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メイド編
メイド編:第六話:冥土隊参上(1)
 目が覚めると、見慣れた風景が目に飛び込んでくる。
 何も変わらない部屋、ここに移り住んでから変わる事のない部屋。
 壁に沿って並ぶ本棚とタンス、窓際の近くに置かれた黒机の上には、家族の写真が立っている。
 天蓋付きのベッドの隣に置かれている棚の上から、メガネケースを手に取る。
 大きなメガネだ。顔半分が覆い隠されてしまう程の大きさ。
 佐倉幸太はメガネをかけると、ベッドから降りて扉に向かって歩き出す。
 豪奢な観音扉に辿り着くと、黄金に輝くドアノブを握り締め、押し開ける。
 部屋からでると、紅い絨毯がまず出迎えてくれる。
 高さが三階ほどもある天井にはいくつものシャンデリアが吊されている。
 幸太は絨毯の上を歩き出す。
 視線の先には廊下の両脇に置かれた調度品の数々が飾られている。
 絵画の価値など一切わからないが、なんとなく高いと思わせる物も壁に掛けられていた。
 調度品や絵画に挟まれるように中央を歩き続けると、一階に続く階段が現れる。
 一階には食堂や様々な部屋があるが、大半はこの屋敷にいるメイド達の部屋がある場所だ。
 幸太は階段を降りずに、そのまま通り過ぎるとベランダに向かって歩を進める。
 まずガラス張りの扉があり、そこを抜けるとベランダに辿り着く。
 時刻は二十時、メイド達の姿が見当たらないのは、恐らく食堂に集まっているか、自室に戻って休憩しているか、屋敷の外で見回りをしているかだろう。
 屋敷内は完全に安全だという証拠でもある。
 幸太はベランダにでると、そこから見える景色を見つめる。
 街から隔絶されるように建てられたこの洋館からは、森しか見えないのだが、星がよく見える。
 ここに引っ越してからのお気に入りの場所でもあった。
 手すりに腕をかけると、心地よい風が頬を撫でていき、ぼんやりとする。

「幸太様、そのようなお姿では風邪を引かれますわ」

 幸太の背後から優しい声がかけられた。
 後ろを振り向こうとした時、ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「いつこっちに?」
「ふふ、先程着いたばかりですわ。旦那様や奥方様が、くれぐれも宜しく伝えておいてくれと言っておりましたの」

 後ろから抱き締めてくる女性に、幸太は振り向くことが叶わず夜空を見上げる。

「相変わらず抱きつく癖は治ってないんだな」
「そんなことありませんわ……わたくしが抱き締めるのは幸太様だけですもの」

 女性のどこか艶めかしい声音と共に、生暖かい息が耳にかけられる。
 穏やかな風が吹き、ブロンドの髪が闇夜で優美に宙を泳ぐ。

「彼女達はよくやっていますの?」
「たぶん……」
「ふふ、相変わらずですのね」

 慎ましく微笑む女性の声に、思わず笑みがこぼれてしまうが、

「そろそろ、離れてくれないか?」

 やっぱり恥ずかしかったのか、幸太は頬を紅く染めていた。

「あら、いいではありませんか……久々の再会ですのに……」

 と言いながらも幸太から一歩後ろに離れる女性、幸太はやっと後ろを振り向く事が叶ったのだった。

「久々に幸太様のお顔を拝見しましたわ。相変わらず抱き締めたくなる可愛いお顔ですわね」

 優しげな瞳で見つめてくる女性。
 闇の中にあって煌めきを失うことのないブロンドの髪、まるで宝石のように輝く黄金の瞳、肌も白くきめ細やかであり、表すなら優雅の一言が相応しい。
 肩には黒のフリル、胸の辺りにもフリルがふんだんに使われている黒のワンピースを着ているのだが、身体の線をそのまま強調する作りとなっている。
 胸から腰を際立たせ、彼女の魅力を余すことなく表現する服装であり、スタイルが良いことを窺わせる。
 腰には黒のエプロン、その周りには黒のフリルがついている。
 更に、エプロンの紐で黒い鞘に収まった日本刀を腰から吊していた。
 全てを黒で統一したメイド服だった。

「ここで長話もなんですの、そろそろお部屋に戻られたほうがいいですわ」
「確かに少し寒くなってきたな」

 幸太の言葉を聞いて、侍女のように背後に瞬時に立つと共にベランダからでていく。
 その時、強い風が吹き彼女の後ろ髪をなびかせた。
 髪に隠されていた、背に刻まれた文字が露わになる。
 そこには――黄金の【幸】の文字が刺繍されていた。
 幸太親衛隊序列【ゼロ】。佐倉家冥土隊【獅子の女王】アリス・へディナ・ヘリオス。
 三十名の冥土隊を引き連れ、幸太の元に堂々と馳せ参じたのだった。

    ○

 幸太がアリスと共に部屋に戻っている頃、食堂は騒然とした空気に包まれていた。
 一角を陣取る怪しげな集団。誰もが遠目に眺めている。
 唯一メイド達の中でも、堂々とした態度でいるのは、夜菜、雨季、香月、すみれの四名の上位メイドだけだった。
 否、食堂の隅で料理に毒をせっせと仕込んでいる富美と清音もいた。
 食堂の一角を占領している者達は、全身を黒く統一した冥土服を着ていた。
 夜菜が冥土達を見て、忌々しげに呟く。

「なんであいつらが来るんだよ? メイド隊だけだったら不安だってか?」
「そうかもしれませんが、それとも……」
「勝手に来たとしか思えないの」
「そうですかね〜、旦那様って幸太様に激甘ですから、ほいほい送ってきそうですけど〜」

 と様々な意見を交わし冥土隊を睨みつけていた。
 そんな中、一人の冥土がその視線に気づき、夜菜達に向かって歩いてきた。
 鋭い切れ長な目に、胸はないがどこか剣士のような雰囲気を纏わせている。
 腕には黒の腕章に【幸】の文字が入った紅い刺繍、その下には五つ星が並んでいる。
 幸太親衛隊序列【第三位】、佐倉家冥土隊【漆黒の剣士】えんじょう明日香あすか

「なにを見ている? グズなメイド共には、そんなに珍しい光景か?」

 後ろ髪を高い位置で結った明日香は、夜菜達の三歩前で立ち止まった。
 毒突く明日香に、短気な夜菜がまずキレた。

「あぁ? なんだ、てめぇ死にてえのか?」
「お主のような矮小な人間が、若殿の近くにいたら悪影響だと言うのに、旦那様は何を考えておられるのやら……。仕方無い我が斬ってやろうか?」

 と平然とした顔で言うと、腰にかけた黒い日本刀の柄に手を沿えた。
 その姿を見て、メイド長である、すみれが動いた。
 片手にはボルグルを握り締めて。

「いいの、すみれが相手してやるの」
「ふんっ、相変わらずのチビだな。お主のような赤子を相手にするつもりはない。去れ」

 その言葉に、すみれは身体を硬直させる。
 なんて非道い事を言う奴なんだと、余りの驚きに瞳まで見開かせていた。
 気の毒そうな目で、すみれを見つめる夜菜。

「メイド長を侮辱するということが、どういう意味かわかっているのですか?」

 メガネをクイッと片手で挟むようにして持ち上げ、雨季が睨みつけながら言った。
 
「我々の隊長は【獅子の女王】だ。そこのチビと同じにしてもらっては困るな」
「そういう意味ではありません。私達……メイド隊にケンカを売っているのか? と聞いているのです」
「ケンカだと? 勘違いしてもらっては困る。お主達のような弱者をイジメる趣味はないのでな」

 首を小さく振りながら嘲笑した。
 その瞬間、食堂の空気が一気に張り詰めた。
 物音を立てれば、今にでも戦争が始まりそうな雰囲気が漂い始める。
 雨季が腰を落とし腕を前に持っていく。夜菜も手を何度も握り締め殺気を放ち始める。
 そして、虚ろな瞳で明日香を睨みつけるすみれの姿があった。
 だが、そんな張り詰めた空気の中を、

「は〜い、質問です〜。明日香さんはどうして、そんなに怒ってるのかなぁ〜?」

 と手をあげながら夜菜達の後ろにいた香月がぴょんぴょん跳ねながら前に飛び出してくる。
 間延びした声に一気に張り詰めた空気が氷解すると、

「怒ってなどいない。ただ、なぜお前達が若殿の面倒を見ているのか、不思議に思っただけだ」
「だって仕方無いですよ〜。幸太様の世話は、私達が見ることになってるんですもん〜」

 自慢気に言う香月に眉間に皺を寄せると、

「なるほど……だが――」

 一息置いてから、ハッキリ聞こえるように言った。

「本日付で、我々冥土隊も幸太様のお世話をさせて頂くことになった」

 どこか勝ち誇るかのような笑みを浮かべる明日香、それとは反対に香月は顔を引き攣らせた。
 笑みを常に絶やさない香月にしては珍しい表情。
 そして――再び食堂は険悪な空気が支配するのだった。


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