佐倉幸太は、どうすればいいのか悩みに悩んでいた。
会場に来たら殺伐とした空気が辺りに浸透していて、とてもじゃないがメイドという優しいお姉さんを選ぶ大会などとは思えない。
いつの間にやらメイド熾天長も、すでに高月静香のみとなっている。
本当に頭が痛い現状でもって、目の前にいる良家のお嬢様方の視線も痛い。
――どうしろってんだ?
助けを求めるように離れた場所に佇む静香とすみれを見やるも、二人は視線を合わせようともしない。いや、静香の場合は肉に夢中と言ったほうが正しいか……。
すみれはご覧の通り、あまり喋ると言ったことはないので、こういったことは向かないのだろう。
――だからって……なんでオレが進行役しなきゃいけないんだ。
期待を込めた瞳を向けてくる集められた千人以上のお嬢様方……なんでも自分の為に、わざわざ集められたらしい。
それに……と幸太は思う。
良家のお嬢様は掃除どころか、料理すらできない人が大半だろう。
なんていっても、それを代表するが如く、幸太の姉と妹は全くできない。
それゆえに命令するのは上手い。神がかっていると言ってもいいだろう。なにせ命令されている幸太が思うのだから間違いない。
だから、色々と考えてお嬢様が集められた理由がわからない。
お嬢様という連中はメイドに一番向かない人種だと思うからだ。
――悩んでても仕方ないか……。
そう、今は父母や姉妹の魔の手から逃げることだけを考えなくてはいけない。
来年になれば念願の一人暮らしができるのだ。
だからこそ、ここで躓いている訳にはいかない。ここで手間取るなんて事があれば、姉や妹が介入してくる恐れがある。
最も一番怖いのは母親だろう……姉や妹、父さえも凌駕するほどの力を有している。
母親の乱入……そんなことになれば一人暮らしという念願の夢が、一瞬にして霧散してしまう。
幸太はすみれに手渡された紙を見て、それをマイクに向かって読み上げる。
「えーと……第一競技……鬼ごっこ……?」
読み上げて幸太は驚いた。目の前に集められた千人以上のお嬢様(メイド候補生)も皆一様にぽかーんとしていた。
読み間違いなのかと思い……もう一度見直してみる。
間違いない『鬼ごっこ』と書かれている。幸太はそれ以外の読み方を知らない。
いや、他の読み方なんぞ存在しないだろう。メイドに必要なものは『脚力』幸太は、そう思うことにした。
「というわけで、制限時間十分の鬼ごっこです。」
自信なさげに幸太が発言したとき、会場の東西南北に備え付けられていた豪奢な観音扉が大きく開け放たれた。
現れたのは紅を基調とするメイド服を着ているメイド。そして……現れたメイドさん達は声を揃えて叫んだ。
『素早さ! それは、ご主人様が危機的状況に陥った時、最善の方法をとるのに最も必要なモノなり!』
ずどどど――地鳴りを轟かせて会場に乱入してきた紅のメイド隊は、呆気にとられたメイド候補生を素早く捕らえていく。
そして、いち早く状況を把握したメイド候補生達は逃げ始めた。
悲鳴があちこちからあがり、怒声も若干混じり始める。
『幸太様につこうなんて十年早いのよ! こいつら全員殺してやれ!』
『一匹逃げたぞ! 相手のほうが多い、数に惑わされるな! 二人一組で確実に潰せ!』
『生意気なクズ共が幸太様に近づこうなんざ、虫唾が走るわ!』
『百回人生やり直せ! 百回メイドになれん身体にしてやるわ!』
『うほおおおおおお、幸太ちゃんはママの旦那さんになるのよ! 貴様等のような馬糞なんぞ蹴散らせてやるわあああ』
幸太は頭を振るとお立ち台から下りて、すみれと静香に歩み寄った。
「なあ、一人も合格者でないような気がするんだ……」
チラリと乱闘とも呼べる阿鼻叫喚の地獄絵図を横目で確認する。
人混みからたまに舞い上がるのは人だろう……きっと数分前までこんなことになるとは思わなかったはずだ。現に幸太も全く思わなかった。
恨むべくは……こんな戦闘メイドばかりを集めた母親と思うことにした。
「ほぐむご? ごくうり」
「飲み込んで喋らないと、なに言ってるかわからないの」
「んぐっ……たぶん大丈夫」
と、静香は言って再び肉にかぶりつき、すみれは同意するように頷く。
「すみれも大丈夫だと思うの。名簿にはなかなかの人物が数人いたのは確かなの」
そんな二人の言葉を聞いて、幸太は安堵していいものか悩む。
もちろん信じたい気持ちはあるのだが、なにせこの二人の基準は普通じゃない。
それに数人では意味がないのだ、百人は合格者を出さなくてはいけない。
そうでなければ父親の条件を達成できない……少なくても百人いれば一人暮らしを認めると言っていた。
「まさか……」
全て仕組まれていたことなのかもしれない……そう思い至った。
戦いには向かないお嬢様ばかりを集めたのは父親であり、そして今回の戦いの種目を決めたのは会場のど真ん中で、メイド候補生達に鉄槌を下している母親である。
「おかしいと思ったんだ……一人暮らしを認めてくれるなんて……」
手を握り締めてから、幸太はぎちぎちと奥歯を噛み締める。
そして、あの時の約束が思い返される。
『メイド隊ができなかったら、幸太は父さんと一週間お風呂に入るんだぞ?』
気持ち悪い事を、爽やかに言った父。
『幸太ちゃん、幸太ちゃん。メイド隊ができなかったら、ママと無人島に行きましょう。もちろん二人きりでね♪』
よからぬ事を考えている邪な瞳をした母。
『いいよ~』
一人暮らしできると喜んで即答したバカな自分を殴りたくなってくる。
しかし、今となっては遅い……。
「頼む……頑張ってくれ」
幸太は祈るように戦場と化した会場の中心に向かって呟いた。
○
華堂夜菜は初めての感情に戸惑っていた。
お立ち台に現れた少年を見てから、心が落ち着かないのだ。
初めて芽生えた感情に夜菜は胸を締め付けられる思いがした。
「なんだ……くっ、あの少年を見てから抱き締めたい衝動が……」
しかも自分だけじゃないようだ。今にもあの世に飛び立ちそうな顔で、周りの女共も同じように胸を押さえている。
隣に立つメガネをかけた女なんて鼻血までたらしているのだから、相当なものなのだろう。
だから、気を紛らわす為に鼻血女に声をかけた。
「おい、お前鼻血でてるぞ?」
「…………」
夜菜の声が聞こえていないのか、メガネ鼻血はずっと前方を見つめたままだ。
「てめえ、人の話を聞けよ!」
「ぶっ!?」
パァンと頭をはたくとメガネ鼻血の血飛沫が前の列のメイド候補生にかかった。
それが少量だったらよかったのかもしれないが、大量だったためにメガネ鼻血の前のメイド候補生が振り向いた。
メガネ鼻血を見て、一瞬ぎょっとしたようだが、すぐさま微笑する。
「あの~……鼻血でてますよ?」
おっとりした顔でまるで聖母のような微笑みを作ると、メガネ鼻血にハンカチを差し出した。
「えっ、なんで殴られっ、え? あっ、すいません」
頭をさすりながらメガネ鼻血はハンカチを受け取り、自身の現状を把握したのか鼻血を拭き取り始めた。
おっとりした女性は夜菜とメガネ鼻血を見て、
「お二人もメイドになるんですか~?」
と言った。
「ん……いや、オレは……なんだ、まあ、なるかな……」
夜菜は目に見えて動揺しながら返事を返して、隣に立つメガネ鼻血は、
「私もなります」
簡潔にはっきりと言った。
二人の返事を聞いた女性は満面の笑顔を浮かべると、
「ではでは~お仲間さんですね~。これから仲良くしてくださいね~。木浦香月って言います~」
そう言ってから、メガネ鼻血と夜菜に手を差し出した。
「ああ、よろしく。華堂夜菜だ」
「宜しくお願いします。北野雨季です」
こうして、華堂夜菜、北野雨季、木浦香月の三人は出会ったのだった。
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