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6章 ラストバトル 2

 ――場面は巻き戻る。


 コエンザの王城は玉座の間にて、共に向き合って剣を構えるタケオとランディエゴの両名。

 その間には十歩程の距離。


 城の外では雨が勢いを増し、大地を打ち付ける音はいっそう激しくなっている。

 その雨音は、タケオの耳にもしかと聞こえていた。


 しかしそれにもかかわらず、タケオは今ここが静寂であるように感じた。

 兵士達がやってこないのは、ランディエゴが王石を使い命令しているためか。


「一つ聞きたい」


「なんだ言ってみよ」


 一触即発という緊迫した雰囲気の中、口を開いたのはタケオだ。

 ランディエゴは剣を構えたままそれに答えた。


「何故、こんな戦争を起こした」


 この戦いで多くの者が亡くなった。

 関わった当事者として、多くの者を殺し尽くした者として、タケオは戦争が起きた理由を――ランディエゴが戦争を起こした理由を知らずにはいられなかったのだ。


「知れたこと。この俺こそが唯一無二の神となる存在なのだ。

 ならば、世の万物が俺に平伏すのは当然であろう?」


「……神だと?」


 ランディエゴが発したのは掴み所のない答えであった。


「ああそうだ。ウジワールが神の子であるならば、それを従えるのは神しかあるまい」


 するとランディエゴはニヤリと笑った。

 己が知識をひけらかすように。


「神の子ウジワールとはなんであるか。

 ――その正体は異世界から召喚した奴隷よ」


「……」


 タケオに驚きはなかった。

 その答えは、全ての辻褄があうものであったからだ。


 かつて、自らの命と引き換えに人間を救った黒い髪の戦士ウジワール。

 その強さは、一人で亜人の軍と渡り合えるほど。


 それを神の子として奉り、権力を得たウジワール教会。


 そしてランディエゴは、支配欲という動機と、王石という手段に加え、さらにもう一つ、ウジワールの再臨という手段をもって戦争を起こした。

 まさしく松村、坂手の存在は、ただ一人で軍に対することができるウジワールに勝るとも劣らない強さであったのだ。


「ふふふ、俺が第一皇位継承権を得た時に、先代の教皇から聞かされたのだ。

 それは決して漏らしてはならない真実。

 神の子ウジワールなど、まやかしにすぎぬわ」


 正統な継承者となったランディエゴは、人類を救った神の子ウジワールが奴隷であったことを知った。

 ウジワールは、当時実験中であった奴隷の首輪をつけられ、死を省みぬ兵として戦わされていたのである。


「そして俺はその召喚魔法を使って、異世界から再びウジワールを喚び出した。

 長い年月をかけ過去の文献を紐解き、失われた召喚魔法を現代に復活させたのだ」


 無論、ランディエゴが召喚魔法を復活させるまでには失敗があった。

 それがタケオであり、紗香である。


「そして現れたのは、ニホンとかいう異世界より召喚された三十余名のウジワール」


 ウジワールの本名はフジワラ、その故郷は日本。

 よって、ランディエゴが日本に召喚のゲートを開くのは当然のことといえた。


「俺は最も頭のいい者と、最も魔力の強い者を選ぶと、残りを人質にして教育を施した」


 まず、頭のいい坂手が選ばれた。

 そして坂手がこの世界の言葉を覚えると、それを通訳として他の者を試していく。

 そうやって、選ばれたのが圧倒的な魔力を見抜かれた松村である。


「――だが所詮は泥団子。貴様に敗れたというわけだ」


 語ったこれまでのことが、とるに足らないものであるかのように、ランディエゴは言った。


「……お前はそんなに強いのか」


「当然だ。我は神へと上るものぞ」


 尊大、傲慢、不遜。

 唯一無二の絶対者だという、極めつきの自負がそこにはあった。


「そうか……」


 タケオは驚くほどに静かであった。

 心も体も、魔力すらさざ波立たぬほどに静かであった。


 そしてタケオは、剣で宙空を掻く。

 それはあまりにも自然な動作であり、それと同時に、突然ガクリとランディエゴが膝をついた。


「なに?」


 ランディエゴが何事かと、自身の足を見る。

 すると、右足が半ばから無くなっていた。


「な、なぜっ!?」


 突然の事態にランディエゴは驚愕した、慌てふためいた。


「どうした」


 しかし、ランディエゴに返されるのは冷徹な声。

 凍りつくような冷酷な表情を、タケオはしていたのである。


 そして、タケオがまたも宙空で剣を掻く。

 その剣先は、黒い水溜まりを潜り――


「なぁっ!?」


 ――ランディエゴの眼下で左足を斬り落とした。

 それにより、ランディエゴは足という支えを失い、ゴロリとうつ伏せに倒れてしまう。


「ぐぅっ!」


 ランディエゴは床に顔をぶつけ、思わずくぐもった呻き声を発した。


「神なんだろう?」


 タケオがランディエゴに近づき、その傷口に剣を突き刺す。


「ぎぃやあああああっっ!!」


 ランディエゴがそのあまりの痛みに悲鳴を上げる。


「さあ、早く僕と戦えよ」


 タケオが今度は逆の足に剣を突き刺すと、またも狂乱の悲鳴が上がった。

 剥き出しの肉を、さらに傷つける行為。

 過敏になった神経を直接攻撃しているのだから、痛くないわけがない。


 しかしランディエゴができることは、泡を口角から溢れさせながら、痛みをまぎらわすように、力の限り叫ぶことだけであった。


 ――痛い、痛い、痛い!


 もはやランディエゴは、強烈な痛みに脳を支配され、満足に思考すらできない状態である。

 だが、体は本能のまま床を這いずり、逃げようとした。


 すると、バタンと扉が開き、兵士達が現れる。

 無意識のうちに、ランディエゴが王石で助けを求めていたのだ。


「近寄れば、近寄らせれば殺す」


 タケオはランディエゴの首元に剣を当てた。

 そして、兵士達が動かないとみるや、ランディエゴをひっくり返し仰向けにさせると、その体をまさぐった。


「これか……」


 目的の物はすぐに見つかった。

 それは服の中に隠された、首より垂れ下がる大きな石のついたペンダント。

 タケオはその石を引きちぎり、魔力を通して命令する。


「剣を置け」


 首輪をした兵士達は、その命令に驚くほど素直に従い、それを見た首輪をしてない兵士もまた武器を置いた。


「さて」


 タケオは、床に転がるランディエゴに再び視線を落とす。


「いだい、いだい……」


 ランディエゴは芋虫のように地を這おうとしていた。

 それは先程までの尊大な姿と比べて、あまりにも無様。


 だが、タケオの心に同情の念は一切湧かない。

 それどころか、こんな者のためにどれだけの命が失われたのかと、余計に憤りを感じた。


(あまりにも弱く、その心すら張りぼて……)


 ランディエゴにあったのは常軌を逸した慢心、過信、自惚れ。

 自分が特別であると信じ、それゆえにランディエゴは、タケオとの実力差を認めず、正面からタケオと立ち合ったのだ。


 そして敗れ、その心は見事に打ち砕かれた。

 今や痛みに怯え、生にしがみつく存在。

 坂手や松村の死に様とは、正反対の見苦しさであった。


「松村も坂手もお前の何十倍も強かったぞ」


 ――力も心も。


 しかし、そんなタケオの言葉にも反応できず、ランディエゴは痛みで呻きながら地を這うだけである。


 と、ここである変化が起こった。

 ランディエゴの全身がぐにょりぐにょりと蠢いたのだ。


「なんだ?」


 タケオは坂手の変身を思い出し、身構える。

 だが、足が生える様子はない。

 加えてその身体も強固になるどころか、細く歪になっていく。


(なんだ、これは……。

 坂手のような進化じゃない……退化……?)


 肉体とは魔力が、魂が根底にあって形作られるモノである。

 今ランディエゴの魂は、泥団子を作っていた矮小であった頃に戻っていたのだ。

 すると、その肉体も変貌しかつての姿を取り戻す。

 ――醜い泥団子の姿を。


「……ここまでか」


 タケオには何がどうなったのかわからなかったが、ランディエゴは醜く、より弱々しい姿に変わった。

 しかし、タケオにとってそれはどうでもいいこと。


 タケオはもう生かす価値もないだろうと、ランディエゴの首の上で剣を振り上げる。

 そして、それを降り下ろそうとして、ピタリと止めた。


(……ここで命を断つのは容易い。だが――)


 ――ランディエゴの罪はそれだけで済ますには、軽すぎるものであったのだ。

 それに思い至り、タケオは剣をゆっくりと下ろす。


「お前にはこの世で最も残虐な処刑がなされるだろうよ」


 タケオは、醜くなったランディエゴが死なぬよう、その両足を強く縛った。



◇◆



 ――そこは地下牢だった。


 壁に架かる松明がぼんやりと辺りを照らし、くり貫いた岩壁からはひんやりとした空気が漂っている。

 まっすぐ道が伸び、その左右には鉄格子が填められた幾つかの房。


 房の中には男女が分かれて入れられている。

 その男女の誰もが、年若く、黒い髪と黒い目を持ち、その首には奴隷の首輪があった。


 そこへ地下の静寂を破るように、一つの足音がやってくる。


 その音を聞き付けて、房の中にいた一人の男子が鉄格子へと近寄った。

 すると、他の者もそれに誘われるように、鉄格子へと近寄る。


「さ、坂手か?」


 ――坂手。


 その名前はこの大陸では耳にしないもの。

 そして現れたのは、顔を布で覆った男であった。


「違う、坂手じゃない!」


 一人の男子が、この大陸のものではない言葉でそう告げる。

 彼らは、現れた者が目的の人物ではないとわかると、潮が引くように房の奥へと身を隠した。


『鍵を』


 布で顔を覆った男が、首輪をした見張りの兵士に言う。

 すると兵士は、ジャラリと鍵の束を男に渡し、地下牢から出ていった。

 その受けとった鍵で、男は房を一つ一つ開けていく。


「な、なんだ……?」

「出ろってことなの……?」


 房の中の男女は戸惑うばかりである。

 そして、あることに気がついた。


「ち、血だ……」


 布で顔を覆った男の身体は血によって真っ赤に染まっていたのだ。

 穏やかではない男の姿に、皆は、殺されるのではないかという恐怖の念を抱いた。


「坂手くんはっ!? 松村はっ!?」


 一際小さな身体をした女子が叫ぶ。

 その声色は助けを求めるものではなく、名を呼んだ者の安否を気遣うものであった。


 そして、布で顔を覆った男は言う。


「助けに来たぞ」


「――え?」


 その瞬間、水を打ったような静けさが辺りを支配した。

 顔を布で覆った男の言葉を聞き、皆が唖然としたのだ。

 なぜなら男が話した言葉、それは彼らがよく知る言語――日本語だったのだから。


「……に、日本語?」

「た、助けに来たって、今……」


「そうだ、君達を助けに来た。元の世界に帰してやる」


 ――帰してやる。


 布で顔を覆った男はそう言ったのである。

 すると房の中からは、ワッと歓声が沸いた。


「やった、帰れる! 帰れるぞ!」

「本当に!? お父さんやお母さんにまた会えるのっ!?」


 誰もが叫び、喜びに涙する。


 彼らは異界から――日本からこの地に拐われた、哀れな被害者達。

 向こうの世界においては、どこにでもいる中学生であったのだ。


「さあ、早く出ろ」


 布で顔を覆った男の言葉に、生徒達は興奮冷めやらぬ様子で、房の扉へとなだれ込む。

 やがて、全員が出ると男は言った。


「帰す前に、その首輪を外してやる」


「うっ」


 布で顔を覆った男は、女子生徒の了解を得る前に手を伸ばし、あっという間に首輪を破壊した。


「あ、あれ……?」


 ほんの一瞬の首が締まった感覚。

 しかしその後は、ここ数ヵ月に渡って悩まされてきた首の異物感――奴隷の首輪がなくなり爽快な気持ちであった。


「ほら、次だ」


 布で顔を覆った男は、淡々とした様子で次の者の首へと手をかけた。


 しばらくして、全員の首輪が外されると、男は生徒達の前に黒い水溜まりを喚び出した。


「さあ、この中へ入るんだ」


 生徒達は逡巡した。

 いきなり宙空に謎の黒い水溜まりが現れて、この中に入れとは無理難題が過ぎるというものである。


「この奥は日本だ、さあ早く」


 と言われても、それが本当だという証拠もない。

 そもそも、そんな訳のわからない黒いタールの中に入れるのか、入って平気なのか。

 そんな心持ちであった。


「あの……、その、本当に大丈夫なんですか、その中に入って」


 その声を発したのは一人の女子生徒。

 相手は日本語を話し、助けに来たという男性である。

 決して気を損ねさせてはならないと、恐る恐るといった風に尋ねた。


「ん? ああ、そうか」


 合点がいったように、男は一度黒い水溜まりを消すと、再びそれを喚び出した。

 それも二つも。


「ほら見てみろ」


 男が一方の黒い水溜まりの中に腕を通す。

 すると、その先はもう一方の黒い水溜まりから生えてきたのだ。

 生徒達は皆、目を白黒とさせた。

 そして、黒い水溜まりは消え、また新しい黒い水溜まりが現出する。


「早くしろ。こちらには、やることが他にもあるんだ」


 確かに、あの黒い水溜まりを潜れば別の場所に移動するということはわかった。

 だが、それが本当に日本なのだろうかという心配が、生徒達に足を踏み出すことを躊躇させる。


「……無理矢理にでも入れるぞ」


 その言葉が決定的だった。


「ちくしょーっ! やってやるっ!」


 一人の男子生徒が勇気をもって黒い水溜まりに飛び込んだのである。

 すると、それに続くように生徒達は、掛け声を上げながらどんどんと飛び込んでいった。


 数はどんどん減っていく。

 遅れないように、皆とはぐれないように。


 絆、繋がり、仲間。

 この世界において、それだけが心の支えであったから。


 ――そして残りの生徒は二人となった。


「さあ、早く」


 男の急くような言葉に、その二人のうち、身体の一際小さな少女が言う。


「あの、私達の他にも二人いるんです。その二人は――」


「坂手と松村」


「え? あ、そ、そうですっ! その二人は今どこにいるんですか!」


「二人から頼まれた。君達を助けてやってほしいと」


「あの二人が!? そ、それで、坂手くんと松村はっ!?」


「……生きてまた会えたら、必ず連れていくと約束する」


「え? 生きてって……」


 しかし、男はそれ以上を話さずむんずと少女の腕を掴み、無理矢理にその小さな身体をを黒い水溜まりに放り込んだ。


「お願いします! 二人を必ず、必ず助けて――」


 最後まで懇願する少女の叫びは、男の胸に痛いほど突き刺さっていた。

 ――そして残りは最後の一人。


「さあ、君も早くしろ」


「……」


「無理矢理に入れるぞ」


 男は最後の女子生徒の腕を掴もうとして――


「アニキ」


 ――ビクリと、その腕を止めた。


「アニキなんでしょ……?」


「……」


 男は答えない。


「わかるよ、兄妹だもん」


 その女子生徒――由利子は、まぶたに涙を溜めて笑った。

 そしてスルリと男の布が解かれる。


「……遅くなってごめんな、由利子」


 そこにいたのは由利子の兄、タケオであった。


「アニキッ!」


 由利子は兄の胸に飛び込んだ。

 何故助けに来てくれたのか、どうやって助けに来たのか――そんなことはどうでもいい。

 兄が助けに来てくれた。

 恐怖で震えることしかできなかった世界に、兄が救いに来てくれた。

 それだけが、由利子の全てを満たしていたのだ。


「わたしっ! アニキに酷いことしたのに! アニキは、アニキは……っ!」


 自分が兄と同じ目に遭って、初めて兄の辛さを知った。

 何もすることがない中、兄のことばかり考えるようになった。


 それなのに、助けに来てくれた兄を前にして、由利子は言葉が見つからなかった。

 伝えなければならないことがたくさんあったのに、うまく言葉にすることができなかった。


 すると、ポンと肩に置かれたのはタケオの手。

 それを由利子は、とてもあったかいなと思った。


「メール見たよ」


 タケオが言葉を紡ぐ。


「だから頑張れたんだ」


 もう限界だった。

 由利子は兄の胸の中で大声で泣いた。

 ごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝りながら。


「ぐすっ……」


 やがて涙は止まり、由利子は落ち着きを取り戻す。


「そろそろ帰るんだ。日本で皆が待ってる」


「……わかった」


「それと、僕のことは――」


「わかってる、絶対に誰にも言わないから」


 由利子は泣き腫らした赤い目で、にっこりと笑ってみせた。


(あ……)


 タケオはそれを見て、不思議な懐かしさを感じた。

 そして記憶の奥から、その懐かしさはすぐに見つかった。

 由利子の笑った顔に、小さな由利子の笑顔が重なって見えたのである。


「約束だぞ。僕のことは絶対内緒にしてくれよ」


「大丈夫だってば」


 タケオと由利子が笑い合う。


 ――二人の止まっていた時間がその時、ようやく動き出したのであった。


 そして、タケオが消していた黒い水溜まりを再び喚び出した。

 それを潜ろうとする由利子には、他の生徒達が見せたような気後れする様子はない。

 しかしその途中で、由利子はピタリと足を止めた。


「どうした?」


「あの、坂手と松村のことなんだけど……」


 由利子には心残りが一つあった。

 坂手と松村。

 この二人は、由利子を含めたクラスメイト達のために戦っているのだ。


「二人は――」


 そこでタケオの言葉は止まった。

 言うべきか言わざるべきか。

 それは僅かな葛藤。

 だがタケオは、一拍の後に口を開いた。


「――二人は、死んだよ。死に際の願いを僕が託されたんだ」


「え……そ、そんな……っ!」


 タケオは二人の死を伝えた。

 それは、彼らの死を仲間の誰かに知ってほしかった、悼んでほしかったからだ。


 されど、己が殺したとは言えなかった。

 それはタケオの弱さであったかもしれないし、由利子を思っての判断であったかもしれない。


「さあ、もう行くんだ」


「……あ、アニキは、帰ってこないの?」


「まだ、やることがある」


「アニキは……アニキは死なないよね!?」


「ああ、僕は無敵だ」


 タケオは力強く笑って見せる。


 由利子はそれを見て「待ってるから」とだけ伝え、黒い水溜まりの中に消えた。


 地下牢にはもう生徒はおらず、鉄格子の扉が、ギィギィと寂しげに鳴いているだけである。


「終わったか……」


 すると緊張の糸が切れたように、タケオの身体から力が抜けた。


 タケオは床に崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えて、鉄格子に手を伸ばす。

 支えがなければ、立っていられない状態。

 いや――。


「疲れたな……」


 タケオはずるりと、腰を地につけた。

 支えがあっても立っていられないほどだったのだ。


「本当に疲れた……」


 松村、ウジワールの奴隷兵、坂手。

 強敵との連戦に次ぐ連戦。

 アルカトで負った幾つもの傷が、坂手との戦いで大きく開いていた。

 幾つもの刃をその身に受け、鎧の下、服の下は傷だらけであったのだ。


(魔力もほとんどない、これじゃあ、魔力による自然治癒の増強は期待できそうもないな……)


 ハハハ、と自嘲するように笑うタケオ。

 そして波にでも揺られるように、意識が朦朧としていく。


「ああ、疲れた……」


 ――タケオはゆっくりと目を閉じた。


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