四月下旬、ある山国に街から隔離されたかのような場所にそびえ建つ洋館がある。
高さ十五メートルもある鉄製の門、その横から伸びるように高さ十メートルの鉄柵が敷地を四方に囲んでいる。
敷地に入ると赤いレンガを両端に挟むように並べて、その中央には白いレンガを敷き詰めた幅十メートルもある道が迎えてくれる。
道の両脇には常緑高木が植えられていて、その下には芝生が敷き詰められていた。
赤と白のレンガを敷き詰めた道を進んでいくと、大きな洋館に辿りつく。
外観は、屋根が瑠璃色の白い壁、神秘と優雅を兼ね備えた造りとなっていて、誰もが感嘆とした息を吐いてしまうだろう。
そんな洋館の二階の赤絨毯が敷かれた廊下を、肩まで伸びた艶やかな黒髪を揺らしながら女性が歩いていた。
少しツリ目でどこか野性味を感じさせる黒い瞳、鼻筋も通っていて、さくら色のふっくらとした形のよい唇。
女性が着ているのはメイド服で、黒いワンピースとエプロンの間から豊満な胸が飛び出している。
腕には黒い腕章をつけていて、紅い一文字の刺繍が入っている。その文字は【幸】。文字の下には黄色の星のマークが五つ、横に並んでいた。
腕章が意味するのは――親衛隊の証。文字が表すは――親愛なる御主人様。
メイド服を着た女性の名は――華堂夜菜、御主人様が間違って呼んだら地球の裏側からやってきた、という伝説を持っている。
夜菜はどこか、楽しそうに鼻歌まで歌い出した。足取りもどこかスキップを踏んでいるかのように軽やかだ。
だが――廊下の角を曲がった時、夜菜の整った眉が不機嫌を露わにして眉間に皺を寄せた。
それでも、夜菜の美は損なわれることなく。野性味溢れる瞳と相まって、どこか凛々しいとさえ思える雰囲気を醸し出している。
「ちっ……」
メイドとは思えない嫌悪感丸出しの舌打ちだった。
それが隠れてやった事なら問題なかったかもしれないが、明らかに前方から歩いてくる女性を睨みつけていた。
それに気づいたのか、目の前の女性も立ち止まり、嫌な物を見たとあからさまに顔を歪ませた。
目の前の女性は黒のベストと中には白のシャツ、黒のズボン。
本来なら男が着るものなのかもしれないが、執事服を着ているのは女性だった。
似合わないというわけでもなく、女性の知的な雰囲気にピッタリで似合っていた。
夜菜と同じように、黒い腕章を腕につけていて【幸】の一文字が入っていた。星のマークも同じ五つ。
執事服を着た女性の名は――北野雨季、御主人様が間違って呼んだら太平洋を横断した、という伝説を持っている。
眉間に皺を寄せてはいるが、どこか知的な感じを思わせる黒い瞳、更にそれを思わせるのが黒縁メガネ。
身長も高く百七十センチは軽く超えていた。腰が細く足も細い、全体的なバランスがとられていて、街を歩けば何かの撮影だと勘違いされるかもしれないモデル体型。
「朝から嫌な物を見てしまいました……」
雨季は、不快だとでも言いたげに額を片手で押さえ頭を軽く振った。
その仕草を見て、夜菜は額に青筋を浮かべると、
「オレだって、お前みたいなの見たくもねぇよ」
暴言を吐き睨みつける。
「ここに何をしにきたのです? 御主人様の部屋へと続く神聖なる廊下ですよ? あなたのような……汚らわしい輩が近づいてよい場所ではありません」
とまくしたてるように早口で言うと、雨季はある場所へと視線を移す。
そこは丁度、雨季と夜菜の中間にある扉だった。
無駄に派手な豪奢な作りとなっている木造の観音扉。
何かに気づいたのか夜菜の眉がピクッと動いた。
「てめぇ……まさか……幸様の寝顔を見ようとしてんじゃねぇだろうな?」
「あなたこそ……あわよくば幸様のベッドに侵入しようと?」
不可解な言動であったが、二人には通じるものがあったのか、両者の視線がぶつかり火花が散った。
夜菜が腰を落とし、拳を前に突き出した格好で構えた。
それを見た雨季は、片手でメガネを挟むようにして持ち上げ位置を整えると、息を吐き……夜菜を見据える。
一色触発――今まさに両者が激突しようとした時、
ギィ――。
扉が突如開き、そこから眠そうに瞼をこすりながら少年がでてきた。
夜菜がゆっくりとでてきた人物に視線を移し硬直する。
雨季も同じように、でてきた人物に驚いたのか固まった。
「なにかあったのか……?」
眠気が残っているのか、大きく口を開け欠伸をすると、少年は片手に持っていた大きなメガネをかけた。
そして、夜菜と雨季を交互にキョロキョロと見ている。
少年の名は、佐倉幸太、十五歳。
大きなメガネをかけている為、どうみても美形には見えない。むしろマイナスとなり異性に好かれることはないかもしれない。
身長も百五十五センチで、今年から高校生となり伸び盛りとはいえ、それにしては低すぎた。
髪は耳にかかるぐらいの長さで、地味とさえいえる外見である。
そんな少年を数秒見つめていた二人だったが、
「幸様、おはようございます」
夜菜が態度を豹変させ、幸太に向かって頭を下げた。
「幸様、おはようございます」
夜菜と同じように、幸太に頭を下げる雨季。
「ああ……おはよう」
先程と態度が違う二人に怪訝な表情を浮かべるが、すぐさま笑みを作った。
その笑みを見て、二人は安堵の溜息を吐く、仲が悪いのを幸太が知らないわけではない。
ただ、幸太に嫌われたくないから必死なだけである。
幸太は夜菜と雨季の二人を引き連れ、食堂へと向かっていた。
すれ違うメイドが頭を下げていく。夜菜とは違い白いワンピースの白いエプロン。
腕には白の腕章、そこには黒い一文字の刺繍が入っていて【幸】と書かれていた。
幸太のメイド親衛隊には序列というものが存在する。
序列一位から二十位のメイドには、夜菜と同じ制服が支給されるが、二十位以下の者には先程の制服が配られる。
ちなみに雨季もメイドの一員であるのだが、夜菜と同じのを着られないと駄々をこねたので、執事服が支給されていた。
更に、華堂夜菜の序列は、現在一位。北野雨季の序列は第二位である。
腕章の星マークは一位から五位までは五つ星が与えられる。
六位からは四つ星となり一つ減っていく。序列が与えられていないものには、一文字の【幸】の刺繍が入った白い腕章が渡される。
「てめぇ、幸様に近寄りすぎなんだよ……」
「あなたこそ、邪魔です。持ち場に戻りなさい」
と幸太の背後では夜菜と雨季の言い争いが始まっていた。
幸太の耳には届かないのか、黙々と歩き続けている。
「オレの持ち場は、幸様の隣なんだよ。護衛が離れてどうすんだよ」
「屋敷内では教育係の、私がついていますから大丈夫です。あなたは、とっとと自分の小屋に戻りなさい」
と挑発するように鼻を鳴らした雨季。
「教育係如きが……オレに勝てるとでも?」
「当たり前です。小指であなたを倒せます」
ぎちぎちと歯ぎしりを始めた夜菜を、煽るように雨季は小指を立て横に手を振った。
今まさに雨季に飛びかかろうとした夜菜だったが、幸太が立ち止まったのを視界の端で捉えた。
止まった幸太の前には、メイド食堂と書かれたプレートが掲げられていた。
眼前まで迫って動かなくなった夜菜を一瞥してから、雨季は扉を開ける。
「今日は和食にするかな……」
幸太は放たれた扉から漂ってくる美味しそうな匂いに、小動物のように鼻をすんすんと鳴らしながら呟いた。
三十メートル程の高さがある天井には、窓から差し込む日差しを浴びて絢爛と輝く豪奢なシャンデリアがいくつも吊されている。
普通の食堂では長机などが使われていたりするが、三十以上も並べられた高級感と清潔感を感じさせる白のテーブルが置かれている。
だが、驚く所はそこではなく食堂の中はメイドだらけだった。どこを見渡しても、メイド、メイド、メイド、メイド一色。
メイド以外この食堂には存在しない。テーブルを囲み楽しそうに談笑するメイド、カレーに顔をつっこみ眠るメイド。
テーブルの下に侵入して盗撮しているメイド。悪い笑みを浮かべながら緑色の液体をうどんにかけているメイド。
機関銃を乱射して高笑いしているメイド、そんな様々なメイドが集まっている。
これが――佐倉幸太が住む洋館のメイド達であり、幸太の一日が始まる場所でもあった。
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