うにゃあ、と言ってしまいそうな状況。
首根っこを掴まれて軽々と持ち上げられた格好で、男として情けない気もするが仕方がない。
抵抗したところで無駄だということはわかっているし、まだ命も惜しいのだ。
首なんて人質にとられれば、誰だって身動きがとれないさ。
などと内心言い訳をする。
「…………」
黙々と歩き続ける高月静香を見上げる。
誰かに助けを求めようにも、やっぱり相手がメイド熾天長なだけあって、すれ違うメイド達は頭を下げるだけで、誰も助けてくれはしない。
そもそも、助けてとか救難信号なんてだしてないから、助けはしないんだろうけども……。
助けを求めた所で彼女達では敵わないだろう、無駄に被害者を増やすこともないと幸太は諦めにも似たため息をついた。
「はあ……せっかく親父達から離れられたのにな。なーんも変わってない気がするよ」
二階にあがる階段の前で静香の足が止まる。かと思うと、隅のほうにたたっと軽やかに移動した。
その時、先程までいた場所に転げ落ちてくる二人がいた。
……まだ、やってたのか。
「今日のあんた、しつこいわよ!」
「姉さんだって、まるでメスゴリラみたいな力だよ!」
「姉に向かってその口上等! メスゴリラの強さ見せてあげる」
……否定しないのか。
「ふんっ、ムッキムキになればいいんだよ。それよりも姉さんこそ、さっさと諦めたらどうなのさ」
「姉に楯突いた愚かな妹を、ぎゃふんと言わせるまで私は止まらないわ!」
――女のケンカって怖いよな。
幸太は思う。拳を作って殴り合う姿は男に引けをとらない。
それを生で見せられたとしたら、ちょっと引く。
だが、幸太はあることを思いついた。
ニタリと悪い笑みを作ると、バタバタと暴れ始める。
「富美、清音! へるぷ! へるぷ!」
ここぞとばかりに大声をあげる。彼女達なら打たれ強いから負けたとしても、死にはしないだろう。
二人は胸ぐらをつかみ合ったまま、幸太に顔を向けた。
『幸太様?』
目を見開いて、声をハモらせると慌てて胸ぐらから二人は手を離して、幸太に向けて頭を下げた。
「お見苦しいところを……」
「申し訳ありません」
「いや、始まり見てるし別に謝らなくても……正直、いつもケンカしてるから慣れたようなもんだけど」
それよりも、顔をあげた二人に顎で合図する。
くいくいっと自分を掴んでる奴を見ろ! と言わんばかりに。
「清音……メイド熾天長よ」
「うん、見えてるよ。メイド熾天長だね」
幸太の首を掴んでいる手を見て、
「清音……幸太様てば猫みたいね」
「うん、似合ってるね。なにやっても様になるから不思議だよ」
手を組んで祈るように二人を見つめる幸太。
「じゃあ、一時休戦ってことで、メイド熾天長を仕留めるわよ!」
「この場合は仕方がないよね。幸太様……今しばらくご辛抱を……」
おおっ! と幸太の表情は輝く、それぞれの武器を構える二人の姿は勇者のようで、崩れ落ちた二人はまるで幻だったかと思うほど。
「って、えええええええええええ!? 弱すぎるだろ!」
「こ、こうたさ――」
手を伸ばしてがくりと首をうなだらせた富美、
「もうしわけ……」
パタリと眠るように気を失った清音。
「いやいや、冗談だよね?」
コンマ数秒の世界に幸太は信じられなかった。いくらなんでも――雑魚っぷりにもほどがある。
「……」
つんつんと人差し指で幸太の頬が刺激される。
幸太が見上げるとそこには、見下ろす静香の顔があって。
「強い」
手を腰にあてて、むんっと胸を張り、妹と違って大きい胸が揺れた。
「そうだね。強すぎだね。オレが思うに富美と清音って、中ボスだったんだけどな……」
必死にレベル上げて、実は中ボスでもなんでもなく倒すのが余裕だったくらいのガッカリ感。
でも、幸太は優しかったので姉妹喧嘩でかなり消耗したんだな。と、思うことにした。
○
そんなわけで幸太は自室に連れてこられた。
理由を聞いた所「部屋がないから」もっともな意見を頂けたので納得した。
もう眠すぎて仕方がないのか、静香はフラフラになりながらベッドに近づいていく。
勿論ちゃんと片手には幸太の首を持っている。
「……まあ、死にはしないだろう」
貞操の危機もないと思う……。まだ父親達と暮らしていた頃よりはマシだと思う――あの頃は毎日が――一分毎が貞操の危機だった。
「眠い」
静香が呟く。
「そうか、オレ眠くないんだけど……」
「寝る……」
絡みつくように幸太を抱き締めてから、静香はベッドに飛び込んだ。
「やっぱ無理です!」
幸太は抜けだそうと必死に暴れる、背中に感じる感触は危険すぎた。
これは人をダメにすると直感的に判断した。いや、人ではなく男をダメにする。
こんなの長時間耐えきれるはずがない、理性が簡単に吹き飛んでしまう。
「くぁああああ、力強すぎるだろ。ホントに人間か!? ロボットなんじゃ」
あの父親なら簡単に作れそうだ、否、作っていそうだ。
首だけ必死に動かして、ぬがーと雄叫びする幸太に、うっすらと目を開けた静香が、
「大人しくする」
ビシリと首に手刀を叩きこんだ。
幸太の視界が霞む。
「……これは」
良いことかもしれない、気を失えば過ちというものは起きないだろう。
少し残念な気も……否、そんなことはない。
幸太は複雑な感情を抱えたまま、ぷっつり意識が途絶えたのだった。
○
その女性は戦場にタイムスリップしたのかと錯覚した。
目の前に広がる光景は瓦礫に溢れ、無残に壊された家具の数々。
敵の姿は確認している、破壊の限りを尽くした破壊の申し子とも言える者達。
余裕のつもりなのか中央で堂々と寝ていた。
「一体どうしてこんなことを……」
両手の力が抜けて提げていた袋が地面に落下する。大きな音を立てて袋からはいくつもの写真立てがでてきた。
皆と別れて先に部屋に戻ってきたまではよかった。違和感に気づいたのはなぜか途中で壁に亀裂ができていた事だろうか、そして嫌な予感が頭をよぎりつつ到着して見たのは、見事に破壊された自室だった。
悲惨な光景に頭が一瞬でショートした。
ゆったりとした動きで眠る二人に近づいて、腰に差していた刀を抜き放つ。
研ぎ澄まされた刃が破壊された窓から差し込む夕日にキラリと光る。
胴体を二つに分けることなど、容易いという事を物語っているかのよう。
殺人鬼の顔をした円城寺明日香は、不気味な笑みを浮かべた。
「くっははは、面白い真似をしてくれる。我の部屋を……我の部屋を……幸太様の写真を!」
頭上に刀を持ち上げて、標的を定める。
まずは刃と同じく夕陽にあてられ光っているメガネから。
振り下ろされる、その時――。
メガネの目がパチリと開いた。
「へっ? ひええええ!?」
咄嗟、まさに反射、タコのように飛び跳ねることによって無様な格好だったが避けることに成功したメガネ。
命の危機に直面した人というものは、寝起きであろうとも俊敏な動きができる。
それを見事に教えてくれたメイド、北野雨季。
「な、なんのつもりですか?」
驚きの表情で明日香を睨みつけながら、心臓を落ち着かせるように胸を押さえた。
雨季は部屋の様子がおかしいのに気づいて、辺りを見回してから自分の衣服を確認する。少し乱れているような気がして。
「まさか……おそ――」
「っておらんわ! 幸太様以外には興味ない!」
「しかし、私をこんな廃墟に連れ込んでどうするつもりですか?」
「は、はいきょ? 我の部屋を廃墟と言ったか貴様……」
「あなたの部屋でしたか……これは申し訳ないことを。人の趣味を悪く言うつもりはなかったのですが……」
「貴様等が廃墟にしたんだろうが!」
刀を中段に構えて、雨季に向かって駆け出す。
雨季はさすがに刃に蹴りで対抗したら、足斬れちゃうかもしれないと思ったので、近辺に得物が転がっていないか探し始めた。
「ん~、うるせえなあ……」
むくりと目をこすりながら、上半身を起き上がらせた破壊の申し子の片割れ。
突然起きるものだから、破壊の申し子――その片割れの肩に明日香は膝をひっかけてバランスを崩してしまう。
「はわ、はわあああ。ぎゃんぅ」
両腕をぐるぐると振り回し体勢を整えようとしたが、瓦礫、岩の塊に顔を強打して悶絶する。
肩に衝撃が奔った方はというと、なぜか痛む額を押さえながら立ち上がり、視線を巡らせて、
「……なんだここ――廃墟?」
きょとーん……とした面持ちで華堂夜菜は言ったのだった。
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