二人が出会ったのは奇跡だったのかもしれない。
少女は追っ手から逃げていた。
まるで夢のような出来事だった。父が事業に失敗して、歴史ある由緒正しき家が潰れて早一ヶ月。
幼い頃に母を失い、父は姿をくらまして、少女の家には物騒な男達が乗り込んできた。
少女を迎えにきたという下卑た笑みを浮かべる男達を、幼少時から習ってきた剣術で叩き伏せて少女は逃走した。
やはり……というべきか男達も諦めずに追ってきた、少女がいくら剣術を習っていようが、動けないほどの痛手を負わすのは不可能だった。
体力が尽きた時、とうとう男達に囲まれてしまう。もう逃げる気力も残っていなかった。
その時――少年が現れたのだ。
「なにやってるんだ?」
六歳か七歳の幼い少年。この年齢にしては、はっきりとした口調に、少女はこんな状況にもかかわらず驚いた。
男達も突然の乱入者に驚き、少年に視線が集中する。
「大丈夫か?」
そんな男達に目もくれず、少年は真っ直ぐに少女に近づいてくると、手を差し伸べる。
それを見た男の一人が少年の肩を掴もうとしたが、それは叶うことはなかった。
男は白目を剥いて地に崩れ落ちる。その背後には葉巻を咥えた女性が立っていた。
「貴様ら誰に手をあげようとしてんだ――クズが……粛正だ」
太腿に取り付けたホルスターから瞬時に拳銃を抜き放つやいなや、何発もの銃弾が射出される。
男達も拳銃を取り出して反撃しようとしたのだろうが、懐に手をいれたまま昏倒して地面に崩れ落ちた。一瞬の出来事だった。
少女は呆然としていたが、少年が引っ張り起こす。
五台もの黒光りした高級車が周辺に止まり、葉巻を咥えた女と同じ服装をした女性達が慌ただしく降りてきて、こちらに駆け寄ってくる。
女はそれを一瞥すると、少年に優しい笑みを向ける。
「お屋敷に戻りましょう。本日は午後からお母様がクッキーを焼いてくれるそうですよ」
「帰りたくない……」
「そんな我が儘言ってると、怒られます」
『艦長……こいつらは、どうします?』
一人の真面目そうな女性が女に近づいたが、
「それぐらい貴様等で判断せんかっ! クズが――粛正だ」
バンッ――迷い無く引金を引いて、ゴム弾が放たれる。真面目そうな女性は派手に倒れて動かなくなった。死んではいないだろうが、なんとも理不尽な攻撃に、見ていた少女は恐怖に震えた。
女はホルスターに拳銃を仕舞うと、少年に手を差し伸べる。
「さあ、戻りましょう」
「イヤだ」
「なぜです?」
「幸さんっていつも鼻血をだしながら、僕の食べてる所見てるんだ。すごい怖いんだよ……それだけじゃない、おじさんだってなんか背後から抱きついてきて離してくれないんだ」
「…………それは、可愛い息子ができたら、そういうものです」
女は苦笑いを浮かべる。だが、それでは少年は納得しなかったようで、
「死んだパパとママはあんなんじゃなかった」
女が差し伸べた手を見てから、少年は自信の手を背後に隠す。
女は困ったように頭をかくと、ようやく少年の隣に立つ少女の存在に気づいた。
「……貴様は何をしているんだ?」
「えっ? わたくしは……その」
突然喋りかけられて、少女は慌てふためく。
「迷子か?」
女は怪訝な顔をする。
「いえ、迷子ではありませんの……」
少女はスカートの裾を掴んで顔を伏せた。どう説明すればいいのかわからないのだ。
少女を見下ろしてい女に、次は気の強そうな女性が近づいてきた。
『艦長、あの男達はここ一帯を縄張りにしているマフィアのようですね。それと、こんなものも持っていました』
一枚の紙切れを女に手渡して、女性は男達を海に放り投げている仲間達の所に戻っていった。
女は手渡された紙を読んで嘆息する。
「なるほどな。貴様、親に売られたか?」
その言葉に少女はビクッと肩を揺らして、不穏な空気を感じ取った少年は眉を顰めた。
「売られた?」
聞き返すように女を見て少年は言う。女はしまったという顔をして、肩をすくめた。
「親がいないようなものですかね……」
少年が知る必要はないと、ズレた答えを教えた女だったが、これまた失敗したという事に気づいた。
「君、名前なんていうの?」
少年は悲しそうに顔を歪める少女の顔を覗き込んで問いかける。
「アリス・ヘディナ・ヘリオスです」
「そう……僕の名前は桜坂――佐倉幸太。よろしく」
アリスは差し伸べられた手を不思議そうに見てから、幸太の顔に視線を移して硬直した。
幼いながらも整った顔立ち、元貴族のアリスよりも、それは気品に溢れていた。
家が潰れたとはいえ今でもアリスは貴族の娘だという自覚があった。しかし、少年を前にするとそんな自信は脆くも崩れ去った。家が潰れてなくとも目の前に立つ幸太に勝てないと思ってしまったのだ。
「どうしたの?」
「えっ、な、なんでもありませんのっ」
慌てて幸太の手を握り返すアリスは頬を紅潮させる。
「うちにくるといいよ」
色々な問題があるということがわかっていない、幼い少年だからこそ言える台詞だった。それに少年は遊びに来いと軽い感じなのだ。
しかし、少女は落雷を受けたかのように衝撃を受けてしまう。プロポーズだと思ってしまったのだ。
そんな二人を見て、リリヴァは嘆息する。
「幸太様……お母様がショックで倒れてしまいます。それにマフィアに喧嘩を売るのは関心しません」
「じゃあ帰らない」
「うぐっ……」
「リリヴァだったら大丈夫だよね? なんとかできるよね?」
すがるように抱きついてくる幸太に、リリヴァは泣きそうになった。
今すぐ抱き締めたいのに、それをしてしまえば、厄介なモノを連れ込んでしまう。
少年を危険にさらすわけにはいかないのだ。
「リリヴァお願いだよ。この子を助けてあげて」
我慢ができなくなったリリヴァは少年を抱き締めて抱えると、ポケットから黒い通信機を取り出す。
「幸太様激ラブ艦に通達……マフィア掃討作戦を開始する。本拠地にミサイル五発ぐらい撃ち込んでやれ。そうだ。報復? そんなもん、この国になすりつけろ。あーそれと大統領のおっさんに伝えろ。マフィアを一人残らず駆逐しなければ、この国に援助は一切しないとな」
リリヴァは幸太に頬擦りしながら伝え終わると、通信機を仕舞ってから、ぽけーとしているアリスに視線を向けた。
「小娘ついてこい。貴様に軍人とはなんたるかを教えてやる」
「へっ、はい」
返事を聞いて小さく頷いたリリヴァは、幸太を抱えたまま黒塗りの高級車に向けて歩き始める。
アリスはその後ろを、とてとてついていく。
その時、ゴウッ――と頭上をミサイルが通過していった。
大きな爆発音と地響きにアリスは怖くて一度も振り返ることはなかった。
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