メイド編
メイド編:第三十五話:主とメイドと候補生。
佐倉家技術メイド隊――表向きは佐倉家を名乗っているものの、佐倉家を叩きつぶす事を目的としているメイド隊である。
だから、佐倉家のメイド隊とは仲が悪い。いや、正しくは技術メイド隊だけが嫌悪しているだけ。佐倉家の各メイド隊は基本は友好的である。
しかし、幸太が佐倉家に引き取られるまで、仕えていたメイド達が、それで納得するはずもなく一方的な敵愾心を持っているのだ。
「まったく、主人のメイドを私に断りもなく決めようとするなんて……あのおっさんどうしてくれようかな」
薄暗い部屋の中。唯一の明かりは女性の目の前にある幾多ものモニターだけ。
「それにしても、一花のせいで私の大事な研究所に傷がついちゃったなぁ……あのクソアマどうしてくれようかな」
机に両肘をたて、両手を重ね顎を乗せた女性は一つのモニターに視線を向ける。
「この子達も役立たずだし、使えない奴ばっかり……このヘタレな妹どうしてくれようかな」
モニターに映る三人のメイドを見て、女性は視線を下げて心底疲れたように嘆息した。
数秒してから顔をあげて、女性は別のモニターを見やる。
「まあ、でも主人がこっちに来てくれたし、帳消しにしといてあげるかな。歓迎してあげないといけないし、久しぶりに来てくれたんだからね」
楽しそうにニヤニヤと口許を緩ませた女性は、モニターから視線をはずすと席から立つ。
「さてと、こわーい戦争バカがこっちに向かってるみたいだし……例の計画を発動しようかな。ビックリするだろうなー」
机の上においてあった大きなメガネ――顔半分を覆い尽くすメガネをかけて、女性は歩き始める。
同時にモニターの電源が落とされ、一切の明かりがなくなった。
○
道案内役の技術メイド隊、副所長アウラを先頭に幸太とメイド候補生五名は、薄暗い通路を歩いていた。
メイド候補生五人の内の一人、華堂夜菜が怪訝な顔で辺りを見回しながら、先頭を歩くアウラの背に声をかけた。
「なあ、研究所って上の建物じゃなかったのか?」
「あれは、ただのカムフラージュ。研究所は地下にあります。あれはいわば……モルモットを捕獲する為の罠とでも思って頂ければいいかと」
アウラは振り向かず淡々と説明しながら歩を進める。
「ふーん。そういう建物なのか」
答えを聞いて満足した夜菜。その隣を歩く雨季が肩をすくめて、ため息混じりに言った。
「あんなわかりやすい――どうぞ狙ってくださいと言ってるような建造物で、研究なんてする訳ないでしょう。研究家というものはひねくれているんですから、常識で考えないほうがいいですよ」
「誰が狙うんだよ……」
「おかしな事を言いますね。外の現状を知っていて、それを言ってるのであれば、あなたの頭は大丈夫ですか? と聞きたいです」
「確かになあ……あんな戦場、映画の中でしか見たことなかったぜ。それにしても、お前ケンカ売ってんのか?」
「猛獣のような、あなたに売るほど安くありませんよ」
両者がにらみ合い始めたのを見て、後ろを歩いていた双子の姉、富美が慌てて間に入った。
「ストーップ! あんた達、こんな状況でよくケンカできるわね……。ほら、これでも飲んで落ち着きなさいよ」
「てめえこそ、こんな状況で味方に毒なんて渡すなよ!」
「汚い手ばかり使わないで、正々堂々とかかってきなさい」
「はんっ! 笑わせないでよ! 私が本気だしたら、絶対捕まえられないわよ! こうして毒入りジュースを渡すだけすごいと思いなさいよ」
「逃げる前提って……お前どうなんだよ」
「しかも、自分で毒入りって認めましたね……」
「う、うるさいわね……。ちょっとぐらいハンデくれてもいいじゃない。か弱い女の子なのに」
「毒入りジュース持ってる奴を、可愛いなんていう奴いねえな」
「自分で可愛いなんて言う人ほど、信用できないものはありません。虫唾がはしります」
「ちっ、ごちゃごちゃうっさいわね。いいわ。やってあげるわよ! 清音、いきなさい!」
夜菜と雨季から距離をとり、富美はビシッと指を指して清音に命令を下した。
「いや、姉さん自分で行きなよ。そもそも、ボク関係ないしさ。この機会に、そうやって妹を巻き込む癖直したほうがいいよ」
「うっ、薄情な妹を持った姉に免じて見逃しなさい!」
切り替えの早い富美は、これは不利だと悟ったのか上から目線で言い放つ。
「……いや、やる気なくなった」
「ふぅ、付き合いきれませんね」
呆れたように富美から視線をはずした夜菜。メガネをはずして拭き始める雨季。
「……………」
相手にされなかった富美は、肩を落としてどよーんと落ち込んだ――否、手に持った毒入り缶ジュースのプルタブを開けていた。
「あははは――これはさすがに使う気なかったけど、腹立つから仕方ないわよね! 溶けちゃえ!」
しかし、人体を溶かすような怪しげな液体を二人にかける前に、殺戮兵器缶ジュースは夜菜の拳にはじき飛ばされ、雨季の足に蹴り飛ばされた。
両手にあった缶ジュースを失った富美は、二人からあからさまに顔を逸らした。
「へー、いい壁ね。あとで製造方法聞かなくちゃ……」
「てめえ、ふざけるなよ! 死にさらせ!」
「一度、痛い目にみないとわからないようですね」
そんな三人を温かい目で見ている者がいた。痴女認定された香月である。
微笑を浮かべて、頬に手を添えている。とても楽しそうだ。
「ふふ、賑やかですね~」
「疲れるだけですよ。特に姉の相手は……」
「いえいえ~、楽しそうでいいじゃないですか~」
「毎日となると、楽しいというより腹が立ってきますよ」
「確かに、そうですね~。せっかくのチャンス潰しやがって腹が―――あらあら、こんな所に十円玉が~」
あからさまに話題を逸らそうとする香月に、清音は嘆息した。
「あの、聞いてましたし、いきなり話を逸らされても……」
「あっ、そうですか~……残念です。ではでは、夜道に気をつけやがれ~」
と、告げた香月はスキップを始めて、殴り合いながら進み続ける三人のあとを追いかける。
清音はそんな香月の背をみつめながら、頭を振って深いため息をつくのだった。
先頭を歩くアウラに幸太は横に並んで歩幅を合わせる。
後ろの騒がしい連中から少しでも距離を置きたかったからだ。
「アウラ。まだ先なのか? そろそろ到着してくれないと、大変な事になりそうな気がするんだ」
そう、せっかくここまで逃げてきたというのに、背後で暴れるメイド候補生に巻き込まれたら、死んでしまう。
幸太の心配事を察知したのか、優しげな笑みを作ったアウラは立ち止まった。
「そうですね。もうついてますよ」
「えっ」
幸太も同じく足を止める。壁の前に立つアウラの背後に視線を向ければ、研究室と書かれたプレートが掲げられていた。
真っ白な壁、更に薄暗いのもあって、プレートがあっても幸太一人だったら通り過ぎていただろう。
よくよく目を凝らして見てみると、確かに隙間があって扉があるということが窺える。
「こんなわかりづらい所にあるんだな」
「そうですね。これも侵入者を想定しているんです。このまま真っ直ぐ向かえば、帰ってこれないので気をつけて下さいね」
そう言ってからアウラは、近くの壁を軽く押した。すると、どういう仕組みなのか静かに扉が開く。
「さあ、マスターどうぞ」
アウラはとても嬉しそうに、声を弾ませて幸太に先に進むように促すのだった。
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