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メイド編
メイド編:第十七話:いつもと違う?(3)
「来夏……聞いてもいいか?」
 幸太は息を殺しながら隣にいる高月来夏に声をかけた。
 辺りは薄暗く酸素も足りない気もして、息苦しさを感じつつも、そんな事は今の状況からして、どうでもいいことなのだが、一番危険なのはこの心臓の高鳴りだろうか。
 今にも破裂しそうな程に脈打つそれは、もう絶対聞こえてるんだろうな。と確信させるほど大きい。
 狭い空間に一人の男と、一人のメイド。
 もし、これが非常時でなかったなら理性が吹き飛んでいたかもしれない。
 ……いや、今でさえ危ういんだが。
「な、なんでしょうか?」
 隣には引っ付くというレベルを超えて、腕を絡ませて耳に生暖かい息を吹きかけてくる高月来夏。
 夜菜達ではないにしろ、やはり胸というものをちゃんと持っているようで……柔らかい感触を腕に感じて、佐倉幸太は、ちゃんと成長してるんだな。と思いながら、出来る限り意識がそちらにいかないように……は無理だとして。
「ここに隠れる必要あったのか?」
 出来る限りの平常心を装うことで気を紛らわすことにした。
「ここならバレないですよ。静香お姉様でもわからないです」
「そ、それならいいんだけどな……」
 わざわざ、こちらに顔を向けて喋らないでほしい。息が顔にかかってくすぐったいような、なんともいえない気持ちになってしまうのだ。
「はあ……」
 喜んでいい状況なのか……男なら喜ぶ状況なんだろうけど。やっぱり、これから起こるであろう事態に、やっぱり素直に喜ぶわけにもいかないわけで……。
 そんな訳で、ご主人様の佐倉幸太と、メイド見習いの高月来夏は、二人揃って食堂内にある純白のシーツが敷かれたテーブルの下に隠れているのであった。
 幸太はシーツの裾を持ってめくり上げると、土下座のような格好をして床に顔をつけて冥土隊達の様子を覗き見る。
 来夏の腕も離れて距離をとることができるし、少し危なかったので安堵のため息をついてしまう。
 しかし、それも少しの間だけで……なにかに取り憑かれたかのようにズシッと重みを感じた。
「なあ……来夏。なんか違うと思うんだ。普通そっちで見ないか?」
 隣を指差して、背中に乗ってきた来夏に、幸太はげんなりとした表情で言う。
「お馬さんですよー」
「いや、あのな……遊んでる訳じゃないんだ。下手したら生死に関わる問題なんだけど」
 妙に子供っぽい、いや、年齢の割には顔が幼いし、歳もそんな違わないから子供なんだろうけど。
 ――でも、さすがにお馬さんごっこはどうかと思う。と、幸太は内心呟いておくとして、いちいち説明するのも面倒になってきたので、このままでいいかと少し投げやりになる。
「それで、静香お姉様はどうなったです~?」
 他人様の背中で器用に転がったりする来夏、ツインテールの髪型だからか、ゴロゴロされると髪の毛が顔にあたって仕方がない。
 ――これがメイドのすることなんだろうか……前から思ってたが、うちのメイド隊って、なんか余所と違う気がする。
 余所のお宅のメイドさんなんて見たことがないので、幸太には本物のメイドがわからない。
 もしかしたら、こういうのが本当のメイドなのかもしれない……。
「仕事はできるんだけどな……」
 と、ポツリと呟き。肩に顎をぐりぐりさせ始めた高月来夏は置いておくとして、冥土隊とメイド熾天長に視線を向けた。
 メイド熾天長・高月静香のほうは相変わらずのようだが、冥土隊のアリスはヒートアップしていた。
 ――なんか壇上で必死に演説する校長みたいだな。
 腕を激しく動かすアリスの周りにいる冥土隊の面々が、ひっそりと立っているので独裁者の演説にも見えなくもない。
 しかし、聞く側の方と言えばパンフレットを見ながら、適当に相槌をしているだけだった。
「聞いていますの!? メイド熾天長ともあろう者が他のメイド隊に手をだしていいのかと聞いているんですのよ。佐倉本家メイド隊は他のメイド隊の模範となる存在なのです! それにですの、あなたのような人間を、わたくしはメイド熾天長と認めたことはありませんわ。確かにあなたは優秀です。しかし、少しばかり自己中心的すぎますわね。それはメイドとしてあってはならないこと、メイドが常に考えなければいけないことは、第一にご主人様、第二にご主人様、第三にご主人様、第四にご主人様、第五に…・…ちょっと、ポテチ食べるのやめなさいな。ああ――幸太様の写真に油がつくではありませんか……ちゃんと、油を拭き取ってからめくりなさいな」
 エプロンのポケットからハンカチを取り出して高月静香の手についた油を丁寧に拭き取ってから、ハンカチを裏返してパンフレットを変わりにめくってあげる。
 ――自分の指紋がつかないように配慮するところは、さすがだな……。しかも、ポテチなんて略したりするんだ。
 怒ってはいるが、意外と冷静なアリス。佐倉さん家の冥土さんの優秀さと言葉遣いに軽く驚く幸太。
 それをされた本人はといえば、卵から生まれたばかりのひよこのような顔をして、アリスを見ていた。
「……ありがと」
 ――おお……あの無表情な静香が、あんな顔をするとは――やっぱり驚くよな~。
 コホンと咳払いをしてから、アリスは再び口を開こうとしたが、
「……なんですの?」
 差し出されたパンフレットを見て、訝しげな顔をするアリスを余所に、高月静香はぐいぐいとアリスにパンフレットを押し付けていた。
「貸してあげる」
「なッ――!?」
 ズババッ――人が近づいてきて驚いた猫のような俊敏な動きで一気に後方に下がったアリスは、なぜか刀を構えて高月静香を睨みつける。
「何を企んでいますの?」
 その言葉に高月静香は小さく首を傾げて、
「なら、ここに置いとく、好きに読んでいいよ」
 テーブルにパンフレットを置くと、イスから立ち上がってスタスタと歩き始める。
 その光景を見ていた幸太は汗が噴き出してくるのを感じた。こちらに向かって近づいてくるのだ。
 アリスは静香とテーブルを交互に何度も忙しく視線を動かして、静香は着実に距離を縮めつつあり、背中に乗っている来夏はというと……寝ている。それはもう大量のヨダレを他人様の頬に垂らしながら盛大に寝ていた。
「うへへ……うひっ、うひゃ。でへへ」
 もう犯罪者として通報していいレベルに達している。というより、通報したい衝動に駆られる幸太。正直こんなのがメイドになろうと思っているのだから、メイド隊はひょっとしたら犯罪者予備軍の集まりなのかもしれない。
「はあ――……」
 今日何度目のため息なのか、毎日心休まる日はない。
 シーツから手を離して、ポケットから取り出したハンカチで頬についたヨダレと、来夏の口に垂れている涎を拭いてハンカチを仕舞う。
 幸太が再びシーツをめくり上げると空色の眼と視線が絡み合った。
「やほー」
「や……やほー」
 抑揚のない声に幸太が返事を返すとバァン――とテーブルが宙に浮く「はぐぅ」なぜか、来夏も一緒に飛んでいった。
 幸太は首根っこを掴まれてひょいと軽く持ち上げられる。
「眠い、だから、寝る」
 ズルズル引きずられながら、頭上からそんな言葉が降ってくる。
「そっか、おやすみ……。でも、なんで、オレも連れていくんだ?」
「ぬいぐるみ忘れた」
「その……ぬいぐるみの役割ってなんなんだ?」
 嫌な予感がして幸太は一応確認の為に聞いてみる、人差し指を顎にあてて考えるような仕草をした静香は、
「…………抱き枕?」
 予感的中。
「はぁーなァしてぇぇぇぇーーーーー」
 少女のような叫び声をあげて、暴れ始めた幸太だったが首を掴む手の力が緩まることはない。
 抵抗虚しく幸太は静香と共に食堂から消えていった。
 この時、アリスといえば……。
「やはり可愛らしい……眼に入れて保管したいぐらいですわ」
 鼻息を荒くしながらパンフレットを見ていた。


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