一切の汚れ無き白き天井から豪華絢爛なシャンデリアが吊り下げられ、床には円形の――まるで各国首脳が集まって会議するような黒机があり、無駄に細工が施された高級そうなイスが備え付けられていた。
そして、その椅子に座る四人はフリルがついた服――つまりメイド服を着用していて、
「本日のメイド選考会応募者は?」
そんな冷ややかな声に対応したのは、面倒臭そうに書類の束を手にするおかっぱ娘。
「えーと、とりあえず危なそうな連中は排除――お断りしましたが、千四百五四人ですねー」
「そら、すごい。さすが佐倉財閥やな」
「……幸太様はあまり乗り気じゃなかった」
「そりゃそうでしょう。バカみたいに数いるメイドを、更に募集してんですからねー」
「しかし、旦那様のご命令ですから仕方がないことです。私達メイド熾天長が旦那様、奥様から離れる訳にもいきません。それに、他のメイド隊もお嬢様方のお世話があります。今まで幸太様専属のメイド隊がなかったのが、おかしいぐらいです」
「幸太様がメイド隊いらん言うからなー。それで、旦那様や奥様も無理強いせんかったやんか。そんで、今更メイド隊なんか作ってどうするん?」
「幸太様がなんでも極東にある島国に行かれるらしいのです。佐倉財閥の影響力が強い国ですが、やはり一人で行かせるのは問題があるでしょう」
「ここにいれば平和なんですけどねー。幸太様が平和に暮らせるように旦那様が人工的に作らせた『幸太らぶらぶだでぃ島』ちょっとネーミングセンスを疑っちゃいますけど」
「……よく我慢したほう」
「せやなー、よく我慢したわ」
「お口が過ぎますよ」
中心的メイドさんがギラリと睨みつけると三人は黙り込む。
静かになったのを見て、
「それで……新たに設立される佐倉家メイド隊ですが、メイド長に幸太様が直々に……納得はできませんが、直々に獅子童すみれさんをご指名されました」
言い終えた中心的メイドさんは切れ長な瞳で、これまた無駄に装飾された豪奢な扉の前に立つ小さな少女を睨みつけた。
そんな冷ややかな視線を受け流して、ちっさなメイド少女は、
「当然なの。こーんな小さい頃から面倒見てきたのは、すみれなの。お前達はポッと出の選ばれることのない有象無象なの」
「そのポッと出からメイド熾天長の座を奪えなかったのは誰ですか?」
「泣きそうだったから譲ってあげただけなの。今からでも勝負してあげてもいいけど、幸太様専属メイド隊のメイド長になれたから、我慢してやるの」
すみれが最後に放った言葉を聞いて、ギチギチと歯ぎしりする中心的メイドさん。
「あなたは本当に人を不愉快にさせますね」
「お互い様なの。それだけなら、すみれは行くの」
立ち去ろうとする獅子童すみれ、だが、中心的メイドさんは呼び止める。
「お待ちなさい。あなたには審査員をして頂きます。幸太様にも」
「幸太様には自分で言うといいの。あっ、ごめんなの。世話係じゃない人には無理な話だったの」
わざとらしく言ってから獅子童すみれは、書類を受け取り部屋から退出していった。
扉が閉まる音を最後に、しーんと静まり返る室内。小さな息遣いが大きく聞こえるほど、まったく物音など起きない。
その時――。
「腹立つううううううううううううううううう」
メイド熾天長筆頭、御厨紗英は叫んだのだった。
○
そんな叫び声など全く聞こえなかった獅子童すみれは、ある部屋に訪れていた。
親愛なるご主人様(仮)がいる場所である。
「審査員?」
佐倉財閥、次期後継者、佐倉幸太は振り向いた。
ショールのような綺麗な髪に、顔つきは幼くも高貴と優雅を兼ね備えた雰囲気を身に纏い、クリクリした黒曜石を思わせる瞳は小動物を思わせ、少し潤ませただけで母性本能をくすぐる凶器であり、ふっくらとピンク色に染まった小振りな唇は艶がかかって吸いつきたい魅力があり、女性がみれば嫉妬してしまいそうなほどの肌ツヤをしている。
美少女とも言える美少年である。
ぽっーと見つめていたすみれだったが、頭を数回横に振って返事を返した。
「そうなの」
「面倒そうだな……すみれが決めちゃダメなのか?」
「すみれも審査員としてでるの。幸太様もでないといけない決まりなの。それに、幸太様専属のメイドだから当たり前のことなの」
「オレ一人暮らしをしたかったんだけど……」
「一人暮らしなの。メイドが数百人ついてくるだけなの」
「それ、世間では一人暮らしとは言わないと思うんだ」
「細かい事は気にしないほうがいいの」
「まあ、親父達から離れられるなら、どんな場所でも楽園か……」
幸太は遠くを見つめるような目をする。
父親に寝込みを襲われることも、母親に寝起きを襲われることも、トイレを妹達に盗撮されることも、風呂に入ると姉達が必ず乱入してくることもなくなる。
それと比べればどんな場所でも楽園かもしれない。
否――楽園である!
「……なんで泣いてるの?」
すみれは素早くハンカチを取り出して、幸太との距離を詰めると溢れる涙を優しく拭き取る。
「いや、嬉しすぎてな……」
拳を作って幸太は嬉し泣き。
「オレの自由を早く進めよう」
幸太は笑顔を咲かせてすみれに向けた。
それだけで、すみれはメデューサでも見たかのように硬直する。
だが、幸太は気にしていないようで足早に部屋をでていき、扉が閉まる直前にすみれは正気に戻って、とててっと幸太の後を追いかけた。
○
三百メートル四方の広い会場に女性ばかりが集められていた。
その数は千四百五十四人。
十四列に綺麗にぴったり整列する女性の中には華堂夜菜、北野雨季が隣同士で立っていた。
「なんだって、こんなとこに……」
無理矢理着せられたメイド服を見て、夜菜はため息を吐く。
その隣の雨季はといえば、
「……兄さん、ひどすぎではありませんか」
着せられたメイド服はどうでもいいらしく、兄に見捨てられた事で、まだ、ショックから立ち直っていなかった。
その時、会場の明かりが消えて前方にあるお立ち台にスポットライトがあてられる。
お立ち台には一人のおかっぱ頭のメイド熾天長が現れ、そこから五メートル程離れた場所に三人のメイド熾天長が立ち並ぶ。
お立ち台にあるマイクを手に取ったメイドは、
「は~い、皆さんこんにちわ~。本日は幸太様専属メイド隊に入隊する人達を決めちゃうぞ! では、紹介とか全部放っておいて、早速皆さんには競技を始めてもらいますよ~! ぱふぱふ~。第一競技――皆さんには殺し合いをしてもらっちゃうぞ♪ 最後に残った方がぅ――!?」
パァンと盛大に頭をハリセンで叩かれたおかっぱメイド熾天長が、お立ち台で崩れ落ちた。
そんなメイド熾天長を怒気を含めた眼で見下ろしながら、ハリセンを所持したメイド熾天長筆頭、御厨紗英は口を開く。
「あなたは何を言っているのですか……?」
「いたいぃー、うぅー、冗談じゃないですか……」
痛む頭を押さえてうずくまるメイド熾天長は上目遣いで恨めしそうに、御厨紗英を睨みつけた。
「もういいです。下がっていなさい。私が代わりに進行させて頂きます」
「ちぇっ、つまんないの。そんなだから、幸太様の世話係になれなかったのよ」
聞き流す事ができなかったのか御厨紗英は、ピクリと整った片眉を跳ねさせる。
「もう一度言ってみなさい……」
「えーと……ごめんなさーーーい」
ずたたたたっとお立ち台から颯爽と降りて会場から逃走した。
御厨紗英は口許を引き攣らせ、逃げていくおかっぱメイド熾天長の背中を睨みつけながら言った。
「あいつ……あとで消してやる」
「おーい、紗英。もうすぐ幸太様が来るで、はよせんと待たせる事になんでー」
と、関西弁のメイド熾天長が、御厨紗英に大きく声をかけてきた。
その隣にはまったく興味なさそうに、肉にかぶりついてるメイド熾天長、高月静香。
御厨紗英はコホンと咳払いをして気を取り直すと、
「皆様お待たせして申し訳ありません。先程の者はお忘れ下さい。あの者に代わりまして、佐倉本家メイド隊、メイド熾天長筆頭、御厨紗英が進行役を務めさせて頂きます」
御厨紗英は続ける。
「本日は佐倉財閥、次期後継者、佐倉幸太様専属メイド選考会にご応募頂きありがとうございます。皆様の中には既にお聞きになっている方もいると思いますが、幸太様がこの度、極東のほうで暮らす事になりましたので、そちらで幸太様の世話をして頂くメイドを決める選考会を開催することになりました。出来れば一人も合格などさせたくはありませんが、幸太様が望んだことなので仕方ありません。もし幸太様に色目を使う者が現れた場合は迷わず私が消します。どこに逃げようとも……秘境に逃げようとも必ず見つけ出して消します。そういった覚悟がある方のみ、この選考会に応募したのだと思っていますので当然のことですね」
御厨紗英の説明を聞いた華堂夜菜と北野雨季は、ぽかーんと口をあけた。
二人だけじゃない他の集められた者達も一様に「こいつ何言ってるんだ」といった顔で呆気にとられていた。
そんな時間も長くは続かず、再びスポットライトが別の場所にあてられる。
西側にある扉から敷かれたレッドカーベットの上に少年と、その後ろに付き従うように小さなメイドが現れた。
少年の姿を見て、近くにいたメイド候補生から感嘆としたため息がこぼれる。若干熱を帯びてるようではあるが、それは次第に周りにも伝播して会場の空気は一気に爆発する。
――きゃあああああああああ。
辺りから悲鳴があがり始めるが、それは恐怖からではなく、まるで可愛いもの、または珍しい小動物を見たような黄色い悲鳴だった。
否、ここまで人を狂わせた悲鳴をあげさせるのは、魔性の類と言ったほうがいいのかもしれない。そして、それを如実に表すかのように、会場のボルテージは跳ね上がるばかりで収まる気配を見せない。
「なんだ? なにが起きてんだ?」
前方が見えないがために夜菜は何が起きたのか、全くわからずその場で跳び跳ね始める。
「まさか……暴動でも起きたのですか?」
不審げな顔をしてきょろきょろと辺りを雨季は見回す。
だが、そんな心配も長くは続かなかった。
「お静かに……静かにしてください……静かにしろっつってんのよ!」
お立ち台に立つ御厨紗英が叫ぶと、一斉に辺りは静まり返った。
「ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃないわよ。なに? お前等なに? アホなの? 人の話聞いてた? 色目を使った者は消すって言ったはずよね? 聞いてなかったの? 本当にバカなの? 死ぬの?」
豹変した御厨紗英に誰も口を開こうとはせず、更に御厨紗英は止まらない。
「あーあ、だからイヤって言ったのよ。幸太様には私がいるのよ。今更メイドなんて必要ないのよ。こうしてわざわざ集めて苦労することもないし、こんなバカそうな女共を集めなくてもよかったはず。まったく一人残らず太平洋に沈めてあげようかしら、きっとそのほうが幸太様も喜ぶわよね……そうよ。きっとそう……だから、お前等全員死ね!」
「それはあかん! 殺したらあかん! 千人も殺したら事実を隠しきれやんて!」
関西弁のメイド熾天長は慌ててお立ち台に上ると、御厨紗英を羽交い締めにした。
「はなせぇ! あいつら殺さないといけないのよっ! 幸太様が穢れちゃうのよ! 殺してやる! 殺してやるぅらあああ! 穢される前に息の根を止めてやるるるるるるるるるる!」
「黙る」
羽交い締めにされたまま暴れる御厨紗英の前に、高月静香が颯爽と現れて自然な動作で大きな骨を取り出すと横から脳天を殴りつけた。
「はぎゅあっ!?」
首が変な方向に曲がった御厨紗英は、そのまま頭をうなだらせる。
「……助かったわ」
「別に……」
関西弁のメイド熾天長は高月静香に礼を言うと、そのまま御厨紗英を抱きかかえて、近くまで来た幸太を見やり、そして頭を下げた。
「このまま医務室に連れていくわ。すみれ後は頼んだで!」
ぶわっと壇上から飛び降りた事によりスカートが翻って、太腿が露わになりその先の暗がりを幸太は思わず見てしまう。
――黒だった。
「お、おい……ぱ、ぱぱん、ぱんつ……」
「気にしたらあかん。なんやったら今日の夜にでも、じっくり見せたるわ!」
そう言い残して関西弁のメイド熾天長は、出口のほうに向かって走り出した。
「幸太様……見たいの?」
無表情のまま骨を口に咥えた高月静香が、スカートをめくろうと無造作に握り締めた。
幸太は慌てて高月静香の腕を手にとって止める。
「ち、ちがう! なに考えてんだ!」
慌てる幸太を見て何を思ったか高月静香は会場を見渡す。
そして、幸太の手を反対に握り締めてから、幸太の耳元に顔を寄せると艶がかった声で囁いた。
「恥ずかしい? なら、夜に見せる」
一瞬にして表情を朱に染めた幸太は硬直して、それを見たすみれは、
「スケベなの」
と、小さく呟いた。
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