表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/71

6章 ウジワール軍対コエンザ軍

 タケダ商会に戻ったタケオは、ミリアに「ウジワール教国が攻めてきた」とだけ伝え、すぐにカシス領主の下へ向かった。


 テオドルスが忙しそうに書類の束を処理している執務室。そこでタケオはただ一言、「はじまりました」とだけ口にする。

 するとテオドルスは手を止めて、重い口取りで話し始めた。


「……牢に閉じ込めていた奴隷が突然、苦しみ始めた。

 ずっとうずくまったままでな、兵が仕方なく牢を開けると、その奴隷は飛びかかってきたそうだ。

 そう、全ては演技だったのだ」


 やはりか、とタケオは思った。

 タケオが目にした奴隷もまた、知恵を働かせていたのだ。


「牢兵には実力者を当てていたから、すぐさま事は収まった。

 しかし、これは恐ろしいことだ。

 考える死兵。要は己の命を最大限に使いきる兵なのだからな」


 観察者のように語るテオドルス。

 このような態度をテオドルスがとれるのは、幸いにもカシスは奴隷の首輪の影響を受けていないからである。


 テオドルスは、ウジワール教国のベルスニア侵攻に際して、直ちに住人に首輪の解除を強制させていた。

 先程の話に出てきた、首輪をつけた奴隷については、試験的に牢に閉じ込めていたものである。


「……コエンザ王は無事でしょうか」


「問題あるまい。

 ウジワールの凶行が知れた時点で、俺の送った書簡が効果を発揮するだろうよ」


「他の諸侯は……」


「さあな。

 しかしベルスニアと隣接する地については、危ないかもしれんな」


 王石の効果が及ぼす距離はわからない。

 ウジワール教国がベルスニアの奴隷を支配下に置いた際に、コエンザの幾つかの地域の奴隷も支配下に置き、既に領主を人質にしていた可能性も否定できないのだ。


「それでカシスはどうなさるのですか」


「王軍次第だな。 

 ウジワール教国軍は真っ直ぐに王都を突くだろう。

 さらに人質を取られ敵に寝返った領軍も王都を狙う。

 これに王軍が耐えられれば、まだ無事な諸侯達が動き出し、王軍と連携して、ウジワール軍との戦いにもある程度の勝ち目が見えてくるはずだ」


「では緒戦で王軍が敗れた場合には……」


「白旗をあげるしかなかろう。王がいなくなれば戦う意味もない」


「それでは……」


 最悪の結末を予想しつつ、それが間違いであってくれと願うような気持ちでタケオは尋ねる。

 しかし、テオドルスは冷酷にその言葉を発した。


「ああ、人以外の種族は見捨てる」


「そんな……」


 タケオの口からは悲嘆の声が漏れた。


 ウジワール教国の占領した地での蛮行。

 それは人間を除いた種族の奴隷兵化である。

 人間の恩人であり友であったはずのエルフですら、その例外ではなかった。


 そしてもし、ウジワール教国が大陸を制覇したならば、奴隷達はどうなるのか。

 答えは簡単だ。

 死ぬまで支配され続けるか、殺されるか。


「俺はカシス領主として最善を尽くさねばならん。

 大を生かすために、小を切り捨てるなど当たり前のことだ。

 お前も身の振り方をよく考えておくがいい」


 ジル、ラコ、ミリア。

 タケオの大切な家族の姿が胸中をかすめる。

 しかし、それだけではない。

 タケオのタケダ商会に勤める者や、アルカトに住まう者達の姿もまた脳裏によぎった。


 家族だけならば、共に逃げても暮らしていける。

 だが、タケダ商会が抱える数多の他種族はどうなるのか。


 アルカトに住む亜人の笑顔をタケオは知っている。

 商会で働くエルフの笑顔をタケオは知っている。


 家族とタケダ商会に関わる者達。

 その二つを天秤にかけることなど、身内を大切に思うタケオにできるはずもなかった。


「さて、もういいだろう。こちらも、やらねばならぬことが山ほどあるのだ」


 さっさと出てけと言わんばかりに、シッシッと手を振るテオドルス。


 タケオはぐるぐると回る頭を抱えて、部屋を出た。

 そして城の中を歩きながら、ひたすらに考える。


 どうする、どうすればいい。

 何故こんな目に。


 突然、身も知らぬ場所に送られ、助けてくれた恩人は死に、元の世界に帰ったと思ったらそこに居場所はなかった。

 だからこの世界で居場所をつくった。

 大切なものができた。

 だというのに、妹が行方不明となり、そして今、この居場所すら壊されようとしている。


 タケオは頭の中が、いや身体中が何もかもがぐちゃぐちゃに混じり合うようであった。


「神様は何故こんなことを……」


 そして、遂には見たこともない偶像の存在へ恨みごとをいう始末。

 天に何を言っても意味はないとわかっている。

 だが、この惨憺たる現状に、言わずにいられなかったのだ。


「……いや、まだ王軍が敗けると決まったわけじゃない」


 今まで数々の困難を乗り越えてきたタケオである。

 さすがと言うべきか、城を出て、タケダ商会への道半ばのところでは、もう自らを取り戻していた。


(自棄になるな、そんな暇はないはずだ……)


 時間は有限。

 事ここに至っては、何か行動を起こすための時間は宝石よりも高価である。

 老婦人の屋敷で起きた災事のように、紙一重の差で天国にも地獄にもなりえるのだ。


 だからこそタケオは、頭を無理矢理に冷やして今なにをすべきかを考える。


(転移術を活かして王都に跳び、状況を知るべきか。

 それとも――)


 タケオの心は冷静であろうとしていたが、魔力の源ともいうべき魂は粛然と燃え始めていた。



◆◇


 ――コエンザ王国は王都。


 そこにはまず王城があり、その王城の周りを城壁が囲い、さらにその城壁を囲うように街があった。

 そう、街は城壁に守られていないのだ。


 これは王都がコエンザ王国の領土のほぼ中央に位置していたため、他国からの脅威が身近になかったことに起因する。

 いうなれば、王都の周囲を固める諸侯の領地こそが城壁であった。


 しかし、西のベルスニアより侵攻してきたウジワール軍は、王都までにある領地を一戦も交えることなく通り抜けた。


 それすなわち裏切りである。


 領主が人質に捕られたなどという事情があったとしても、王に弓引く理由にはならない。


 そしてウジワール軍は王都へと迫った。

 コエンザ王国側は街を盾にすることはできず、ウジワール軍を迎撃する形になる。


「ゲンメルス! 貴様に大将軍に任命する! 我が精鋭二万を率いて敵を迎え撃てっ!」


「はっ! 謹んで拝命致します! 見事、賊徒共を討ち滅ぼしてみせましょう!」


 玉座の間にて諸将が立ち並ぶ中、一人前に出てコエンザ王より大将軍の任を受けるのは、巨大な体躯をした壮年の男。

 名をゲンメンスといい、王家の血を引いた、公爵の位を戴く者である。


 その武は軍随一。

 若き頃より武に秀で、家督を次ぐまでは自らを鍛えるために探索者となり、遺跡に潜っていたほどの武者ぶりであった。

 兵法にも明るく、軍戦においては知勇兼備、まさに誰もが認める大将軍であるといえよう。


 その後、軍権を得たゲンメルスは、直ぐ様二万の兵をウジワール軍と王都を結ぶ直線上の位置に展開する。

 王都の周囲は平野が広がっており、策謀を巡らす地形はない。

 そのためゲンメルスは、この戦いが将の指揮によって勝敗を決すると考えた。




 オッ! オッ! オッ! という天地を震動するような鬨の声が、コエンザ軍全体から上がっている。

 その士気は凄まじく、烈々たるものであった。


 これには、移動式の物見櫓に乗り込んでいたゲンメルスも満足気だ。


「先鋒は亜人兵三千……ふっ、鬨の声も上げず操られるまま進むのみ、恐ろしいのう」


 ゲンメルスは彼方より迫る敵軍を眺めながら、おどけるように呟いた。


「ふむ、陣形は魚鱗の構えか」


 魚鱗とは三角の隊形を取り、その一角を敵に向けた陣である。

 突貫力に優れ、その先端は敵を貫きせしめるためのものだ。


「前列、第一部隊は横陣!

 敵の正面に当たるものは矢を射ち尽くせ! 両翼は合図を待ち、敵を囲いこんで殺せ!

 後列、第二部隊は方陣! 決して抜かれるな!」


 横一列に並ばせた陣――横陣と、その後ろに四角く堅い陣――方陣を敷くゲンメルス。


 そして敵軍は馬よりも速くやってきた。


「射てえ!」


 第一部隊から部隊長達の叫び声を合図に、空を埋め尽くすほどの無数の矢が亜人の軍団へと浴びせられる。

 ところが、そんな矢の雨をものともせずに、亜人の軍団はコエンザ軍へと殺到した。


「今だ! やれぇっ!」


 今度は第一部隊の両翼が動き出した。

 第一部隊の横一列の陣が真ん中から折れて二辺となり、ウジワール軍を左右より襲うのだ。


 これに対しても亜人兵は、黙然とひたすら真っ直ぐに突き進んだ。

 そして、ものの見事に囲まれた壁を突き破った。


「さすがは亜人よ、大したものだ」


 既に大地に降り立っていたゲンメルスは、物見兵より伝えられた戦況を耳にして、亜人の強さに感嘆した。


 されど、これは予想済み。

 後列にて方陣をとる第二部隊を、決して抜かれぬ盾として、四方八方から第一部隊が亜人達を襲うのだ。


「長槍構え!」


 四角の密集体形である方陣。その前面を指揮する部隊長が命令する。

 すると前面にいた兵達が盾を構え、さらに盾の隙間より無数の槍を突きだし槍襖をつくった。

 そこに物凄い勢いで突撃する亜人の集団。


 その時、槍を亜人達に向けていた、あるコエンザ兵は思った。


 ――違う、亜人ではない、と。


 亜人の軍団がとっている三角の陣形のその先頭。

 そこにいたのは、一人の人間であった。


 だからなんだというのだ、結果は変わらない。

 亜人もろとも串刺しとなり、ここで息絶えるのだ。


 兵士は先の未来を思って、槍を握る手に力を込めた。

 ――しかし。


「――え?」


 次の瞬間には、兵士の槍とその肉体は、真っ二つに切り裂かれていた。


「ハーハッハッハッ!」


 男は笑っていた。

 そして、目の前に塞がることごとくを蹂躙していった。


「ヨエエー! 弱スギンゾ糞共ォ!」


 血飛沫が舞う。

 人の腕が、胴が、頭が空を飛んだ。

 そして、先頭の男が一角を突き破ると、その穴から洪水のように亜人達が流れ入る。


 阿鼻叫喚であった。

 亜人の軍団は、剣で斬られようが槍で刺されようが、動きを止めずに向かってくるのだ。

 それはコエンザ兵達に、亜人達が決して死なぬ地獄の使いなのではないかと錯覚させた。

 蹂躙されるだけのコエンザ軍からは死体の山が築かれ、上がるのは悲鳴ばかり、文字通りそこは地獄絵図となっていったのである。


「悲鳴が近づいてくる」


 方陣の最後尾にいたゲンメルスの背が、ざわりと波打った。

 ゲンメルスが感じる、いい知れぬもの。

 それは恐怖であったかもしれない。

 だが、ゲンメルスは怯まない。

 どんな負の感情よりも、将軍としての意志と覚悟の方が遥かに勝っていたのだ。


「死に物狂いで敵に向かえ! 我らが後ろは王都しかないぞ!」


 もう誰の心にも響かないゲンメルスの叱咤。

 いや、そうではない。

 それはゲンメルス自身への叱咤であった。


 既に王軍の敗北は確定的である。

 すぐにでも亜人の軍団は、方陣をズタズタに斬り裂いてゲンメルスの前に現れることだろう。


 しかし、ゲンメルスに後悔はなかった。

 頭の中であらゆる手だてを巡らしてみたが、やはり結果は変わらなかったからだ。

 ならば最後は己の武に全てを賭けるのみ。


 ゲルメンスは傍らの大剣を手にした。

 それは槍のように長く、斧のように太い剣であった。


 やがて王軍の全てを抜けてゲンメルスの目前に現れたのは、全身を真っ赤に染め上げた人間である。


「ン? オ前ガ、大将カ?」


 訛った声で喋るその男は、まだ少年といって差し支えないほどに若かった。


「そうだ。そういうお前も大将で間違いないな?」


「マア、ソウナルナ」


 勝機。

 目の前の男を倒せば、まだ勝機がある。

 ゲンメルスは獰猛な笑みを浮かべ、剣をより強く握った。


 興奮からか、心臓から動脈へ血液が勢いよく流れ込む。

 するとゲンメルスの筋肉が膨んで、その巨大な身体はさらに一回り大きくなる。

 その姿は、もはや人なのか獣人なのか区別がつかないほど。

 鎧の下では、筋肉によって押し上げられた静脈が、ゲンメルスの肉体をミミズのようにのたうち回っていた。


 そして、この瞬間にもゲンメルスを守護していた兵が、男へと向かい瞬く間に斬り伏せられていく。

 その間隙を縫って――


「ならば、死ねぃッ!」


 ――ゲルメンスの両手にもった大剣が男を襲った。

 ゴウッという暴風のような音と共に放たれた渾身の一撃。


 男の持つ剣と、ゲンメンスの持つ大剣とでは圧倒的に間合いが違う。

 そして、ゲンメンスの振るう剣の剣速は常人を凌駕していた。


 幼き日より、肉体と魔力をもって武を極限まで鍛えてきたのだ。

 筋力と魔力と技術、それらが一つとなった豪剣。


 亜人すらも及ばない武がゲンメンスにはあった。


 ――それなのに。


「オセエ」


 ほんの一瞬。

 瞬きすらも許さない僅かな間に、男はゲンメンスの懐に入り込んでいた。

 そしてゲンメンスの首には一筋の赤い線が走っていたのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ