幸太が気づいた時には囲まれていた。
メイド候補生達が何事かと遠くから様子を見守っている。囲まれている幸太も怪訝な顔をするしかなかった。
突如として現れた武装集団、手には物騒な銃器を持っている。でも、幸太に焦った様子はない。というよりも、顔見知りばかりで怖いとは思えなかったのだ。
青を基調とした海を思わせる色合いをしたメイド服。スカートの丈がやけに短く、上着もまた胸が強調される創りとなっている。動きやすい服装……というわけらしいが、幸太にとっては眼福――――否、目の毒であった。
胸元に幾多もの勲章をつけている青服メイドが一歩前に進み出た――リリヴァ・リアン・モスイアである。
細く整えられた眉に、気の強そうな少しつり上がった目元、青く澄んだ瞳は何者であろうとも凍りつかせるような迫力がある。
鼻筋も通っていて整った造作をしているのだが、彼女の一番の特徴はやはり口許にあるホクロだろう。整った容姿のせいか、やけに色気があるのだ。
「幸太様。一緒に来て頂きたい」
部下の前だからか先刻に会った時よりも、やけに堂々とした佇まいで幸太に告げた。
しかし、こちらの軍人としての顔もよく知っていて、幸太はさほど混乱せずに口を開くことができた。
「説明してほしいな。いきなり来てほしいって言われても……」
困ったような顔をする幸太に、リリヴァは納得するように頷いて、簡潔にはっきりと口にする。
「一花お嬢様が待っておられます」
姉の名をだされて幸太は納得した。そもそも、リリヴァは一花に仕えるメイドなのだから、姉の名代としてここに来ても不思議ではない。
――佐倉一花。佐倉家の長女にして、姉妹達からは不平等な海王と呼ばれている。
ある時に幸太の妹の一人が、嫌いなニンジンを残した事があった。その一週間後、妹は太平洋のど真ん中で素っ裸で発見される。腹が減っても大丈夫なようにと、いつ沈んでもおかしくないゴムボートには大量のニンジンが積み込まれていた。
それ以来、妹はニンジンを食べられるようになった。ちなみに、幸太もニンジンが嫌いだったのだが、一花においしさを教えられ、口移しで食べさせられたのを覚えている
ある時は幸太の姉の一人が、一花の洋服を汚してしまった事があった。
一週間後、汚れた洋服と同じ物をゴムボートで製作している姉の姿が、太平洋のど真ん中で素っ裸で発見された。どれも不出来だということで、ようやく帰ってきた姉は再び太平洋に送り返された。泣きながら波にさらわれていく姉。眼を閉じれば今でも鮮明に、思い出すことができる。
ちなみに、幸太が汚してしまった時は、なぜか大量の下着が部屋に持ち運ばれていた。
どれも過激なデザインだったと、幸太は記憶している。
ある日、病弱な妹が泳げないと発言したことがあった。その日から妹は姿を消した。
一週間後、太平洋のど真ん中でサメと戦っている逞しい姿が発見された。泳げるようになっていたのは言うまでもない。
ちなみに幸太も泳げなかったが『今日から幸太のビート板』と意味不明な発言をした一花のおかげで泳げるようになった。
幸太ばかりを贔屓にするから不平等。海に放り出すから海王。などと、妹達から呼ばれて、二つを合わせて不平等な海王と名付けられた。
そんな一花は二ヶ月前に、この島から追い出された。理由は――幸太を誘惑するから。である。
幸太が成長するにつれ、一花の愛情表現は過激になっていった。
一花が『幸太らぶらぶだでぃ島』を去ることになった最大の原因――それは追い出された日の朝に起きた。
なぜか生まれたままの姿で幸太のベッドに忍び込んでいたのだ。母である幸があと二分気づくのに遅れていたなら、きっと幸太は貞操を散らせていたに違いない。
そんな姉の数々の出来事を思い出していた幸太だったが、不意に視界にはいった者達を見て現実に引き戻される。
「すみれ、静香……」
小さなメイド少女、獅子童すみれ。右手に持っているのは最近、遺跡を発掘して見つけたボルゲル一号と呼ばれる片手ハンマーだ。
その隣、骨付き肉を口に咥えた高月静香。どこから取り出したのか、両手には長さの違う巨大な二振りの骨。
二人はリリヴァを睨みつけ、明らかな敵対の意思を見せていた。
リリヴァは口角を吊り上げて、楽しげな表情になった。
「すみれ、静香。せっかく優しく教育してやったのに、教官である私の前に立ち塞がるとはな」
引き締まった太腿につけているホルスターから、リリヴァは拳銃を取り出して、
「アリスはつまらなかったが……貴様等はどうだろうな」
銃口を二人に向けると、挑発めいた笑みを浮かべた。
すみれもまたリリヴァと同じように、口許を歪ませる。
「理不尽な体罰の数々……一日も忘れたことはないの。復讐できるかと思うと――嬉しくて仕方がないの」
ボルゲル一号をリリヴァに向けた。隣の静香は無言のままだったが、骨を構えたところを見ると、やる気なのは間違いない。
いつも無表情な静香にしては珍しく、目の前の敵を潰したくて、うずうずしている感じだ。
「クズ共が。やけに積極的じゃないか、教官として嬉しいぞ」
嘲笑したリリヴァは、二人に告げる。
「お礼と言ってはなんだが――粛正だ」
銃口をすみれに向けて、引金を躊躇いなく引いたリリヴァだったが、すぐさま地を蹴って横に跳んだ。
ボゴンッ――爆発にも似た破壊音、ほんの数秒前までいた場所では、地響きと共に砂塵が巻き起こる。
砂埃が風にさらわれた時、片手ハンマーを手に持つすみれの姿が現れる。その足下には小さなクレーターができていた。
回避したリリヴァだったが、休む暇もなく。静香が攻撃を仕掛けてきた。
「……死ぬといい」
静かに告げて巨大な骨を振り下ろした。リリヴァは身を翻して、それさえも避ける。
銃口からゴム弾が射出される。静香は骨で叩き落として、更に攻撃を繰り出す。
その両者から少し離れたすみれは、幸太に近づいていた。その足下の近辺には青のメイドが数人倒れている。
「幸太様、ここは危険なの。今すぐどこかに身を隠してほしいの」
すみれに言われて、幸太は苦笑する。確かに危険かもしれない。ただ、怪我はしないだろう。
倒れている青のメイド達は幸太を連れていこうとしたのだが、その対応は優しかった。
でも、すみれに見つかってしまい。このような状況である。
そもそも、争いの原因は簡単に言ってしまえば『行く』か『行かない』かだけである。
久しぶりに姉と会ってもいいとさえ思っている幸太の胸中は複雑だった。
――あっ、でも、こっちから会いに行って、この争い止めてもらえばいいか。
一石二鳥だ。と考えて、すみれを見た。
「わかった。どこかに隠れてるよ」
姉に会いに行ってくる。と、すみれに言ったら止められるのは、間違いないので取り繕う。すみれは安心したのか顔を緩ませた。
「なら、あいつらも連れて行くといいの」
すみれはメイド候補生達が、集まっている場所を指差した。
幸太もそちらを見たが、首を振った。
「危険だから、やめておいたほうがいいだろ」
メイド候補生を連れては、姉に会いに行けなくなってしまう。こんなところで計画を破綻させるわけにはいかない。だが、すみれも首を縦に振ることはなかった。
「あいつらは盾にでも使えばいいの。すみれでも追っ手を全て食い止めることはできないの」
異論は認めないといった感じで睨みつけてくる。この頃から幸太よりも身長が低いすみれは上目だからか、怖いというよりも可愛いと言ったほうがいいかもしれない。
幸太が戸惑っている間にも、青のメイドは二人を取り囲み始めていて、少し離れた場所では息を荒げる静香と、余裕の笑みを浮かべるリリヴァの姿があった。
「もう時間がないの。道を空けるから走れなの!」
幸太が返答に窮している間に、すみれは珍しく声を荒げて青のメイドに突っ込んでいく。
諦めるように嘆息して、幸太は人壁の一角が崩れたのを見て走り出したのだった。
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