メイド編
メイド編:第四十九話:ツンとデレと謎(6)
ここは屋敷にある食堂。
体育館と同程度の広さがあり、純白のシーツを敷いたテーブルが規則正しく一定の間隔をあけて並んでいる。
天井を見れば二百メートルはあろう高さに、絢爛なシャンデリアがいくつも吊されていた。
現在は夕食の時刻を迎え、食堂は賑わしいが、ある場所だけ変な空気が漂っていた。
「あー……ん」
弱々しい声で告げられて、幸太は口を大きく開いた。
幸太デラックスパフェは甘くて美味しい。それこそ匂いを嗅げばヨダレが溢れてくるぐらいだ。
でも、なぜか今は味がしなかった。それどころか、冷や汗が溢れ出てくる。
「美味しい?」
かくんと首を傾げて、虚ろな目を向けてくる。
怖いです。ホラー映画を見ている気分だった。
「お、おいしいよ……」
「じゃあ、もう一口」
スプーンで幸太デラックスパフェをつつく女性を見ながら、幸太はどうやって逃げようか考えていた。
イスにロープで縛り付けられて動けない。絶妙な縛り具合、痛くもないが緩くもない。
とてもじゃないが抜け出せそうにない。誰かナイフかなにか貸してくれないだろうか?
救いを求めるように、近くにいたメイドに視線を向けた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
謝りながら顔を逸らされた。これは第三者からの助けは期待できそうにない。
顔色の悪い女性――黒炭黒香に再び顔を向ける。
ニタァ――と不気味な笑みを浮かべた。
「……ははは、はははは」
乾いた笑い声がでてくる。もう笑うしかない。なんだろうこの恐怖は? この寒気は一体なんだろうか?
「あたしのとろけるような唾液がついてる」
スッ――スプーンの先端部分を向けられる。
唾液がついてるどうこうより、チョコやクリームがのっていない。
あるのは一口サイズに切られたバナナだけ、綺麗に舐めとっている。
「オレはそういう趣味ないんだけど……」
「癖になるから食べるといいよ」
「できれば癖になりたくないなぁ……」
「そう……仕方がない」
ゆらり――立ち上がった黒香は、パフェが入った器を手に持ち、幸太に近づいてくる。
「これで我慢してあげる」
器に指をいれてかき混ぜる。クリームとチョコが混ざり合い、それが黒香の綺麗な指に絡まった。
「えっ、もしかして、それを食べるのか?」
手を近づけてくる黒香に、幸太は驚きの表情で視線を向けた。
「違うよ」
「えっ」
ポタ――頬に冷たい感触。
黒香は幸太の膝に馬乗りになると、そのまま幸太の顎を掴んだ。
「そのまま上を向いておくといい」
クリームがついた指で幸太の頬を撫でて、そのまま額に向かい、反対の頬、そして最後に唇にたんまりクリームを塗られた。
ぞくぞくとする感覚に、幸太は身をよじらせる。
「くっ、すぐったい……」
「我慢する。これからすぐに気持ち良くなるから」
妖しく瞳を輝かせながら、舌なめずりした。
幸太が暴れられないように頭に腕を回して固定する。
二つの柔らかなふらくみが幸太の首にあてられる。
否――豊かな双丘に首が挟まれる。と、言ったほうが適切かもしれない。
――いや、でも、この感触は……。
幸太の予感が正解だと言わんばかりに、黒香の顔には艶美な笑みが浮かんでいた。
――やっぱり、つけてないのか!?
顔を近づけてきた黒香は、頬から順に舐め始めた。
「はっ、んちゅ、はむぅ、んっ、ぁふ」
「ちょ、やめっ!?」
抵抗しようとするが、しっかりと掴まれ縛られていては、満足に動くこともできない。
黒香の舌が額に移動したとき、髪がパサリと優しく頬を撫でていく。
鼻の奥がツンッ――とする感覚に幸太は思わず意識が遠のきかけた。
「くそっ」
甘い刺激に意識がもっていかれないように、幸太は必死に下唇を噛む。
「んちゅっ――ふふふ、まだ抵抗するの? 身を任せれば気持ち良くなれるのに……あむ」
黒香は艶がかった声を弾ませていた。
甘い匂いが鼻腔をくすぐり、意識が朦朧としてくる。
時折視界に入ってきては、艶めかしく動く舌。先程と打って変わって血色のいい肌だ。
――本当にヤバイかもしれない……。も、もう任せちゃっても……。
○
黒香の吐息が段々と荒くなり、舌の動きが激しくなっていく。
「さあ、メインディッシュ――あら、そんなに唇を噛んだらダメじゃない。クリームもなくなっちゃってるし……」
「ま、まて……」
「なにを? 期待しているくせに」
幸太の口に、人差し指を沿えると、顔を耳元に近づけた。
「口を開けなさい。あまーい果実を味わせてあげる。とってもあまーく刺激的な……あたしの味を教えてあげる」
甘美な誘惑。抗えない誘惑。それは――女王の誘惑。
幸太がうっすらと口を開けるのを見て、黒香は扇情的な笑みを広げた。
「それでいいの。あたしに全部任せたらいいのよ」
再度、顔を近づけようとして、すぐさま身を引いた。
視線を横にゆっくりずらしてテーブルの上を見る。包丁が突き刺さって揺れていた。
黒香が前方に視線を向けると、双子メイドが立っていた。
「男女の情事を邪魔する女は嫌われるのよ?」
「上等よっ。あんたを三枚におろしてあげるわ」
「姉さん、ボクも協力するよ」
「ちっ」
舌打ちをしてから名残惜しそうに流し目で幸太を見る。
「た、たすかったのか?」
何が起きたのかわからないのか、呆然とした顔で幸太は呟いた。
「続きはまたあとでね」
幸太の頬を優しく撫でながら、黒香は怒りを含んだ瞳を二人のメイドに向ける。
「せっかく、いい感じだったのに」
「ふんっ、こっちもいい感じに、あんたをぶち殺したくなってんのよ!」
今にも噛みつきそうな感じで冨美が叫ぶ。
「まったくだよね。あの女は海に沈めるべきだよ」
清音も口調こそ落ち着いてはいるものの、言葉には怒りが滲んでいた。
「どっちからおしおきされたい? 今日のあたしは少しだけ情熱的よ?」
「はんっ、言ってなさいよ。今日の清音は少しだけ強いのよ!」
「姉さんも戦おうよ……まあ、でも――あんなクソ女一人、ボクだけで十分だけどさ」
「雌豚ども……あたしの前で跪いて許しを乞いなさい」
幸太を拘束していたロープを解いて、巧みに操りビシッ――床に叩きつけた。
「上等じゃない! 雌豚!? 調子にのってんじゃないわよ! いきなさい清音! GO清音! 援護はまかせて清音!」
「……姉さん、気分が削がれるよ」
「うっさい、早く行きなさいよ! ただでさえこっちは、あんなのを見せつけられて泣きたくなってんのに!」
「わ、わかったよ……」
「自分よりも弱い姉なんかに命令されてるの?」
黒香が挑発する。対して清音は涼しげな顔だ。
「あなたに命令されるよりかはマシだと思うけどね」
肩をすくめる清音。
「苦痛でその顔を歪めたいわね」
「あなたの舌を料理してあげようか?」
じりじりと間合いを詰め始める両者。
「冨美ちゃん特製『地獄に堕ちろクソアマドリンク』!」
清音の影から冨美が飛び出す。エプロンから素早く取り出した地獄に堕ちろクソアマドリンク――略して地獄ドリンクを黒香に向かって投げつけた。
「なにかと思えば――幼稚ね……雌豚が」
ロープが蛇のように蠢き、地獄ドリンクに巻き付く。
そのまま勢いをつけて冨美に向かって飛んでいく。
「甘いよ。なんの為に二人いると思っているのさ」
爽やかな笑みを浮かべて、清音が地獄ドリンクをはじき飛ばした。
それは夕食を楽しんでいたメイド達の間に落ちて――悲鳴があがった。
『目があああああ、目がああああああ』
『誰か! 医療班を! 誰かっ! ぐっ、なにこの――目がああああああ』
『皆、目を閉じなさい! それなら大丈――えっ、うそ……目を閉じても――目があああああああ』
たちまち食堂は阿鼻叫喚の図となった。
「一本だけじゃないのよ! その数三十本!」
バンッ――足を踏みならした瞬間、三十本もの地獄ドリンクが黒香の頭上に現れた。
「食堂だったのが運の尽き。ここは料理長である私のテリトリー! 何人たりとも私に勝てる者はいないのよ! あははははは、はははははは、あーははははははっ!」
「姉さん……まるでボク達が悪者みたいだよ」
「勝った者が正義なのよ。さっ、戦利品の幸太様をもら――えっ?」
「どうしたの? そんなチュパカブラを見たような顔をして――えっ?」
二人は勝利を確信していたのだろう。しかし、視線を向けた先にいたのは無傷な黒香。
地獄ドリンクは、綺麗にテーブルの上に積み重ねられていた。
あれではダメージを与えることなどできない。
「これで終わり?」
黒香は苛立ちを含んだ声音で呟く。
「うそ……」
冨美が驚愕に目を見開かせる。
清音は開いた口が塞がらないのか、呆けたような顔をして黒香を見つめていた。
「で、どうなの? 終わりなの?」
つまらないと鼻で笑った黒香に、冨美は肩を震わせる。
「終わりじゃないわよ。だって生きてるもの!」
瞳を潤ませながら身を翻して、冨美はダッと駆け出した。
進んでから後ろを振り返り。
「逃げるんじゃないのよ! 戦略的撤退ってやつなんだからっ!」
冨美は二度と振り返ることなく食堂から去っていった。
「姉さん……ツンデレうまくなったね」
清音はうんうん満足気に頷きながら、そのあとを追いかけていった。
ぽつんと一人残された黒香は、辺りを見回す。
『ねえ……お父さんとお母さんに伝えてくれる? 二人の娘に生まれてよかったって……』
『ダメよ! 生きなさい! 目を開けなさい! 医療班はまだなの!?』
『自分の身体のことだもの……自分がよくわかってる。もうダメなの』
『諦めちゃダメ! きっと医療班がすぐに治してくれるから!』
『うっ、いい娘だったのに……ご主人様のメイドになれて、あんなに喜んでいたのに……ひくっ、なんでこんなことに』
『あの……料理長が目薬をおいていってくれました。これで痛みがとれるそうですよ』
邪魔者もいなくなったところで、黒香は幸太に眼を向けた。
「あっ……」
一本取り損ねていたようだ。幸太がビクンビクンと身体を跳ねさせている。
緑色の液体が顔面を覆っていた。不快な異臭が鼻腔を刺激して、顔をしかめる黒香。
「……キスできなくなった」
がっくりと肩を落としたのだった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。