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6章 暗殺再び

 声一つ発さずにタケオへと向かってくるウジワール奴隷部隊。

 それは、轟々とした怒声を張り上げて進むコエンザ亜人部隊とは、全く対照的な進軍であった。


 そしてタケオは、一歩も動かずに敵を待ち受けた。

 敵の奴隷兵が足を一歩踏み出す度に、その距離が縮まっていく。

 僅か二百歩の距離、亜人の足ならば十秒もかからない。


 三歩、二歩、一歩。


 そこはタケオの間合いである。


「ガッ!」

「グェッ!」


 タケオの左右の手にある二本の剣が煌めいて、瞬く間に殺到した奴隷達を首元から断ち斬った。

 すると一歩遅れて、コエンザ亜人部隊が戦場に足を踏み入れ、ここで漸くタケオは足を踏み出した。


「オオオオオオオォォォォォォ!」


 烈々たる雄叫びを上げながら、タケオは亜人達を従えてウジワール奴隷部隊へと突撃する。


 コエンザ亜人部隊の陣形は、ウジワール奴隷部隊の陣形と同じく魚鱗の陣。

 魚鱗同士、三角の形をなした隊が勢いよくぶつかった。


「いける! いけるぞっ!」

「動きが全然止まらねえ!」


 コエンザの亜人兵が士気高らかに叫んだ。

 敵とぶつかったにもかかわらず、止まらず進み続ける――それは、自軍が敵陣へと食い込んだ証拠である。


 しかし、これはおかしい。

 敵が四千もいるのに対し、コエンザの亜人兵は僅か一千という戦力差。

 同じ陣形なのだから、大と小が戦えば大が勝つのは明らか。

 ――にもかかわらず、なぜ小であるはずのコエンザが優勢であるのか。


 違う。そもそも前提が違うのだ。

 同じに見えて同じではない陣形。

 一方は刃先がポキリと折れた鏃であり、もう一方は世に比類ないほどに鋭く尖っていたのである。


 コエンザ亜人部隊の勢いはとどまることを知らなかった。

 もし上空からこの戦いを眺めたならば、巨大な三角形が一本の鏃によって二つに裂けていく姿を見ることができたに違いない。




 コエンザ亜人部隊の中腹にあたる位置では、ライナが奴隷兵相手に奮闘していた。


「ハァッ!」


 気合い一閃、ライナの剣が敵の首を断つ。

 すると倒れ伏す敵の後ろから、さらに奴隷兵が飛び出し、剣を突きだした。


「チィ!」


 ライナは敵の白刃を躱しながら、その腕を斬り落とす。

 しかし、敵は命の限り戦う奴隷兵。

 剣が無くなろうと、腕が無くなろうと、今度はその口に生えた牙で襲いかかってきた。


「うっとおしい! 武器がなくなったら、おとなしく死んだ振りをするのが戦争の作法だよ!」


 文句を言いつつ、ライナは大きく開いた口を斬り裂いて頭を二つに割った。

 探索者から奴隷に落ちて以来、長くブランクはあったがその剣には些かの衰えもない。

 雨では流せないほどの血と泥にまみれながら、ライナは襲い来る敵を倒していく。


「この糞がぁ!」


 ライナの後ろでは、アルダルが敵に向かって槍を突き刺していた。

 アルダルは、元は部族の男衆。

 それも族長の息子だけあって、ライナほどではないがそれなりの実力者だ。


「くそっ、キリがねえ」


 アルダルは、入れ替わり立ち替わり現れる敵兵に辟易していた。


「アルダル! 生きてるかい!?」


 ライナが敵をまた一人突き殺しながら、後ろのアルダルへと呼びかける。


「ああ! しかし、大分先頭から離されちまったな!」


 元々この二人は、タケオの少し後ろの位置の外側を担っていた。

 それが、敵との戦いに何度も足が止まり、今では中腹まで下がってきていたのである。


 だが、魚鱗とは中央を突破する陣。

 そのために外側にいる者は、両翼の敵にヤスリのごとく削られて、死ぬ、もしくは後退するのは当然の結果といえた。

 そして、もし先頭のタケオが敵陣を貫くことがあれば、その時の隊形は長く細いものになっていることであろう。


「グッ!」


 敵の剣がアルダルの頬を深く傷つける。


「あいつと結婚するまで死ねるかよぉ!」


 アルダルは己を奮い起たせるように叫び、槍で敵を凪ぎ払った。

 その胸にあるのは、こんなところで死ぬわけにはいかないという強い意思である。


 ――この戦いが終わったら、故郷の婚約者と結婚する。


 それは、アルダルが戦いの前にライナへ語った、必ず生きて帰るという決意であった。


「くそっ、いつになったら前が見えるんだい!」


 ライナが悪態を吐きながら、目まぐるしく入れ違う敵に剣を振るう。

 敵の群れを貫ききれば、お役ごめん。

 しかしその壁は分厚く、先の景色は見えそうもない。


 あと何人倒せば、あとどれだけ走れば。

 そんな思いが、ライナの心に積もっていく。

 ――そして。


「――え?」


 ライナが相対していた相手。その顔面から、槍が生えたのだ。

 敵が敵を殺すという、不意に起きたあまりにも慮外な出来事。

 さらに、刺突の起こりが見えなかったこともあり、ライナの身体は鉄のように硬直した。


 槍の穂先はライナへと真っ直ぐに向かう。

 敵は考える死兵。

 己の死すらいとわないのだから、味方の死もいとわないのは当然のことであった。


 ああ、死んだとライナは思った。

 敵の槍は驚くほどにゆっくりに思えたが、しかし、自分の身体は不思議なくらいウンともスンともいわなかったのである。

 ただ時間だけが、引き伸ばされたかのように、ゆっくりと進み――


「馬鹿野郎!」


 ――そして、ライナを貫くはずであった凶槍は、別方向から走った槍に弾かれた。

 途端、金縛りから放たれたようにライナの身体は自由になる。

 ライナは体勢を低くし、横から敵の懐に潜り込むと、すれ違い様に敵の腕と顔面を削ぎ落とした。


「助かったよ、アルダル!」


 それは生を繋ぎ止めたことへの歓喜の声。


「……アルダル?」


 だが、返事はなかった。


「おい、アルダル!」


 後ろを振り向く余裕なんてない。

 ライナは剣を振り回しながら、アルダルに何度も呼びかけ、やがて悟った。


「馬鹿はどっちだいッ! この大馬鹿野郎ォォォォ!!」


 振り返ることも、足を止めることもできずに、ライナはただ叫ぶ。

 その目に浮かぶのは、雨の滴ではなかった。


 多くの者が血溜まりの中に倒れていく。

 誰もが心折れてもおかしくない状況。

 しかし、誰の心も折れなかったのは、隊が前へ前へとひたすらに進んでいたからである。


 その先にある勝利と生。

 二つの希望を目指し、亜人達は武器を振るい足を動かした。

 ウジワール軍の中を貫いていくコエンザ亜人部隊の進軍は、決して止まることはなかったのである。


 その脅威的な攻めにウジワール奴隷部隊は、いつの間にか足を止めて守勢に回っていた。

 だがそれにもかかわらず、悲鳴を上げるのはコエンザの亜人兵ばかりであった。





 無数の剣を避けて、無数の剣を放った。

 相手は死ぬまで戦う兵。

 それゆえにタケオが放った剣に躊躇いはなく、全てが相手を死に至らしめるための剣である。


 タケオの前に立つ者は、皆等しく、血潮を撒き散らして絶命した。

 そこに生きている者は存在せず、ただ赤い肉塊が転がるだけであった。


 やがてコエンザ亜人部隊がタケオの開けた穴にすっぽりとハマり、その入り口はウジワールの奴隷兵によって再び閉じられる。

 それは生物を窒息させるがごとく、包み込んで殺そうという敵の策謀。

 奇しくも王都防衛戦においてコエンザ軍がウジワール奴隷部隊にとった策と同じものである。


 しかし惜しむらくは、この時、奴隷部隊の指揮に当たっていた者が、戦争というものに疎かったことであろう。

 奴隷部隊の指揮官は、目先のものにのみ囚われ、全体を見通すことなく軍を動かした。

 つまり、待機したままでいる残りのコエンザ軍のことを考えていなかったのだ。


「行くぞォ! 亜人達に遅れをとるな、人間の強さを思い知らせてやれッ!!」


 味方の亜人兵達を包み込んだ敵軍を前にして、コエンザの騎馬隊からは、ここぞとばかりに激しい気炎が立ち昇った。


 馬を駆るのは近衛騎士団一千、さらに諸侯軍から騎馬隊千五百。

 合計二千五百の騎馬隊が、近衛騎士団長の号令の下、ウジワール奴隷部隊へと突撃したのである。


 これにウジワールの奴隷兵達は為す術もなくやられた。

 なぜなら、騎馬隊の前面に位置していた奴隷兵達の意識は、中に入り込んだコエンザ亜人部隊に向いていたからである。

 穴を閉じ、奴隷兵達がコエンザ亜人部隊の背中へと襲いかかっている最中であったところを、騎馬隊は狙ったのだ。


「殺せっ! 踏み潰せっ!」


 コエンザの騎馬隊は敵の奴隷兵達を蹴散らして、事もなく亜人部隊にまでたどり着く。

 そこからは亜人部隊を避けるように二又に別れ、左右の奴隷兵らに攻撃を加えていった。


 もちろん、これだけでは終わらない。

 さらにその後ろからは、九千のコエンザ歩兵隊がズタズタに乱されたウジワールの奴隷兵を面にて制圧するために動きだした。


「いいか、敵は寡兵! 一対一で当たる必要はない! 必ず複数にて敵に当たれ!

 ――歩兵隊、突撃ィ!!」


 コエンザ歩兵隊の指揮官が吼えるように命令を下すと、歩兵達は指揮官に負けず劣らずの怒声を叫びなから敵兵に襲いかかる。

 これが決め手であった。

 亜人部隊、騎馬隊、歩兵隊の三段階の波状攻撃。

 この戦術に、ウジワール奴隷部隊は脆くも崩れ去ったのである。


 遥か後方に陣を構えていたウジワールの本隊が、慌てて動き出そうとするが、距離は遠くもはや手遅れであった。





「ゴッドン子爵、もうよいであろう。敵の本隊も動こうとしておる。あれに囲まれればカシスに戻れなくなるぞ」


 城壁の上では、王が戦況を伝えにカシスへ戻るようゴッドンに言った。


「は、はい」


 一応の返事であったが、ゴッドンとしては王に言われるまでもなく、すぐにでも去るつもりであった。

 ゴッドンの目的であった奴隷部隊との戦いは、コエンザ軍の勝利は誰の目にも明らか。

 目的を果たしたならば、こんな危険な場所からは、早々に逃げたしたかったのである。


(誰が好き好んで戦場に留まるものか!)


 ゴッドン子爵は、さっさとこんな場所からおさらばしようと、城壁より下りようとした。

 すると階段を下から上がってくる者がおり、ゴッドンは道を開ける。


「伝令! 伝令!」


 階段を上りきった兵士はどうも伝令兵だったらしく、ゴッドンは足を止めて耳をそばだてた。


「伝令、北郡のピストア侯爵、ラニーニ伯爵、ボルゾック伯爵、合わせて六千の兵が北東の山林にて待機! 我が軍の助成に参ったとのこと!」


 吉報。伝令兵の報告は更なる援軍の知らせであった。


「よしっ! これで北のセレンクロムから兵が予定通りに参れば、十分に勝てるぞっ!」


 王の勝機を見出だした声が響き、ウォォと城壁の兵から鬨の声が上がる。

 ゴッドンはこれを聞き終えると馬を飛ばし、カシスへと帰っていった。


「……いったか」


 城壁の下の物陰――伝令兵が飛び出してきた場所より、姿を現したのはベントである。


「これでカシスは確実に動くだろう。たとえ嘘だとバレようと、懐に入れてしまえばこちらのものだ」


 なんと、援軍の知らせはベントが仕掛けた偽報であった。


 敵の先鋒を破ろうとも、コエンザが数の面で圧倒的に劣っているのは覆しようのない事実であり、カシス領主が動くかどうかは怪しいところである。

 そう考えたベントは、戦いの前より王と示し合わせ、カシス領主を動かすための策略を講じたのであった。


(それにしても……)


 ベントは壁の向こうで今も戦っているタケオへと目を向けた。

 亜人達を率い、見事にウジワール奴隷部隊を破りおおせたタケオ・タケダ。

 見も知らぬ商品を扱う商人にして元探索者。


(貴方は一体何者なのか……)


 雨音に掻き消すほどの自軍の喚声を耳に、ベントの脳裏にはそんな疑念がよぎった。


 その後、コエンザ軍が徹底的にウジワール奴隷部隊を打ち倒したことにより、生き残った奴隷兵はウジワールの本陣へと退却。

 コエンザ軍もそれを見てアルカト城内へと引き上げた。


 ――過酷な戦いであった。


 亜人部隊は半数近くの兵を失い、騎馬隊は八百、歩兵隊も一千を超える死傷者を出していた。

 兵達は勝利したことを誇り、生き残ったことを喜び、仲間の死を悲しんだ。


 大雨が大地を洗ってもなお、その色は赤く、コエンザ軍の被害はとてつもなく大きい。

 しかしその成果は確かにあったのである。



◇◆


 未だ雨が止まない中、城壁の上には多数の兵が並び、アルカトは本格的な籠城戦の体制へと移っていた。

 一時は動くかと思われたウジワール本隊も結局は動かず、現在は長期戦を見越して遠方に陣営を築いているようである。

 敵の攻勢が始まるのは明日からであろうとコエンザ軍は予想した。


 しばらくして、雨雲のさらに上空では日が没し、アルカトは夕焼けを拝むことなく夜の闇に包まれる。

 そして、闇に乗じて一人事を起こそうとしているのはタケオであった。


 誰もいない家にて黒の水溜まりを潜った先は、王都のタケダ商会支店。

 いわずもがな、その目的は教皇の暗殺である。


(好機だ……またとない好機だ)


 教皇が城にいることは予想だにしなかったことである。

 兵はまだ万単位で残っているだろうが、それでも奴隷部隊が出払っているということは、タケオにとって好機と言わざる得なかった。


 そして何よりも妹の存在。

 まさか、妹とそのクラスメイトがウジワール教の下にあったとは夢にも思わなかった事態である。


 どのような経緯でそこにいるのかはわからないが、今はともかくも手の届くところにいることにタケオは喜んだ。

 だがゆっくりはしていられない。


(好機でありながら、事態は切迫としている。ここを逃せば由利子の身が危ない)


 妹はウジワール教の下でどのような立場にあるのか。

 人質のために戦っている者がいる、という松村の言葉。

 松村は戦う者と人質とを明確に分けていた。

 果たして妹は、戦う者か人質か。


 それにもし、あちらからの世界の者が皆、強い魔力を持つとするならば、松村が敗れたと耳にした場合、人質となっている者が戦う者になりかねない。

 それは、また同郷の者と戦って殺さねばならないかもしれない、ということである。


 そうならないためにも、今というこの機をタケオは逃すわけにはいかなかったのであった。





 無事に目的地に転移したタケオは、部屋の窓を開けて外の景色をその目にとらえると、またも黒い水溜まりを潜った。

 その行先は視線の先にある民家の屋根。

 さらにまた黒い水溜まりを潜って別の民家の屋根へ。

 それを何度か繰り返し、タケオは城へと行く。

 まさに夜の闇あってこその芸当である。


 城の警備は厳重だった。だがそれすらも、タケオの転移術を使えば容易に忍び込めた。


「誰だ!」


 だが城の中は違う。

 鼻のいい獣人の奴隷が一人いるだけで、タケオの存在は明らかになる。

 雨による消臭は室内では通用せしないのだ。


 さらに転移術も限られた空間の中では、その本領を十全に発揮しきれない。


「侵入者だ!」


 タケオはすぐに兵に見つかった。

 だが、ここまでは折り込み済み。

 そして、ここからは速さが勝負である。


 兵に囲まれて空間を失ってはならない。

 それは遺跡に潜る上での鉄則。

 そう、ここは遺跡。城という名の遺跡である。


 タケオは鞘の無い松村の剣に加え、ゴルドバの剣を抜いて、駆け出した。

 容赦はない。

 首輪を付けていようがいまいが、人であろうが亜人であろうが、武器を持っている者であればタケオはたちどころに斬って捨てた。

 兵士の断末魔の叫びがどれほど上がろうとも、タケオは構わずに、奥へ奥へと駆けていく。


 ――目指す先は玉座の間、さらにその奥にある王の私室。


 教皇がいるかどうかはわからないが、いなかったらしらみ潰しに探すまで。

 まずは、最もいる確率が高いであろう場所をタケオは目指したのだ。


(人質よりも、まずは教皇からだ……!)


 地下を目指し、人質をまず助けるべきだとも考えたが、兵の悲鳴がそこから上がれば、こちらの目的を悟られて何をされるかわからない。

 いやそもそも、その人質が全員襲ってくることも考えられるのだ。


 ギィという重厚な扉が開く。


 ついにたどり着いた玉座の間。

 そこには立っていたのは、黒髪黒目の端正な顔立ちの男。

 タケオはその顔に見覚えがあった。

 一度目の教皇暗殺の折、タケオの邪魔をした男である。


 あの時は気にもしなかったが、その顔は彫りが浅く、とても幼いようにタケオは思えた。

 そう、まるで日本の中学生のように。


(松村がいっていた奴か……?)


 タケオの想像の通り、その黒髪の男の名は、坂手。

 松村や由利子のクラスメイト、そしてクラスの委員長であった男である。


 ――救ってやってくれ。


 松村の最後の言葉が、タケオの胸に反響する。

 しかしタケオは、歯を強く噛むことでそれを断ち切った。


 できることならば助けてやりたい。

 それは本心だ。

 だが、それを容易くさせない存在が、男の奥に居たのである。


 玉座に座る特徴的な銀髪に黒い目をした男、教皇ランディエゴであった。


(日本語を話すことはできない……か)


 日本語を話したならば、同郷を認めたようなもの。

 それすなわち、男の人質が、タケオの人質になるのだ。


「単身攻め行って来るとは恐れ入ったぞ。それも、なかなかの手練れのようだ」


 教皇ランディエゴがくっくっと笑う。

 油断にまみれたその姿、タケオの存在など意に介さないような振る舞いであった。


 タケオは考える。


(直接、ランディエゴを狙うか……?)


 転移術を使えば、確かに倒せる可能性は高い。

 だが、ランディエゴの周囲を囲む戦士達が気にかかった。

 その者らの容姿は日本人のものではないが、教皇の直接の護衛を務めるのだから、間違いなく一線級の猛者ばかりであろう。

 彼らにもし転移術による暗殺を防がれたとなれば、タケオは一つ手を失ったことになるのだ。


(いや、教皇を倒せたとしてもそこからが問題だ)


 松村とは違い、坂手も戦士達も奴隷の首輪をしているのである。

 命令者が死ねば、命令も打ち消されるのか。

 そんな浅はかな考えを持つタケオではなかった。


(同郷の者、妹のクラスメイト、そして松村の頼まれ人。

 出来ることなら、殺したくはないが……)


 手加減はできない。

 手心を加えることは、自らを死の危険にさらすということなのだから。


「僕の狙いは、教皇ランディエゴただ一人。

 邪魔する者は誰であろうと死んでもらう」


 タケオが構えをとった。

 ゴルドバの剣を収め、手に持つ剣を松村のものにしたのは、鞘の有無。

 タケオは腰を落とし、後ろ足を大きく引いて、背を少しばかり丸める。

 踏み込みと同時に相手を切り裂く構えである。


「よかろう、やってみせよ」


 教皇の言葉に連動するように、黒髪の男が構えた。

 まるで剣道のような正眼の構えである。


「ふっ!」


 タケオは小さな呼吸と共に、下半身のバネを爆発させた。

 低く速く奇をもって。


 次の瞬間には、タケオが坂手の横を抜ける。

 そして坂手は、左足を膝下からすっぱりと無くしていた。


(弱い……)


 一度フェイントを入れただけで、坂手の動きは固定された。

 坂手の実力は、松村とは比較にならないほどの弱さであった。


 とはいえ、それは好都合。

 現に、これで坂手は戦闘不能である。

 たとえ命を投げ出す奴隷だとしても、足がなければなんの脅威にもならない。

 このまま教皇とその騎士達を葬り、その後にゆっくりと首輪を外してやればいいのだ。


 タケオは坂手に対し残心をとりつつ、次なる獲物へと意識を向けた。

 ――しかし。


「なっ!」


 タケオは驚き、後ろへ飛び退いた。

 坂手はタケオに攻撃を仕掛けてきたのである。

 その両足をしかと地につけて。


「魔力変換能力……身体を再生させられるのか」


 タケオは見ていた。

 一瞬にして坂手の足が生える、その瞬間を。


 ――タケオと坂手との戦いは始まったばかりである。



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