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メイド編
メイド編:第十四話:いつもと同じ(5)
「ここまで来れば大丈夫だろ」
 辺りを見回してから安堵のため息を吐く。近くにあったベンチに腰をかけて目の前一杯に広がる花畑をボーッと眺める。
 ……平和だ。さっきまで生死の境を彷徨っていたのに……。
 生きてるという実感をしみじみと噛み締める。ちょっと涙がでてきそうだ。
 もう夕陽も落ちかけていて、まだ四月下旬……春も終わりかけとはいえ肌寒い季節だ。
 でも、屋敷に戻ればまた厄介なメイドに絡まれそうだし、もう少しここにいるかな。と花の蜜を吸いに来た蝶を見ながら、そんなことを考える。
 その時――視界の片隅に一人のメイドが映った。出来ればみたくなかったなー、と諦めにも似た気持ちでそちらへと顔を向ける。
 幸太を幽霊呼ばわりした挙げ句ピエロとまで吐き捨てて逃げていった、軽くトラウマになりそうな状況を作ってくれた見習いメイドだ。
 ――危なっかしいな。
 如雨露を片手に水を花にかけている。遠目に見てもそれはわかる。わかるが……どうしてそんなに慌てた感じで、水をバラまくようにしているのか。
 本人にそのつもりはなくても、幸太からしたら何かイタズラでもしているかのように見える。
 ――なんか放火魔の挙動不審っぷりを見ているようだ。
 キョロキョロと辺りの様子を窺いながら花に水をやっているのに、どうしてこうも幸太の存在に気づいてくれないのか。
 ――存在感ないのかな……。
 ちょっと新たなトラウマが生まれそうな気がして、慌ててマイナス思考を断ち切るように頭を振る。
 ――ここは汚名返上といこうか……。
 汚名返上……立ち上がった幸太はまず準備体操を始める。
 さっきは後ろから声をかけたせいで逃げられた。
 今回は同じ轍は踏まないように大げさな動きをして、あらかじめ気づいてもらうことにする。
 それならば、さすがに逃げはしないだろう。それにこの屋敷で唯一の男であるからして、偉ぶってる訳ではないが、一応この屋敷の主人であるからして。
「いける」
 何か確信めいたものを感じた。
 自信満々に一歩一歩距離を詰めていく、勿論この時も大げさな動きは忘れない。
 腕を大きく広げてスキップも踏んだりして、いつもはあまりしない笑顔まで作ったのだ。
 逃げられるはずがない、気づかれないはずがない。
「おーい、来夏ー!」
 この遠くから声をかけるというのは我ながら良い案だと思う。近くで声をかければ驚かせて逃げられる可能性もあるし、それに遠くから声をかけることによって警戒はされども、こちらに気づくことによってすぐさま解かれるだろう。
 案の定、声をかけられた高月来夏はビクリと身体を揺らして、横に結んでいるツインテールも一緒に揺れるが逃げなかった。
 ――よし、勝った!
 幸太は腕を振りながら拳を握り締めた。なんの勝負をしているのかわからないが、なんとなくだ。
「ッ……はぅ、ご主人様?」
 不安に揺れる瞳を幸太に向けた来夏は怖々と呟いた。余程驚いたのか如雨露は地面を転がっていた。
 幸太は気づいてもらったことが嬉しくてハイテンションになる。
「そうだ! オレだ!」
 地面を蹴り上げて宙に浮かんで身体を捻り一回転。人に気づいてもらうことが、こんなにも嬉しいことだったとは、幸太は心の中で感涙に噎ぶ。
 だが、次に放たれた言葉によって幸太の心は打ち砕かれた。
「ご、ご主人様はそんな気持ち悪い動きはしませんです! いつも冷静沈着でちょっと抜けている所はありますが、そんなゴキ○リみたいな動きはしませんです!」
「そうだ! オレはこんなにきもちわる……・…………ぇ?」
 スタッと幸太の動きが止まる。何度も何度も言葉の意味を頭の中で反芻する。
 ――きもちわるい……気持ち悪い。ははッ、なんだろう。涙がでてきたや。大抵の人が嫌うゴキ。オレはゴキと同類なのか。
 ショックを受けた幸太はその場で膝を崩した。
 幽霊と間違われピエロなどと言われて、最後には大半の人が嫌いなゴキ扱いをされて、幸太の頭は真っ白になった。
 ――メイド……ご主人様を敬う人達だよなあ……あはッあはは。
「ひっ」
 壊れた笑いをあげはじめた幸太を見て高月来夏は後退る。もうそれは犯罪者のそれを見る目と同じであった。
 幸太は膝を抱えると背を丸めてブツブツと呪詛を吐き始めた。
「慣れない事をしたオレが悪かったんだ。間違われても仕方ないよな。そんな誤解するような動きをしたオレが悪いんだしさ……でもさ、ちょっとぐらい気づいてくれてもいいと思うんだよ」
 来夏はキョトンとした顔で幸太を見ていたが、恐る恐る近づいてきてエプロンからハンカチを差し出してきた。
「あのぅ……変質者さん。元気だしてくださいです。きっと明日にはいい職が見つかると思うのですよ。ご主人様はお優しい方ですし、強盗に入ったぐらいで怒らないです。そもそも、ここに強盗に入った時点で変質者さんは死んだも同然なのですよ。こわーいメイドさんがいっぱいなのですよ」
 なぜか職を失って自暴自棄になった変質者(強盗)という位置にされてしまったばかりか、死刑宣告までされてしまう。
 幸太の肩を優しくポンポン叩き、まるで聖母のように優しく諭すように言ってはいるものの、目の前にいる変質者(幸太)を死刑宣告した時点で聖母失格であり。更にはご主人様を犯罪者に仕立てるのはメイド失格でもある。
「いや、いいんだ。オレはもう何をしても無理なんだ。気づいてもらえないんだ。存在感ないんだよ……」
 と、幸太は顔をあげずに偽聖母(来夏)に愚痴をこぼした。
「大丈夫ですよ。佐倉財閥の嫡子・佐倉幸太様のお屋敷に不法侵入をしただけでも世界的な犯罪者なのですよ。存在感がないどころか明日には一躍有名人になってるです。そしたらあちらの世界からきっと、変質者さん向けの仕事が舞い込んでくるですよ」
 聖母(来夏)は空を仰ぐと両腕を広げて、こんなにも空は青いじゃないか、君の悩みなんてちっぽけなものさ、はははは。とでも言いたげな顔。
 幸太が伏せていた顔をあげると、そこには誇らしげな顔で空を見上げた来夏の姿があって。
「不法侵入なんてしてないんだけど。ここオレの屋敷だしさ……」
 と最もらしいことを言ったのだった。
 対して来夏は両腕を降ろして、幸太の顔を見ずに後ろに振り返る。
 あくまでも幸太を見てくれないようで、すれ違う二人。
「変質者さん……きっと出会う場所が違ったならば、来夏は見逃すこともできたですよ。でも……残念なことに来夏はご主人様である幸太様を守るメイドなのですよ。ゴキ○リを見逃すことなどできないのですよ」
 人の話を聞いてない挙げ句の果てにヒドイ事を言っておきながら、どこかメルヘンチックな雰囲気を醸し出した来夏に幸太は顔を引き攣らせた。
 そんな幸太の気も知らず、来夏は続ける。
「低脳な哀れな変質者さん……ここは高月来夏。佐倉家メイド隊見習い。自称幸太親衛隊・序列百九十位(存在しない)が相手するですよ」
 地面に転がっていた如雨露を拾い上げた見習いメイド高月来夏は、ゾウさん如雨露の鼻を撫でながら悲しげに瞼を閉じた。
 幸太は爆走し続ける彼女を止める手段など思いつかず、ただ見守るだけ。否、関わりたくないだけ。
 カッと瞼を開けた来夏は華麗にその場で一回転すると、ぐらっとバランスを崩しつつゾウさん如雨露を幸太に向けて。
「ちょっと手加減してほしいです!」
 ぷるぷる震えながら宣言したのだった。
 びゅーわーっと冷たい風が通り過ぎていく。
「さむっ」
 幸太は自身の身体を抱いて立ち上がると、すたすたと屋敷に向けて歩き始めた。
「…………」
 ゾウさん如雨露が手からこぼれ落ちる。コテッと地面に叩きつけられたゾウさん如雨露は悲しげに風に揺らされて。
 来夏は腕を突き出したまま硬直するのだった。
 幸太は立ち止まると振り返り。
「来夏、寒くなってきたし、屋敷戻ろうぜ」
 と、優しく声をかけて。
「……はぃです」
 来夏は恥ずかしそうに俯くも幸太の背を追いかける。


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