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メイド編
メイド編:第十話:いつもと同じ
 冥土達は海外にいた為、こちらが珍しいようで早速街に観光にでかけていた。きっと街をあんな服装で歩けば一般人がさぞ驚くことだろう。一人だけでも注目を浴びてしまうのに、総勢三十名の冥土が行列を成して街を闊歩するのだ。
 ちょっとしたイベントだと思うのかもしれないが、それでも、彼女達は武闘派と呼ばれる佐倉家冥土隊だ。
 何も起きませんように、と内心思いながらも、今日は平和だと喜んでいたが、それも束の間の事で……彼女達が現れたのだ。
 犬猿とも言える夜菜と雨季の二人のメイドである。
 冥土達の事より、こっちをどうしようかと考え始めるのは佐倉幸太である。
「夜菜、雨季、今日は別にいいぞ。オレ家からでるつもりないし……二人で遊びに行ってくればいいんじゃないか?」
 その言葉に反応して、いがみ合っていた二人は、一斉に幸太に振り向いた。
 先程まで罵りあっていたとは思えないほどの、変わり身の早さで笑顔を咲かせている。
「いえ、私は幸太様の世話をするのが大好きなのです。ですから、雨季がいらないと思います」
 と、嫌みっぽく言ったのは夜菜だ。
 肩まで伸びた黒髪に、野性味を感じさせる少しつり上がった目尻に黒い瞳、ふっくらとした形のよい桜色の唇はとても柔らかそうだ。
 そんな彼女が着るのは勿論メイド服であり、豊満な胸が強調される作りとなっている。
 彼女には幸太親衛隊の証である腕章がつけられている。
 序列は第一位だ。
 幸太親衛隊、知らない間に作られていた組織だ。幸太は全く関与していない、というより存在を認めてない。正直な話、迷惑とさえ思う。アイドルになったつもりもないのだ、恥ずかしくて仕方がなかった。
 解散させようにも会長職に就いているのが実の姉で諦めるしかなかった。解散を要求した所で、反対になにかを要求される恐れもある。だから、何も言わない、ただ沈黙するのみだ。
「いえ、いらないのは夜菜さんだと思います」
 くいっと、メガネを持ち上げるのは、夜菜といがみ合っていた雨季だ。
 社長秘書のような雰囲気を纏っていてる。だが、一つだけ違和感がある。それは着ている服装が、隣にいる夜菜と違うことだろう。
 雨季が現在着ているのはメイド服ではなく、執事服だ。理由としては、夜菜と同じ服装が嫌なだけである。
 その為、執事服と身長も高い為に中性的にも感じられる。後ろ髪を縛っているからか余計際立っているだろう。
「いや、いらないとかじゃなくて、今日はどこにもでかけないからさ、二人とも遊びに行ってきていいよ」
 と、先程まで読んでいた漫画雑誌を手に取ると、部屋に置いてあるソファーに寝転んだ。
 今日は何もしないと決めて、あとでアイスもとってこようと、鼻歌まで歌い始めた幸太を見て、あからさまに二人のメイドは不機嫌な顔をした。
「幸様、寝てばかりいると太りますよ。ほら、見てください、外はいい天気です。こんな日こそ、近くの公園でお弁当を持っていくべきだと思うのです」
 幸太の部屋にある大きな窓に大げさな動きで手を向けて、持っていたピクニックバスケットを床に置いた。
 外は確かに天気がいい、雲一つない青天だ。それでも、幸太は今日はどこにもでかけたくない。
 弁当は作ってあるようなので、断るのも悪いなとも思う。数秒悩んだ幸太だったが、
「じゃあ……ここで食べるか?」
 と、言った。
 その時――夜菜の身体が大きく揺らいだ。額に手をあててふらっと倒れる仕草、どこか漫画でみたシーンだな、と幸太はぼんやりと思った。
「ひどいです……朝早くから作ったのに、朝五時から作ったのに、幸様の好きな物ばかりを詰め込んだのに、朝五時から頑張ったのに。こんな薄暗い陰気な部屋で食べるなんて……ひどすぎます。朝五時から頑張った私は、もう死ぬしかありません」
 やけに朝五時を強調する夜菜に幸太は口を引き攣らせるが、すぐさま慌て始める。
「ちょっ、待て! 待つんだ!」
 どこから取り出したのか、そもそも、どうやって持ち出したのか、夜菜はエプロンから一つの危ない物を取り出していた。
 それは、すみれが大事にしているハンマー家族の一つにしてボルグル二号だ。
「止めないでください。幸様が引きこもりになってしまったのは、私の責任なんです。だからいっそのこと、これで死なせてください」
 と、言ってから、ボルグル二号を強く握り直した夜菜は、腕を高くあげて自身の頭に打ち付けようとする。
「本当に危険だぞ! ボルグル二号の殺傷能力は、ボルグルの三倍って、すみれが言ってたんだ!」
「なるほど、これで夜菜さんは死ぬのですね」
 必死に止めようとする幸太の目の前に立ちふさがったのは雨季だ。
 雨季が視界を遮ったせいで、幸太の視界から夜菜が消えてしまう。
 慌ててソファーから立ち上がる。
 と、その時――。
「はぐっ!?」
 ばきゃっと鈍い音が聞こえた。耳障りな音に幸太は思わず両手で耳をふさぐが、立ち上がった時に視界にある物を捉えた……それは、横たわる夜菜だ。
 幸太は慌てて生死の確認をしようと近寄る。まずは息をしているかどうか確認してから、脈を測ろうとする。
 ちょっとした医者の気分になるが、夜菜の手を見た時、その目は驚愕に見開かれた。
「あれ……ボルグル二号がない……」
 辺りを見回しても、ボルグル二号がない。はて……と首を小さく傾げる幸太だったが、ある異変に気づいた。
 それは……。
「はあ……はあ……」
 変態の鼻息だった。
 背後からみしっと床を踏みならして近づいてくる音に、ぶるっと身震いをした。
 振り返ったらダメだと思いながらも、勝手に首が動いてしまう。
「んくっ……はあ――」
 変態が喉を鳴らした。
 それは艶めかしくも感じる。だが、鼻息が荒いせいで、残念なことに恐怖しか感じられない。
 幸太が振り向いた視線の先には、ぽたぽた、と血らしきものが垂れているボルグル二号が片手に握り締められ、更に上を見上げると何かの中毒者のように、否、ゾンビの如くふらふらと身体を横に揺らしながら手を伸ばしてくる雨季がいた。
「ひいいいいいい、夜菜! 起きろ!」
 腰が抜けて床に尻もちをついた幸太は叫ぶが、にやあーと笑みを浮かべた雨季が口を開いた。
「ふふっ、大丈夫ですよ。夜菜さんといえども、当分起きることは不可能です。だから、安心してください」
 にこっと、メイドらしい笑みを作る。何が大丈夫なのか、何が安心できるのか、幸太にはまったく意味がわからない。
「ひっ……」
 ガッと力強く肩を掴まれる。
 顔を近づけて雨季は幸太の耳元に口を寄せると言った。
「邪魔者はいまぜ――んッ!?」
「えっ……」
 ばたりと倒れた雨季に呆気にとられる。
 幸せそうに気絶する雨季を見ていた幸太だったが、突如、頭の上から声がふりかかった。
「幸太様、こいつらは危険なの。半径四十メートル以内には近寄らせないほうがいいの。きっと、そのほうがいいの」
 しゅたッ、と天井から颯爽と現れたすみれは、落ちているボルグルとボルグル二号を拾い、それをエプロンに仕舞う。
 幸太は視線をすみれに向けると、安堵のため息を吐いた。
「ありが――」
「あー! これすごい美味しいです〜。夜菜さんって意外と料理の才能あるんですね〜。これも幸太様の為に勉強したのでしょうか〜。ん〜、それを食べる私は最低ですね〜。ふふふ〜」
 と、幸太の声が、呑気な声に重ねられて掻き消された。
 ソファーに目を向けると、ガラステーブルに夜菜が持ってきたピクニックバスケットを置いて、そこから取り出したお弁当を、テーブルに包みを広げて食べている香月の姿があった。
 悪びれた様子もなく、頬を押さえながら美味しそうに、それでいて、楽しそうに食べている。
「あー、香月……それ朝五時から作ったらしいんだ」
 味わって食べてあげてほしいな、と思ったが、ガツガツ口におかずを放り込んで食べる香月を見て諦めた。
 放っておくように決めた幸太は、すみれに再び視線を移して立ち上がる。
「本当に助かったよ」
「幸太様の安全は、すみれが必ず護るの。だから、プリンを買うことを要求するの」
「今月のお小遣い使っちゃったんだ。来月でいいかな?」
「仕方ないの。来月まではツケで我慢してあげるの。あ、でも、一緒に寝るだけでもいいの」
 腰に手を当てて上目遣いで言ってくるすみれに、幸太は頬を赤く染めると顔を逸らした。
「それは、ちょっと……」
 顔を逸らして言った幸太に不満そうに口を尖らせたすみれだったが、指二本立てると、ない胸を張りながら言った。
「わかったの。なら、プリンは二個要求しちゃうの」
「ああ、それでかまわない」
「ふふ、ありがとうなの」
 と、微笑み抱きついてきた。唐突に抱きつかれた幸太は気づくのに遅れたが、すぐさま離れようとするが、小さな身体にどこに力があるのか、ビクともしなかった。
「すみれ……離れてほしいんだけど……」
「ダメなの。これは前払いだから離れることはできないの。ツケでもいいけど、すみれ金融は好きな時に取りたてする便利金融なの。それに幸太様が了承したの。プリン『は』二個、抱きつくのは無制限なの」
 闇金融の如く言ったすみれに、顔を引き攣らせた幸太は、弁当にがっついている香月に助けを求めた。
「ほぐ、もぐもぐ、んくッ――ぷはぁ」
 ピクニックバスケットに入っていた水筒を取り出して、まるで酒飲みのおっさんのようにお茶を飲んでいた。
「すごい美味しかったです〜、ハート型のかまぼこを二つに割る遊びまで作ってるお弁当なんて、楽しすぎます〜」
 きっとそれは遊ぶ為のものじゃない、と幸太は言いたかったが、それよりもまず、抱きつかれて恥ずかしいので、香月に助けるよう視線を送った。
「あら……んふっ」
 視線が合ったのだが、なぜかウィンクされてしまう。
「いや、助けてくれ」
 首を振って催促することにした。幸太の仕草を見た香月は、頬に手をあてると小さく首を振る。
「幸太様〜、香月金融をご利用しますか〜?」
「おまえもか……」
 弁当を食べながら、すみれとの会話を聞いていたとは、相変わらず抜け目のない奴と思いながら、幸太は頷くことしかできない。
 来月のお小遣いもすぐなくなっちゃいそうだと、泣きたくなってきた。
 いくら金持ちだからと言っても、親から仕送りされる毎月の額は決まっている。
 しかも、手紙をださなければお小遣いは送られてこないのだ。父母二人に送り、そして妹にも送る、勿論、姉にもだ。
 毎晩徹夜して手紙を書く、その苦労もあってか字がすごい上達した。
 そう考えてる間にも、すみれの手が服の中に侵入してきた。
「わ、わかった。なにがほしいんだ?」
「婚約指輪です〜」
「無理だ」
 指輪を買う金なんて持ってない幸太は、即答した。
「むー、冗談ですよ〜。幸太様はつれませんね〜。じゃあ、私は新しいエプロンがほしいです〜」
「それだったら、むこうにいるメイドから送られてくるんじゃないのか?」
「ふふっ、わかっていませんね〜。幸太様に買ってもらったエプロンだからこそ、価値があるんですよ〜」
 と、言ってから、小さく「自慢もできますしね〜」と呟いた。
 エプロンっていくらするんだろう? と悩んだ幸太だったが、いつの間にか腰に腕を回され始めたのを気づいて慌てる。
「わかった! 買う! 買うから!」
「約束ですよ〜」
「ああ、約束だ!」
 その言葉に大きく頷き、見えないように顔を俯かせてほくそ笑む。
 顔をあげると、いつも通りの香月で口を開いた。
「メイド長〜そろそろ二人が目覚めますよ〜」
「うるさいの。今忙しいから、少し黙ってろなの」
「でもでも〜、アリスさん達が帰ってくるまでに、明日香さんの部屋捜索しないと〜」
 ピクッと肩が揺れて、すみれの動きが止まる。
 すると、あっさりと幸太から離れて……倒れる夜菜と雨季の足を掴んで、引きずりながら扉に向かって歩き始めた。
「……」
 あまりにも、あっさりしすぎていたので幸太は呆然とする。
 そんな幸太に香月がスキップしながら近づいてきた。
「簡単でしたね〜、それでは、またです〜」
 と、言って顔を近づけて額に口づけをすると、はにかみながらすみれの背中を追いかけていった。
 扉が閉まると、先程とは違い部屋に静寂が訪れる。
「はあ――疲れた……」
 大きくため息を吐いて、幸太はその場で座り込んだ。
 全身の力が抜けて、眠気に襲われる。
 もう何もする気が起きない、休息がほしいと身体が訴えていた。
「もう寝るか……」
 と、言ってその場で寝転び。
 瞼を閉じると床で寝息を立て始めた。


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