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メイド編
メイド編:第二十話:やっぱり、いつもと同じ。
 スイカの如く胸の谷間に顔を埋めて幸せそうに眠る少年を見る。
 少し視線をずらすと、その少年の頭を撫でながら幸せそうに眠る女――メイドがいた。
 そんな二人を見て金髪碧眼の冥土は手に持っていた刀の刃をキラリと光らせると、気合いをいれる為に泣き叫ぶ。
「しねりゃあああああああああああああ」
 呂律が回っていない、それでも突然の大音声に気を失っていた幸太は目が覚めた。
 幸太が瞼を開けて見たのは、先程まで寝ていたベッドが真っ二つに斬られている光景……。
「嘘……?」
 思わず言ってしまう。さすがに豪華すぎるとは思っていたが、すごい寝やすかった。
 ここに引っ越してきてから唯一、幸太を癒してくれる場所でもあった。
 大事な場所が……。
 無残にも真っ二つになっていた、布団も一緒に斬られているからか中に入っていた羽毛が部屋に散らばっている。
 幸太はこれをやったであろう犯人に視線を向ける。
「……グルルルアア」
 獣がいた。それも犬とか、そんな生易しいモノではない。
 百獣の王、それが通り過ぎた場所は骨しか残らないという伝説のライオン。
 しかも、珍しいことに人の姿をしている。
 手には磨き抜かれた日本刀を持っていた。
 幸太は冷静になって瞼をこすり確かめるように見つめる。
「……アリス?」
 いや、そんなことはない。と幸太は首を振る。
 クールでお嬢様然としたアリスがこんなことをするはずがない、夜菜や雨季なら、その可能性もあっただろうが……。
 でも、何度見てもアリスにしか見えないので、
「あれ、アリスだよな?」
 幸太は顔をあげて、自分を抱えている静香に声をかけた。
 静香は視線を下ろして、幸太に向けて頷いた。
「間違いなく、アリス」
「そうか……」
 やっぱり見間違いじゃないようで、幸太はがくりと頭をうなだらせた。
 せめてアリスだけは普通であってほしいと願っていた。
 でも、やっぱりメイドというのは、どこか変な所があるようでアリスも例外じゃなかったようだ。
 だから、幸太にできることは、
「ごめんなさい」
 鼻息が荒々しく、ギラついた眼で睨まれたら、誰だって謝ってしまう。
 そう、何をしたのかわからなくとも、理不尽だとしても、自分に落ち度がなくとも。
 謝るときには謝る。
 それが幸太の座右の銘である。
 ――別に怖い訳じゃないんだ。きっとオレが悪かったんだ……。
 内心言い訳をして、アリスに目を向けるが変化は見られない。
「あの、アリス……なんで、そんなに興奮してるんだ?」
「…………」
 やっぱり聞くのが一番だと思ったのだが、返事が返ってこないので嫌な汗を掻いてしまう。
 命の危険を感じる。いくら静香でも、これほどのプレッシャーをかけてくるアリスに勝てると思えない。
 ……蛇に睨まれたカエルってきっと、こんな状況なんだろうな。
「グルル……コホン、幸太様を渡しなさいな。貴方のような者が触れていい方ではありませんの」
「無理、ご主人様は私の物」
「……わかりましたわ。なら、あなたを斬り捨てますの」
 雰囲気ががらりと変わる、先程までライオンの如く怒り狂っていたというのに、静かに刀を鞘に収めて腰を屈めて居合いの構えをとり、達人のような殺気を放ってくる。
 幸太に向けられている訳でもないというのに、ピリピリと肌が刺激される。
 これならメイド熾天長さえ倒せるかもしれない、とうとう不動の座が動く時がきたのか、歴史的瞬間が見られるかもしれないと、幸太は自然と胸が躍っていた。
 静香も警戒したのか幸太をそっと床に降ろして、エプロンのポケットから一本の骨を取り出した。
 なぜこんな決闘のような状況になってしまったのか、幸太にはまったくわからない。が、それでもいい勝負をするであろう二人に見入ってしまう。
 二人がまさに激突しようとした、その時――。
『アリス隊長、援軍に参上しました!』
『メイド熾天長を倒せる日が来るなんてね』
『楽しいじゃないか、佐倉家冥土隊にまた一つ肩書きが増えるのだから』
『でも、今回の仕合は非公式なんで、メイド熾天長の座が奪えるかどうかはわかりませんがね』
 一斉に鞘から刀を抜き放って構える冥土隊の面々。
「勝てまして?」
 アリスが掻き立てる。皮肉めいた薄笑いを浮かべた。
 静香が初めて悔しげな顔を作る。じりっと後ろに下がった。
 ――おお、珍しいな……。
 アリス一人ならどうにかなっても、乱入してきた冥土隊まで相手にするとなると、さすがの静香でも全員を倒すことは困難だろう。
 しかも、アリスが放つ威圧感が半端ではない。
 今日のアリスは一味違う。
「でも、ちょっと卑怯だよな」
 幸太は思わず呟く。
 一人を相手に武闘派の冥土隊が数十人がかりなのだ。
 幸太の部屋は広いが一斉に斬りかかれるのは五人ほど。だとしても、相手が一人なら卑怯なことにはかわりない。
 ――勝負に卑怯なんてないと言ったら、それまでなんだけどな……。
 だが、幸太の言葉が効いたのかアリスがショックを受けたような表情をする。
「……あなた達は下がっていなさい」
 さすがにご主人様である幸太に言われて、その前で卑怯な真似をする訳にはいかないようで。
 他の冥土隊の動きを制するように腕を横に向けた。
 幸太は関心する、それでこそアリスだと深く頷く。
「さすが、アリスだカッコイイぞ!」
「ほ、ほんとうですの!? こうた――ぶふっ!?」
 幸太に輝かんばかりの笑顔を向けたアリスが吹き飛んだ。
 円を描きながらクルクル宙で回転して、べちゃっと床に落ちる。
 土下座するように床に沈むアリスの前には、メイド熾天長の高月静香がいて、
「せこ……」
 幸太はズレたメガネを直す。
 いくら相手が油断したからといって非道すぎる。
『なんて卑怯――ぎゃんッ』
『あっ、お前なんてんごぶッ!?』
『首ギャああアアア』
『ひいいい、たすけ――』
 呆気にとられる冥土隊が反撃に転じる前に静香は、片っ端から骨で殴打しては蹴散らしていく。
 ――余計なこと言っちゃったな……。
 幸太は今更ながらに後悔する。冥土隊より静香が卑怯すぎた。
 瞬く間に冥土隊は全滅することになる。最後のほうに残った者達は抵抗しようとしたが、如何せん、相手が悪すぎた。
 ――しかも、静香の強さに気圧されていたからな。
 幸太は顎をさすりながら、うんうん頷く。
 ――明日香がいれば、少しは違ったのかもしれない。
 未だに姿を見せない冥土隊の副隊長に幸太は辺りを見回した……その時。
「冥土隊は弱すぎるの。まずは精神から鍛え直せと言いたいの」
「ですね~。やっぱり、身体だけ鍛えると弱いですね~」
 倒れる冥土を避けながら、佐倉家メイド隊メイド長、獅子童すみれ、そして草むしり担当の木浦香月が扉の影から現れた。
「でも、所詮は雑魚キャラ、鍛えようが何しようが無駄なの」
「さすが、メイド長。言うことが辛辣ですね~」
「佐倉家メイド隊では、当たり前の事なの」
「そうですね~。じゃあ、メイド熾天長を倒してくださいです~」
「まずは様子見なの。行ってこいなの」
 ドン――香月の背中を押したすみれ。
「ほぇ……? ひょえ……ぐみゃ」
 呆けた顔をして転びそうになった香月だったが、体勢を整えようとしている内に静香に殴り飛ばされた。
 ぱたりと冥土の一人の上に倒れ込む香月。
 その様を見てすみれは呆れるように肩をすくめた。
「……何を言えばいいか、わからないの」
 ――わからないでもないけど……。
 幸太もすみれの気持ちはわかる。しかし、突き飛ばしておいてそれはないんじゃとも思うのだった。
「すみれ、久しぶり」
 すみれの存在に気づいた静香が片手をあげた
「久しぶりなの」
「筆頭が宜しくって言ってた」
 辺りを見回しながらすみれは言った。
「あんなクズはどうでもいいの。それよりも、説明してほしいの」
 言葉に反応して口を開いた静香だったが、面倒に思えたのか眉を顰めて、
「めんどい」
「なら、いいの。でも、幸太様のお部屋で暴れるのは関心しないの。もし本家にいる奥様が知れば発狂してしまうの」
「気をつける」
「……とりあえず、片付けるの」
 ――もう十分暴れたし、遅いと思うんだけどな。
 幸太は欠伸をしながら、冥土隊を廊下に放り出す静香とすみれを眺めていた。
 ――隣の部屋でもう一眠りしてくるかな。
 中途半端に起きたせいで眠気に襲われたが、突如、壁が吹き飛んだことで目が覚めた
「幸様! お怪我はありませんか?」
 拳を突き出した格好で幸太に声をかけてくる人物、よく覚えている。忘れるはずもない。護衛メイド、華堂夜菜だった。
「怪我はないけど……部屋が悲惨な事になってるな」
 近づいてくる華堂夜菜に返事を返す。
 もう何かが壊れるのは慣れているので、気にした様子もない。
 夜菜の背後からまた一人のメイドが現れる。
 執事の服装をした教育係のメイド、北野雨季だ。
「壁を壊して主人の部屋に入る人がありますか。まったく……これだから素養がないなどと言われるのです」
「うるせえな。お前は小姑か、ご主人様の危機には何してもいいに決まってるだろ」
「ダメに決まってるでしょう。前から思っていたのですが、あなたは本当に単純明快のおバカですね」
「ふん、バカって言う奴がバカなんだよ」
「それを上乗せして、あなたはもっとバカです」
 などと小学生のような言い合いをしながら、幸太の目の前までやってきた。
「幸様、大丈夫ですか? 一体なにがあったのです?」
 心配そうな顔をして、夜菜は座り込んでいた幸太の腕を掴むと優しく起こした。
「まあ、静香と冥土隊が争ってたって言えばいいのかな?」
「冥土隊と……静香ですか? どこかで聞いたことがある名前ですね」
 考え込み始めた夜菜、その後ろではいち早く状況を把握した雨季が硬直していた。
「しずか……ん~、どこで聞いたのか忘れてしまいました。幸様のストーカーかなにかですか?」
 どう考えたら、その結論に達するのか聞きたい所でもあるが、幸太は首を振ると、こちらを見ているすみれと静香に目を向けた。
 釣られて夜菜もそちらを見て、
「あ……ぶほっ、め、メイド熾天長!?」
「今頃気づいたのですか?」
 気を取り直した雨季が呟いた。
「なにしにきてんだ、あの人……」
「さあ、骨付き肉を食べている所しか見たことがないので、何を考えているのかまったくわかりません」
「……幸様」
 とんとんと幸太の肩が夜菜に叩かれる。
「なんだ?」
「どうして、メイド熾天長がいるのでしょうか?」
「なんでも、親父に連れ戻せとか言われたらしいな」
 幸太の言葉が部屋の空気を一変させた、肩をピクリと動かした雨季と夜菜、そして、静香と仲良く冥土隊を放り出していたすみれだ。
「…………?」
 静香はなぜ空気がかわったのか、わかっていないらしく首を傾げた。
 幸太も今頃気づいて慌てて両手を振った。
「あっ、ちょ、違――」
「誰が連れ戻させるか!」
 夜菜の怒声に幸太のヘタレ声は掻き消される。
「久しぶりに本気をだせそうです」
 足を開いて準備体操を始める雨季。
「静香、本当なの?」
「……本当」
 コクリと頷く。
 事実にはかわりはないが、既に本人は連れ戻すことは諦めている。
 それを説明しようとする幸太だが、夜菜に抱きつかれて、きっと守ろうとしているのだろうが、顔が柔らかい物体に覆われて何も言うことができずにいた。
「そう……仕方がないの。こればっかりは、すみれも動くしかないみたいなの」
「でも、面倒だからやめた」
「……そう、さっさと冥土隊を放り出すの」
 エプロンからボルグルを取り出そうとして、再び仕舞う。
 あっけなく収束した。
「どさくさに紛れて抱きつくとは……」
「はんっ、羨ましいのか?」
 見せつけるように幸太の頭を抱き締める。
「ふがっ、たすッ――」
 呼吸困難に陥る幸太。
「面白いことを言いますね。あなたは今の状況がわかっていますか?」
「……そうだな。うん、こういうのはよくないよな」
 あっさり幸太を解放する。理由は睨みつけてくるメイド長とメイド熾天長がいたからだ。
 さすがの夜菜も勝てないとわかったのだろう、あっさりと諦めることにした。
 メイド四人は幸太の部屋の掃除を始めた。
 息を整えた幸太は隣室に向かう。
「んー、飯まで寝よう……」
 やっぱりいつもと同じで疲れた。

    ○

 幸太がまた眠り始めた頃、食堂は熱気に包まれていた。
 気を失っていたメイド達も目が覚めて、一人の見習いメイドを囲んでいる。
 その中には富美や清音もいて他のメイド達と同様に興奮していた。
「むふふ~、ご主人様はやっぱり可愛いのですよ~」
 頬を押さえて身をくねくねさせる見習いメイド高月来夏。
「これはいいわね、清音ご飯持ってきて」
「……幸太様をおかずにするのは、どうかと思うよ?」
 双子メイドの菅波富美(姉)と菅波清音(妹)。
『今日の夕食担当は誰だっけ?』
『あんたの班でしょうが、早く準備してきなさい』
『ええ~、これ見たいですよ』
『十分ぐらい遅れても大丈夫だと思います』
 パンフレット効果により、ぐっすり眠れることになった幸太だった。


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