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メイド編
メイド編:第三十三話:仲間割れ。
 軽い荷物程度にしか感じていないのか、華堂夜菜は幸太の腰に片腕を回して、森の中を颯爽と駆けていた。
 その後ろから、北野雨季が息も切らせず楽々とついてきて、そこから二メートル離れたところで、今にも死にそうな顔の木浦香月の姿。更に遅れて双子姉妹、菅波富美と清音。
 雨季が追いついて、夜菜に速度を合わせる。
「どこに行くつもりなのです?」
 クイッとメガネを押し上げる。前方を一瞥してから夜菜に顔を向けて、視線を下降する――幸太を見てボッと頬を朱に染めた。
「どこって……そりゃ……」
 ぼそぼそ呟き夜菜の足が止まり、雨季もまた同じく止まった。
「どこに行けば……」
 少し視線を彷徨わせた夜菜だったが、幸太に視線を落とす。
 救いを求めるような視線を受けて、幸太は嘆息した。何も聞かずに自信満々に走り出したものだから、行き先を決めているとばかり思っていた。
「とりあえず……下に降ろしてもらえるかな?」
 幸太は上目で夜菜に要求する。正直……女性に軽々と抱えられたら、男としての自尊心が傷付くのだ。
 夜菜は無言で優しく地面に幸太を解放する。
 と、ここで木浦香月が三人に追いつき、
「もうダメです~。死んじゃいます~」
 幸太の首に腕を回して、ぐてー、と身体を預ける。
 それを見た雨季が流れるような動作で、綺麗な回し蹴りを放ったが、
「むふふ~」
「なっ!?」
 あっさりと香月に避けられて、雨季は驚愕する。
「痴女が幸様に触れるんじゃねえよ」
 夜菜が香月の首根っこを掴んで、幸太からあっさり引き剥がした。
「むぅ……なにするんですか~」
 非難するような恨めしい眼で、香月は夜菜を睨みつける。
「うるせえ。幸様に近づいていいのは、今日からオレだけだ」
 豊かな双丘をぶるんと揺らして、夜菜は胸を張る。幸太は顔を赤く染めて、慌てて視線を逸らす。
 めざとい雨季はそれに気づいたが、対抗できる胸など持ち合わせておらず。がっかりしたようにため息をつく。
 そんな様々な感情を表す四名に、ようやく追いついた双子。
「あんた達、なに止まってんのよ。追いつかれるわよ」
「そうだよ。すぐそこまで来てるから、早く逃げないと……」
 慌てたように言った富美に、清音も同意する。
 夜菜は香月の首から手を離して、幸太を見た。香月も首をさすりながら、同じく視線を向ける。
 しかし、雨季だけは胸を気にしているのか、
「二次性徴が遅れているだけ、きっとそうです。あと二、三年もすれば……」
 胸元に手をやって首を傾げていた。とっくに第二次性徴なんてものは過ぎ去っているのだが……。
 一手に視線を受けて、幸太が口を開く。
「あーえと……技術メイド隊って呼ばれる連中が、この近くに研究所を持っているんだ。そこに逃げれば、きっと匿ってくれるだろうし、守ってくれると思う……」
「思う……ですか?」
 夜菜が怪訝そうな顔をする。幸太は後頭部を掻くと、視線を地面に下げた。
「なんていうのかな……少し変わってるんだ。あんまり関わっちゃいけないような、危ない連中というか、怖いというか……行かないほうがいいかも」
 ぼそぼそと呟く。はっきりしない幸太に、五人のメイド候補生は興奮していた。
 まるで迷子のような困った表情を浮かべる幸太に、母性本能をくすぐられて感化されたのかもしれない。
 夜菜は鼻息を荒くしながら幸太を見つめる。痴女認定された香月は、両頬を手で押さえながら身を悶えさせた。
 双子の姉は「このまま冷凍漬けにしたいわね」と怖いことを呟き、妹のほうは「幸太様に料理されたいな~」と、変な想像をしている。
 そして……最後の一人。
 ガリ勉なメイド候補生は「幸様に胸を踏みつけてもらえば……」と、幸太の足に視線を注ぎながら変態発言。
 隠そうともせず邪な考えをしている五名に、幸太が気づくのも当たり前で、
 ――すみれ……やっぱり俺一人で逃げたほうがよかったよ。
 恐怖で後退っていた。
「それで、その研究所というものは、どこにあるのでしょう?」
 怯える幸太に気づいた夜菜は、瞬時に表情を切り替える。
「あそこの白いビルなんだけど……」
 幸太は東側に指を指す。つられて五名も視線を向けた。
 そこには空を二つに分けるかのように、高層ビルが建っていた。
 辺りが森に囲まれていて、他にあれほど大きなビルがない為、かなりの違和感がある。
 しかし、それだけが原因ではないだろう。そびえ建つ白いビルには窓はなく、ただ巨大な石の塊があるだけのようにも思える。
 だから、眉間に皺を寄せる五人の表情が、不可解そうなのも仕方ないことだ。
 とにかく、あそこに行かなければいけない。戸惑っていては、追っ手に捕まるのも時間の問題である。
 いくら夜菜達が強いと言っても多勢に無勢。
「とりあえず、ついてきてくれ」
 幸太は一歩踏み出して、森の中に入っていく。舗装されている道を行ってもいいが、待ち伏せされているのは確実であろう。
 ならば、最短距離でもある森を突っ切れば、見つからないし一石二鳥なのだ。
 五人のメイド候補生も後に続いて、森の中へと入っていく。
 幸太達の姿が闇の中に消えていくのと同時に、姿を現した者がいた。
「マスターを発見。追尾します」
 白のメイド服の上から白衣を羽織り、顔を隠すようにヴェールにも似た純白の薄布を被っていた。

    ○

 まるで爆撃でも受けたかのように、幾多ものクレーターが存在する地面。
 周辺の大木はへし折れ、付近には倒れている者すらいる。
 忙しく動き回る青いメイド服を着た女性達。その中央では、縄で縛られた三人のメイドが横たわっていた。
「どんな気分だ?」
 葉巻を口に咥えた女性が、三人を見下ろしながら呟いた。
「クズな女に見下ろされて気分は最悪なの」
 その声に反応したのは、他の二人に比べて小柄な女性、むしろ少女のような印象を受けるメイドだ。
「敗北とはそういうものだ。悔しいのなら強くなるしかない。まあ、いつまで経っても、弱いお前達に強くなれというのは酷な話だが……」
 鼻で馬鹿にするように笑うと、女性は背を向ける。
「私も忙しいのでな。失礼させてもらう」
 そう告げて女性は歩き始める。怪我人の手当などをしていた青のメイド服を着た者達も後をついていく。
 先程まで争っていたというのに、メイド候補生達に手当を施すなど、青のメイド隊は意外と良心的な者が集まっているのかもしれない。
 そして、鬼教官と共に青のメイド隊の姿が見えなくなり、残されたのは縄で縛られた三人のメイドと、気を失っている三百人以上のメイド候補生だけだ。
「で、どうするんですの?」
 金髪碧眼のメイド――アリス・ヘディナ・ヘリオスが小柄なメイドを見た。
「とっとと縄を切るといいの」
「手を縛られていては無理ですわ。その軟弱な顎で引きちぎって頂けます?」
「無理な要求を言ってないで、さっさとナマクラ刀で縄を切れなの」
「ですから、こうも執拗に縛られていては無理ですの。貧相な身体なのですから、さっさと抜け出しなさいな。引っかかりもなく抜け出せますの」
 成長しなかった小柄なメイド――すみれのある部分を見て、勝ち誇るようにアリスは含み笑いする。
 すみれは口角を引き攣らせると、
「役立たずなお前には言われたくないの」
 蓑虫のように縄で縛られた身体を器用に跳ねさせて、アリスの背中に足を振り下ろした。
「げぶっ!? な、なにをするんですの!」
「ちょっとしたマッサージなの」
「あまり調子に乗ってると、真っ二つに斬り伏せますわよ……」
「そんな馬鹿丸出しの姿で言われても、迫力なんて皆無なの。むしろ滑稽なの」
 睨みつけてくるアリスに、すみれは涼しげな顔で対応する。
 そんな醜い争いをする二人の近くには、暇だったのか寝息をたてているメイドがいた。
「ん~肉……いっぱい」
 とても幸せそうだった。


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