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動物愛護
作者:俊衛門
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 ピーター・ゲラール氏は、憮然とした面持ちで自室のソファに体を埋める。ご自慢の髭を指でなぞり、足が埋まりそうな合成毛皮の絨毯に煙草の吸殻を投げ捨てた。火事になっては大変、と秘書があわてて駆け寄る。吸殻を拾いあげると、直ぐに退散した。
 「あのクソッタレの出っ歯野郎」 
 今朝のことを思い出し、ゲラールは悔しさに歯噛みした。
 全く、委員長の頑固さといったら! フヌール・デ・ラットの憎たらしい顔が脳裏に浮かぶ。卑しさを絵に描いたような、やせぎすの小男。あれで国連環境問題等調査委員会の委員長なんだから。そしてあの男は、またもゲラールの訴えを退けた。

 ゲラールは動物愛護を訴える団体、“ブルー・ピース”の代表を務めている。彼は長きに渡り、生物の保護を訴えてきた。
 テクノロジーが世界を席巻するこの28世紀、環境問題に対する人々の気運は高まってきているのは目に見えて明らかだ。過去、2度にわたる核戦争により、地球環境は激変した。河川は汚染され、大気は閉ざされ地表は凍り、そして多くの生き物が死に絶えた。これからの地球を守っていくのは、生き残った我々にかかっているのだ。そのために、これ以上生き物が死に行くのは防がなければならない。
 ゲラールの声の元、発足したのがこのブルー・ピースである。国境を越えた、絶滅動物を救うためのキャンペーンを展開し、各国の政府に呼びかけてきた。
 ゲラールは言った。
 地球環境の正常化は、まずは生き物たちが戻ってくることから始まる。そのためには、動物は殺してはならない。食べる事すら、自制しなければならない。生き物では無く、植物を食すべき――。
 当時のものたちはみな首を傾げた。無理もない、我々はもともと肉食だったのだ。動物性のたんぱく質が我々の生きる源であり、それが無ければ死に至るのは我々だ。それは、ゲラール自身もよく分かっていた。
 非営利の団体であるため、キャンペーンは支援者からの寄付に頼るしかない。ゲラールの理念に賛成するものは殆どいなかった。キャンペーン活動は困難を極め、中傷や妨害もうけた。あまりに激しい反対行動、去っていくものも多かった。
 だが、ゲラールは諦めなかった。彼は肉を食したい衝動を抑え、毎日毎日野菜を食った。乱獲は、絶滅を呼ぶ。他の動物が増えるまで、命あるものは食ってはならぬと。それは、苦難の道のりだった。肉を、動物を食わないことが、こんなにもつらいことだと実感した。彼自身、 何度も栄養失調で倒れたものだ。
 医者は、もうこんなことはやめろと警告した。なにか肉を食さないと、今度こそ本当に死ぬ――その言葉に、ゲラールは笑顔でこう応えた。
 「なあに、ご先祖様は生ゴミを漁って生きてきたんだ」
 それから、少しずつゲラールの理念に賛同するものが増えてきた。生き物を食さないで、植物を食べよう。生き物が増えるまで、生き物を大切に。そう考えるものが、徐々に増えてきた。
 ある、オーストラリア出身の青年は「生き物は皆兄弟だもんな」と言ったときには涙が出たものだ。
 ゲラールに協力するものも現れた。資金の融通や、メディアを通したキャンペーン活動。また、大学や研究機関も賛同するようになった。ある製薬会社は、動物性たんぱく質を合成したサプリメントを売り出した。これなら、我慢しなくとも必要な栄養を摂る事ができる。合成たんぱく質の存在は、世界に革命を起こした。サプリメントは爆発的に売れ、世界はゲラールの理想に近づいていった。
 各国政府も、動物の食肉の規制に乗り出した。動物の肉を食ったものは、懲役刑に課せられる。密猟者は、軍、警察が動き厳しく取り締まった。肉を食らうことは卑しい事である、という価値観ができ始めていた。
 そしてついに、国際法で食肉が規制されるようになった。国連が、動物を食うことを禁じたのだ。
 国連憲章に、新たにこう刻まれた。

 あらゆる生命は、ひとつの源流から成った。生命は、みなひとつであり、家族であり、共同体。この世界を、清く清浄なものにするために。あらゆる生命が永久とこしえに繁栄するために。我々は、全ての生命を平等に扱う――。

 ゲラールの理想が、実を結んだ瞬間だった。

 だが……ひとつだけゲラールの理想とは違うことがある。

 唯一つ、食肉が認められている動物があった。それは、ホモサピエンス――かつて地上に繁栄した霊長類である。過去、2度にわたる核戦争を演じ、地上を壊滅に導いた種。核の灰により殆どが死に絶え、いまや純然たるホモサピエンスは絶滅の危機にある。
 あれほど熱心に、生物家族を唱えたのに……ホモサピエンスだけはその家族にはくわえてもらえない。
 それはおかしい、とゲラールは声を上げた。確かに、過ちを犯したかもしれない。だが、たった一種だけを爪弾きにするのは彼の正義に反する。ゲラールは国連に訴えた。ホモサピエンスの乱獲をやめるべき、と。
 周りの反応は冷たかった。社会全てが、彼の支援者たちまでがゲラールは狂ってしまったかもしくはどこかのカルト教団に洗脳でもされたのではないかと疑った。よりにもよって、ホモサピエンスを保護しようなどと。かつて、彼らが自分たちにした仕打ちを忘れたのかと責めたてたり、呆れたりと。反応は、芳しくなかった。
 今日の環境調査会でも、ゲラールの意見は当然の如く無視された。
 委員長、フヌール・デ・ラットは飛び出た前歯をさすり、蔓のような尻尾をぴしゃりと床に打ちつけていった。
 「君の活動に、私は多いに賛同する。だがホモサピエンス――人間を許すことはできない。かつて、我々ネズミ種を社会の底辺に追いやり、徒に先祖の命を奪ってきた傲慢さ。あんな連中は、害獣でしかない」

 西暦2789年。地上は、核の冬を生き抜き知能を備えたネズミたちに支配されていた。かつての覇者たる人間達は、体長30センチほどのネズミたちの影に怯えながら暮すことになったのだ。
 最後の1人が、倒れる日まで。
性懲りもなくSFを書いてしまいました。どことなく、矛盾点があるかもしれませんがそこはまあ、ご愛嬌ということで(笑)
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