ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
メイド編
メイド編:第二十七話:獅子と教官。
 カツカツ――と軽快なリズムを刻みながら、佐倉家冥土隊【獅子の女王】アリスは、会場へと続く芝生に挟まれた石畳の上を歩いていた。
 爽やかな風に梢が揺れて、葉と葉がこすりあう。暖かな陽射しを受けると、知らずの内に歩く速度が陽気になってしまうのも仕方がないのかもしれない。
 走り回りたいほど浮かれているアリスは、手に持った写真を見つめながら頬を朱に染めていた。
「明日香さんは、いい方ですわね。これは大事にしなくては……」
 呟き写真をポケットにしまったアリスは、黙々と歩き続けていたが、ふと何かに気づいて足を止めた。
 ガサッ――という草木のこすれる音が耳元に運ばれ、そちらに視線を向けると、一人の軍服姿の女性がでてきた。
 ピッチリと白を基調とした上着に、青のフリルがついたミニスカートをはいた女性。
 まるで豊満な胸を強調するかのような作りの軍服は、下手をすれば娼婦と間違われるような扇情的な格好にもかかわらず、目の前の人物が着れば気品と勇ましさが溢れていた。
 アリスは露骨に嫌そうに眉を顰めると、女性が先に口を開いた。
「久しぶりと言ったほうがいいか?」
 女性は胸元にあるポケットから、一本の葉巻を取り出すと口に咥えて火をつける。
「ええ、初対面じゃないことは確かですもの……」
 切れ長な目元に、感情を押し殺したかのような冷ややかな青い瞳、鼻筋も通っていて美形ではあるのだが、女性の造形から滲み出ているのは美というよりも、どこか背筋が凍るような冷たさのある無だった。
「くっくく……相変わらずの態度で接してくれて喜ばしい限りだ」
 アリスに視線を向けることなく、雲一つない青空に向かって煙を吐く。
 まるで眼中にないと言いたげな態度に、アリスは奥歯を噛み締める。
「な、なんのご用でこちらに?」
 絞り出したかのような声に女性は反応して、ようやくアリスに視線を向けるが、その瞳はやはりアリスを見ていなかった。
「そんなことまで説明してやらんと、貴様はわからないのか?」
 言葉と一緒に放たれたのは殺気だった、それを受けてアリスは後退る。
「相変わらずのクズだな。貴様はこれまで一体何をしていたのだ? 幸太様を守ると言っておきながら、その傍に付き添う事もできていない。それでは私が鍛えてやった意味がないだろう?」
「ちゃんとできておりますわ。わたくしの背に誓って、幸太様を守れているという自負がありますもの」
「そうか……そんなものに頼らなければならない程、貴様は幸太様を守れない惰弱なクズに成り下がったか」
 侮蔑を込めた物言いに、さすがのアリスも限界に達して刀を抜きはなった。
「言わせておけば……これでも一部隊を率いる隊長となったのです。昔のわたくしではありませんわ!」
「ふぅ……クズが教官に向かって刃を向けるとは、粛正だな」
 忌々しげに告げると、太腿に付けているホルスターから拳銃を抜き放ち、アリスに向けた。
「安心しろゴム弾だ。運が良ければ死にはしない。出来る限り頭を守れよ――クズ」
 アリスは怒り心頭に女性を睨みつける。
「昔から思ってましたわ……あなたをいつか見下ろしてやろうってッ!」
 銃声が響くと同時に、アリスはゴム弾を斬り捨て地を蹴り上げ駆けた。
 三メートルほどの距離を一瞬にして詰めたアリスに、女性は口角を吊り上げる。
「ほう。なかなか素早くなったな。しかし、足ばかりではなく刀の振る速さが、少しばかり足らんな」
 胴を容易く二つに分けるほどの勢いのある刃を、女性は難無く銃で受け止める。
 力の限り押し倒そうとしてくるアリスに、女性は鼻で笑うと、
「余り力まないほうがいい。勝負を決めるのは何も力だけじゃないんだからな」
 諭すように言い放ち、アリスの足を片足で払った。
「えっ」
 間抜けな声をだしてアリスは、身体を傾ける。
「終わりだよ。クズ」
 アリスの手に握られた刀も蹴り上げると、女性は地面に背中を打ちつけたアリスに、銃口を向けた――その時。
「……なにしてんだ?」
 女性の背後から、未だ幼さが残る少年の声音が響いてくる。
 肺から残らず息を吐き出して苦しむアリスを、見下ろしていた女性はピタリと停止した。
「…………」
 爽やかな風が吹き抜けて、女性はようやく動き始めた。まず最初にとった行動は、葉巻を握り潰し苦しむアリスに投げつけて、持っていた拳銃をホルスターに片付ける。
 背後から近づいてくる気配に、慌てて女性は手鏡を取り出して身だしなみを整えると、ニマニマと笑みを作る練習。これだけの動作に三秒とかかってないのだから、この女性の凄さは計り知れない。
「てか……リリヴァか?」
 少年――佐倉幸太は物珍しそうに、女性に問いかける。
 名を呼ばれた女性、もといリリヴァは顔をボッと赤く染めると、モジモジしながら少年に身体を向けた。まるで、今から告白します。といった少女のような反応である。
「あ、えと……あの、はい。リリヴァです」
 今にも倒れんばかりに、胸を押さえて荒々しく呼吸するリリヴァ。
「体調でも悪いのか? 顔真っ赤だぞ」
 顔を覗き込んでくる幸太を至近距離で見たリリヴァは、ずばばと三歩後ろに下がる。
「はぐぅぅっ。いいいい、い、いえ、少し陽にあたりすぎて日焼けをしたようです!」
 言い訳にしては見苦しく、先程アリスと対峙していた人物とは思えないほどの変わりようである。
 幸太は怪訝な顔つきで、首を傾げて腕を組む。
「昔から肌が弱かったもんな……それと、なんでアリスが転がってるんだ?」
 リリヴァの背後を覗き込み、げほげほ咳き込むアリスを見て疑問を口にする。
 そこで慌てたのがリリヴァだった。
「そ、それは……えーと、あのですね。このクズ――いえ、この子は昔から芝生を食べる癖があったんです!」
「えっ、ちがっ――ぎゃんッ!?」
 説明しながら怪しまれないように蹴りあげて、アリスを黙らせる高等技術に幸太は気づかなかった。
 アリスは蹴られた腹を押さえながら、芝生の上を転がり始める。
「そうか……趣味? 趣味っていうのか? まあ、わからないけど、あんまり芝生を食べたら手入れしてるメイドが、困るからやめておいたほうがいいぞ」
「幸太様の優しきお心は海よりも広い……素晴らしい。このリリヴァ感動のあまり幸太様の身ぐるみを剥ぎたくなりました」
「意味がわからない……本当に大丈夫か?」
 頭が。とは言えない優しき幸太は心配そうな目でリリヴァを見やるが、本人は首を振った。
「正常です。むしろ幸太様の裸を見たいというのは、私としては密やかな悲願でもあります。なにより! 私は幸太様を食べちゃいたいのです」
 手を胸元で握り締めて、うっとりとした吐息をこぼすリリヴァに、幸太は頬を引き攣らせる。
「そ、そうか……でも、オレを食べても美味しくないぞ」
 そう言った幸太に、血相をかえたリリヴァが一歩近づく。
「そんなことはありません! 幸太様は少し鏡を見た方がよろしい。なんなら私の目を鏡代わりに使ってもかまいません。むしろ、そのほうが眼福にもなります。幸太様の裸体は世界を救います。いえ、独り占めしたいので私を救います!」
「そうか……裸はちょっとな。恥ずかしいし」
 少し怖くなってきたのか幸太は後退るが、リリヴァは更に二歩進む。
「なにを仰っているのやら……幸太様が恥ずかしがる必要はないのです。なんなら、この私も脱ぎましょう!」
「ひっ」
 ガッ――と肩を掴まれて、幸太は小さな悲鳴をあげた。
「なに、痛くはないでしょう。痛いのは私だけです。あの日、幸太様を見た日から私の身体は、あなたのもの。好きなように蹂躙なさってください」
「な、なあ……やっぱりなんか調子が悪いんじゃ……」
「ええ、少し調子が悪いかもしれません。幸太様を見た日から……」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
 肩を掴む手から逃れようとする幸太だったが、しっかりと力強く握り締められていて逃げることは不可能だった。
 更に顔を近づけてくるリリヴァの整った造形を見て、幸太もまた顔を朱に染める。
 幸太は半ば諦めかけて目をつむる。リリヴァはそれを見て恍惚と表情を浮かべた。
 しかし、残り数センチという距離で、怒声が響いた。
「なにをしていますの!」
「ちっ、クズが黙って寝ていればいいものを……」
 背後から斬りかかってくるアリスに、リリヴァはすぐさま反転するとホルスターから拳銃を抜き取り、躊躇うことなく引金を引いて弾丸を射出する。
「あなたは昔から極端すぎますの!」
「はんッ。クズ共がウジウジしてるからだろうが。教官に牙を剥く、教官の恋路の邪魔をする。許し難い行為である。貴様はやはり粛正だ」
 迷いなく斬りかかってくる金髪碧眼の剣豪リリスに、格闘術を織り交ぜた戦闘スタイルのリリヴァは反撃を開始する。
 両者を呆然と眺めていた幸太だったが、そろそろ第二試験の時刻が迫っているのに気づいて会場に向けて歩き始めた。
 リリヴァ・リアン・モスイア。佐倉家の長女が率いるメイド隊を総括する女性であり、かつて幾多のメイド隊の教育を受け持った事がある鬼教官である。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。