一人の少年の為だけに作られた島。その島内にある大きな城。
「たったたたん~ふんふ~ん。着心地はどうでちゅか~? 可愛いでちゅね~」
そのとある一室にて、一人の女性がぬいぐるみを相手にお喋りをしていた。
「ん~。幸太ちゃんは可愛いでちゅね~。むふふ~」
女性はヨダレをたらし、腰をクネクネさせながらヌイグルミを持ち上げる。
それはクマの人形なのだが、他人が見れば違和感に気づくことだろう。
なぜかクマの顔には少年が写った写真が貼り付けられていた。
ちなみに、その少年の顔を見ればこの島に住んでいる者達は、一目でわかることだろう。
腰をくねらせる女性の腰には、一振りの刀。
後頭部に高く結い上げたポニーテールと呼ばれる髪型は、彼女が動く度に宙で踊るように揺れている。
黒を基調としたメイド服を着た彼女は、佐倉家冥土隊に所属する冥土の一人である。
もし同じ隊の冥土がこの女性を見れば、開いた口が塞がらないだろう。むしろ、病院に連れていこうとするかもしれない。
それほどまでに、この女性がとる行動は、普段の彼女からは決して思えない異常ともいえる、行動なのだ。
「幸太ちゃん~可愛い~可愛い~」
写真にキスの嵐を降らせていたが。
コンコン――扉がノックされる音が聞こえて、ビクッと女性は肩を揺らした。
「入りますわよ」
扉越しに凛とした声が響いてくる。
「えっ? ちょっ――待ってください! 少しだけ!」
女性は慌てる、こんな状況見られる訳にはいかない。そう、バレたらクビになるどころか、海に沈められるかもしれない。それだけ彼女の所属する冥土隊の隊長は厳しい。
クマのぬいぐるみを隠そうにも、動揺してしまった彼女は足踏みするだけ。
「えーと……どうすればいいのだ。こんな所を見られてしまえば、我は生きていけん」
「なにをしていますの? 開けますわよ」
苛立たしげに扉越しに言い放つと、一人の女性がドアを開けて侵入してきた。
カギを閉めていたはずなのだが、隊長である彼女には合い鍵というものがあった。
「おっ、おつかれさまでひゅ! ほんほほほん――本日は何用でございましょうかかかかか」
ポニーテールの女性は慌てて片手でぬいぐるみを背中に隠して、敬礼する。
「楽にしなさい。それよりも、なにをそんなに動揺していますの?」
金髪碧眼の横髪をロールに巻いた女性は、髪を指先で弄りながら首を傾げた。
「いえ、なんでもありません! ただ、少し部屋が汚く、お招きするには少し恥ずかしかったのです!」
「はあ……汚い? むしろ、調度品などを置いたほうが、わたくしはいいと思いますけれど」
佐倉家冥土隊を率いる【獅子の女王】アリス・ヘディナ・ヘリオスは怪訝な顔で室内を見回した。
一言で言えば「質素」とも言える部屋である。先程まで写真にキスをしていた女性――円城寺明日香は背中に冷や汗をかきながら、顔だけは平静を装っていた。
これといって趣味はない。あるとすれば、それは人に告げることはできない秘密だけ――先程の少年の写真にキスをするという日課だけである。
「た、隊長殿は何用で、ここに?」
慌てて言った明日香に、アリスは少し眉を顰めるも言った。
「本日幸太様の専属メイド隊の試験が行われておりますの。その試験官にわたくしと、あなたが選ばれました」
口調が少し荒々しい。明日香は無理もないと思った。目の前に立つ隊長は佐倉幸太という少年に惚れ込んでいるからだ。
冥土隊に入隊した頃、明日香は理由を聞いたことがある。
なんでも、彼女の実家は貴族だったそうだが、父の代で没落して多大なる借金を背負ったらしい。
その借金のかたに売り飛ばされそうになって、マフィア相手に相当暴れたらしく追われる身となった所、幸太に救われたそうだ。
それから、幸太に会う為に彼女は佐倉家に押し入り、誘拐しようとすみれを相手に立ち回り、最後は空腹によって倒れたところを幸太に再び救われて、恩を返す為に佐倉家冥土隊を設立して、今に至るというわけである。
しかし、幸太は専属のメイド隊を持つということはなかったので、佐倉家冥土隊は幸太の姉妹達や父母の護衛の役目にまわされることになってしまった。
でも、今回専属のメイド隊を作るということで、佐倉家冥土隊も一緒に極東のほう――明日香の実家がある国に一緒にいけることになり、大層喜んでいた。
だからといって、アリスはやっぱり幸太に女が近づくのが嫌なのだろう。
「光栄ですね。片っ端から蹴落としても宜しいのでしょうか?」
明日香がそう言うと、アリスはニヤリと笑みを浮かべる。が、首を振った。
「それはダメですわ。少なくても百人以上の合格者がでなければ、極東の国にいけないそうです。そうなれば、わたくし達も幸太様についていけなくなりますの。ですから、将来的に邪魔になりそうな者だけを蹴落とすことにしますわ」
アリスは残念そうに嘆息する。
明日香は頷くと腕を組み「なるほど……」と呟いた。
この【幸太らぶらぶだでぃ島】には男は二人しかいない。幸太と、その父だけである。
残りは全て女。数だけでも相当なものだ、なにせ明日香自身把握できていないのだから……それが一気に百人に減る。是が非でも極東の島国に行きたいものだ。
ライバルは少ないほうがいい。明日香は納得したようにアリスを見るが、彼女は硬直していた。
「どうかしましたか?」
明日香は首を傾げる。
アリスは口をパクパクさせながら、
「あ……あなた、そそ、それはなんですの?」
まるで半魚人でも見たかのような反応で、明日香の手を指差した。
明日香がきょとんとしながら目線を落とすと、手には幸太の写真が貼られたクマのぬいぐるみがあった。
「あっ……」
明日香は数秒固まっていたが、素早く写真をひっぺがして、ぬいぐるみを布団に放ると写真をアリスに差し出した。
「隊長殿の為に撮っておきました」
「そうですの? わたくしのために?」
アリスは驚きつつも、迷いなく写真に手を伸ばして、それを受け取る。
顔を伏せている明日香は悔しげに下唇を噛んでいた。
「頂いておきますわ……さすが、わたくしの右腕と呼ばれる明日香さんですの。これからも、あなたには期待しますわ」
頬に手をあてて、幸太の写真をみるアリスの表情は、うっとりしている。
「い、いえ……隊長を思えばこそです」
「では、先に会場のほうに向かいますの。準備ができたら追いかけてきなさい」
「はっ!」
アリスが嬉しそうにスキップしながら、部屋を退出するのを見送った明日香は、刀を抜き放つ。
「うわぁぁあああん。三万もしたのにいいいいいい」
室内で刀を振り回し始めたのだった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。