怒気が溢れ、怒声が辺りに響き渡る。
現在ここでは、佐倉財閥の後継者、佐倉幸太のメイド隊を選出する大会が開かれていた。
なぜメイドを決めるのに武力が必要なのかは、幸太にはわからない。
わからないが……とりあえず、必要なものなんだろうとは思う。
特に目の前に現れた連中を見れば、嫌でも必要なものなんだろうということが、わかった。
「なあ……こいつら絶対に女じゃないよな?」
幸太は目の前に立つメイド候補生を見てから、隣にいるちっこいメイド、すみれに視線を移す。
「こんなのが女でメイドだったら、世界中のメイド好きが発狂すると思うの」
「だよなぁ……こいつら絶対メイドじゃないよな」
幸太はもう一度、メイドらしき人物達を見やる。
一言で言うならムキムキだった。これ以外の言葉で表せと言われれば無理だろう。
本当にムッキムキなのだ、クマといっても遜色ない。どこのボディビル競技会ですか? 場所間違えてませんか?
と、言いたくなるほどである。
ムキムキな上腕二頭筋を自慢するように、ポーズを決める三人の筋肉の塊。
今にも弾け飛びそうなメイド服。確実に女ではない……男性ホルモンが多いってレベルじゃあない。
しかも、着ているのはフリフリのメイド服である。吐き気を覚えてしまう。さすがに無理がある。
そもそも厳選なる審査が行われたはずなのに、明らかにコイツらは審査で落とされる部類。
それなのにここにいる。
視力が悪いメイドが審査にあたったのだろうか……と、幸太が思案していると――真ん中の筋肉が口を開く。
「佐倉幸太サンデスネ☆ 殺シチャイマス☆」
幸太は気を失いかけた……の太い声であった。無理して可愛くしようとしたのだろうが、気持ち悪すぎる。
静香もショックのあまり骨付き肉を床に落としていた。いや、むしろ意識がないのかもしれない。
すみれは、かろうじて堪えたのだろうが震えていた。
なんとも恐ろしい。たった二言でメイド熾天長である静香、それに匹敵するであろう力を持つすみれに戦闘不能のダメージを与えたのだ。
――マズイな……。
主人の為ならどんな敵であろうが戦う彼女達でも、目の前にいる敵を相手にするのは酷であろう。
なにしろ視界にいれたくないぐらい痛い連中である。増援を呼ぼうにも中央では激戦が繰り広げられていて、こちらの異常に気づいた者はいない。
否、いたとしてもすみれと静香を追い詰めた敵を、他のメイドが相手にできるとは思えない。
「……仕方ないか」
幸太は嘆息すると一歩踏み出す。
「こ、ここは……すみれがやるの」
そう言うと、ふらふらな足取りで、すみれが前にでようとする。
幸太はすみれの肩を掴んで止めると、
「まあ、相手は男だし。ここはオレが行くよ」
爽やかな笑みを向けて、すみれが何かを言おうとする前に、三人に向かって駆け出す。
とりあえず体格でも、力でも勝てないことはわかっている。
だが、不意をつけばチャンスはあるだろう。
現に目の前の筋肉三兄弟は動揺していた。まさかターゲットである幸太が突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。
幸太はリーダー格らしき男の目前で跳躍すると、真ん中筋肉の顎を拳で打ち抜いた。
白目を剥いて大きな音をたてて巨体が床に沈む。
これでも、力があるほうだと幸太は思っている。これでも毎日毎日、父と母、それに姉妹達と攻防を繰り広げているのだ。
時には腕力が必要になるときもあり、特に父親相手には容赦しなかった。
だが、幸太の父も強いもので、さすが母と結婚しただけあるなと思う程である。
そんな父と毎日のように殴り合っていたからか……むしろ一方的に幸太が殴りつけているだけなのであるが、そのおかげで戦い方というものは心得ている。
「キャアアアア♪ ブラザァァァァン♪」
真ん中筋肉が倒れて、それを見た一人の筋肉が口許を手で押さえ、甲高い声をあげた。
幸太は鳥肌がたつのを感じる。とりあえず、恐怖に震える膝を叱咤して、反撃される前に、甲高い筋肉に近づいて瞬時に顎を二度打ち抜く。
倒れる様を見届けず、幸太は残り一匹に跳び蹴りを決める。不気味な感触と共にゴリッと気味の悪い音が耳元に届けられるが、幸太はそのまま宙で体勢を整えると、筋肉の頭にかかとを落として床に沈めた。
相手の意識を奪い取れなかったら、押し倒される日々を過ごしてきたのだ。
……一撃必殺。血の滲むような努力をしてきた幸太が習得した技術である。
それもゾンビのように立ち上がる父を相手にしてきたのだ、筋肉三兄弟が相手にならないのも当然であった。
沈む筋肉三兄弟に背を向けて、幸太は元いた位置に戻ろうとした。
その時――会場全体に警告音らしき音色が鳴り響く。つまり、鬼ごっこ終了の合図である。
「さて……百人以上いるかな? つか、いてほしいな」
幸太は幾多ものメイド候補生が倒れ伏す中央に目を向けた。
その中央では母が不敵な笑みを浮かべて、二人のメイド候補生の鼻先で拳を止めている姿があった。
母直属の紅のメイド隊も動きを止めて、捕まえたメイド候補生と共に会場を出て行く。
「幸太ちゃん、少しだけ楽しめたわ。また後で会いましょう」
佐倉幸は健闘を称えるように二人のメイド候補生の肩を叩き、幸太に微笑んで会場を去っていった。
「へー。母さんが楽しめるなんてね。珍しいことがあるもんだ」
幸太は母の背を見送って、二人のメイド候補生に視線を向ける。
一人は肩まで伸びた黒髪の女性。もう一人はメガネをかけた長髪の女性だ。
見た目は申し分ない。美女といえるであろう部類だ。
しかも、あの母を相手にして無事だった人間は珍しい。あの凶暴なグリズリーでさえ悲鳴をあげて逃げるというのに……。
幸太は二人に声をかけようとしたが、すみれが前に現れて立ち塞がった。
「まだ試験は終わってないの。受かってもない人物に喋りかけるのは、いくら幸太様でも許されない行為なの」
「それは少し厳しすぎないか? 一応、鬼ごっこは合格してるんだから、労ってもいいんじゃ……しかも、あの母さんを相手に無事だったんだぞ?」
幸太は反論を試みるが、すみれは首を横に振って、認めようとはしない。
「ダメなの。幸太様が労いの言葉をかけるのは、全ての試験が終わってからなの」
「ふむ……」
頑なに譲ろうとしないすみれを見て幸太は困惑する。
まあ、いくら母からの攻撃を耐えきったからといって、まだ第一試験を合格しただけのことだ。
まだまだ長い試験は終わらない。
確かに、そんな状況で幸太が声をかけたなんてことがあれば、おかしいのかもしれない。
納得できるような納得できないような……複雑ではあったが、
「……わかったよ」
諦めるように嘆息する。
とりあえず、あの二人にはちゃんと合格してもらって喋りかけることにした。
「わかったらいいの。第一試験通過者の点呼をとるから、幸太様は下がってるといいの」
すみれは満足そうに腰に手をあてる。そんなすみれの態度に苦笑すると幸太は背を向けて、未だに気を失っている静香の元に行く。
すみれは幸太の背中から視線をはずすと、先程幸太が声をかけようとしたメイド候補生を見る。
「ふっ、幸太様に声をかけてもらおうなんて百年早いの……」
すみれはニタリと口角を吊り上げ、まるで悪代官のような悪い笑みを作ったのだった。
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