華堂夜菜は赤い絨毯が敷き詰められた廊下を歩いていた。
両端には、壁に沿って五メートルほどの間隔を開けて、世界中から集められた壺やら絵が飾られている。
正直、不良あがりのメイド、夜菜には芸術の良さなんてものはわからないが、こんな派手な廊下に置かれているのだから、高価なものなのだろう。
見習いメイド高月来夏が、前に壺を割った時などメイド隊の連中が騒いでたぐらいだ。
――確か、億なんたらとか言ってたな。
それも、幸太の「別にいいよ」の一言で丸く収まった。しかし、幸太が出てこなければ高月来夏は腹を斬りそうな勢いだったのは確かだ。
――でも、こんな危なっかしい所に、置くのも悪いと思うぜ……。
そんなことを考えている間にも、幸太の部屋に辿り着こうとしていた。
しかし、扉の前に立っているメイドを見て、夜菜はあからさまに不機嫌になる。
「ちっ、お前は本当いつもいつも、なにしてんだ?」
乱暴な言葉に執事服を着ているメイド北野雨季も気づいたようで、
「……幸様を起こしに来たのではありませんか。あなたこそ何をしにきたのです?」
「起こすのはオレの役目なんだから、当たり前のことだろ」
「なんの冗談ですか? 護衛は護衛らしく屋根の上で見張りでもしてなさい。幸様を起こして差し上げるのは、教育係である私の仕事なのですから」
「何言ってんだ。お前の授業なんか毎日保健体育だろうが、ふざけんなよ。そんな危ない奴にそんな役目が務まるわけないだろうが」
「言ってくれますね。毎度覗き常習犯のくせに……」
「風呂以外は覗いてねえよ。前にも言ったが、護衛は常に一緒にいなきゃいけないからな。見たくなくても見てしまうんだ。仕方ないだろ?」
「……もっともらしいことを言っていますが、犯罪にはかわりありません。結果的には覗いているのでしょう?」
エプロンから一枚の写真を夜菜の足下に投げた。
夜菜はそれを拾い上げる。
「あなたの滑稽な姿が写っています。それを他のメイドが見たらどう思うでしょう? 本家の者達が見たらどう思うのでしょうか? あなたは今の地位から追いやられ、そして流浪の身となるのは必至でしょうね」
夜菜は身体を震わせながら写真を見つめていた。
「それを見ても、あなたは覗いてないと言えるのですか?」
「……素晴らしい」
「はぃ?」
雨季は予想外だったのか声が裏返る。
警戒しつつも雨季は夜菜に近づくと手元を覗き込んだ。
写真には湯煙に身体が覆われた幸太と、その背後の扉の隙間から鼻血をたらして覗き込む夜菜の姿があった。
「……間違ってはいませんね」
これを脅しの材料にしようと思ったのだろうが、夜菜はそんなところを気にしてなどいなかった。
「これ、もらっていいのか?」
「何枚でも作れるので、別にかまいませんが……」
「そうかそうか。お前良い奴だったんだな。宝物にさせてもらうよ」
「はあ……どうぞ……」
嬉しそうにエプロンのポケットに写真を仕舞い始める夜菜。
その時――。
一枚の折りたたまれた紙がポケットから滑り落ちた。
「これは……」
雨季は拾い上げると、新聞紙に挟まっているようなチラシを開く。
夜菜も気づいて、
「ああ、それか、部屋掃除したらでてきたんだ。懐かしいだろ?」
雨季は小さく頷いて、チラシに大きく書かれた文字を読む。
「懐かしいですね。佐倉幸太様専属メイド選考会……」
「しんどかったな……」
「そうですね……」
二人は思いを馳せる、楽しくも辛く厳しい……。
――あの日の事を。
○
「お前にはメイドになってもらう」
そう父に言われて、その日のうちに家を追い出された。
母も何も言わずハンカチをわざとらしく噛む仕草なんかして、妹は慕っていてくれてたからか……悲しそうに手を振っていた。
華堂夜菜、高校を卒業したばかりのことだった。
「マジかよ……」
手提げカバン一つ。右手に握り締めたチラシがピラピラと冷たい風に揺らされる。
確かに両親には迷惑ばかりかけた、それは十分承知している。
中学に入れば反抗期に突入してお嬢様学校に通っているというのに、清純お嬢様どころか暴走族なんかを作っちゃったりする不良ができあがった。
高校に入っても不良を卒業することなく、親の地位を利用して留年しなかったりで、簡単に卒業できた。
てっきり大学に進学させられると思っていたのだが……。
「メイドって……」
それに、無一文で放り出す親がいるのだろうか。
――そもそも、メイドってなんだ?
確かに家にお手伝いさんはいた……だが、それはおばさんだ。
自分のように若くはない。若い子がメイドをしているのなら、テレビなどで観たことがある。
ヒラヒラした服を着て男に媚び売る職業ということも知っている。
正直な話、自分には到底無理だ。男に笑顔なんて向けたことない。
殴り飛ばして許しを乞うて笑みを作ってくる連中なら、何度もみたことはあるが……。
右手に握り締めたチラシを広げる。
「佐倉財閥……佐倉幸太様専属メイド選考会」
父が経営する会社の親会社か何かだったはずだ。
あの偉そうな父が唯一頭を下げる男の息子……。
一度だけ佐倉財閥の当主に会ったことがある。父よりも若い中年男性。
何度かパーティーに出席して、何十人という娘達に挨拶をしたのを覚えている。だが、息子は一度も見たことはない。
気になって父に聞いたことがある。普通は息子を連れてきたりしなのかと……。
『当主は幸太様を可愛がるあまり、表にださないようにしているんだ。噂では絶世の美形と言われているな。まあ、自分の娘を売りにくる連中もいるぐらいだ。そんな場所に連れてくるはずもないだろう』
と、父は言っていた。
「なるほど……あの親父、娘売りやがったな。メイドなんてやらねえよ」
過去を思い出して憤慨する。チラシを破り捨て、手提げカバンの紐を肩にかけてあてもなく歩き始めようとして……。
「なんだ……お前等?」
先程想像したフリフリした服を着た連中が華堂夜菜を囲んでいた。
「華堂夜菜様ですね。佐倉幸太様メイド選考会にお申し込み頂き、ありがとうございます」
『ありがとうございまーす』
と、先頭に立つ女性に続いて、後ろに綺麗に整列した女性達が一斉に頭を下げた。
「それでは、選考会場に連行させて頂きます」
「へっ?」
「捕らえなさい」
『はーい』
「な、なんだああああああああああああ」
○
「メイドになれ」
と、兄は一枚のチラシを差し出してきた。
兄は若くして父が傾けた会社を立て直し、巨大企業にしたことから、財界でも青年実業家として名を馳せている。
憧れている人だ、将来は兄の秘書をやりたいと必死に勉強している。
そのお陰で学園ではブラコンメガネという称号まで手に入れたぐらいだ。
「兄さん、意味がわからないのですが……」
驚きでズレてしまったメガネの位置を整えて兄を見る。
冗談でもないようだ、いつも仕事で見せる真剣な表情をしていた。
モデルのような兄すらりとした足を組み替える。様になっていると思う。同級生も兄見たさに家に遊びに来るぐらいだ。
「まあ、読んでみろ」
クイッと顎で急かすように兄は言う。人を見下すような冷淡な瞳……やっぱりカッコイイと思う。同級生も家に遊びにきては兄の写真を盗むぐらいだ。
差し出されたチラシに手をかける。
「佐倉財閥、佐倉幸太様専属メイド選考会……って、あの佐倉財閥ですか?」
先週のニュースで、太陽に住むシェルターを開発することに成功した。とか言ってた。
……誰も住まないと思う。
そして、兄の会社の親会社、そのお陰で会社が盛り返したと兄は喜んでいた。
「なんでも、幸太様のメイドを探しているみたいなんだ」
「こうたさまですか?」
兄は頷く。
「そう、将来――この私が跪くであろう偉大なる御方だ。表舞台には決してでてくる方ではないから、会ったことはないのだが……絶世の美形らしい。早く会いたいものだ」
うっとりと頬を赤く染めた。
――風邪でも引いたのかしら?
少し言葉がおかしい。いや、兄はカナリと言ってもいいほど、佐倉財閥の当主を崇拝しているから、おかしくもないか……。
だからと言って……納得できるはずもなく。
「私は兄さんの秘書になるのが……」
「わかっている。しかしだ、お前よりも優秀な秘書は沢山いる。まだ高校を卒業したばかりのお前では、あと何年かかる? 下手をすれば……今、私の秘書をしている者達に追いつけないかもしれない」
「それは……そうですが……」
「だから、お前はメイドだ。メイドになって佐倉財閥の次期後継者である佐倉幸太様を支えてもらいたいのだ! これは命令だ! そう、覆すことのできない決定事項なんだ! そして、あわよくば……出来るなら私と幸太様の橋渡しを!」
手を握り締めて熱く語り出す兄が怖くなってくる。
それでも、意を決して口を開く。
「で、ですが……メイドの仕事なんて」
「オマエハ、アタマイイカラ。ダイジョウブ」
「なんで、片言なんですか」
「行ってこい」
パァンと両手の平を打ちつけた兄の音を合図に、部屋の扉が開け放たれて、バタバタとフリルがついた女性達が乱入してきた。
「な、なんですか? あなた達ここをどこだと――ッ!?」
文句を言おうとしたが、視界の隅に映った兄を見て驚愕に顔を染める。
九十度に腰を曲げて兄は女性達に言った。
「幸太様にくれぐれも宜しくとお伝え下さい!」
「えっ!? 兄さん? ちょッ――放してください!」
あっさりと北野雨季は連れ去られた。
こうして同じ時間、同じタイミングで高校を卒業したばかりの少女二名は誘拐されたのだった。
勿論、親(兄)の了承済みで。
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