「なんで、てめぇがオレの隣に来るんだよ?」
「こっちの台詞です。どうして、あなたの隣に座らなければならないのです?」
仲の悪いメイドと執事が小さな争いを始めていた。
三人は白いシーツが敷かれたテーブル囲んでいるのだが、幸太の隣に座ろうと争った結果、なぜか二人が隣同士になってしまった。
二人の目の前には幸太がいて、辺りに視線を巡らせながら食事が運ばれてくるのを待っていた。
「遅いですね……」
「ああ……」
夜菜の言葉に幸太が返事を返した。
いくらなんでも食事が遅すぎた。席についてから二十分は経っている。
夜菜と雨季には料理がきていたが、主人より先に食べることはないので既に冷めていた。
「おい……雨季」
夜菜が隣に座っている雨季へと向けて囁いた。
「なんですか?」
「幸様の料理……遅すぎないか?」
雨季が横目で夜菜が少し不機嫌そうに呟いた。
料理が早く食べたいという訳ではなく、幸太の料理が運ばれてこないのに苛立っていた。
「確かに、そうですね」
と怒気を含めた声音で呟くと、腹を空かした幸太を見て思わず目尻に涙を浮かべる雨季。
夜菜と雨季は視線を絡ませると、お互いが大きく頷いた。
二人の心は一つになった。全ては主の為に犬猿の仲とも言える二人が手を組んだのだ。
「お待たせしちゃいました〜」
二人が立ち上がろうとしたとき、間延びした声をあげながら一人のメイドが近づいてきた。
夜菜と雨季は、そのメイドを見て身体が硬直した。幸太もそちらへと視線を移す。
垂れた目尻に、常に笑みを絶やさない口許が、おっとりとした雰囲気を感じさせる。そして黒のワンピースの上から白のエプロンをつけている。
腕には黒の腕章、紅い【幸】の一文字が刺繍されていた。刺繍の下には五つ星。
序列第五位、木浦香月。おっとりとした表情は万人を笑顔にすると言われ、彼女が運ぶ天災は万人を不幸にすると言われている。
そんな彼女は、ご主人様が間違って呼べば街三つを混乱と恐怖に陥れた、という伝説を持っていた。
そして香月の両手には大量の料理を乗せた盆があり、スイカ並にでかい胸を揺らしていた。
「香月……なぜあなたが……」
メガネを押し上げ位置を整えながら、雨季は目の前の香月に言った。
「こっ、幸様、お逃げください!」
夜菜は幸太に近づいてくる天災から護る為、立ち上がって叫ぶ。
だが、幸太は近づいてくる大量の料理を前に、あんなに頼んだ覚えはないと不思議そうな顔をして見ていた。
「幸太様〜、お腹ぺこぺこですか〜? なにを食べたいですか〜?」
ふらつきながらも、確実に近づいてくる香月。
「オレが頼んだのは……和食なんだが……」
大量の料理を見つめながら幸太は言った。
香月の運んでくる料理は全て洋食だった。
そもそも、香月は給仕係ではなく、庭の草むしり担当だったはずだ。
そう、香月は草むしり程度しかできないのだ。彼女が序列第五位なのは佐倉家メイド隊の七不思議の一つになっている。
「あ〜、すいません。取り替えてきますね〜」
と言って踵を返そうとするが体勢が崩れてしまい、踏鞴を踏みながら幸太へと近づいてくる。
「あっ――バカ野郎っ!」
「幸様お逃げ――」
夜菜と雨季が幸太の盾になろうとするが、雨季の足が夜菜の足を引っかけてしまう。
慌てて夜菜は身を翻し雨季のメガネを掴むが、それは支えになるはずもないので、床に背中から叩きつけられる。
「うぐぅっ」
苦しそうに身体を丸めて呻く夜菜。
メガネを失い周りが見えなくなってしまった雨季は、夜菜につまずき顔を床に叩きつけた。
「あぐぅっ」
苦しそうに顔を押さえながら床を転がる雨季。
不幸が二人を襲ったころには、大量の熱々の料理が幸太の身に降りかかろうとしていた。
「おぉ……」
どうすればいいのか判断ができず、幸太の瞳にはゆっくりと下降してくる料理が映し出されていた。
「幸太様〜、危ないですよ〜」
「うぶっ」
料理が降りかかる前に、香月の胸によって視界が覆い尽くされてしまう。
香月は幸太の頭を優しく抱き締めると、幸太と共に椅子から転げ落ちる。
その時香月の背後から、けたたましく食器の割れる高音が耳元に届けられた。
香月の胸の柔らかい弾力に護られながら何度か転がると、幸太は胸から慌てて離れると、自身がいた場所を見る。
その光景をみて、思わず身震いする幸太。
食器の割れた破片がそこかしこに飛び散り、幸太が座っていた椅子から湯気が立ち上り熱い料理が散乱していた。
「大丈夫ですか〜?」
無傷の幸太をみて微笑む香月。
幸太は視線を香月に移すと、
「ありがとう、助かったよ」
幸太は優しい笑みを浮かべ、感謝の気持ちを表したのだった。
「いいえ〜、幸太様が無事でよかったです〜」
おっとりとした表情は万人を笑顔にすると言われている。
香月が運ぶ天災は万人を不幸にすると言われている。
その不幸も、ある人物には降りかからない。
それは――親愛なるご主人様。
序列【第五位】木浦香月。
彼女の微笑みは幸太を癒し――彼女が運ぶ天災は幸太を守護する。
給仕のメイド達が片付け始めたので、テーブルを移動して新たに朝食をとり始める幸太達。
幸太の左右に座るのは、右に夜菜、左に雨季、そして目の前に座るのが香月である。
幸太は目の前に並べられた料理を見て、どれから食べようか悩みながらも、煮込まれた魚を箸でつまむと口に運んでいく。
「幸太様〜、あーんしてください〜」
香月は食べていたうどんを、短く箸で切ってから腕を伸ばし差し出してくる。
それを見た幸太は、照れもせず口をあけると箸を迎え入れ、
「うどんも、なかなかいいな」
美味しそうに咀嚼しながら味わって食べた。
そんな幸太を眺めていた香月は微笑むと、うどんを食べ始めた。
呆然とそれを眺めていた二人がいる。
右隣に座っている夜菜が口を大きく開けたまま硬直している。
幸太の左隣に座っている雨季は、
「かっ、かかかかんかんかんかん」
踏切の真似を始めていた、手を小刻みに震わせて、かなりの重傷だった。
夜菜は一足早く回復すると、
「おまっ、お……お前なにしてんだよ?」
上擦った声音で、香月を指差しながら呟いた。
キョドり始めた夜菜を見て、にんまりと口の端をつりあげた香月。
馬鹿にするような態度を見て、
「こきゃああああーーーーーーーーー!」
夜菜は奇声をあげると、テーブルにあったフォークを掴み――投げた。
神速とも言える速度で迫りくるフォークを、笑みを浮かべたまま避ける香月。
避けられても夜菜は次々にナイフやフォークを投げていく。
そんな死者がでそうな光景を見て、慌てて幸太が止めようとするが、
「幸様、幸様」
何度も名を呼ばれて、そちらへ視線を向けると、いつの間に回復したのか雨季が頬を赤らめていた。
その手には箸が掴まれていて、先端部分には魚の身が挟まれていた。
「あーんしてください]
「いや……夜菜が……」
「あーんです」
「だっ、だからな?」
幸太は額に汗を浮かばせながら、鬼の形相になった夜菜と、猫撫で声なのに顔は真剣な雨季を交互にみる。
「そう、あーんです!」
「あっ、あーん」
何度も呪詛のように呟く雨季に、背筋がゾッとするが幸太は諦めて口を開けて食べ始めた。
嬉々とした表情で腕を忙しなく動かし、どんどん口の中へ放り込んでいく雨季。
投げる物が丁度なくなって、夜菜が他に投げる物を探そうとしたとき、その光景を視界の隅に捉えたのだった。
「幸様、少し失礼します」
夜菜は口調を瞬時に変えると、幸太を優しく抱き抱え違う席に移動させた。
「てめぇもなにしてんだ、コラーーー!」
雨季に向かって跳び蹴りを放つ夜菜。
頭を砕く程の強烈な蹴りを、あっさり片手で軽く振り払うと、
「うるさいですね……羨ましいのですか? このレアな箸がほしいのですか! この幸様の唾液がついた箸が、この煌めく伝説の箸が!」
賢者となった雨季が食堂に響くほどの大音声で叫ぶ。
食堂にいたメイドの視線が雨季に集中する。
雨季の言葉に思わず、動きを止めてしまう夜菜。
口の中に放り込まれた料理を咀嚼しながら眺める幸太。
辺りが静まり返り、張り詰めた空気に耐えられなくなった夜菜が、
「いっ、いらねぇよ!」
少し考えてしまった自分が恥ずかしいのか、顔を赤く染めて雨季に飛びかかった。
雨季も箸を丁寧にテーブルの上に置くと、夜菜に向かって突貫した。
「相変わらず仲悪い――ごほっげほっ」
口に入った食べ物を飲み込もうとして、むせてしまう幸太。
慌てて胸を叩きながら、辺りに視線を巡らせ水を探す。
苦しむ幸太の前に水が入ったコップが差し出された。
視線を横にずらすと、
「どうぞ〜」
微笑む香月の姿があった。
コップを受け取り一気飲みする。
「――ぷはぁ……助かった。本当にありがとう」
「いえいえ〜、無事でよかったです〜」
また助けられたと笑みを浮かべ感謝を述べる幸太。
香月は首を小さく横に振り、ハンカチを取り出し幸太の口についた水を拭う。
「ここは少し危険ですから、そろそろ戻られてはどうですか〜?」
と香月は夜菜と雨季に視線を移す。幸太もつられてそちらに視線を移した。
二人はハリケーンのように辺りの障害物を吹き飛ばし、食事をしているメイド達を巻き込み、食堂は阿鼻叫喚の図となっていた。
「だが……」
「大丈夫ですよ〜、私も一緒に行きますから、あの二人もすぐに来ますよ〜」
と言って香月は、急かすように幸太の背を押し食堂からでようとする。
「それもそうだな……」
幸太は諦めるように、夜菜と雨季から視線をはずすと、扉に向かって歩き始めた。
扉が開かれて幸太は出て行く。その後ろを香月はついていくが、扉が閉まる直前に立ち止まると後ろを振り向いた。
そこには幸太がいなくなった事に、気づかず殴り合いをしている夜菜と雨季、そんな二人に向かって笑みを作ると、
「計画通りです〜」
と小さく呟き、いつの間にか幸太の唾液がついた箸を持っていて優しくハンカチに包み込むと、エプロンのポケットに大事そうに仕舞った。
夜菜達から視線をはずして背を向けると、香月は先に進む幸太の後を軽い足取りで追いかけるのだった。
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