目の前で繰り広げられている光景を見て、メイド候補生達は途方に暮れていた。
メイド候補生の集団の中にいる、華堂夜菜もまたその一人だ。
「なにしてんだあれ……」
突如として現れた青を基調としたメイド服を着ている者達が、少年に付き従っていた二人のメイドと争い始めたのだ。
「さあ……でも、遊んではいないでしょうね。思いっきり殴ってますし」
夜菜の言葉に反応したのは、隣にいた北野雨季。その雨季もまた、戸惑いを隠せないようだ。
「ん~、どうすればいいのでしょうか~」
そんな状況を見ながら、のほほんとした顔の木浦香月。二人と違って芝生の上に腰をおろしている。
その三人の後ろでは双子の菅波姉妹、姉の富美と妹の清音である。
なぜか二人は言い争っていた。
「はなしなさいっ! 皆あっちに気をとられてるから、大丈夫よ!」
「ダメだって、絶対バレちゃうよ」
「はんっ、ビビってんじゃないわよ。十人ぐらい消えたって誰もわからないわよ!」
「いやいや、普通にわかるでしょ。こんなに密集して集まってるんだから、下手したら失格になっちゃうよ」
「清音、よく聞きなさい。試験官はこちらに気を回す余裕はない。そして、メイド候補生の連中も、あっちに気をとられてる」
富美は諭すように、妹の顔を見つめながら喋り続ける。
「そういうわけだから……今の内に出来る限り、有能そうな連中を排除しておくのよ」
「いやいや、バレたら反対に、皆にやられちゃうよ……」
「いざとなったら、あの青いメイド服を着てる連中に、罪をなすりつけたらいいのよ」
「それはちょっと無理がありすぎると思うよ……」
「いいから、黙って姉の言うことを聞きなさい。あんたが、後ろから羽交い締めにして、私がこのジュースを飲ませる。これだけでライバルが一人減るのよ」
エプロンのポケットから、夜菜達に渡した同じ缶ジュースを取り出して、富美はニタリと笑みを浮かべた。それを見た清音は頭痛がするのか、こめかみを押さえて嘆息する。
しかし、大声で言い合っているのだから、周りの者達が気づいてるのは当たり前な訳で。
夜菜が眉根を寄せて、二人を見ていた。
「あいつら、なに姉妹喧嘩してんだ? しかも、物騒なこと言ってるぞ」
「いろんな方がいますからね。飲まなくてよかった……」
雨季は二人を見て呆れたようにため息をつきながら、飲まずにエプロンのポケットに、仕舞っておいた缶ジュースに視線を落とした。
「少し厄介そうな姉妹ですね~」
香月は周りに聞こえないよう小声で呟く。
その時――喧騒があがった。五人は一斉にそちらを向く。
何人もの青のメイドが小柄な少女に吹き飛ばされていた。少女と少年を取り囲んでいた人壁が崩れていく。
崩れてできた隙間から、一人の少年が飛び出してきた――佐倉幸太である。
しかも、自分達の所に走ってくるのだから、メイド候補生達は眼にも明らかに浮き足立ち始める。
幸太を遠くから見ているだけだったのだから、仕方がないのかもしれない。
しかも、本人が自らこっちに来るのだから、メイド候補生達が喜ぶのも無理はなかった。
メイド候補生達の元に来たのはよかったが、誰に喋りかけたらいいのかわからず、幸太は困り果てていた。
周りが女性ばかりな生活をしているが、それは幼少時からの知り合いも多い訳で、初対面というわけでもない。だが、専属メイド隊を設立することによって集められたのは、知らない者達ばかり、声をかけるのを躊躇うのも仕方がないのかもしれない。
メイド候補生達を数秒眺めていた幸太だったが、ある二人のメイド候補生を発見して、そちらに足を進めた。
「えーと、なんていえばいいのか……」
幸太が向かった先には、夜菜と雨季がいた。二人は視線をさまよわせたり、奇妙な踊りをしたりして動揺している。
声をかけたのはいいが、どう説明したらいいか考えている幸太は気づかない。
「あの……助けて下さい」
出来る限り丁寧に言ったつもり、というより短い言葉だから失礼な訳もないのだが。
しかし、夜菜と雨季から返事はこない。意味がわかっていないのかもしれない。
「あーえと、どこかにボクを連れて逃げてくれませんか?」
使い慣れていない敬語を言って、幼少時に使っていた「ボク」を使ったからか、まるで駆け落ちのような台詞になってしまう。
それでも、夜菜と雨季は眼を剥いて、若干身体も震えていたりして返事はない。
――これでもダメか……。
どう言ったらいいのかわからず、幸太は肩を落とす。
一から説明すると長くなってしまう。肩越しにチラリと背後を見やると、さすがに多勢に無勢なのか、すみれが苦戦していた。青のメイドがこちらに来るのも時間の問題だろう
「あの~、少しいいですか~?」
焦り始めた幸太に救いの手が差し伸べられる。女神のような微笑をもった優しそうな女性――木浦香月がいつの間にか幸太に近づいていた。
香月のほうが身長が高い為に、幸太は見上げるような形になってしまう。香月の豊かな胸が目の前で揺れている。
「な、なんでしょう?」
少し頬を赤く染めながら、出来る限り胸を見ないように返事をした。
「逃げたいというのは、あの青のメイドさん達からですか~?」
香月は照れる少年を見て、眼を細めると距離を詰め始める。
「そうです。ずっとじゃなくていいんで、姉さんが――あの青のメイド達の上司のような人が諦めるまで……」
なぜか胸をやけに揺らしながら近づいてくる香月に、身の危険を感じた幸太は少し後退る。
こういった危機感だけは異様に高い。なぜなら、毎日がそんな状況だからだ。
「あら~、どうして逃げるんですか~? あっ、照れてるんですね。可愛いですね~」
香月はニコニコ笑みを浮かべながら、一歩一歩力強く前に踏み出してくる。両腕を広げて手をわきわきと動かしていた。
もう、誰に助けを求めればいいのか……幸太は泣きたくなってきた。
「痛くないでぶげらぁっ!?」
突如、飛んで来た拳が顔面に直撃して、香月は地面に突っ伏した。
「変態野郎め……それじゃ痴女じゃねえか」
夜菜が手をぶらぶらさせながら、気味悪そうに倒れた香月を見下ろす。
「まったくですね。清純ぶっているとは思っていましたが、痴女だったとは……カスです。クズです。死ねばいい!」
倒れた香月に蹴りをいれる雨季。夜菜は呆然としている幸太に視線を向ける。
「だ、だいじょうぶか? じゃなくて……大丈夫ですか?」
将来的にご主人様になるであろう人物に、さすがにタメ口ではいけないと思ったのか言い直す。
そんな夜菜の態度に怪訝な視線を投げかける者がいた――雨季である。
「……この短時間で風邪でも引きましたか?」
問われて、夜菜は顔を羞恥に染める。
「うるせぇ! 年下には優しく接するのが、大人ってもんだろ!」
「それは年下に接する態度ではなく、主に接する態度です。あなたは、もうメイド気取りなのですか――合格もしてないのに?」
「いや……その……あれだろ。そりゃ、なんつーんだ」
モジモジと恥じらう乙女といった感じで、夜菜は上を向いたり下に向いたりと落ち着きを失った。
そんな意外な反応を見せる夜菜を見てしまった雨季。頬をひくつかせながら後ろに下がった。
「それは……なんですか? 気持ち悪いですよ。あなたらしくもない」
「初めて会ったのは数時間前だろうが、そんな短時間でオレの事がわかってたまるかっ」
「あなたのような単細胞な方が、そんな複雑な思考をしているとは思えないのですが……」
「ケンカ売ってんのか?」
「私はそんなものを扱っていません。ただ――馬鹿を見てると虫唾がはしります」
「それをケンカ売ってるって言うんだよ!」
ゴウッ――と拳が大気を切り裂いて雨季に向かう。雨季は頭を下げて避けると、地面に手をついて水面蹴りを放った。
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