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メイド編
メイド編:第五十九話:ヤンとデレと謎(8)
 前髪に髪留めをつけた娘はただジッと窓辺に立っていた。
 心地良い風が入ってくるが、ちっとも涼しそうには思えない。
「忌々しいわ。あの太陽のせいで汗が止まらない……消してやろうかしら」
 娘は物騒なことを呟いた。それはもう私の背後に立つな状態である。
「なに恐ろしいこと言ってんねん」
 短髪の娘が横から覗き込んでくる。
「別にどうもしないわよ」
 この暑い中で誰とも喋りたくない彼女は、ムッとした顔で短髪娘を睨んでみたが効果はないようだ。
 諦めたように肩をすくめる。
「こんな汗まみれの身体で幸太様に会いたくないだけよ」
「ふぅん。気にせんと思うけどな……」
「幸太様がどう思おうが関係ないの。私がイヤなのよ」
「じゃあ、紗英ちんは幸太様が汗臭かったらイヤなんか?」
「……別に気にしないけど。あと紗英ちん言うな」
「ならええやん」
「……良いのかしら?」
「ええんちゃう? なあ、タエ」
 短髪の娘が床でぐったりしてるデコ娘を見下ろした。
「そんなこたぁどうでもいいんですよー。紗英ちんが何を思おうが汗臭いのはかわんないだから。それよりもこの暑さどうにかなりませんかねー。本当にとろけちゃいますぜぇー」
 ヒヤッハーとか言いながらデコ娘は床を転がる。暑さで壊れかけていた。
「私が汗臭いって、あんたそう思ってるの? あと紗英ちん言うな」
 メイド熾天長筆頭――御厨みくりや紗英さえはこめかみに青筋をたてて転ぶデコ娘を睨みつけた。
 デコ娘はひょこっと立ち上がる、御厨紗英よりも頭一つ分低い為、見上げる形となった。
 鼻先を御厨紗英のメイド服につけて、すんすん鼻を鳴らす。そして顔を歪めた。
「うぇー、強烈な異臭がする」
「消してやる」
 紗英はデコ娘が逃げる前に首を掴んだ。そっとその手に自身の手を重ねるデコ娘。
「死んだら幸ちんに伝えて……三途の川の入り口で待ってるって」
「ご主人様のことを幸ちん言うなッ!」
「うぐぅ!? じまっでる! ずごいじまってるがら! ざえぢんッ!」
 じたばた暴れ始めたデコ娘。顔は真っ青である。
 本当に殺しそうな勢いの御厨紗英に、慌てて短髪娘――メイド熾天長、御厨みくりやノエルが止めに入る。
「紗英ちんあかんて! ホンマに死ぬで!」
「だから、あんたも紗英ちんって呼ぶな!」
「わかった! わかったからはなしたれ! 白目剥いてるやん! 死にかけてるって!」
 羽交い締めにされて紗英はようやくデコ娘――メイド熾天長、御厨みくりや美絵みえを解放した。
「じぬかと思った……」
 目尻に涙を浮かべて美枝は首をさすっている。
「まったく気をつけなさい。ただでさえ暑いのに余計暑くなったじゃない」
「でも、紗英。幸太様ホンマに来るんか? 予定の時間過ぎてもたけど」
 殺意を込めた視線を美枝に向け続けている紗英に話題をふるノエル。
「それもそうね。本当ならもうここに来てもいいはずなんだけど」
 手首につけた時計を見て、心配になったのか声音は不安そうだ。
「なにかあったんやろか?」
「墜落でもしてたりして」
 と、美枝が言って、紗英の汗がみるみるひいていった。
「す、すぐに救助隊を呼ばなきゃ……佐倉二葉様の第二幸太激ラブ艦隊? ううん、桜坂幸太独立艦隊のほうが近いかも」
「落ち着き。しかも、物騒な連中ばっかりやないか」
「でも、選り好みしてる場合じゃないわ。ここは連中に借りを作ってでも……」
「アホ。あの連中に幸太様渡したら返ってけえへんで」
「大丈夫よ。すぐに強襲部隊を派遣するから」
「戦争する気なんか?」
「いつでも始める準備はできてるのよ」
 言い争う二人に大きくため息をついた美枝は、ぽりぽりと頬をかきながら口を開いた。
「いやー二人共、別に本気で言ったわけじゃないんですが――うっ!?」
 ガッ――再び美枝は首を掴まれた。
「よくもこんな状況で嘘をつけたものね」
「嘘というか可能性の話をしたわけで……」
「可能性? 可能性ってなに? あんたの首が折れる可能性のこと?」
「いやいや……紗英ちん眼が怖いですよ。本当にくびがじまっだ!?」
「ええ加減にせえ」
 パシッ――と軽く紗英の頭を叩くノエル。
「なんで、あんたはそんな冷静なのよ?」
 ジト目で短髪娘を見やった紗英だったが、ふとある場所に視線をうつした。
「あれは静香? と来夏かしら……」
 紗英は手の力を緩めて美枝を放した。
 イエルもその言葉につられて背後を振り返った。
「ホンマやな……しかも、来夏に引きずられてるで?」
「げぼげほ――あーホントですね。来夏のヤツ顔すっごい真っ赤にさせてますよ。あの子体力ないからなー」
 
 ずるずると静香を引きずりながら、高月来夏はようやく三人の前に到着した。
「なんで手を貸してくれないのですか!」
 ぜーはーぜーは――来夏は荒い息を吐きながら非難の声をあげる。
「だって暑いから」
 と、紗英は言った。
「これ以上暑くなりたくないねん」
「汗かいちゃったら幸ちんに汗臭いって言われるから」
 美枝が楽しげに言う。
 ジロリと美枝を睨んだ紗英だったが、小さく首を振る。
 今は咎めている状況ではない。なぜ、静香をひきずってきたのか聞かなければ。
「来夏。状況を説明しなさい」
「はあ、静香姉様を引きずってきたですよ」
「なぜ、引きずってきたのか説明しなさい」
「えーと、気を失ってたからですよ」
「そ、そう……なら、なぜ気を失ったのかしら?」
「そりゃ、すごい事が起きたからですよ」
「……あんたケンカ売ってんの?」
「売ってませんですよ」
 頬をぷるぷる揺らしながら来夏は顔を横に振る。尋常じゃない汗をかいていた。
「なら、一度に全部説明しなさいよ!」
 飛びかかろうとした紗英をノエルが羽交い締めにする。
「ほら、落ち着きって。来夏も悪気があったわけじゃないんやし」
「そーですよ。来夏が怯えちゃってるじゃないですか。まったくこれだから短気はやなのよねー。来夏もそう思うでしょ?」
「はいです。そこの窓から飛び降りてしまえって感じですよ」
 同意を込めて頷いた来夏は窓を見た。ここは三階である。窓から下を覗けばコンクリート。落ちれば即死、または瀕死。
「消してやるッ!」
「あかんて! 悪意に満ちとるけど我慢せえ!」
「なぜ!? このちんちくりん共に好き勝手言われて我慢しないといけないのよっ!」
 紗英が目の前でジャンケンを始めた二人を指差す。
「幸太様のこと聞くんやったら我慢せえ!」
「ぐっ……」
 暴れていた紗英がノエルの言葉におとなしくなった。
「来夏……なにがあったか言いなさい」
 拳を震わせながら紗英は我慢していた。
 来夏は数秒ほど首を傾げて手を叩いた。
「あー忘れてたですよ。仕方がないから教えてあげるです」
 コイツ絶対あとで消してやる。と紗英は心の中で誓った。
「幸太様が暴君になられたです」
 三人のメイドが顔を一斉に引き攣らせる。
 来夏はそんな三人の前に、無残な姿となった姉を置く。
「んしょ……んしょ……見て下さいです。狼の耳と尻尾をつけられてるです」
 ぐったりしていた静香の頭を指差し身体をうつ伏せにさせて、尻尾を握ってふりふりした。
 それを見て慌てたのはノエルだった。
「どないすんねん! 紗英! 紗英! 紗英!」
「そ、そんなに耳元で怒鳴らなくても聞こえてるわよ」
 顔面を蒼白にさせたノエルを、左手で制して紗英は顎に右手をあてた。
「紗英ちん……墜落よりも最悪な状況ですよ」
 そんな三者三様の反応を見た来夏が、
「来夏達はぱいろっとだったので、本来ならこっくぴっとからでなければ被害を受けずに済んだはずなのです。でも静香お姉様は……骨付き肉におびき出されて、こんな姿になったですよ」
 語るも涙。聞くも涙である。
 もちろんバカな姉のせいで苦労した来夏への同情の涙である。
「でも、来夏はそんなバカな静香お姉様と残念なことに姉妹です。面倒だったのですが連れてきてやったですよ」
 溢れる涙を袖口で拭いながら来夏は語る。
 その肩に手を置いて美枝がうんうん頷いていた。
「それで幸太様は今どこにいるの?」
 紗英が聞いた。
「えーと。クマちゃんGO! とか言いながら軍人さん達を追いかけてたです」
 その隙に静香を引きずってここまで来たのだと言う。
 紗英が気になる単語を耳にして首を傾げた。
「軍人?」
「リリヴァさんの部隊の人達です」
「そういえば、休暇でこちらに遊びにきてるとか聞いたわね」
「それで、今はそいつらが生け贄になってくれてるんやな」
「でも五分や十分で、来夏が静香さんを連れて来れるわけないですよ」
 美枝の最後の台詞に来夏は頷いた。
「来夏がここまで来るのに大体一時間ぐらいですよ」
 途中で静香を坂道で転がした時、大きな岩に思いっきりぶつけたらしい。
 そのあとも色々と起きたらしいのだが、ぶつぶつ喋る来夏を紗英達は無視していた。
「どないすんねん? ウチはイヤやで犬とか猫やったらええけど、ウチの場合は馬やったんやからな。仰向けにされて馬乗りされて走れやで。どうやって動けっちゅーねん」
 と、不満そうな口調の割には、楽しい思い出をノエルは語っている感じだ。
 なので、紗英はこちらも無視した。
「あたしはネズミでしたね。ひたすらちゅーちゅーしてました」
 天井に視線を彷徨わせながら美枝も嬉しそうである。
 こいつら……と思っていると急に二人が紗英に視線を向けてきた。
「な、なによ?」
「紗英はなんやったん?」
「紗英ちんはなんだったんで?」
「…………ウシ」
 小さな声だったが、辺りが静まり返っていたからか、二人の耳にはしっかり届いたようだ。
「ウシってなにするん?」
「もしかして……あれとか……」
 紗英は顔を真っ赤にさせると、
「二人が知る必要はないのよッ!」
 誤魔化すために精一杯声を張り上げたのだった。


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