上司を裏切りすぎではないか。
「大変だったんだな」
「さすがのわたくしも危なかったのですが、幸太様のお声が聞こえて耐えましたわ」
幻聴まで聞こえるなんて相当追い詰められたらしい。
「それで……俺をどうするつもりなんだ」
「頂きますわ。それはもう美味しく……」
腰に差した刀の柄に手を添えた彼女の姿は美しかった。
無駄のない洗練された動き。部下といっても全員が相当な手練れ。
それを相手にしたはずなのに、疲れをまったく見せていない。
幸太は気圧されて後ろに下がった。
するとアリスが一歩踏み出し、徐々に追い詰められていく。
「待ってくれ」
「なんですの?」
「それ以上はこっちに来ないほうがいい」
「意味がわかりませんの。みすみす目の前で獲物を逃がすほど、わたくしは甘くありませんわ」
「なら、一つだけ言わせてくれないか」
「認めますの」
発言を許しても、アリスには隙が生まれなかった。
逃げようとしても、いつでも懐に飛び込める。そう言いたげだ。
「アリス」
幸太は神妙な顔をして口を開く。
「…………」
いつもと違う雰囲気にアリスは警戒をあらわにする。柄に手を添えたまま、いつでも抜刀できる体勢を作った。
「大好きだぁぁぁぁぁぁぁ」
幸太は腹の底から叫んだ。ビリビリと空気が揺れる。
アリスは顔を真っ赤にしてぽかーんと呆気にとられた。
その隙に幸太はアリスにむかって突進。
「なっ」
飛び込んでくる幸太を受け止めようと、アリスは腕を広げた。
「すまんっ!」
「えっ」
細い腕を掴んで引き寄せると、幸太とアリスの位置が入れ替わった。
幸太はそのままアリスの食材袋を掴むと、彼女に向けて放り投げる。
「アリス。ごめんな」
「なにを」
逃がすものかとアリスが柄に手をかけたとき、床が変な音をあげた。
「なんですの?」
怪訝に思ったアリスが足下を見たとき、床には無数の亀裂が生まれていた。
「これは……謀りましたわね!」
しかし、床が崩れる前にアリスは幸太を捕まえる自信があった。
踏み込んで跳躍しようとしたとき、足下にドサッ――重い音がした。
アリスが部下を叩きのめして集めた食材が入った袋だ。
「チェックメイトだ」
食材袋の衝撃で床は完全に崩れる。
「いやあああああああああ」
アリスはそのまま奈落の底へと落ちていった。
「さてと……」
夜菜が集めた食材袋を手に幸太は部屋をでようとした。
しかし、一歩踏み出しても足の裏に床の感触が返ってこない。
恐る恐る足下を見ると、そこには床はなく、暗い闇だけがあった。
「あれれ~?」
ヒクヒクと口角を引きつらせる。どこかに掴まろうと手を伸ばしてみるが、そんな都合のいいものがあるはずもなく。
「ちくしょー! 逃げ切ったのにいいい!」
必死で生き残ろうとした幸太も奈落の底に落ちていくのだった。
○
彼女は泣いていた。それはもうワンワンと泣いていた。
「不覚……あのような音に敗北するなど」
ダンダンとベッドに拳を叩きつけながら、彼女――円城寺明日香は悔し涙を流していた。
「もっと鍛えなければ。二度と負けぬよう力を……」
大事な写真まで奪われた。頑張って隠し撮りしたものなのに(犯罪です)
「これも私が不甲斐ないばかりに、若殿の写真が~写真が~」
しかも、あのちんまいメイドは写真だけを奪って、食材を忘れていったものだから、余計に腹が立つ。
「チャンスをくれてやる、とでも言いたいのか!」
糸こんにゃくを握りしめながら明日香は怒りを露わにする。
簡単に写真を奪われてしまった自分が情けない。
「こうなれば奪い返してやる。私の力を見せてやるぞ」
決意した明日香はベッドから下りると、姿見に近づき身なりを整える。
もしかすると、愛しのご主人様と出会うかもしれない。そのときに皺だらけのメイド服で姿を現すわけにはいかないのだ。
「よし、変なところはないな」
満足そうに頷きながら視線を天井に向けた。大きな穴があいている。
そこから二名のメイドが落ちてきた。明らかに欠陥だ。こうも簡単に天井に穴があくなど。
「建設メイド隊め。欠陥を造りおって……あとで斬り捨ててやる」
腰に刀を差し込むと、明日香は部屋をでようとして、足を止めた。
「む?」
妙な音が聞こえて天井を仰ぎ見た。
「きゃんっ」
かわいらしい悲鳴をあげて落ちてきたのは、明日香が所属する冥土隊の隊長だった。
「まったく、この穴はどこに繋がっているのだ。しかも、隊長とは……」
背中を強く打って気を失ったのを見て、深いため息をつくと、先ほど落ちてきた二名と同じ場所に寝かせる。
「しばらく辛抱してくだされ。今はすき焼きのせいで、救急メイド隊も出払っているのです」
アリスが落ちてきた場所には、食材が大量に入った袋もあった。
「おお、これは好都合」
しかし、ガラガラ――再び何かが落ちてくる音が聞こえた。
「またか!? どうなっているのだ!?」
落ちてきた人物に明日香は目を剥いた。
「ぐはっ!?」
「若殿!?」
棚からぼた餅とはこのこと。
うひょおおおおおおおお。明日香は心の中で歓喜の声をあげた。
「食材じゃ! 食材じゃ! 皆の衆! 天のお恵みじゃぞ!」
なぜか明日香は百姓の長になっていた。幸太を奪われてなるものかと、そのまま担ぎ上げた。
「食材も大量に手に入ったぞ~! 神のお恵みじゃ~!」
食材が入った袋も忘れずに持つと、明日香は全速力で部屋を飛び出していった。
食材略奪戦争に勝利したのは、冥土隊、漆黒の剣士、円城寺明日香。
彼女は後にこう語る。
「敗北を知らなければ、素晴らしいものは撮れない」
○
翌日のことである。朝早くに目覚めた幸太は自身の姿を見て驚いた。
「なんで裸なんだ。しかもなんかベタベタしてる……タレか? これタレなのか!?」
なにがあったのか、それは気を失っていた幸太にはわからない。
知るのは唯一人。冥土隊、円城寺明日香だけである。
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