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後日談1 ライナ

 ――それはウジワール軍がアルカトを去ってすぐのことである。


 敵を退けたことで、割れんばかりの歓声に包まれるアルカトの城内。

 しかし、敵がいなくなったのならば、すぐにでもやらなければならないことがある。

 それは死体の処理。

 湿度の高い暑い季節であり、既に早期の遺体は腐り始めている。

 コエンザ軍は、遺体に虫が湧き、疫病が流行るのを恐れたのだ。

 特にアルカトはかつて疫病によって滅んだことがあったため、王を始めとしてコエンザ軍の疫病に対する意識の高さは非常に顕著であった。


 死体処理には、最も被害の少なかった隊が優先的に選ばれた。

 さらに戦いに参加しなかったアルカトの住民――老人や人間などもその対象である。

 大地に大きな穴が掘られ、鎧や剣を剥ぎ取られた者達がそこに放り込まれていく。


「次はここだ」

「か〜、ここも酷いもんだ」


 目を覆いたくなるほどの凄惨さと、鼻を摘まみたくなるような臭い。

 そこは、これまで優先的に作業を行っていた城門周辺とは違い、初戦にて奴隷兵を迎撃した場所である。

 兵士はその惨状に愚痴をこぼしつつ、死体から武器と鎧を剥ぎ取っていった。

 ――すると。


「お〜い……」


 兵士達の耳に、どこからともなく声が届いた。


「ん? 呼んだか?」

「いや、俺じゃないぞ」


 その声は同僚のものではない。

 空耳かと思いながらも、二人は耳を澄ました。


「お〜い……」


 二人の兵士の耳に、またも聞こえた弱々しい声。


「こりゃ、生存者だぞ!」

「嘘だろ、ここは一番最初の戦いが行われた場所だぞ!?」


 奴隷兵との戦いから既に四日。

 兵士二人は、生者などいるはずがないと高をくくっていたのである。


 しかし、それを否定するように、「お〜い……」という声が、山と積まれた躯の中から再び上がった。



◆◇



 コエンザ王は軍を率いて王都へと向かったが、その際に亜人達はアルカトに残されていた。

 これは偏に亜人部隊の損耗の激しさ故である。


 やがて王都よりの知らせがアルカトに届く。


「ウジワール教皇捕縛ッ!


 コエンザ王国の勝利ッッ!!」


 それは、伝令兵の喉よりあらんかぎりの声で放たれた勝利の報告であった。

 途端――。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』


 大地を揺らし、天を貫かんばかりの歓声が湧き上がった。

 コエンザ王国の勝利を聞いた者達が、喉が張り裂けんばかりに勝鬨を上げのだ。

 その歓喜の渦は、すぐにアルカト中を巻き込み、大波となってカシスにまで届いたという。


 その後アルカトでは、三日三晩に渡り大宴会が開かれる。

 アルカトの住人達は、敵軍を打ち破った勝利を喜び、また亜人達がそれぞれの種族としての誇りと尊厳を取り戻したことを祝った。

 これよりは人間と同じ権利が与えられるのだ。

 そのことに、亜人の誰もが酔わずにはいられなかったのである。


 そして、それから数日の後――。


 大地に白光が注ぎ、鳥が鳴き声が朝を知らせる頃、既に人々は忙しなく動き出している。

 にもかかわらず、アルカトのとある家では、大柄な体躯をした狼族の男が未だベッドの上で惰眠をむさぼっていた。

 男の名はアルダル・ゾ・ウー。

 その寝息は顔に似合わず、とても穏やかであった。


 しかし、家の主が寝ている中、何故か台所からは炊事の音が聞こえる。

 アルダルは眠りながらも、炊事の音に耳をピクピクと動かし、漂う匂いに鼻をスンスンと鳴らした。

 その姿はとても滑稽で愛嬌があった。


「ほら、早く起きな。食事だよ」


 やがて、台所に立っていたライナが食事を運んでくると、未だ眠り続けるアルダルの体を揺すった。


「ん〜? おぉ、もう朝か」


 寝ぼけ眼を擦りながらライナを認めて、上半身を起こすアルダル。

 アルダルは鼻をクンクンとひくつかせ、パンとスープの旨そうな匂いに目を細めた。


 そしてベッドの横に立て掛けられていた松葉杖を手に取ると、それを両脇に挟み立ち上がる。

 この時、大地についたアルダルの足は左足のみ。

 アルダルの右足は太ももの辺りから、無かったのである。


 ――あの日戦場で腹部に剣を受けて、アルダルは倒れた。

 しかし鎧を貫いた剣ではあったが、腹の肉を僅かに削いだだけに留まっていた。

 だが、その後がよくない。

 起き上がる前に、足首を強く踏みつけられてどうにもならなくなってしまったのだ。

 こうなればもう戦線復帰は叶わない。

 そう考えたアルダルは、その身を死体の下に隠し、死んだ振りを決め込んだのである。


 その後、馬の蹄に片足を踏み潰され、さらに馬の死体が身体の上に乗っかり、アルダルは身動きがとれなくなった。

 そして死体の中で四日間。

 アルダルは血を啜り、馬の肉を食らって生き長らえていたのであった。


「よいしょっと」


 アルダルがつたない動作で、料理の置かれた机に座る。


「すまねえな毎日毎日」


 料理を前にして、アルダルはライナに詫びを入れた。

 ライナは朝食に限らず、アルダルの世話を甲斐甲斐しくしており、その事に対する詫びであった。


「なに言ってんだい。こちとらアンタに救われた命だ、気にするんじゃないよ」


 アルダルは友にして命の恩人である。

 ライナとしては、アルダルの面倒を見ることは当然という気持ちであった。


「そういえば手紙が来てたよ」


 食事の前に、ライナが手紙を掲げて見せた。

 すると、ズンとアルダルの顔が暗く陰る。


「ど、どうしたんだい」


「いやぁ、アイツからの手紙なんだろうけどさ」


 アイツからの手紙。

 この『アイツ』とはアルダルの婚約者のことである。


 余談ではあるが、今回の戦いにおいてアルダルの部族は積極的に参加することをしなかった。

 ただ面目を保つために、アルダルの他に五人ばかりの若い者を参加させただけである。

 とはいえ、その五人は全員戦死しているため、部族の判断は間違っているともいえないであろう。


「ほら、俺はこの足だろ? アイツに合わせる顔がなくてよ」


「なに言ってんのさ。アンタは立派に戦った。それは誇るべきことじゃないか」


 弱気な発言をするアルダルに、ライナは反論する。

 するとアルダルは首を横に振った。


「狼族っていうのをわかってねえな。走れない狼なんて、豚と同じさ。

 俺は豚、豚族のアルダルだ」


 そして、はぁ、とため息をつくアルダル。


「……あ、そう。じゃあこの手紙はいらないね」


 アルダルの馬鹿げた発言に呆れた様子を見せたライナが、手紙を両手に持って破ろうとする。


「ばかっ、やめろ! 俺の足と手紙は関係ないだろ!」


 必死に手を伸ばすアルダル。

 今度はライナがため息を吐く番だった。


「アンタねぇ、ちょっと男らしくないよ」


「うるせえ、そんなこと言われなくてもわかってらい」


 ライナの手から無事に救出した手紙を、アルダルは開くこともできずに見つめていた。


「別にいいじゃないか。

 足がないくらいで幻滅する女なんて、どうせろくでもない奴さ」


「いや、あいつはそんなんじゃねえ。あいつは――」


「あたしがいるよ」


「は?」


 突然の脈絡のないライナの言葉。

 それの意味がわからず、アルダルは聞き返すような呆けた声を漏らした。


「そいつがアンタを要らないってんなら、アタシがアンタを貰ってやるって言ってんのさ」


 口許に僅かな微笑を滲ませてライナは言った。

 ライナの二つの黒い瞳は、アルダルの双眸をしっかりと捉えている。

 それは嘘や偽りのない真剣な眼差しであった。


 するとアルダルの心臓が、にわかに脈打つ。

 赤い髪に、褐色の肌、長い耳。

 獣人であるアルダルが、決して恋愛感情を抱くことはないその姿。

 しかしそんな種族の壁さえ越えて、目の前の女性が美しいと感じたのである。


「ま、まあ、考えといてやるよ……」


「そうかい」


 動揺を隠しきれないアルダルと、平然とした様子のライナ。

 以後は言葉を交わすことなく、二人は一つのテーブルで共に食事をとった。


 ――そして、結局のところこの二人が結ばれることはなかった。


 十数日の後にアルダルからの手紙を貰い、アルカトにやって来た部族の者達。

 それをアルダルが松葉杖をつきながら迎えたわけであるが、足がないからといって邪険にされることはなく、アルダルはむしろ英雄のように扱われた。


 当然である。

 部族の者で戦いに参加した者は僅か六名。

 此度の戦いに貢献をしたとは言い難く、亜人の中では肩身が狭い状況である。

 おまけに、そのうち五名が亡くなり、生き残った者はアルダルのみ。


 つまり、今後コエンザ王国で生きてく上で、アルダルは無くてはならない存在。

 国の存亡に関わる戦いに参加したアルダルを族長にすることで、コエンザにおける部族の確固たる立場を手に入れたかったのだ。

 そのために、アルダルは婚約者となんの問題もなく結ばれることになる。


「ゾフィー……」


「アルダル……」


 婚姻の儀は早急に執り行われた。

 アルカトにおいて戦後初めての祝い事。

 そこには部族以外の者も多く集まり、今日結ばれる二人を盛大に祝福した。


 そしてライナは、遠くからアルダルの嬉しそうな顔を優しげな顔で見つめていた。


「幸せにね、アルダル」


 そっと呟いて、ライナはその場を――いや、アルカトを後にした。

 その格好は、剣を帯び鎧を着込んでおり、まるでまた戦争でもするかのよう。

 ライナが行く道は剣の道。

 彼女は再び探索者の生活へと戻るのである。


 アルカトに未練がないといえば嘘になる。

 アルダルと生涯を共にする未来を考えもした。

 だがライナにとって、アルダルが幸せならば、やはりそれでいいのだ。


 ライナが出ていったことをアルダルが知ったのは、翌日、家に届いた手紙を読んだ時である。

 その日、アルカトの地には一粒の雨が落ち、晴れ渡る空には哀しげな遠吠えが一つ上がった。




 ――半年後、何食わぬ顔でライナがアルカトに立ち寄り、アルダルと再会。

 あの時の涙を返せとアルダルが怒ったりするのだが、それはどうでもいい話であろう。


たくさんの感想をありがとうございますm(__)m

とても励みになっています


ですが、少しずつ返信しているので、もうしばらくかかりそうです

すみません_(._.)_

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