日用品から白兵戦用ハンマーまで、様々な品を取り揃えている大型デパート。
外観はハンマーを横たえたようにしていて、頭の部分は事務所となっているのか、窓から見える内部では、制服を着た社員が忙しそうに走り回っていた。柄の部分には様々な店舗が展開していて、換気用の窓がそこかしこに取り付けられている。そこは、食料品からハンマー専門ショップまで幅広い種類の店舗が入っているデパートだった。
幸太は自動ドアをくぐり抜けると、人の多さにげんなりとした表情を浮かべた。
今日はバーゲンなのか、天井には【開店五周年記念】と書かれた段幕が吊り下げられている。
両脇には、様々な店舗が入っていて、どれも人がごった返すように溢れていた。
店舗に挟まれるように幅十メートルの廊下が奥まで繋がっていて、その中央には、観葉植物と共に長椅子がいくつも置かれているのだが、そこ周辺では、子供が走り回り老若男女……様々な人々が椅子を埋め尽くすように座っている。
――歩く場所がない……しかも、暑すぎる。
まるで花火大会のような人混みの熱気にあてられ、幸太は額に汗を浮かばせた。
業務用クーラーが大きな音を立てて絶賛稼働中とでも言いたげに揺れているが、この人混みの前では効果は期待できそうにない。
隣にはすみれがいて、暑いのかどうかは無表情から感じ取る事はできなかった。
視線に気づいたのか、すみれは幸太に顔を向けると、
「幸太様、危ないから手を繋ぐの」
と言って手を差し出してきた。
その言葉を聞いて幸太は、狼狽を露わにする。
こんな人混みでメイドさんと手を繋ぐという行為が、どのような結果を生むのか、想像するのすら恥ずかしすぎた。
「どうしても……?」
幸太は瞳を泳がせながら、情けないと思うが声を震わせて言った。
すみれは手を差し出したままの状態で……こくこくと小さく頷く。
有無を言わせない視線に、幸太の額には大量の汗が浮かび上がる。そして、喉も渇いて水分がほしくなるのだった。
逃げるように視線を人混みに向けた幸太は、瞳を見開かせた。
既に多くの人々が、幸太とすみれを見ていた。否、すみれだけを見ている。
――ひぃぃぃぃ、すっごい見てる! 怖いぐらい見てるよ……。
幸太は大衆の視線が集中しているのを見て、心の中で叫び声をあげる。
確かに、すみれはハンマーさえ持っていなかったら美少女に見えるだろう。見た目がいくら少女だからと言って誰もが、すみれが持つ気品と美しさに見惚れてしまう。
大きくパッチリとした小動物を思わせる瞳に、腰まで伸びたおさげ。そして、顔は無表情なのだが、それがどこか儚さを感じさせ、すみれの魅力を引き立たせていると言ってもいい。
やはり、それ以上に人の目を引くのは、やはりメイド服だろう。このデパートにもメイド喫茶なるものが存在するが、それとは一線を画している。安っぽさを感じない高級感漂う黒のワンピースに、白い清潔感を表すエプロン、エプロンの肩紐にはフリルが取り付けられている。
これだけならメイドとは言えない、すみれの悠然とした佇まい、美少女と呼べる美の造作が、本物だと思わせる雰囲気を漂わせていた。
――仕方ないよなぁ……。
幸太は諦めるように頭をうなだらせる。
そして、ゆっくりと手を差し出した。その手を見たすみれが、少し顔に喜色を浮かばせると、優しく握り締める。
柔らかい手、同時に懐かしさも感じる。母のように包容してくれる、心を落ち着かせてくれる手だ。
昔もこうして、手を繋いで町を散歩したな、と幸太は懐かしさから笑みをこぼす。
――仕方ないよな。
心の中で強く言って、覚悟を決めた。
「じゃあ、まずは……どこ行くんだ?」
すみれの手を引いて歩き出そうとしたが、初めて来たのでどこに行けばいいのか、わからないので、足を止めてすみれに視線を向けた。
すみれは小さく首を傾げると、顎に人差し指を当てながら唸り始めた。
「むぅーなの……」
相当悩んでいるのか、瞼を閉じて首を何度も傾げ始めた。
その間にも幸太の顔は羞恥に染まっていく……いくら我慢しようとしても、やはり大衆の視線が気になって仕方がなかった。
小さなメイドと、小さなご主人様。
――兄妹にみえるさ……そうオレ達は兄妹。
心の中で何度も自分に言い聞かせる。
「決まったの。まずは……ハンマーショップなの」
「そっ、そうだな……というか、元々それが目的だしな……」
すっかり何をしに来たのか忘れていた幸太は溜息を吐いた。
そんな幸太とは違い、すみれは幸太の手を引いて人混みを掻き分けながら歩き始める。
手を掴まれている幸太も自然と人混みの中に入っていくが、
「暑苦しいの……消してやりたいの……」
そんな殺気を含めた声音が、近くにいた幸太の耳元にはっきり届けられた。
やっぱり暑かったすみれだった。
○
すみれに手を引かれながら、人混みに押し潰されそうになりながらも、エスカレーターに乗ると二階に上がる。
そこから更に廊下を歩いていくと、いつの店の前で足が止まった。
入り口にはガラス張りのショーケースにハンマーを飾り、ガラス張りの扉に小さな看板が掛けられていた。
そこには【ハンマー専門ショップ。ドンキー】と書かれていた。
だが、ガラス越しから中を覗いても薄暗くて見えなかった。開店しているのかも怪しいドンキーに、すみれは常連なのか慣れた手つきで、迷いなく扉をあけると幸太と共に店に入っていく。
「さむっ!?」
店内に入った幸太の感想は、まずそれだった。
入る前は蒸し暑く入ったら極寒の店、汗を掻いていたが、一瞬で汗が引いて今では濡れたシャツが冷たくて凍えそうになっていた。
「幸太様、大丈夫なの。すみれが暖めてあげるの」
と言ってすみれは、幸太に抱きつくように身体を寄せてくる。
幸太は少し距離をとうろとするも、ピッタリと張り付くようについてくるすみれ。
「…………」
幸太は再び距離をとろうと、横に一歩移動する。
「…………」
すみれも負けじと幸太にピッタリと張り付いてくる。
誰もいない店内で無言で移動し続ける二人、抱きつきたいすみれに、恥ずかしいからやめてほしい幸太。
だが、商品棚が背に当たり、とうとう逃げ道がなくなってしまう。その隙を見逃さなかったすみれは、幸太に抱きついた。正面から背に腕を絡めてくるすみれに、
「すっ、すみれ、なんか違う気がするんだ……」
薄暗い店内、客は幸太達以外はいない。そんな状況下で隅の棚に隠れるようにして抱きつく男女。もし他人にこんな所を見られたらお婿さんに行けなくなると、幸太は顔を紅く染めたまま焦り始める。
幸太の気持ちなど余所に、すみれはハンマーのことを忘れて、幸太の胸に頬擦りを始める。
顔はどこか、うっとりとして気持ち良さそうに目を細めていた。
――どうにかしないと……。
少し身の危険を感じ始め、辺りに首を巡らせると、ある者に視線が止まった。
視線の先にあるのはハンマー、叩けば気を失わせることぐらいはできそうな、片手ハンマー、幸太は思わず唾を飲み込み、ゴクリと喉を鳴らした。
――いかんいかん! なに考えてんだ……。
恐ろしいことを考えてしまった幸太は、慌てて首を振る。
幸太が考えてる間にも、魔の手は幸太の服の中に入ってきた。
――ひぃぃぃぃっ。
暖かい手が腹を撫でるのを感じ、幸太は悲鳴を心の中で叫ぶ。口にだして叫びたいがパクパクさせるだけで、声がでてこない。
心なしかすみれの呼吸が荒くなっていた、野獣にも見える姿に幸太の背筋が凍りつく。
「あの〜、当店で……そのようなことはしないでほしいです……」
天の声が幸太の耳元に届けられた。おどおどした声に服の中に侵入していた手も止まり、すみれは声の主へと無表情な顔を向けた。
その顔を見て店員さんは、
「ひっ……」
「うざいの……もう少しだったのに邪魔をした貴様が憎いの……」
幸太から離れエプロンからボルグルを取り出し、一振り。一歩踏み出して、もう一振り。
店員さんは後退りしながら、恐怖を顔に貼り付けていた。
幸太は胸を撫で下ろして呼吸を整えていたが、死者がでそうな光景になっていたので、
「すみれ待て! その人は夜菜達とは違うんだ!」
店員さんを見て幸太は叫ぶ。目の前に映る女性店員は、良く言えば華奢、悪く言えば脆弱だった。
そんな店員さんが、すみれの鉄槌を耐えられるはずもない。
幸太は慌てて背後から抱きつき、すみれを止めるが、突然抱きつかれた、すみれは身体を硬直させると、
「いっ、いきなり女性の背後を襲うのは感心しないの」
どこか照れが混じった声音で言った。
背後から拘束する腕を優しく解くと、
「正面からならいいの、どうぞなの」
と腕を広げ準備万端なことを告げる。
幸太はげっそりとした表情を浮かべる。
「すみれ、ボルグルの家族買わないといけないんだろ?」
「むぅーなの、仕方無いから勘弁してあげるの」
切り替えが早いすみれは、不満そうに言うもハンマーが並べられた棚を眺め始めた。
助かった女性店員は安堵の溜息を吐くと、幸太に駆け寄ってきて頭を下げた。
「あのっ、助けて頂いて、ありがとうございます」
「いや、礼なんかいらないんだけど……死人がでられても困るから……」
「私も死ぬかと思っちゃいました……あははは」
「ところで、すみれはよく来てるのかな?」
「すみれさんですか……?」
幸太の言葉に、キョトンとした表情を浮かべる女性店員、常連であるすみれを知らないようなので幸太は眉間に皺を寄せる。
そして、棚を眺めているすみれを指差すと口を開いた。
「いや、あそこにいるメイド服着た女性の名前なんだけど……」
「あー、よく来てますよ。でも会話をしたことがないので……なんか近寄りがたいというか……」
「だろうな……」
「だから、可愛い女の子だなぁーって思ってたんですけど、今日は男の子連れてきたんで驚いちゃいました。それに、いつもと違って殺されちゃいそうでしたから……」
初めて感情を露わにしたすみれに、余程驚いたのかすみれの姿をチラチラ見ながら、女性店員は喋り始める。
「ところで、お二人はどんなご関係なんですか?」
「関係? 関係か……兄妹だ」
幸太は一息置いてから、きっぱりと言った。メイドとご主人様と言っても、この女性には伝わらない気がしたからだ。
なにかのプレイだと思われるかもしれないので、無難な答えを選んだ。
「へぇー、妹にメイド服着させてるんですか……」
幸太の無難な答えは最悪な結果を招いてしまった。どこか軽蔑したような視線を向けられ狼狽する。
「いやっ、あれはすみれの趣味なんだ。オレには関係ないことなんだ」
「妹さんに責任を押し付けるなんて、最低ですよ?」
「なっ……」
幸太は思わず絶句する。どうやったら信じてもらえるのだろうかと、手をこまねいていると、
「お兄ちゃん――あっ、間違えちゃったの。ご主人様、これにするの」
追い討ちをかけるように近寄ってくるなり、話を聞いていたのかわざとらしく言ったすみれの言葉に反応して、店員の軽蔑の眼差しが鋭く幸太に突き刺さる。
「えっ、いやっ、その……」
「では……精算させて頂きますね」
幸太を睨みつけたまま、店員は背を向けレジがある場所に歩き出した。
すみれもあとをついていって、その場から姿を消した。
「ちっ、ちがう……」
やっと否定できたのだが、もう既に誰もいなくなっていて、棚に並べられたハンマー達に挟まれ幸太はポツンと一人立ち尽くしたのだった。
○
弁解する余地も与えられないまま、女性店員の軽蔑の視線を浴びながら、幸太は放心した状態で店をあとにした。
おぼつかない足取りで、すみれに手を引かれ歩き続ける。
――もう……二度とあの店にはいけない……いや、ハンマーを買いに来ることがないのだから、気にする必要もないんだ。そう、ないんだよ……ないのさ! そう、ないんだ……。
必死に精神を安定させようとするが、考えれば考える程深みにはまっていく。
そんな幸太を見かねたのか、すみれが無表情な顔を向けると、
「幸太様、気にしないほうがいいの。幸太様は普通の人より三倍ほど変態なだけなの。真実を受け入れれば後はなんでもござれなの」
「…………」
慰めてるつもりなのか真面目な口調で言ったのだが、止めを刺された幸太は胸を押さえながら頭をうなだらせると、トボトボと歩き始める。
――オレって、そういう風に見られてたのか……。
目尻に涙さえ浮かばせ始めた。
「どんまいなの」
すみれが優しく背中をポンポンと叩く。
そして、頼りない足取りで歩いていた幸太だったが、ふと何かを思い出して足を止めた。
「そういえば、すみれは何がほしいんだ?」
幸太の言葉に隣を歩いてたすみれも、足を止めて視線を向けてきた。
「プリンがほしいの」
「それだけでいいのか?」
「それだけでいいの。でも一つじゃないの、二つなの」
と指を二本立てながら腰に手を当て上目遣いで言った。
とても可愛い仕草だった。これが夜菜達だと無理な体勢でもしない限り幸太が小さすぎてできないだろう。
だが幸太よりも小さいすみれなら、それができる。そう、すみれだけの特権だった。
これが世間のお父さんであれば、三つ買ってあげたかもしれない。
幸太も例外ではなく、先程の悩みも一気に吹っ飛び、金持ち発言が飛び出したのだった。
「四つ買ってやる……」
頬を赤く染めて顔を逸らすと、幸太は小さく呟いた。
すみれは無表情から一転、満面の笑顔を咲かせた。
そして声音に嬉しさを含ませて、
「やっぱり幸太様は優しいの」
と言った。
「それほどでもないさ……」
鼻面を掻きながら幸太は照れる。
和気藹々とした雰囲気に包まれながら、二人は地下にある食品売り場に向けて歩き始めた。
一階に下りると三十分前とまったく同じの人混みを視界に捉え、そのまま地下へと向かうエスカレーターに乗り込む。
地下に辿り着くと、そこは戦場とも言える光景が広がっていた。
店員が小さな看板を掲げ限定二十個のステーキの特売を始めていて、おばさん連中が突貫して一瞬で店員の姿が消えた。
おばさん達は目の色を変えて特売ステーキに飛びつきながら奪い合っていた。
その迫力といったら凄まじく、腹を空かせたライオンと対峙するほうが、まだマシかもしれない。
腕だけが人混みから突き出した状態で埋もれる悲惨な店員の姿を見て、幸太は思わず身震いする。
――あんな所に突撃する勇気はないんだけど……。
まるで縋り付くように、あそこにだけは行きたくないと必死で目で訴える。
だが、すみれはなぜかエプロンからボルグルを取り出した。
「血が騒ぐの……」
「すみれ、やめておいたほうがいいって……それよりもあそこにある――」
幸太は気を逸らせようと辺りを見回すと、ある場所に視線が止まった。
信じられないものを見たと何度も瞬きしながら、その場所を見つめる。
そして、すみれの肩を小さく何度も叩くと、その場所を指差しながら呟いた。
「なあ……すみれ。あれって……」
すみれは幸太の声音に微かな動揺を感じ取り、指差す先へと視線を向けた。
「…………」
「あっ、やっぱりそうだよな?」
すみれの瞳が見開き無表情が微かに驚愕に染まったのを見て、幸太は錯覚じゃなかったと安堵の溜息を吐きながら、
「あれって……富美と清音だよな……」
と確かめるように言った。幸太の言葉に、すみれはこくこくと小さく何度も頷く。
二人の視線の先には、腰の高さぐらいの棚がいくつも並べられていて、小さな旗がいくつも立ってる。
そこからは香ばしい匂いと共に、甘い匂いが辺りに漂っている。
そこには数人の人だかりができていたり、隣の棚には誰もいなかったりで、どれが人気なのかが一目でわかる試食売り場があった。
二人が気になったのは、そこではなくメロンの棚で騒いでいる二人のメイドに目が止まっていた。
一人は大きな袋を持ち、目をぎらつかせながら試食品をこれでもかというほど突っ込んでいる。
もう一人のメイドは、試食売り場を荒らすメイドを止めていた。
「姉さん、もうこれ以上はダメだってば!」
「清音離しなさい! これは持って帰っていいのよ!」
「いやいや、ダメだってば、ここ試食するところだからさ……」
「姉さんの言うことが聞けないの!? 私がいいって言ったらいいのよ!」
「あー、もう! そもそも、恥ずかしいんだよ! みんな見てるから帰ろうよ〜」
暴れるメイドを羽交い締めにしながら、恥ずかしそうに頬を羞恥に染めているメイド。
そんな二人にいつの間にか近づいていた幸太とすみれは、
「富美、清音なにしてるんだ?」
「みっともないからやめるの……」
二人の言葉にメイド二人の動きが止まり、ゆっくりと顔を向けてきた。
「こっこここここ、幸太様おはようございます」
身体を拘束している腕が緩んだ隙に慌てて振り解くと、慌てて頭を下げ恐縮しながら言った。
凛々しい眉に、気の強そうな瞳、肩まで伸びた茶髪のセミロングが合わさって少し幼い顔立ちに見えてしまう。黒のワンピースに、白のエプロン。そして腕には黒の腕章に【幸】の一文字が入った刺繍、その下には四つの星がついている。
幸太親衛隊、序列第六位、佐倉家メイド隊料理部【料理長】菅波富美。
ある日、ご主人様が間違って呼んだらフライパンが降ってきた、という伝説を持っている。
そして、先程まで富美を羽交い締めにしていたメイドが、
「幸太様、本日もカッコイイですよ」
と落ち着いた雰囲気を纏わせて言った。
幸太親衛隊、序列第八位、佐倉家メイド隊料理部【副料理長】菅波清音。富美の双子の妹である。
細く整えられた眉に、気の強そうな瞳、富美と同じ茶髪のセミロングで、似てはいるが雰囲気が子供っぽい富美とは違い、落ち着いた様が大人だと感じさせる魅力を秘めたメイドである。
こちらも富美と同じメイド服を着ていて、親衛隊の証である黒の腕章をつけていた。
そんな彼女は、ご主人様が間違って呼んだら包丁が降ってきた、という伝説を持っている。
「それで、二人は……」
「なにもしてないですよ! どぅりゃ!」
幸太が言い終える前に、富美は慌てて言うと手に持っていた袋を特売ステーキに群がるおばさん達に向けて投げた。
それを涼しげな顔で見つめた清音は、同意するように頷いた。姉を裏切らない清音らしい仕草だった。
「そんな事より、幸太様こそどうしたんです? すみれさんまで一緒なんて……まっ、まさかっ、ででででででででーとですか?」
「いや、すみれがボルグルの家族がほしいって言うからな」
「密会?! まさか……二人がそんな所まで進んでるなんて……」
「いや、全然違うんだけど……」
幸太はきっぱりと否定するが、髪を振り乱しながら富美はガクガクブルブルと身体を震わせ始めた。。
そんな富美を静観していた清音だったが、
「姉さん、ここで密会はさすがにできないよ? ボクだったら、こんな場所より、すぐそこにあるホテルに行くよ」
と言った。
その言葉を聞いて富美は睨みつけながら言う。
「あんた、姉より先に幸太様に手をだしたら死ぬわよ?」
「わかってるよ。でも、黙ってればわからないでしょ?」
「それもそうね。もし、そうなっても黙っておきなさい。言ったら殺すわ」
「消したくなってきたの……」
黙って聞いていたすみれが、肩を震わせ我慢の限界に達しようとしていた。
幸太は狼狽しながら辺りを見回し聞かれてないか確かめる。
「そうだ! プリンはどこに置いてあるんだ?」
幸太はわざとらしく大声で叫んだ。先程見回していた時にプリンが視界の隅に見えたので、これは好機だと思ったのだった。
すみれも思い出したのか手をポンと軽く叩くと口を開き。
「そうだったの。プリンが先決なの」
「プリンですか? それなら、すぐそこの棚に置いてありますよ」
富美が言うと、
「よし、すみれ行くぞ! プリンが買われる前にオレ達が救い出さなければならないのだ!」
「おーなの……」
勇者のような妙な気迫に押されて、思わず小さく手をあげてしまうすみれ。
それを確認した幸太は、足早に歩き始める、もれなく後ろにメイドが三人引っ付いてくる。
そんな幸太達を遠目に、興味深そうに眺めている大衆の視線が集中する。
――くそっ、目立ちすぎだろ……そんなに珍しいか! 珍しいのか! はは愚民共、オレが羨ましいのかっ? 勘弁してくださいよ〜。
心の中で安定を図ろうにも、うまくいかなくて逆に落ち込んでしまう幸太だった。
そもそも暴君になろうとしたのが間違いなのである。
もう疲れ切っていますとでも言いたげな表情で歩き続けていると、いつの間にかプリンの棚に辿り着いた。ちゃんと冷やされているのか、ガラス張りの棚で戸っ手を掴むと引く、するとひんやりとした空気が運ばれてきた。少しだけその冷たい空気に癒される幸太。
そこには何十種類もの大小様々なプリンが並んでいて、幸太は後ろにいる、すみれに振り向くと、
「すみれ、どれにするんだ?」
「これにするの」
と言って身長が低い為つま先で立つと、手を伸ばしなんとかプリンを四つ手にとることに成功すると、余程嬉しいのかプリンを抱き抱えながらうっとりとした表情を浮かべた。
嬉しそうなすみれから視線をはずすと、隣に立っている富美と清音に目を向けた。
「富美、清音はどれにするんだ?」
幸太の言葉に驚いた二人は一瞬固まったが、瞬時に気を取り直すと、
「いいのですか……?」
夢だと思ったのか瞼を何度もこすり始める富美。
「別にいいけど……?」
すみれに買ってあげて一緒に来ている二人に買ってあげないわけにはいかないと、幸太にしては普通の事だったのだが、
「なんて……なんて……なんてお優しい……はふぅ」
富美はヨヨヨと口に手をあてながら、瞳を潤ませ幸太の胸へと飛び込んだ。
幸太の肩に顎を乗せた富美は含み笑いする。
そんな富美に、清音が少し距離をとって首を小さく横に振っていた。
嬉しそうに幸太に抱きつく富美を見て、清音はアイコンタクトを送る。双子だからこそ成せる荒技、目で会話。
(姉さんやめておいたほうが……)
(羨ましいの?)
(少しだけ……でも)
(はっきりしなさいよ! なんなの? じれったい)
(じゃあ、後ろを見るといいよ)
顎先がクイクイと富美の後方を差すのを見て、双子の裏技を即座に終了させると幸太から離れて後ろを振り向いた。
そこには――殺気を含ませた瞳で富美を睨みつけるすみれの姿があった。
更に片手ハンマーが顔面まで迫っていた。
「ひっ!? きゃぶっ」
ボルグルが脳天に直撃して崩れるように倒れた富美、そんな姉の哀れな姿を見て清音は、小さく首を振りながら溜息を吐くのだった。
プリンを四つ山積みにしてから、ボルグルを回収したすみれを見て、清音が近寄ってくると、
「幸太様、ボクはこれでいいです。姉さんは……十円チョコでいいと思います」
プリンを手に取ると、姉が気を失っているのをいいことに勝手に決める清音。
そんな清音を見て、口を引き攣らせつつ、
「いや、同じのでいいんじゃ?」
「ダメなんです。姉さんはプリンを食べちゃうと発狂する病にかかっているので、十円チョコじゃないと……」
悲しそうに睫を伏せて、どこか哀愁を帯びた雰囲気を放つ清音に、幸太は強く言うこともできず、十円チョコを買うことに決めた。
「そうだったのか……なら、十円チョコにするか」
「あと、姉さん自身は、その病に気づいていないので、どうか内緒でお願いします」
「わかった。混乱させたらダメだからな」
「お菓子売り場はあっちにあったと思うの」
指差しながら言ったすみれの言葉に、十円チョコが置いてあるお菓子売り場に向って歩き出す幸太。その背中を見つめながら、清音は姉を背負いニタリと悪い笑みを浮かべたのだった。
○
三人と背負われた一人の女性は、プリン五つと十円チョコ×2、一つだとさすがに可哀相だと良心が訴えたからなのだが、会計を済ませると、現在は沢山の車が出入りする駐車場に止めてある黒塗り高級車の前で集まっていた。
相変わらず人が止まることなく押し寄せるようにやってきている。
排気ガスと車の熱気が辺りに充満していて、息苦しさと暑苦しさに同時に襲われる。
額に浮かんだ汗を拭いながら、相変わらず汗一粒もかかず涼しげな表情で立っている清音にすみれ、そして、清音に背負われた間抜けな顔をして気を失っている富美を見てから、幸太は口を開いた。
「清音達も一緒に帰るのか?」
「いえ、ボク達は違う車で来ているので、そちらで帰らせて頂きます」
「一緒に来るって言ったら……消してる所なの……」
幸太は思わずブルッと身を震わせたが、出来る限り視界にすみれをいれないように、気にしないことにして、
「……じゃあ、ここでお別れだな」
「はい、また屋敷で……今日はありがとうございました。一生の宝物にさせて頂きます」
「いや、食べろよ。腐るぞ……」
「冗談ですよ。あははは、それじゃボク達もこれで失礼します。姉さんの宝物である試食袋を取りにいかないといけないので……」
「ああ……また屋敷でな」
最後に姉の好感度をキッチリ落としておくと、幸太達に頭を下げて再びデパートの入り口へと向かう清音。姉が気を失ってたら言いたい放題な双子の妹であった。
幸太は背負われた富美の背中を見つめながら、
「相変わらず不思議な双子だよな……」
「気にしないほうがいいの」
「そうだな、不思議なメイドなんて……沢山いるしな……」
「そうなの、まともなのはすみれだけなの」
と真剣な表情をして後部座席のドアを開けるすみれ、反論する力も残ってない幸太は流すように横目で一瞥するだけで車に乗り込んだ。
ドアが閉まるのを確認すると、
――本当疲れた……。なんだろう、この疲労感……。
と心の中で嘆くように言った後、窓から見える流れゆく景色をぼんやりと眺めていると、いつの間にかすやすやと寝息をたて眠り始めたのだった。
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