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メイド編
メイド編:第三十七話:所長と副所長、時々メガネ。
 幸太と愉快なメイド達。彼等が研究所を訪れてから結構な時間が経った。
 逃がしてくれるでもなく、何か教えてくれるでもなく、延々と所長の話を聞かなければならない。
 垂れ流される妄想の嵐は一種の拷問である。
「いろいろ説明したんだけど……あなた達がミジンコ以下だって事がよくわかったかな?」
 と、獅子童ヒメは呟いた。
 素早く反応したのは夜菜。
「あいつ殴ってもいいのか? さっきから好き放題言いやがって……」
 気持ちがわかるのか隣に座る雨季が、小声で「殺れ、今すぐ殺れ」と囁く。
 しかし、意外な人物が夜菜に耳打ちした。
「少し落ち着きなさいよ」
 双子メイドの姉、冨美である。
「あんな女いつでも始末できるでしょ。それよりも、ここから抜け出す道を案内をさせるのよ。それで、外にでてから背後から襲えばいいの」
「脳みそなさそうな顔して、なかなか考えてるじゃないか」
「あんたこそムキムキの脳みそどうにかしなさいよ」
「ふんっ。じゃあ、さっさと道を案内させてやる。そしたら始末してやるお前もろとも……」
「はんっ。言ってなさいよ。知らない間に地獄に落ちてないことを祈るのね」
 お互いに暴言を吐いてから、夜菜は視線を獅子童ヒメに移した。
「あんたの話なんてどうでもいいから、さっさと出口まで案内してくれよ」
 獅子童ヒメが小首を傾げる。
「えーと、あなたは誰かな?」
「華堂夜菜。今日から幸様専属のメイドになったんだ」
「ふーん。ヒメは獅子童ヒメ。逆さから読んでも獅子童ヒメにはならないの。宜しくね~」
 パタパタ手を振る獅子童ヒメ。妹の獅子童すみれより身長は高いが、それでも小柄な部類に入るだろう女性だ。
 やはり姉妹だからかよく似ている。しかし、姉の特権なのか胸の成長が顕著なようだ。
 この中で最も大きいのは香月……牛乳と言ってもいいだろう。その二番手あたりに夜菜、いい勝負をするであろう大きさの持ち主だ。
「えーと、それで道案内だっけ?」
「ああ。ここも安心だとは言えないからな。できるだけ奴等とも距離をとったほうがいい。ついでにお前からもな」
「……ここなら安心だけど? 三十年は住めるだけの備蓄もあるし。知らない人間が侵入したら永久にでられないように設計してあるから、外にでるよりかは全然安心だよ」
 と、言われてしまい。夜菜は押し黙った。言い負かせるほど頭が良くはないのだ。
 使えない奴と言いたげな視線を投げかけて、雨季が手をあげて席を立つ。
 どことなく優等生っぽい動きである。
「それでも外のほうが安全だと思います」
「なぜかな?」
「あなたが変態だからです」
「……はい?」
「延々とあまーい妄想を垂れ流し。洗脳に近いものがありますけど、拷問ともいえますね」
 クイッとメガネを押し上げて、
「正直に言わせてもらいますと、気持ちが悪いのです」
 ヒメの額にピキッと青筋が浮かんだ。近くの席で座っていた幸太はそれを見た。
「なんてことを…・…」
 額に手をあてて天井を仰ぎ見る幸太。すると隣に立つアウラがこちらに視線を向けていた。しかも、なぜか頬を赤く染めながら。
「これが運命でしょうか……まったく同じことを考えておりました。そう遠くない未来…・…いえ、近い将来……いえ、式を間近に控えた者同士の阿吽の呼吸。これは今すぐ式場に向かうべきという神のお告げではないでしょうか?」
「いや、違うだろ」
 即答する幸太。アウラは悲しそうな顔になる。まるで小雨にうたれる子犬のような顔だ。これではまるで自分が悪者のようで居心地が悪くなる。
「いや、アウラが嫌いとかじゃないんだ。まだ結婚できる歳じゃないしさ……」
「大丈夫です。結婚するのに歳なんて関係ありません」
 今にも天に昇りそうな満面の笑みでラウラは言った。
「いや、関係あるだろ」
 やはりヒメの部下だけあって普通ではない。そもそも普通のメイドを見たことがない。
 いや、一人だけ普通っぽいのは見たことはあった。
 ――万年見習いメイドがいたな……いや、万年見習いだから普通じゃないか。
 やっぱりいないので深くため息をつく。
 ふと気づけばヒメが牛刀を両手にそれぞれ握り締めていた。今にも斬りかかりそうな状況である。
「あの女性も馬鹿な事を言わなければ、あと一時間は長生きできたのですが……」
 隣に立つアウラが気の毒そうな顔で雨季を見つめている。
 ヒメに対する雨季はというと、勝つ自信があるのか涼しげな顔だ。
 というよりも、斬りかかってくるはずがないと思っているのかもしれない。
 とても危険な考えだ。この施設では獅子童ヒメが法である。彼女が雨季をゴミ扱いすればゴミなのである。
「そのメガネを廃棄処分にされたくなかったら、今すぐ土下座するといいかな……」
「暴力で解決ですか……野蛮な方ですね。あなたなんかに、幸様のお世話ができるとは思えません」
「死んでも文句言わせないよ……」
「戯れ言を……今の私は死にませんよ。幸様をこの腕の中でハグハグするまでは、死ぬ訳にはいかないのです」
 クイッとメガネを押し上げる雨季。
 やはり胸がないのを気にしているのか、胸の中とは言えないようだ。
「おぉー。言葉は気持ち悪いけど……なんか、カッコイイぞ」
「ここ湿度が高そうだもんね」
「姉さん。湿度は関係ないと思うよ」
「むふふ~。ライバルが減ってラッキーです~」
 被害を被らないように、席から離れた場所で観戦する四名のメイド候補生達。
 ジリジリと間合いを詰め始める雨季とヒメ。
 アウラの膝の上に乗せられて頭を撫でられる幸太。
「小さい頃からこうして頭を撫でていると、マスターは気持ち良さそうに寝ていたんですよ」
「あー……うん。覚えてるけど、さすがに今は恥ずかしいな……・」
「発情期というやつですね」
「いや、違うから。絶対違うから!」
 こうして様々な思惑と妄想と現実。様々な形に絡み合いながら状況が移り変わっていく。
 そう、時間は経つものだ。それによって何が起こるか人にはわからない。それはここにいるメイド達も同じである。
 ドンッ――と建物全体が揺れる音と共に、『幸様ヒャハァァァ』という別の意味で危ない警報が鳴り響く。
 イスにしがみつきながら辺りに視線を彷徨わせる夜菜。
 妹をクッションにして隠れる冨美。そんな姉を盾にしようとする清音。
 揺れたことによりイスに顎をぶつけて激痛に苦しむ香月。
 今まさに衝突しようとしていた雨季とヒメだったが、突然の揺れに隙ができた雨季が床に沈み、ヒメが仁王立ちで天井を見つめている。
 まるで新たな獲物を見つけた肉食獣のような鋭い目つきだ。
「ふがっ!? むぅぅぅ!」
 この混乱に乗じてアウラに押し倒され苦しむ幸太。
 顔色が悪くなってきた幸太に気づいていないアウラは冷静に呟く。
「マスター。アウラが身を以て守ってみせます。だから安心して下さい」
 ニコリと笑うアウラの瞳は優しさに満ちあふれていた。しかし、幸太にとっては悪魔のような笑顔に見えることだろう。
 胸に顔が埋もれているため、確認はできないのだが……。
「副所長。敵が侵入――どさくさに紛れてなにをしているのかな? 死にたいのかな?」
 幸太を押し潰すアウラを見て、ヒメの頬が引き攣る
「……大変な状況になりましたね。ラウラは、このまま私室に戻らせて頂きます。ここは危険ですので」
 そう言ってから軽々と幸太を抱えて立ち上がる。幸太の頭はまだ胸の谷間に埋もれたままだ。
 既に抵抗できないのか、それとも臨死体験中なのかはわからないが、幸太は身動き一つしなくなっていた。
「その両腕を斬り落としてもいいのかな?」
「嫉妬ですか? 嫉妬なのですか? 神さえも祝福する二人にじぇらしーですか? しかしながら、マスターがいればアウラの力は百二十%上昇です。あなたは指一本触れることはできませんよ」
 ぎゅっと、大事にしているぬいぐるみを抱き締めるように、更に幸太の頭を胸に埋める。
 ピクリと指を小さく動かした幸太だったが、もう死んでいるのかもしれない。
「上等だよ。そこまで主人とヒメを引き離したいなんて、ヒメも嫌な部下をもったものだよ」
「なんの冗談か知りませんが、アウラが主と崇めるのはただ一人です。あなたの部下になったつもりはありませんよ。あなたはただの通行人A。誰にも気にされない脇役の中の脇役。誰にも覚えられない名も無き通行人です」
「死んだかな……。うん、副所長は死んだねっ」
 今にも雄叫びをあげそうなほど目を血走らせたヒメがアウラへと突撃する。
 だが、突如部屋の扉が重く鈍い音を響かせて吹き飛んだ。

「そこまでだ。まったく厄介な所へ逃げ込んでくれたものだな」
 煙が立ち込める中、扉がなくなった場所には一人の女性が腕を組み立っていた。背後には青のメイド服をきた女性が幾人も規則正しく並んでいる。
「全員動くなよ。指一本動かせば息の根を止めてやる。おとなしくしていれば、あとで身ぐるみ剥がしてサメの餌にしてやるからな」
「どっちにしても死ぬんじゃねぇかよ!」
 夜菜が叫ぶ。
「清音! 時間を少し稼ぎなさい。もう少しでトドメさせそうなんだから」
 冨美は雨季を助けるふりをしながら、毒入りジュースを飲ませていた。
 両足をバタつかせる雨季だったが、
「あらら……治療というものは苦しいものですよ~」
 香月が眩しい笑顔で両足を押さえる。
「……いや、こんな状況なんだから味方が多いほどいいのに、減らしてどうするのさ」
 部屋に侵入してくる青のメイドに警戒しながら、清音は冷静に二人につっこむ。

「こんな事をしてる場合じゃないかな。副所長、例の計画を発動するよ」
 今にも斬りかかりそうなヒメだったが、侵入者達を見て苦々しい顔になる。
「仕方ありません。一時休戦としましょう」
 アウラはヒメの言葉に頷き。片腕で幸太を支えつつ、近くの壁に近づいてパカッと蓋を開ける。壁の中には赤いスイッチがあり、アウラはそれをためらわず押した。
 それを確認したヒメが、
「侵入者の皆様、ここに注目! 今から命令するから言うこと聞かないと、こいつらがどうなっても知らないよ」
 ビシッと背後を指差す。
 鎖に吊された鉄の檻が天井から降りてくる。そこには三人の女性と、一人の男性が入っていた。
「あれは…………」
 ピクリと眉を動かし反応したのは、扉に立っている軍人リリヴァである。
「佐倉財閥の頂点に君臨するカス男と、主人にまとわりつくクサレアマの三人だよ」
 ヒメの暴言にコクコクと頷くアウラ。
 動きを止めた青のメイド達を見て満足したのか、笑みを浮かべつつヒメは言う。
「リリヴァ、あなたに忠告するよ。一歩でも動いたらこの四人を海に沈めるかな」
「動かなくても沈めるつもりですけどね」
 とラウラは言ってから、幸太を床に寝かせた。
「ま……ますたー? こんな時に寝るなんてダメですよ」
 さすがに動かなくなった幸太が気になったようだ。
 だが……脅しをかけてきたヒメから視線をはずしたリリヴァは、牢屋に捕らえられている連中を見て嘲笑した。
「くっくくはは……やるがいい。我が主は一人だけだからな」
「偶然かな。ヒメの主も一人なんだよ」
「あら奇遇ですね。アウラの主も一人だけなのです」
 そんな三人の無情な言葉を聞いて、
「君達を雇っているのは、私なんだが……」
 檻に捕らえられている佐倉財閥の当主はさめざめと泣くのだった。


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