幸太は香月と共に自室へと続く廊下に敷かれた赤絨毯の上を歩いていた。
幾人ものメイドとすれ違い、その度にメイド達が頭を下げていく。
頭を下げるメイド達を見て、幸太は不機嫌な表情を浮かべていた。
苦手だったからだ、この屋敷にいるメイドの全てが自分よりも年上、そんな人達に頭を下げられるのは正直な話、幸太は好きじゃなかった。
食堂もそうだ、初めの頃はメイド達と別の場所で食べていた。豪奢な部屋に大きなテーブルが置かれていて、そこで一人で食べる。広い空間で一人で食べるという所行に苦痛を感じて、楽しくもなんともなかった。
だからこそ、その場所で食事をするのを拒絶し、メイド達と同じように食堂で食べることにした。
頭を下げられるのも拒否したのだが、これだけは譲ってもらえなかった。
「香月、メイドなんかしていて楽しいか?」
幸太は思わず口にだしてしまう。何が楽しいのか、わからないからだ
主人に忠誠を誓う彼女達の気持ちが理解できなかった。
どこか寂しげな声音で呟いた幸太の言葉に、後ろを歩いていた香月が、
「楽しいですよ〜、なんと言ってもご主人様と一つ屋根の下ですからね〜」
と声を弾ませて言った。その言葉は嘘偽りもなく、はっきりと幸太の耳に届くように言った。
「それに〜、ご主人様が嫌な人だったら、私達メイドになっていませんから〜」
まるで皆の意見だと言いたげに、笑みを浮かべたまま言った。
「そうか……ならいいんだ」
幸太は小さく笑みを作る。ご主人様なんて言われて未だに慣れることはないが、慣れるつもなかった。いつまでも彼女達とこうして、楽しく一緒に笑っていたいと幸太は思う。
それから口を開くこともなく、黙々と歩いていた二人だったが、突如轟音と共に屋敷が大きく揺れる。天井に吊られたシャンデリアが円を描くように揺れ始めた。
「あの二人まだやってるのか……」
「みたいですね〜、愚かです〜」
響いてくる轟音に幸太は、焦るどころかため息を吐く。
夜菜と雨季の戦闘はまだ続いてるようだった。
近くにいた事情を知らないメイドが慌てふためいている。
メイド達は焦りを含めた表情を浮かべて、幸太に駆け寄ってきた。
『ご主人様! これを!』
と近寄ってきたツインテールのメイドが白いエプロンをはずし、幸太の頭を包み込むように被せた。
『ご主人様、危ない!』
同じように駆け寄ってきたメイドが、幸太の身を守るように抱きついた。
「えっ――」
それを見た周りのメイド達が瞳を輝かせながら、
『あっ、ご主人様の頭に埃が!』
『ご主人様の肩に糸くずが!』
『ご主人様の腕に蛇が巻き付いてます!』
『ご主人様の唇にご飯粒が!』
メイド達は様々な理由をつけて幸太に抱きついていく。
「は〜い、離れてくださいね〜」
香月は額に青筋を浮かべながら、揉みくちゃにされる幸太の救出を始める。
片手には幸太の唇を奪おうとしたメイドの顔を掴んでいた。
メイド達は殺気を含めた声音に戦慄すると、そそくさと逃げ去っていく。
「なんだったんだ……」
蜘蛛の子を散らすように、メイド達が散っていく様を見て呆然と呟く幸太。
「優しすぎるのも問題ですね〜」
と香月は幸太を見つめながら、神妙な顔をして呟いたのだった。
幸太は自室の扉の前で立ち止まると、後ろを振り向いた。
「ここでいいよ、ありがとう」
礼を言うと幸太は笑みを作る。
香月も同じように笑みを作ると、幸太に歩み寄った。
「いつでも呼んでくださいね〜、幸太様の為なら、なんでもしますよ〜」
視線を合わせるように腰を屈めた香月は、幸太に顔を近づけていく。
唐突に迫り来る端正な顔立ちに幸太はどうすることもできず、息を呑んだ瞬間――額に柔らかい感触が訪れた。その感触に幸太の身体は硬直する。辺りが静まり返り、時間が止まったかのような錯覚さえ覚える。
すると端正な顔立ちが、ゆっくりと離れていく。止まった時間がゆったりと流れ始めた。
放心状態の幸太の瞳には、頬を少し紅く染めた香月の顔が映り込む。
「それじゃ、私戻りますね〜」
と少しはにかみながら背を向けると、早足で来た廊下を戻っていった。
「あー……あー……」
香月の姿が視界から消えて、なにをされたかようやく気づいた幸太は、恥ずかしさの余り声をだしながら辺りに視線を巡らせた。
廊下には誰もいないようで幸太は胸を撫で下ろす。そして頭を何度も振り、ドアノブに手をかけた。
もう一度廊下に誰もいないことを確認すると、自室の扉を開けて、飛び込むようにして入っていった。
洋風の二十畳もある部屋には、左中央に大きな天蓋ベッドが配置されている。大人三人が寝れる幅があり、金と銀がふんだんに使われていて、開け放たれた窓から差し込む光によって煌びやかに輝いていた。
風が部屋に入り込み、ベッドに取り付けられた白のカーテンをなびかせる。
まるで絵本の世界にでてくるお姫様のような木造の天蓋ベッドを、幸太はそのまま通り過ぎて、窓際に配置された黒机に向かって歩を進めていた。
黒机と一緒に置かれた椅子に腰を下ろすと、机の上に置かれた写真立てに視線を移した。 そこには幸太の家族が写っていた、父と母、そして姉に妹、今は離れて暮らしている大事な家族。
写真を見つめながら幸太は小さく微笑んだ。
父母は忙しく海外を飛び回っている。姉も忙しく今頃どこかの国の上空を飛んでいるだろう。
妹は父母についていってる為、なかなか会うことは叶わない。それでも不満はなかった。
いつも賑やかなメイドに囲まれている為、寂しいとも思わない。
だが突如、幸太の顔に不満げな表情が浮かびあがる。
「でも……一人暮らし――したかったんだけどなぁ……」
と愚痴をこぼす幸太。晴れて父母、そして姉から逃げ延び、妹から生き延びたというのに、なぜかメイドと暮らすことになってしまった。
父母と一緒に海外に暮らしていた頃から一緒にいるメイドもいるが、ほとんどのメイドは、この屋敷に住むことになって雇われたメイド達だ。
どのメイドも一癖も二癖もあり、心休まる時がない。
「はぁ……」
幸太は思わず悩ましげな溜息を吐いた。
その時、部屋の扉がガタガタッ――と大きな音を奏でた。
そして二人の人物が扉を慌ただしく開け放ち侵入してきた。
「幸様! どうしたのですか? 寂しいのですか? 一緒に寝ますか?」
メイド服がボロボロの夜菜が、泣きそうな顔で幸太に迫ってきた。
そんな夜菜を押しのけるように、
「幸様、私が癒してさしあげます! どうぞ! 私の胸に飛び込んでください!」
同じくボロボロの執事服を着た雨季が、両腕を広げ膝を折り曲げて、まるでお姫様を救い出しにきた騎士のような体勢をとった。
それを見た夜菜が、
「てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇぞ! 幸様はオレと寝るんだよ!」
夜菜が放った鉄拳が大気を震わせながら、雨季の頬にめり込んだ。
余りの威力に、雨季の顔からメガネが弾け飛ぶようにして床を転がっていく。
「うぐぅっ……」
強烈な激痛により綺麗な顔が歪み、雨季は頬を押さえながら、のたうち回る。
それを見下ろしていた夜菜が勝ち誇った笑みを浮かべ、幸太に駆け足で近寄っていく。
「幸様、邪魔者は排除しました。さぁ、甘美な一時を共に……」
呆然と眺めていた幸太は、近寄ってくる夜菜の艶っぽい表情を見て貞操の危機を感じる。
だが――……突如夜菜の体勢が崩れて、黒机に顎をぶつけた。
「あがっ!? ――つぅっ……」
幸太はそれを見て顔を顰めた。かなり痛そうだった。顎を押さえながらうずくまる夜菜。
その後ろには、足を突き出した格好で座り込む雨季がいた。
片手でメガネの位置を直しながら、ゆっくり立ち上がる。
「調子に乗りすぎですよ……」
苦しむ夜菜を見下ろしながら、冷ややかな視線を送る。
夜菜は目尻に涙を浮かべて、顎をさすりながら立ち上がる。
「嫉妬してんじゃねぇよ……」
夜菜が殺気を含めた瞳で睨みつけた。
幸太に向けられた訳でもないのに、背筋に冷たいものが駆け巡る。
再び殴り合いを始めた二人を見て、
「はぁ……」
やっぱり悩ましげな溜息を吐くのだった。
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