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メイド編
メイド編:第十六話:いつもと違う?(2)
 佐倉幸太は少し気が遠くなりそうだった。いやそんな生易しいものでもなく、出来るなら誰か頭を殴って気を失わせてくれと願っていた。
 ――クソ親父め……覚えてろよ。
 この状況を作った父に新たな恨みを抱きつつ、いつか納豆プールに突き落としてやると心に刻みながら。
 幸太は今の状況をどうするか悩み始める。
 隣で気を失っている高月来夏は放っておくにしても、相変わらず肉を食べ続けているメイド熾天長と、その周りを取り囲む黒のメイド服を身に纏った冥土数十名。
「聞いているんですの?」
 佐倉家冥土隊を率いる『獅子の女王』の憤怒の意志を含んだ声音が食堂に響き渡った。
「…………」
 チラリとアリスを見たメイド熾天長だったが、すぐさま肉にかぶりつく。
 まったく興味ないと言った感じである。
 ――どうか何事もなく……争いもなく終わりますように。
 幸太は両手を胸の前で握り締めて祈る。
 なぜ、こんなに険悪な状況になってしまったのか……。
 
    ○

 屋敷に戻ってきた明日香を除いた冥土隊は、アリスを先頭に足並み揃え二列に並びながら、どこか軍隊の雰囲気を纏わせながら食堂に入ってきた。
 観光は満足のいくものだったのか、両手に荷物を提げて誰もが笑顔を咲かせていたが、食堂の惨状を見て一瞬にして凍りついた。液体窒素もビックリな早さで。
 だからか、両手に荷物を提げたまま一人のメイドを囲むというのは、なんとも滑稽な図ではあった。
 冥土隊を代表というより、率いているアリスが何か言い始めたが、メイド熾天長は無反応なので今のように険悪な空気に至ったというわけである。
「食べるのをやめなさいな……斬り捨てますわよ」
 口角を引き攣らせ始めたアリスを見て、幸太はそろそろ限界かな、と思い始めた。
 だが、やはり気にした様子もないメイド熾天長は。
「んくっ……黙れ」
 ――あ……終わった。何が? という問題じゃない。それは屋敷が、かもしれないし、これから起こるであろう惨劇に巻き込まれた幸太かもしれない。
 ここで死ぬ訳にはいかない。と、幸太は高月来夏の背後に隠れる。
 高月来夏の背中越しから覗き見るアリスの顔は真っ赤に染まっていた。
「上等ですわ! 佐倉家冥土隊【獅子の女王】幸太親衛隊【零】…・…アリス・へディナ・ヘリオスが、あなたを排除致しますわ」
 両手に提げていた袋を大事そうに床に置いてから、腰に差していた鞘から黒刀を抜き放った。
 般若のような顔をしたアリスに眠そうな眼を向けて、メイド熾天長はイスから立ち上がり、巨大な骨を右手に、ポケットから取り出した一枚のカードを左手に、その二つをアリスに向けて静かに言った。
「佐倉本家メイド隊、メイド熾天長、高月静香。幸太様ファンクラブ会員九番。ちょっとだけ……手加減、してあげる」
 黄金に輝くカードを見て、冥土隊から呻きにも似た驚きの声があがった。
『あ、あれって、限定二十名しか入れない奥様が作ったファンクラブよね?』
『そうよ。しかも、一桁台……お嬢様達を差し置いて一桁をとるなんて』
『さすがは……メイド熾天長、恐ろしい人だ』
『幸太様ファンクラブの特典って、すごいんだっけ?』
『一ヶ月に一回開かれるという幸太様ムービーシアターに招待されるらしい』
『幸太様ムービーシアター?』
『奥様が撮った幸太様の成長の記録――それが観られるのよ。前回開かれた時は、幸太様の幼少時の写真付きパンフレットが配られたらしいわ』
『それは、レアね……』
 と、冥土隊の面々。
「お黙りなさい。冥土隊が簡単に狼狽えてはいけません。動揺は敗北に繋がります。平常心を保ちなさい」
 アリスは驚かなかったのか【獅子の女王】の名に相応しく堂々としていた。
 否、極寒の地にいるかのように、まるで何かの中毒症状のように……柄を握り締めた手がぷるぷる震えている。
 それに気づいた高月静香は自然な動作でエプロンのポケットから一冊の本を取り出した。
「これが、パンフレット」
 と、見せびらかすように、表紙をアリスに見せた。
 今より少しだけ幼い幸太が笑顔を咲かせている。アリスは硬直した。
 静香はまた一冊の本を取り出す。
「これ鑑賞用、さっきの自慢用」
「はぅ……」
 意識した訳ではないのだろう、アリスはパンフレットに向けて手を伸ばそうとしていた。
 勿論、それに気づかないメイド熾天長ではない、少し後ろに下がって距離をとった静香は、また一冊の本を取り出した。
「これは、保存用」
 うぉぉぉっ! と、冥土隊から先程とは違い大きなどよめきが起こる。
『あの人、どこのオタクですか?』
『幸太様オタク――略してコウタクってやつね。……恐ろしい子』
『なんか、アイドルみたいね』
『佐倉家の皆様にとっては、アイドルみたいなものだから、ある意味正しいな。少々行き過ぎな気もするが……』
『でも、どうやって、三冊も手に入れたんでしょう?』
 そんな疑問に答えたのは静香である。
「一桁会員の特権」
 納得したのか冥土隊の面々は深々と頷いた。
『一桁って、やっぱりすごいんですね』
『それよりも一桁になれた、メイド熾天長がすごい……。やっぱり、恐ろしい子』
『ほら、獅子の女王が子犬の瞳をしてるわよ』
『獅子が子犬にさせられるか、一桁会員恐るべし』
『あの……うちらの隊長がパンフレットほしさに尻尾振るのも、どうかと思うのですが』
 好き勝手にガヤガヤ騒ぎ始めた冥土隊を見かねた、もとい、言いたい放題に腹が立ったアリスが言い出した。
「あなた達、あとで道場のほうにきなさいな。わたくしが、鍛え直して差し上げますわ」
 それを聞いた冥土隊の面々は押し黙り、カタカタと震え始めたのだった。
 そこから少し離れた場所、盾(高月来夏)に身を隠している幸太がいた。
「来夏……おーい、来夏。起きろ」
 ペチペチと来夏の頬を叩く、なんとも柔らかい感触に驚きつつ、強弱をつけて楽しみながら起こしていた。
「ほぇー……?」
「起きたか? 少し大変なことになってんだ。気を失ってると、そのまま死んじゃうぞ」
「あれー、ご主人様どこです〜?」
 背後から声をかけている為に、気付いたばかりの来夏は、まだ意識がはっきりしてないのか正面を見るばかり。
「後ろだ、後ろ」
「後ろ? 後ろです?」
 口が半開きのまま、眼をこすりながら振り向いた来夏は固まった。
 理由は驚くほど幸太の顔が近くにあったからだ、それは鼻と鼻が触れ合うほどの距離。
 だが、幸太は今は気にしてる余裕もないため、そのことを悟ることはない。
「幸いなことに……冥土隊の皆は、オレ達がここにいることを忘れてるみたいなんだ。静香もアリス達に気をとられてるから、今なら逃げる事ができる」
「ぇ……あっ! そうです! そうですよ! ご主人様、大変なんです! 静香お姉様が来ていたのですよ。でも、メイド熾天長は旦那様や奥様についてるはずです。なら、夢? はれ、夢? あれれ、夢だったですか? ごむぐぅ――」
 いきなり異世界に飛ばされて、いきなり現実世界に戻ってきた小説の主人公のように混乱する来夏の口を押さえる。
「大きな声をだすな。気づかれたらどうするんだ。巻き込まれちゃうぞ」
「ほむぅ? ぐおー、スンスン」
 なぜか、うっとりとした表情を浮かべた来夏が、手の匂いを嗅ぎ始めたので幸太は慌てて手を離そうとしたが――。
「なんで、舐める……?」
 間に合わなく、寒気にも似た感覚が背筋を駆け巡っていった。
 そんな幸太に来夏は無邪気な笑みを向けて。
「いい匂いがしたのですよ。甘いかなって思ったです」
 首を少し傾げて、悪びれもなく言ったのだった。


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