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メイド編
メイド編:第三十二話:豹変するメイド候補生。
 なぜか殴り合いを始めた二人、そして地に倒れた女神に化けていた痴女。
 幸太は困惑するしかなかった。
「本当にこいつら、どうしようもないわね」
「姉さんが言えた義理じゃないけどね」
 と、双子が幸太の目の前に現れた。
「は~い。菅波富美です。幸太様専用メイドになります」
「ボクは菅波清音です。姉と同じく幸太様専用のメイドになります」
「そ、そうですか……」
 まるでメイド試験に合格したかのように言ってくる二人に、幸太は訳がわからず頷くことしかできなかった。しかも、少し言葉がおかしいように感じて「ん?」と首を小さく傾げる。
 しかし、幸太が疑問を口にする前に、
「敬語なんて必要ないんですよ。幸太様は罵るように言ってくれたらいいんです。この豚野郎とか……」
「姉さん。それじゃただの変態だよ。そこに倒れてる痴女とかわんないよ」
「母さんに言われたのよ。ご主人様はドSで、罵るのが大好きって。それに母さんに渡されたメイド資料『メイドとご主人様~調教の過程~』の上巻にも詳しく書かれていたわ」
 と、富美が言って、清音は嘆息した。
「母さんは姉さんと同じで悪戯好きなんだから、嘘に決まってるじゃないか……それに、そんなの受け取っちゃダメだよ。しかも、二部作なのが驚きだよ」
「清音、勘違いしているわ。上中下の三部作よ」
「もう言葉がないよ……」
 と、二人が妙な話を始めたので、幸太はため息をついた。それに気づいた双子は、あからさまに咳払いをすると、
「そ、それで、幸太様はここに何をしにきたんです? ご覧の通り変な連中が多いですよ」
「そうですよ。それに、一番近づいてはいけないのが、この姉なので気をつけて下さいね」
 富美の忠告に清音は同意する。富美は清音を睨みつけた。対する妹は涼しげな顔を……嘲笑うといったほうが適切かもしれない。
 両者の間に剣呑な空気を感じた幸太は、慌てて口を開いた。これ以上、無駄な時間を過ごす訳にはいかないのだ。
「頼むから、オレを連れて逃げてくれ!」
 青のメイド数人が、すみれを突破してこちらに駆け寄ってくる。
 説明してる時間はなくなってしまった。いや、この双子を相手にしていると、時間なんてどれだけあっても足らない気がした。
 富美と清音は一瞬きょとんとしたが、迫り来る青のメイドを見た。
「みんな聞いて! あの青のメイドから幸太様を逃がしたら、専属メイドになれるらしいわよ!」
 富美が咄嗟に嘘を叫ぶ。頬を朱に染めていたメイド候補生達や、争っていた不良とガリ勉も動きを止めて、そして女神から痴女へと降格した女性も立ち上がり、皆一様に眼の色を変えた。
「おい。毒女!」
 華堂夜菜が富美に近づいてくる。
「なにが毒女よ。人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
「ははは、言い得て妙だね」
 富美は不満そうに頬を膨らませ、清音は何度も頷き肯定する。
「そんなことより、さっきの本当なのか? あのクソ女共をぶっ飛ばせば、こ、こうた……こ、こ、幸様のメイドになれんのか?」
 ご主人様なんて呼ぶ柄でもないので、名を呼ぼうとしたのだろうが恥ずかしかったのか、略して言った夜菜。
 その後ろにはメガネの位置を整えながら、雨季の姿がある。きっと富美の返事を待っているのだろう。周りにいるメイド候補生達も息を呑んで富美を見つめていた。
「本当だってば! 早くあいつらなんとかしないと、私達みんな不合格よ!」
 だが、富美だけでは信じ切れないようで、メイド候補生達は一斉に幸太を見た。
 幸太は富美の隣に立つとメイド候補生達を見渡す。
「……本当だ。オレが無事逃げ切ったら全員合格でもいい」
 それぐらいの権限はある……と思いたい。既に一人では逃げ切れない状況なのだから、ここは皆に協力してもらったほうがいいだろう。
 幸太の言葉を聞いて、ようやく信じたメイド候補生達は、
『あの女達をタコ殴りにすれば合格できるそうよ?』
『えっ、でもメイド選考会の資料には、まだ選定試験があるって書いてるけど……』
『ご主人様が全員合格にしてやるって言ったのよ?』
『つか、あんた何勝手にご主人様なんて言ってるの』
『いいじゃない。不合格になるつもりはないし。あんた、あいつらにご主人様を渡して、のこのこ家に帰るの?』
『そんな訳ないでしょ……』
『なら決まりじゃない』
『『『やつらをころせええええええええええ』』』
 辺りにいたメイド候補生達は物騒な事を叫び、青のメイド達に突っ込んでいった。
 豹変する女性を見慣れている幸太は、冷静を装うことができたが、雄叫びをあげる姿は、さすがに肝を冷やしたのだった。

 女性の豹変ぶりに身をすくめる幸太の背後に、夜菜がまわって抱きかかえた。
「幸様! 私に任せて下さい。どこまでも逃げてみせます。二人っきりで無人島に逃げましょう」
 えへへ。と照れくさそうに笑う夜菜。その顔は緩みに緩みきっていた。変な方向に豹変したようで、なぜか青のメイドだけじゃなく、メイド候補生も殴り飛ばして夜菜は駆け出した。
「待ちなさい! あなたは何を勝手にしているのですか!」
 ガリ勉メガネの雨季がその後を追いかける。
 夜菜に先を越されて手の行き場がない、痴女認定された香月は暗い笑みを浮かべていた。
「ふふふ。あの脳筋女……いつか後ろから刺してあげます~」
 近くにいた青のメイドに頭突きをして、香月も夜菜の後を追いかける。
 そんな三人に更に遅れた双子の姉妹は、
「清音! 私の代わりに捕まりなさい!」
「はは、何を言ってるのかな? それは姉さんの役目に決まってるじゃないか」
「あら、こんな所で姉に逆らうの?」
「こんな状況だからこそ、姉さんを始末するんだよ」
「上等じゃない! これでもくらえ!」
 缶ジュースのプルタブを開けて、清音に向かって投げつける。
 清音は躱すと足を突き出した。富美は地を蹴って避けると、もう一缶投げつける。
 二人は争いながらも器用に速度も下げずに、夜菜達の後を追いかけるのだった。
 余談ではあるが、富美の投げた缶ジュースを直撃したメイド候補生三名、青のメイド四名は一週間生死の境を彷徨ったという。


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