メイド編
メイド編:第二十九話:候補生と缶ジュース。
二時間ほど変わりゆく景色を眺めていると、目的地に辿り着く。いや、辿り着いたのはいいが、そこから一時間移動してようやく屋敷が見えてくる。
とてつもなく広大な土地に、巨大な屋敷。赤煉瓦で出来た壁に屋根は青色に染められて、まるで空と一体化したような屋敷である。車から降りた少女は、感嘆とした吐息をこぼす。
二階に取り付けられた半円を描いた純白のバルコニーは、さならが雲といったところか。
少女が住んでいた屋敷も大きかったが、比べるまでもなくこちらのほうが巨大だ。
そして、豪奢な両開きの大きな扉が開け放たれて、一人の少女が飛び出してきた。
「幸太様、急にいなくなると屋敷が騒がしくなるの……少しこちらの身にもなってほしいの」
「心配かけてごめん。でも少しだけ外に出掛けたかったんだ……」
「ん~許すの。それよりも、その後ろの女はなんなの?」
「あっ、そうだね」
幸太は背後にいたアリスを前に押しやった。そうするとすみれと対面する形となって、
「えーと、アリス・ヘディナ・ヘリオスです」
「獅子童すみれなの。幸太様のメイドをやってるの」
「メイド……」
アリスは不思議そうに、すみれを眺める。すみれは全くといっていいほど何もかわっていない。現在も過去も同じ姿だった。相変わらずの童顔で身長も小さい。
アリスよりもちっさかった。
「あなたもここに来たということは、メイドになるってことでいいの?」
「なりますわ。わたくしは恩を忘れませんの」
値踏みするように見つめてくるすみれに触発されて、アリスは威張るように胸を張る。
「あっ、メイドになるの?」
幸太が不思議そうに言った。連れて来た本人ではあるが、そういうつもりは一切なかったのだ。出来れば友達として遊びたかったのだが、この屋敷に住むということは自然とそういうことになってしまうのである。しかし、幸太はそんなこと知らない。
「はい。わたくしはメイドになりますわ。これも花嫁修業の一貫ですの」
あくまでもアリスはプロポーズを受けたと思っていた。そうすると自然とメイドというものは花嫁になるための修行と思うのも仕方がないかもしれない。
なにせ目の前に立つすみれがアリスと、同年代もしくは年下であるからして、アリスはすみれを許嫁だと思ってしまったのだ。
これが、すみれとアリス……宿敵の出会いだった。
「その前に風呂に入れなの。少し臭うの……」
「…………」
そう、宿敵との出会いだった。
○
優しい風に頬を撫でられて、吐いた煙がさらわれていく。
「あの時拾った小娘が……鍛えてもこの程度にしかならなかったのは、残念で仕方がないな」
地面に横たわるアリスを見下ろしながら、リリヴァは嘆かわしそうに嘆息する。
さすがに命まではとらないが、ここまで不甲斐ないと殺してしまいたくなる。しかし、そうしないのには理由があった。幸太である。悲しませるのは本意ではない。
「……さて、クズ弟子とも遊べたしな。仕事に戻るとするか」
リリヴァが呟くと周りを囲む木々の隙間から、数十人の女性が飛び出してくる。
「首尾はどうだ?」
『出入り口の封鎖が完了。二十~二十五、三十五~四十までのお嬢様方のメイド隊は沈黙。お嬢様方も抵抗なさいましたが、怪我もなく捕らえることができました。現在、技術メイド本隊及び分隊が抵抗中。六~十のお嬢様方のメイド隊は、やはり手強く苦戦中のようです。奥様の紅のメイド隊にあたっていた部隊ですが連絡が途絶えました。それと、メイド熾天長の三名と旦那様ですが依然として行方が掴めておりません』
「ご苦労。なにもここを落とそうって訳じゃない。幸太様の身柄を確保できればいいのだからな」
『はい。それと一花お嬢様が、早く幸太様をお連れするようにと催促を……』
「まったく……困ったものだな。前回は奥様で、今回は長女だ」
争ってばかりいる佐倉家の面々に、リリヴァは呆れる。しかし、軍人のリリヴァにとっては上官の命令は絶対である。いや、嫌な仕事はきっぱりと断るので、絶対ではないのだが、今回だけは少し違った。
リリヴァが率いるメイド隊は、佐倉家の長女に属していて、幸太らぶらぶだでぃ島、には駐屯していない。正しくは、させてもらえない。
だが、幸太を連れ去ることができれば、自ずと一緒にいれるというわけである。
「まったく親子喧嘩に巻き込まれる私達の身にもなってほしいものだな」
言葉とは裏腹に口調は穏やかなもので、笑みをこぼしつつある。
幸太に出会った時に拉致することが出来れば、問題がなかったのだが、久しぶりに会ったリリヴァは照れてしまい。作戦のことなんぞ全て吹き飛んでいた。
部下達もそれがわかっている為、むしろ粛正を恐れて糾弾なんて出来るはずもなかった。
○
第一試験の通過者は三百二十三名。
佐倉幸を相手にして、これだけの数が残ったのだから、お嬢様というのは意外と武闘派な者が多いのかもしれない。
そんな彼女達は現在、会場の外で一カ所に集められていた。
そこには勿論のこと、華堂夜菜、北野雨季、木浦香月の姿もある。
「あれは化け物だな……」
夜菜は疲れたのか深くため息をついた。
その隣に腰をおろしているのは雨季だ。片方のレンズが割れていて、スカートのポケットから予備のメガネを取り出した。
「まったくです。あと一秒遅かったら、今頃は首から上がなくなっています」
黒縁メガネをかけて、くいくい位置を調整しながら雨季は呟く。
そして、その二人の正面に座る香月は、のほほんとした顔で、
「お二人が通過しててよかった~」
と、言った。
「香月も通過できてよかったな。殴り合いとか苦手そうだし、落ちたと思ってたぜ」
「そうですね。香月さんは間違いなく落ちていると思いました」
「それをいうなら~、雨季さんにも当てはまることですよ~」
「私は日頃から鍛えてますからね。前は秘書を目指していましたし、いつ不埒な輩が社長を襲うかわかりません。ですから、ボディーガードの役割も、なんて思ってたんですけどね、いつのまにかメイドを目指しています」
「へ~お前、秘書なんて目指してたのか……メガネかけてるし似合うと思うぞ。メイドよりな」
「あなたこそ、メイドよりバイクを乗り回して、他人様に迷惑かけているほうが似合っていますよ」
「見た目で判断してんじゃねえぞ……」
「あら、おかしな事を言いますね。では、あなたは不良ではなかったと言えるのですか?」
「うっ。いや、オレは……とにかく、ガリ勉は秘書でも目指せ!」
「私は秘書よりもメイドを目指しているのです。あなたは、留置場でも目指してくださいな」
「うふふ~。お二人とも仲が良くて羨ましいです~」
香月はさも楽しそうに、裏がありそうな優しい笑みを浮かべた。
「仲良くねえよ! お前の目は節穴か!」
「まったくです。この人はただの同期。私の同級生と同じ立場です」
二人が揃って反論する。そして、再び睨み合った。
と、その時――
「はいはーい、差し入れよ。感謝しなさい。もれなく無料なんだからね!」
二人の女性が三人の元にやってきた。一人は元気がありすぎる女性と、その背後についているのは物静かな中性的な印象を受ける女性である。
「あんた達、辛気臭い顔してるわね。まあ、なんでもいいわ。親睦を深めるために、自信作の特製ジュースをあげる!」
元気な女性はラベルが貼られていない缶ジュースを、夜菜や雨季、そして香月に手渡していく。
「姉さん……ボクあんまり気が進まないんだけど」
「うっさいわね。あんたは黙ってなさい。ライバルは減ったほうがいいでしょ?」
「それはそうだけど……正々堂々としたほうが、いいと思うんだよね」
「変なところで父さんに似てるんだから、もう少し楽を覚えたほうがいいわよ」
「姉さんこそ、母さんに似て卑怯なことばかり思いつくんだから……」
そんな二人の漫才を見せられて、なにやら物騒な物を手渡された三名のメイド候補生は、ぽかーんとしていた。
「なんだこいつら……」
「新手のメイド漫才というやつでは?」
「でも、性格こそ違うみたいですけど~。お顔がよく似ていますね~」
好奇な視線。というより珍獣でも見るような視線に、言い争っていた二人が気づいた。
すると片割れの元気いっぱいの女性が、胸元に手をやって、
「えーと、私は菅波富美。目指せ料理長だから、かぶったらごめんね。もし、かぶったら毒殺するから!」
と、恐ろしい言葉と共に勝手に自己紹介を始めた。
「菅波清音です。一応姉さんの陰謀を止めるために、副料理長を目指しています。宜しくお願いします」
「あっ、それと、私達双子だから宜しくね!」
これが、将来宣言通りに料理長と副料理長になる、奇天烈な双子との出会いだった。
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