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とおい、ひかり

作者:文月なのか
 むせ返るようなヘルメット内の空気。こいつには、まるで死という言葉を物質化したような奇妙なぬめりがある。そんな空気に吐き気がして、俺はゆっくりと気密解除を行った。かすかな警告音の後に、すうっと外気が染み渡ってくる。

「ふう」俺はヘルメットを上げ、汗で額に張り付いた髪を払いのけると、自動小銃を杖にしてゆっくりと腰を下ろす。汚染で麻痺が進んだ左足を庇うように。

 今になってガイガーカウンタが周囲の安全を知らせてくれたが、そんなことはどうでもいい。

 偶然でこんな馬鹿げた立場になるとは、思いもよらなかった。そしてその馬鹿げた立場のせいで、今まで築いてきたものが全てムダになったとは信じたくなかった。

 俺は大きくため息をつくと、汗で濡れた額を拭い、防護スーツのポケットから一枚の青い紙切れを取り出した。それは何度も折り曲げ、ずっと身につけていたので、垢でひどく汚れている。この小汚い紙切れが、俺の運命を全て決めてしまった。コイツのせいで、俺は居住区から放り出されたのだ。

 ふと滲む視界を空へと向ける。すると、そこには胸の悪くなる低音を響かせながら上昇する、一隻の大型恒星間宇宙船があった。西に傾きつつある太陽を背に、その巨大な姿は気味が悪いぐらい黒く見えた。まるで、周囲の大気を全て吸い込んでいるように。あの船にはきっと、俺の大切な人たちが乗っているに違いない。

 それにしても本当にどうかしている。コンピュータが無作為に選んだ結果をもとに、増えすぎた住人を、こんな立入禁止の汚染区域に追い出したり、やっと探査が始まったばかりのプロクシマ星系へ追いやるなんて。俺はそんな現実にさらに大きなため息をつくと、まどろみ始めた。何かが近づく気配がするが、俺の疲労は限界で…

 沈みゆく世界。風が吹くのを感じた。遠くから聞こえる木々のざわめき、そして、歌声。俺は、俺はずっとここにいたいと感じた。だが、少しずつ意識が覚醒する。カビの生えたレンズ越しに見る夕焼け。その夕焼けは、俺が子供時代に追いかけたものに、そっくりだった。

「~♪~♪」聞いたことのない言葉が耳に入る。俺は頬に張り付いていた自動小銃を引きはがすと、目を擦った。

「誰だ…」段々とはっきりしてきた視界に、長い黒髪の少女の後ろ姿が映った。逆光でよく見えないが、少女は木綿の粗末な服を着て、すすけた蒼いリボンで髪を結わいている。

「あ、起きちゃいましたか?」少女は振り返ると、薄蒼い瞳を俺に向ける。透き通るような白い肌に蒼い瞳、そして全ての闇を吸いつくしたかのような黒髪。彼女には毛の生えた大きな耳があり、まるで犬のようなふさふさした尻尾が生えている。

 獣人か。俺は口に出さず頷いた。核戦争が生み出したミュータント。いや、今となっては人類に代わって居住区以外に住むことを許された、新しい主人公たち。

「ああ、歌が聞こえたからね」俺はカラカラの喉が張り付くのを気にしながら、絞るように声を出す。

「あわぅ! ついつい、気持ちがよくて歌っちゃいました。ごめんなさい」少女は大きな耳を垂れ下げると、尻尾を小さく振る。そんな姿を見て、俺は久しぶりに暖かいものが心に流れ込むのを感じた。

「いや、いいんだ。俺はタクト、君は?」

「あ、わたしはヒカリって言います。タクトさんは、向こうの人?」ヒカリは遠くに見える居住区の明かりを指差す。

「ああ、そうだよ」

「向こうに行ってみたいなあ。きらきら光って、すごく綺麗」ヒカリは目を細めて笑うと、俺の隣に飛び込むようにして座り、手を居住区の光に向けて伸ばす。俺は慌てて少し彼女と距離をあけるが、彼女はさらに身を寄せてきた。

「遠くから見るから綺麗なんだ。明るければ明るいほど、その影は恐ろしいほど醜い」そんな俺の言葉に、ヒカリは首を傾げた。それにあわせて、大きな耳がピクピクと動く。

「そうなんですか? だって、タクトさんは向こうから来たんでしょ? 向こうは、食べ物はたくさんあるし、それに綺麗な服だってあるって…」ヒカリはそう言うと自分のワンピースを見つめて、寂しげに笑う。確かに素朴であまり上等な服とは言えない。だが、これは天然の木綿だ。

「君は、薬品で作った服を着たいか? 工場で合成した食べ物を食べたいか?」俺はつい苛つき、厳しい口調で言う。

「うぎぅ、ごめんなさい」ヒカリは耳を垂れ下げながら、しゅんとなった。

「けれど、そんな場所でも俺の故郷なんだ。でも、俺はもう、帰ることができない」俺は大きくため息をつくと、遠い光を見つめる。何故か、その光が滲んできた。

 気づくと、ヒカリは俺の頬に伝わる涙を舐めとってくれている。いつの間にか俺は、嗚咽を漏らし始めた。

「だったら、一緒に行きませんか? わたしには大したことはできないけど、側にいることはできますよ?」

 俺はヒカリの言葉に微笑みながら、ゆっくりと立ち上がった。

 気付くと、薄蒼い月が浮かんでいた。ヒカリの瞳と同じ色だった。

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