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メイド編
メイド編:第四話:恐怖のメイド長
「今から幸太様のお世話をするの」

 と幸太を見つめながら言う少女、もとい女性はジーッと幸太を見つめてくる。
 キョトンとした表情をする幸太、いまいち反応が薄いのを見て眉間に少し皺を寄せると、

「なんでもしてあげるの。肩たたきから、足のマッサージまで……なんでもござれなの。今なら……もれなく誰にも気づかれずに、夜菜とか雨季とか香月を消してあげるの。むしろ屋敷にいるメイドを全て消してあげたいの」

 恐ろしい事を淡々と言うメイドに幸太は身震いする。
 黒のワンピースの上に白のエプロンをつけていて、身長がすごい小さい少女のようなメイド。
 年齢は怖くて聞けないが、身長が幸太よりも十センチ小さい、つまり百四十五センチしかないのだ。
 顔つきが幼く、おさげの髪型がよく似合っている。
 しかし、どこか目つきは冷めていて感情を表していない。
 序列第四位、獅子童ししどうすみれ。腕につけられた黒の腕章には【幸】の一文字、更に下には五つ星があった。すみれの役割は、こうみえても幸太専属の運転手である。
 佐倉家メイド隊の七不思議の一つ、どうやってアクセル踏んでるの? という不思議メイドである。
 ――そもそも、前見えないよね。と幸太は毎回乗る度に生きた心地がしなかったのだった。
 そんな不思議メイドすみれは、ご主人様が間違って呼んだら片手ハンマーが空から降ってきた。という伝説を持っていた。

「……すみれ……夜菜達は?」

 幸太は額に汗を浮かばせながら、目の前に立つ小っちゃなメイドに言った。
 ――すみれなら本当にやりかねない……。
 数ヶ月前、夜菜に大好きなプリンを食べられて、片手ハンマーで頭をかち割ろうとしたからだ。

「大丈夫なの、幸太様が思ってるような事はしてないの」
「なら、いいんだが……」

 すみれは愛用の武器、片手ハンマーを取り出すと、幸太に見せるように差し出してきた。
 ハンマーの頭部はよく磨かれているのか、窓から差し込む日差しを反射して黒く光っている。柄の部分は少し黒い歪な模様がこびりついていた。
 怖くなった幸太は視線をすみれに向けると、

「あっ、あいかわらず……よく手入れしているな」
「愛用のボルグルなの」

 どこか不気味さを感じさせる名前に、幸太は口を引き攣らせる。
 すみれは、そんな幸太を余所にボルグルを愛おしそうに撫で始める。

「それで……なにしにきたんだ?」

 ボルグルに頬擦りさせ始めたすみれに、幸太は首を傾げると疑問を口にした。
 すみれがやって来た理由がわからなかったからだ。
 暇だったので自室のベッドで寝転びながら漫画本を読んでいたら……突如扉が開け放たれ、ヒョコヒョコとすみれが部屋に入ってきた。
 そんな幸太を見て、すみれはボルグルを頬から離すと言った。

「暇だから遊んでほしいの。夜菜と雨季は……あらかじめ排除し――伝えておいたから大丈夫なの」

 わかりやすく言い換えたすみれは、小さくガッツポーズをした。
 やっぱり無事じゃない事を知って、気が遠くなりそうになった幸太だったが、かろうじて頭を何度も振り正気を保つことに成功する。
 そして、息を整えると言った。

「なにをして遊ぶんだ?」

 夜菜達が死んでない事を心の中で祈りつつ、幸太も暇だったので、漫画本を枕元に投げる。
 そして、身体をガバッと起き上がらせベッドの上であぐらをかいた。

「なんでもござれなの。幸太様はなにをして遊びたいの?」

 すみれはベッドに上ってくると、幸太の前で正座をして小さく首を傾げた。
 膝の上にはボルグルが置かれていて、窓から差し込む日差しを浴びたすみれは、どこか西洋人形の儚さと気品を兼ね備えた美を作り出していた。
 思わず魅入ってしまった幸太に、

「わかったの。幸太様はやっぱりスケベなの」
「へっ?」
 
 何かに気づいたように手をポンと小さく叩くと、すみれはスカートをめくりあげようとする。
 それを見た幸太は慌てて止めるが、少し白い布が見えてしまった後だった。
 幸太は顔を赤く染めながら、

「なっ、なにしてるんだ?」

 と声を震わせながら言った。

「メイドさんと禁断の恋物語第一章なの」

 平然とした態度で言ったすみれに、幸太は軽い目眩に襲われる。
 突拍子のないことをするメイドということを忘れていた。

「そんなのは必要はないんだ」
「好きなくせに、つまらないの……なら、遊びにいくの」

 切り替えが早すぎるすみれに、幸太は諦めるようにため息を吐いた。
 ボルグルをエプロンのポケットに仕舞うと、すみれは幸太の腕を引く。
 腕を引くすみれに抵抗することなくベッドから降りると、

「どこに行くんだ?」
「ハンマー専門ショップに行くの。ボルグルの家族がほしいの」

 その言葉に幸太は戦慄した。身体が震え、膝がガクガクと中毒者のように揺れ始める。
 幸太は知っていた。ボルグルの家族が既に軽く百を超えていることを……。

        ○

 すみれに手を引かれ屋敷をでるまでに、数十人のメイドがボルグルの餌食となった。 
 ある者は窓枠に埃が残っていると注意され頭を殴られ、ある者は廊下を隅々まで掃除してないと注意され頭を殴られた。
 そして……メガネをかけた者は一緒に行こうとして執拗に頭を殴られ、不幸を呼ぶ者は幸太に近づこうとしただけでボルグルを投擲され、言葉遣いが悪い者は屋敷内にある幸太緊急医療センターに運ばれた。
 メイド達の悲鳴と絶叫を背に浴びながら屋敷をあとにした幸太は、黒塗り高級車の後部座席に乗っていた。
 もちろん運転手は、どうやってアクセルを踏んでいるのか、前が見えているのか怪しい、すみれが運転している。
 だが――今回に限って幸太の視線は、別の所に注がれていた。
 微かに手を震わせながら、後部座席から見える助手席を見ていた。
 助手席には血まみれのボルグルが置かれていて、幸太は死者がでていない事を祈り始める。
 別の意味で生きた心地がしなかった幸太を乗せた車は、三十分で目的地に到着した。
 すみれが後部座席のドアを開けるのを見て、黒塗り高級車から降りた幸太は、

「へぇー、初めて来たが結構大きな所なんだな」
「とても品揃えがいいの。オススメなの」

 視界に収まらない巨大な建造物に、幸太は感嘆とした声を漏らす。
 少し設計がおかしいのか、その建物はハンマーの形をしていた。
 しかも、結構な人が出入りをしている。これほどハンマーを必要としている人がいるのを知らなかった幸太は、興味深そうに辺りに視線を巡らせ始めた。

「投擲用から白兵戦用まで、なんでもあるの」

 相変わらずの無表情だったが、声音はどこか嬉しそうな響きをしていたので、幸太は思わず笑みをこぼした。
 そんな二人を三メートル程離れた場所から、

『どんな金持ちかと思ったら、すげー地味な男だな』
『メガネ大きすぎて気持ち悪いな。あっでも、メイドさん連れてるぜ?』
『似合ってなさすぎだろ、メイドさんこっちにくれって話だな』
『お前等そんな大きな声で言うなよ、メガネ君が傷付いちゃうだろ?』

 と下卑た笑みを浮かべながら、幸太を指差す若い男達がいた。

「………」

 幸太は別に気にした様子もなく、冷めた表情を浮かべるだけだった。
 ――またか……。
 慣れているからだ。悪口を叩かれようと外見のことは自分でよくわかっているつもりなので、なにを言われても断固としてメガネをはずすつもりもなかった。
 幸太は気にせずハンマー専門ショップに向かって歩きだそうとしたが、ふと……違和感に気づいた。
 突如、全身が寒気に襲われた。身を震わせながら、原因を探すように首を辺りに巡らせると……ある場所に視線が止まった。
 幸太の視線の先には――すみれが肩を震わせ立っていた。

「ぷっちーんなの」

 とすみれは小さく呟いた。
 顔から血の気がサーッと引いていく幸太は、慌ててすみれを止めようと腕を伸ばすが空を切るだけに終わる。
 迫ってきた幸太の手を難無く避けたすみれは、エプロンのポケットから一つの黒い通信機を取り出して、

「こちら、すみれなの。ボルゲノを出撃させろなの」
「すみれ待――」
「大丈夫なの。奴等がこの世から消えるまで――すみれは止まらないの……」

 未だに下卑た笑みを浮かべている男達を、すみれは睨みつけていたが、ゆっくりと視線が空へと上がっていく。
 幸太は同じように空を仰ぎ見て、目を見開かせた。
 何かが地上に恐るべき速度で降ってきた。
 ドンッ――。
 突如訪れた低重音の爆発に思わず耳を塞ぐ幸太。
 砂塵が辺りに舞い上がり地上が大きく揺れ、ビリビリと痛いほどの強風が頬を叩きつけていく。
 幸太は吹き飛ばされないように踏ん張り、顔を守るように腕を前に持ってきた。
 数秒で風はおさまり、幸太の頭に小さな石の破片が降ってくる。

「これより幸太様を侮辱した罪で、クズな奴等に鉄槌をくれてやるの」

 視界を覆い尽くす砂埃の中から、すみれの淡々とした微かな殺気を含めた声が響いてくる。
 幸太は目を細めながら、すみれを探そうとするが見つからない。
 序列第四位……獅子童すみれによる――処刑が始まった。

『ひぎゃあああああああ』
『おい、どうしたんだよ! えっ――うああああああああああ』
『えっ、なんだよ? お前等どうし……ひぃぃぃぃ』
『ごっごめんなさい! なんか知らないけど、本当にごめんなさい! 許し――』

 ゴギャッ――。
 思わず耳を塞ぎたくなるほどの絶叫、そして歪な異音が鼓膜を揺さぶり背筋に冷たいものが奔るが、最後の何かが叩き潰される音と共に辺りに静寂が訪れた。
 幸太は悲鳴が聞こえてきた方向に駆け寄る。砂埃も晴れてきて若い男達がいた場所には、身長の二倍もある巨大ハンマーを持った、すみれが立っているだけだった。

「あれ……」

 幸太は怪訝な表情を浮かべる。
 そこには若い男達の姿がなく、巨大なハンマーを担ぐようにして悠然と立つすみれしかいない。
 
「ボルゲノもう帰っていいの」

 優しくボルゲノを撫でると、すみれは助走をつけ思いっきりボルゲノを空高く放り投げる。
 ギュンッ――。
 小さな体のどこに力があるのか、ボルゲノは最後に煌めくと空の彼方に消えていったのだった。

「なぁ……すみれ、あの人達どこいったんだ?」
「気にしなくてもいいの。証拠を残すようなヘマはしないの。それが佐倉家メイド隊のメイド長なの」
「そっ、そうか……気にしないでおくよ……」

 下卑た笑みを浮かべた四人の命が無事なことを祈りつつ、幸太はすみれを見つめる。
 物心ついた時から一緒にいる小さなメイド。幸太が泣けばあやしてくれて、幸太が笑えば微笑んでくれた。
 幸太の一番初めのメイド……それが幸太親衛隊序列第四位にして、佐倉家メイド隊の頂点に君臨するメイド長【獅子童すみれ】だった。
 本来ならば父母についていかなければならないのだが、

「ならメイド長なんてやめてやるの。むしろ――クズな貴様等を片っ端から消してやるの」

 と怒り心頭に父と母、そしてメイド達を亡き者にしようとしたので、幸太と一緒に来られることになった。
 昔の出来事を思い出して、あることに気づいた幸太は、

「そうだ……久しぶりに一緒に買い物に来たんだから、すみれのほしい物買ってやるよ」

 幸太の言葉に、キョトンとした表情を浮かべたすみれは、

「幸太様、ありがとうなの」

 いつもの無表情から――破顔一笑。
 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべたのだった。


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