さすが佐倉財閥と言うべきだろうか……。
屋敷のメイドを潜入させようとしたが、審査の時点で落とされてしまった。
本当に役立たずな連中である。せっかくの好機だというのに……。
より確実に佐倉幸太に近づくには、新たな手を考えねばなるまい。
女性は柔らかな微笑を浮かべ、壇上に立つ少年を見て更に目を細めた。
噂に違わぬ……いや、それ以上だった。こうして遠目に見ても少年の魅力が損なわれることがない、女性の笑みは深くなる。
あの少年を、どうやって手に入れるべきか模索しようとした時――なにか雨のようなそんな些細な感触が頭部に伝わった。
怪訝な顔をして女性が振り向くと、そこには鼻血を大量に垂らしたメガネと、その隣には気まずそうに顔を伏せる不良がいた。
頭にかかったモノを考えると、このメガネの鼻血だろうということは、簡単に推測することができた。しかし、どうしてそんな状況になっているのかが――わからない。
ここで取り乱して相手を非難するのは簡単なことだが、ここは責めるより利用したほうが何かと好都合だろう。試験の内容が聞かされてない状況で、敵を作るのは避けたほうがいい。
すぐさま驚きの表情から微笑を浮かべて気持ちを切り替える。
「あの~……鼻血でてますよ?」
ハンカチを差し出す。
「えっ、なんで殴られっ、え? あっ、すいません」
鼻血メガネは慌てて受け取り、鼻を拭き始めた。
とりあえず、対応としてはこれでいいだろう……あとは利用できるかどうかだが、この鼻血メガネは使えそうにない。
いかにもガリ勉です。といった風貌をしている。いや、試験内容がわからない状況だからこそ、捨て駒として利用するほうがいいかも……。
女性はそう考えて少し視線をずらすと、メガネの隣の不良を見やる。
これは案外使えそうだ、主に力の面ではあるが……いかにも場数踏んでます。脳筋です。と言った雰囲気が隠すことなく滲み出ている。
よくもまあ、審査が通ったものだ。案外審査というものは緩いのかもしれない。
とにかく、どちらもバカっぽくて簡単に利用できると見た。
「お二人もメイドになるんですか~?」
答えはわかりきっているが、一応念のために聞いておく。
二人の性格を把握しておかなくてはいけない。あるいは答えようによっては、排除しなくてはいけないだろう。
女性の言葉に、あからさまに動揺してから不良は言った。
「ん……いや、オレは……なんだ、まあ、なるかな……」
なんとも歯切れが悪い返事である。そのくせ純情な少女のような反応だ。
しかし、これで素直な性格じゃないのがわかった。
これが、自分のように腹黒だったのなら、たいした役者だとも思うが、明らかにバカっぽいので大丈夫だろう。
視線を戻してメガネ鼻血を見る。
人が貸したハンカチを余す所なく、真っ赤に染めてくれていた。
「私もなります」
一目でわかる。このメガネは人付き合いが慣れていない。しかも、真面目で嘘が苦手だと判断した。
だからこそ、こういった場では籠絡しやすい。
そんなメガネと不良の反応に、満面の笑顔を咲かせると、
「ではでは~お仲間さんですね~。これから仲良くしてくださいね~。木浦香月って言います~」
香月は二人に向かって手を差し出した。
「ああ、よろしく。華堂夜菜だ」
「宜しくお願いします。北野雨季です」
二人は疑うことなく手を握り締めてきた。
間違いない……この二人は何も知らない。佐倉財閥の次期当主のメイド隊というものをわかっていない。
香月の頭の中で渦巻く黒い欲望は確信した。
――こいつら利用できる。
他のお嬢様共であればこうして喋ることもなければ、握手なんてもっと無理だろう。
なぜなら、どのお嬢様もメイド隊での上位を狙っているはずだからだ。つまり、今こうして集められている者は全て敵だということ。
そして、二人は――根本的な部分がわかっていない。
上位になればなるほど、佐倉幸太に近づける。独占できるというものだ。
なんという幸運なのか、何の苦労もせず、こうして捨て駒が二匹……容易く手に入ってしまった。
さあ、どうやって二人を使って遊ぶか……そう思った時――
「――制限時間十分の鬼ごっこです」
そんな自身なさげな小さな声が聞こえた。
慌てて香月は身体の向きを元に戻す。
しかし、少年は言い終わっていて、小さなざわめきが辺りに生まれていた。
聞き取れなかった、いや、鬼ごっことは言っていたが……そんなものメイドに必要なものじゃない。
きっと聞き間違いだ。
そう思った時――近くの扉が開け放たれた。
『素早さ! それは、ご主人様が危機的状況に陥った時、最善の方法をとるのに最も必要なモノなり!』
「えっ?」
香月は思わず間抜けな声をだしてしまう。突然現れたメイドが放った言葉が理解できない。
香月が戸惑っている間にも、紅のメイド隊は四方から突撃を開始していた。
近くにいたメイド候補生が、紅のメイドに組み敷かれたのを見て、香月は冷静さを取り戻して分析する。
相手は二人一組で確実に潰しにきている。言葉の通り本当に殴りつけているのだから、驚きものだった。
――狂ってる!
紅のメイド達はまるで親の仇だというかのように、組み敷いたメイド候補生に拳を振り下ろしている。
そして、その中心で暴れるスーツ姿の若い女……周りがメイド服ばかりだからか、明らかに浮いている。
『うおおおおおおおお、このウジ虫共があああ』
スーツ姿の若い女は、まるで熱血少年のように叫んで、近くにいたメイド候補生を蹴り上げ、次々と標的を見つけると床に沈めていく。
香月は紅のメイドからの攻撃を躱しながら、スーツ女を見つめる。
先程から気になって仕方がない、どこかで見たような顔だった。
後頭部に高く結い上げた馬の尻尾のような髪型を揺らして、圧倒的な攻撃を繰り出すスーツ女。顔つきからして年齢は二十前後。
『幸太ちゃんは私の嫁! 貴様等のような下等生物が、見てもいい存在じゃない! 死に絶えろ! 幸太ちゃんを狙うクズ野郎は、死んで詫びろ!』
気を失っているメイド候補生の背中に足を乗せ、自身の存在を誇示するかのように叫ぶ姿を見て、香月は目をつけられる前にここから引くことにしたが、
『そこの女ああああ! 逃げようったって、そうはいかない……』
絶対零度の視線が香月に突き刺さる。女の声に反応して辺りにいた紅のメイドが、香月に狙いを定め始めた。
そして、香月はようやく思い出した……佐倉財閥・影の支配者『紅の女王』佐倉幸。
誰でも知ってる狂った女であり、自身のメイド部隊を引き連れて、息子を賭けて旦那に宣戦布告したという――前代未聞の事件を起こした意味不明な人物だ。
そして、メイド候補生を捕らえている紅のメイド達こそが、その時の部隊である。
だからこそ――解せない。いくら次期当主のメイド隊を決めるからといって、これはないだろう。
自転車泥棒に特殊部隊を投入するようなものだ。
そう考えに至った時――香月は視界の隅にメイドの姿を捉えた。
扉の前で倒れ伏すメイドを見て、香月は考えを張り巡らす。
試験の鬼役は普通のメイドだったのかもしれない。しかし、今は倒れている。
そこから推測すると……香月は背筋がゾッとした。佐倉幸なら簡単にやりそうだ。
親馬鹿っぷりは散々噂で聞いていた。息子に女が近づくのを嫌っているのなら……。
香月は舌打ちをすると、近くにいた北野雨季の足を引っかけ転倒させて、逃走を図ろうとする。が、それと同時に紅のメイド隊が動いた。
これでは逃げられない、まだ生け贄が足りない……雨季を起こした夜菜の背中を蹴る。
その拍子に夜菜は雨季を突き飛ばすような格好になり、雨季はそのまま迫り来る紅のメイドの前に立ち塞がった。
「なっ!? あなたはなんてことを……」
雨季が信じられないといった顔で、肩越しに夜菜を睨みつけた。
夜菜は慌てて両手を顔の前で横に振りながら、
「ちがっ! オレじゃねえよ! 誰かが背中を押したんだ!」
「あなたって人は! ふざけないでくだ――ひゃう!?」
夜菜に抗議しようとした雨季だったが、眼前まで迫った拳を見て慌てて避けた。
「ちいっ!」
雨季を囲み始めた紅のメイドに向かって、夜菜は歯噛みすると突っ込む。
あとはこのまま逃げればいい……まさか、こんな早くに二人を使うことになるとは思わなかった。
香月は二人に感謝しつつ、その場から立ち去るのだった。
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