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メイド編
メイド編:第三十四話:戦いは……終わらない。
 薄暗い森の中を歩き続けること十分程度で、技術メイド隊がいる研究所へと辿りつく。
 森を抜けて視界に広がった光景に幸太は落胆を露わにした。
 辺りからは煙が立ち上り、地面も抉れていてここで何があったか一目瞭然だ。
 幸太はとりあえず入り口に向かってみるも、やはり……と言うべきか、無残にも破壊されていた。
「もしかして……ここもあのメイド達にやられたのでしょうか?」
 後ろについてきていた夜菜が、嘆息する幸太を見て慰めるかのように、優しく声をかけてくる。
「あ、ああ……みたいだな」
 一足遅かったようだ。しかし、よく考えればよかったのかもしれない。もし襲撃していた者達と鉢合わせになっていれば、捕らえられているだろうからだ。
 でも、これで保護してもらう計画は頓挫してしまった。
 どうすればいいのか……悩む幸太に雨季が近づいてくる。
「幸様。少しおかしな感じがします」
「おかしな感じ?」
 幸太は顔を向ける。雨季は眉間に皺を寄せて辺りに視線を巡らせていた。
「ええ。いくら鎮圧したからといって、誰も残らないなんてことはありません」
 言われてみればそうだ。ここに来るまで誰一人出会すこともなければ、辺りに誰かがいる気配もない。
 怪訝な顔をする幸太と、考える雨季。
 その時、香月が動いた。
「考えてても仕方ありません~。もしかしたら、皆連れていかれたのかも~」
「ほわっ!?」
 背後から幸太を抱き締めて、後頭部を自身の胸に埋めさせる。
 香月は楽しそうに腕に力を込めて、暴れる幸太を逃がさないように、ぎゅー、と抱き締めた。
「照れる幸太様は可愛いですね~。鼻血がでちゃいそうです~」
「てめえ、勝手に抱きついてんじゃ――」
 夜菜が香月の行為を咎めようとして腕を伸ばしたが、空を切るだけで無駄に終わった。 避けた訳でもない。突然、目の前から香月の姿が消えたのだ。照れる幸太を残して……。
「へっ?」
 頭から柔らかい感触がなくなったのに気づいて、幸太は後ろを振り向いてみるも――ぽかーんとした顔をする夜菜達の姿だけしかなかった。
 視線を忙しく移動させて香月を捜すと……見つけた。
 地面に横たわりピクピクと動いている。なにやら生死の危険を思わせる症状である。
「だ、だいじょうぶか……」
 幸太は香月に近づこうとするも、その場から動けなかった。
 別に恐怖から動かないというわけでもない。ただ肩を掴まれて身動きがとれないのだ。
「あの女は害。近づいてはなりません」
 と、頭上から清楚な声音が降ってくる。
 首を後ろに反らして見上げると、そこにはヴェールにも似た純白の布を頭から被っている女性が、幸太を見下ろしていた。
「マスター……マスター……マスターですね」 
 ぺたぺたと幸太の顔を触ってくる。布越しからもわかる褐色肌。瞳の色は肌と同じ茶色。
 どこか神秘的な雰囲気を纏っていて、あまりにも整った美貌は男の眼を惹きつけてやまないだろう。
「久しぶり――」
 遠慮なく顔を触れてくる女性に、幸太は頬を赤らめる。
「お久しぶりです。本当に……久しぶり。四日と二時間三四分二四秒も経ってしまいました」
 幸太の身体の向きを変えて、正面から抱き締めると、自然な動作で服を脱がそうとする女性。
 幸太は慌てて服の裾を掴んで抵抗を試みる。それでも、女性は微笑を浮かべながら手に力を込めて脱がそうとしてくる。
「アウラ。やめてほしいんだけど……」
 声が上擦ってしまうのも仕方がないことだ。凹凸のある肢体を窮屈そうに包み込む純白メイド服、その上から白衣を着ている褐色の女性が目前にいるのだから。
 日の明かりに照らされて薄いヴェールから美貌を覗かせていて、肩にかかる程度の茶褐色の艶のある髪を陽で輝かせた姿は、夜菜や雨季には持ち得ない大人の色気を惜しみなく漂わせている。
 アウラ・ソリオス。技術メイド隊、副所長。
 すみれと共に、佐倉の姓を名乗る前から幸太に仕えてくれているメイドの一人。
 このような人物が副所長だからなのか、佐倉家とは少し折り合いが悪いメイド隊である。
 突如として現れたアウラに夜菜はもちろんのこと、雨季や双子の姉妹も驚きのあまり硬直していた。香月は介抱されることもなく、地面に横たわっていた。
「害虫達にいつも言い寄られて……かわいそう」
 くしゃ、と顔を歪めて悲しげに目元を下げるアウラ。それでも服を脱がそうとしてくるのだから、かなり変わった女性である。
「アウラが思ってるほど……深刻ではないと思うけどな」
 と、幸太が言うと、アウラの手の力が緩んだ。
「かわいそうに洗脳されてしまったのですね……うっ、なんてヒドイことを、やはり佐倉家は潰すべきなのです」
 急に涙を流し始めたアウラは、幸太を労るように抱き寄せる。
「ああ……やはり、あの時に佐倉家の当主を消しておくべきでした。マスターが望むのであれば、技術メイド隊の力を結集して、このような牢獄島など一瞬で消してみせます」
 恐ろしい事を涙ながらに呟くアウラに、幸太は苦笑することしかできない。
 やはり来るべきではなかったのかもしれない。技術メイド隊は大体がアウラのような女性達で構成されているのだ。
 更にその頂点に立つ所長は、かなりの変人だと幸太は思っている。
 今となってはあとの祭り……。諦めるように嘆息してから、幸太は口を開いた。
「それでさ、ちょっとだけでいいから匿ってほしいんだけど……」
「佐倉一花嬢のメイド部隊が、マスターを連れ去りに来たようですね。ここにも来ましたよ」
「この光景見たらわかるよ……大丈夫だったのか?」
「それはもう、襲撃をかけてきた者達は全て捕らえて、実験に協力してもらっています。最近モルモットが――人手が足りなかったものですから助かってます」
 なにやら物騒な言葉が混じってたようだが、幸太は聞かなかったことにした。
「では、こちらに……」
 沈黙した幸太の背中を押して、アウラは破壊されたビルの入り口へと歩を進める。
 その時――。
「あっ、おい……。待ちやがれ!」
 夜菜がようやく言葉を発して、つられて雨季もメガネをクイっと押し上げた。
「待って下さい。勝手に幸様を連れていかないで下さい」
「そうよ! あんた気安く幸太様に触るんじゃないわよ! 調子に乗ってると特製ジュース飲ませるわよ!」
「姉さん。ボクの背中に隠れないで言ったほうがいいよ……」
「あの痴女が吹き飛ばされたタネがわかるまで、うかつに前にでないほうがいいわ」
 チラっと倒れている香月を見てから、幸太の背に手を添えて立ち止まったアウラを、富美は睨みつけた。
「――妹は姉の盾となって散る。美学ね」
 ニタリと口角を釣り上げた富美。不機嫌そうに眉間に皺を寄せる清音。
「美学でもなんでもないよ。散るのは姉さん一人だけでいいよ……」
 そんな四人に肩越しで振り向いたアウラは、
「あなた達も特別に研究所に入ることを許可しましょう」
 まったく聞いていなかったかのように無視すると、そのまま前を向いて再び歩き始める。
 正面を向いたアウラの口許は歪んでいた。とても楽しそうに。
「歓迎しましょう。モルモットとしてね……」
 小さく呟いた言葉は近くにいた幸太の耳にも届かなかった。

    ○
 メイド候補生五名と一人のご主人様が研究所に辿り着いた頃、ある場所では一つの醜い争いが終結……または停戦状態となっていた。
「争ってる場合じゃないの。どうにか脱出する方法を考えるの」
「仕方ありません……これ以上無駄な体力を使うのは得策ではありませんわ」
 呼吸を荒々しく繰り返す二名のメイド。その近くで幸せそうに眠るメイドの姿がある。
 アリスの隣で眠るメイドへと、視線を向けたすみれが呟く。
「早く静香を起こすの。とっとと縄を食いちぎってもらうの」
「あれほど騒いでて起きないなんて……少し驚きますの」
 アリスが不思議そうに静香を見やり、すみれは嘆息する。
 先程まで争っていた仲が悪い二人のメイドは、お互い視線を交差させて頷きあってから、エビのように跳ねたかと思うと、縛られた両足を静香の背中へと振り下ろす。
 ちなみに、すみれは自身の足の長さを把握しておらず……否、把握してはいるだろう。 なぜならば、元々すみれのいる場所からでは距離があるので届くはずがない。それは、誰の眼から見ても明らかである。
 それでも足を振り上げたのは、ひとえにアリスにトドメを刺したかっただけなのかもしれない。
「ぎゃんっ!?」
「はぎゅっ!?」
 二つの悲鳴――にも似たうめき声が木霊した。


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