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6章 始まり

「ミリア、今までに売った奴隷の履歴を!」


 それは執務室に飛び込んできたタケオの第一声である。

 しかし既にこの時、ミリア以下タケダ商会一同は準備万端の状態であった。


 タケオは、よくできた部下達に満足しつつ、すぐに行動に移る。

 転移術を駆使して、各所を回るのだ。

 しかし、転移術はタケオ自身の記憶が大きな要素になっているので、知らない場所には当然行けないし、記憶が曖昧な場所にも行けない。

 そのため、どうしても足に頼らなければならなかった。


 タケオは転移できない場所は商会の者に任せ、とにかく奴隷の処置を急いだ。

 そしてタケオ自身、転移できる場所がなくなると、その近場に転移して自らの足で自らが売った奴隷の下へと向かう。

 また、馴染みの商会にも首輪の危険性について伝えていった。


 結果、皆の努力のかいあって、作業は順調であった。


 しかしその途中、ウジワール教国とベルスニア皇国が戦争を始めたという情報が入ってくる。

 これで奴隷の首輪が、教皇が奴隷を操るための時限装置であることが確定したのだ。


 ――時間がない。


 タケオを始めタケダ商会は、首輪の真の効果が発動される刻限が迫る中、さらにその動きを活発化させていった。


 そして遂に、タケオが奴隷の首輪の解除する相手、その最後の一件となる。


「これで最後か」


 そう呟いたタケオの前には、田舎の街には珍しい大きな屋敷であった。

 そこに住むのは、元は大貴族の夫人であった者。

 夫には先立たれて、田舎へと移り住み隠遁とした生活を送っている老婦人だ。


 タケオは門兵に事情を説明して、主に取り次いでもらうよう願い出る。

 すると――。


「あっ!」


 その声をあげたのはメイド服を着たエルフの少女であった。

 しかしこれは、もう何度目かになるかわからないこと。

 つまりその少女はタケオが売った奴隷であり、こちらを認めて思わず声をあげたのだ。


「この方はタケダ商会の会長、タケオ・タケダ殿。

 すまないが、ご主人様に面会の許可を確認してきてはくれないか」


 門兵にそう言われると、「は、はい、わ、わかりました」と言って、エルフの少女はテテテと走っていった。

 暫くの後に、先程のエルフの少女はまたやってきて「どうぞ」とタケオを案内する。


 タケオは、チラチラとこちらを見ながら歩くエルフの後に続いて、屋敷に入り、客間へと通された。


「あらまあ、よくいらっしゃいました」


 タケオがソファーに座ってすぐに、この屋敷の主たる老婦人が現れる。


「どうも、お久しぶりです」


「今日はなんのご用ですの?」


「それが――」


 タケオは老婦人に説明する

 首輪が危険であること。

 ウジワール教国が既にベルスニアに攻め入ったこと。

 首輪をしている奴隷は、首輪を外すか牢に入れなければならないこと。

 もう一刻の猶予もないこと。

 すると老婦人は殊更あっさりとした様子で言った。


「では、首輪を外してもらえますか」


「……それでは貴女の身の安全を保障できませんよ?」


 一応の忠告である。

 この目の前の老婦人が奴隷に対し、誠実であることは知っている。

 だが、そんな優しい主人であっても、その奴隷が牙を剥かないとは限らないからだ。


「ですが、ここには牢屋なんてありませんもの。

 それに心配要りませんわ。あの子達は私の娘のようなものですから」


「そうですか。

 では早速、奴れ……首輪をしている者を集めてください。時間がありませんので」


 奴隷という言葉を言い直したのはタケオなりの配慮である。

 そして、老婦人は控えていたメイドに指示を出し、タケオはお茶を啜りながら、屋敷の使用人がやって来るのを待った。




 次々にやって来る首輪をつけた使用人達。

 タケオは来た者から順に首輪の解除に取りかかる。


「苦しいぞ、少し我慢しろ」


 本来、首輪の解除にはウジワール教の司祭の手が必要であるが、タケオに限ってはその限りではない。

 タケオはメイドの首輪の左右の内側に両手を差し込んだ。


「うっ」


 メイドが苦しそうな息を漏らす。

 首と首輪の間には余剰の隙間などない。

 そこに指を入れるのは首を締められるのと同義であった。


 タケオは握った首輪の右手を右回転に、左手を左回転に力を込めた。

 するとパキリと首輪が砕けたのである。


 鉄よりも硬いといわれた首輪であったが、鉄のように粘りがなく、ある意味では鉄よりも脆いといえた。

 とはいえ、それが破壊できるのもタケオの恐るべき力があってこそだ。


 これにはその場にいる使用人達はもちろん、先程まで落ち着きを払っていた老婦人も目を丸くする。

 特に、鎧を着たこの屋敷の守護に当たっている者達は、自らも首に手をやり砕いて見せようとしていた。

 ――が、ビクともしない。

 そして畏怖の目をもってタケオを見るのである。


「さあ、どんどん行くぞ」


 タケオは至って平然とした様子であった。


 その後も、特に何事もなく首輪の破壊が行われていく。

 そしてタケオが二十近くの首輪を破壊した頃、来客室にいる使用人の首は皆その素肌を露にしていた。

 タケオはこれで終わりかと思い、一息つく。

 だが、そういえばと思い直し、タケオを案内したエルフの少女がいないことに気がついた。


「あと何人でしょうか」


 タケオが尋ねると、終わって整列させている者達に老婦人が目をやって言う。


「エマとリリィが見えないわね。どうしたのかしら」


 するとメイドの一人が言った。


「リリィは裏の林で薬草を取りに出掛けてまして、エマが今呼びにいってます」


◆◇


「リリィお姉ちゃん早く早く」


「わかってるわ」


 現在、私は屋敷の中を走っている最中である。


 思い起こせば、今日の午前の仕事は裏の林で薬草の採取であった。

 これは私が森に住んでいたエルフであったため、その知識を当てにされて、与えられた仕事だ。

 そして籠を片手に森で薬草を取っていると、「リリィおねえちゃーーん!!」という大きな声が耳に届いた。


 屋敷の中で私をお姉ちゃんと呼ぶのは、エマしかいない。

 いや、たまにご主人様がからかうように呼んでくるけれども。


 私が「なーにー!!」とこれまた大きな声で用件を聞くと、次にエマが発した言葉は、ご主人様の命令ですぐに戻ってくるように、とのことだった。


 そして今、エマと共に屋敷の中を走っているというわけだ。


 元気そうに走るエマは、街育ちとは思えないほどにとても速い。

 これが若さか……、と年寄りめいたことを考えつつ、追いていかれないように私は足を動かす。

 やがてエマの足が止まったのは来客室の前であった。


 エマの手により、ギィと扉が開く。

 私の目にまず入ったのは整列している使用人達。


 私は、げげっ、と心の中で発した。

 これはなにかまずいことでもあったのか。

 そう思い、列に加わっていない残りの二人に目を向ける。


 そこにいたのは、いつもと変わらぬ様子の敬愛する主と、……仮面をつけた男。


「げっ」


 私の口から出たあられもない言葉。

 やってしまった、思わず発してしまった。

 メイド長の眉毛がこれでもかとつり上がるのが、そちらに顔を向けなくてもわかってしまう。

 でも仕方がない。

 これは卑怯だ、不意打ちだ。


 だってそこにいたのは――


「首輪を外す。時間がない早くしろ」


 ――私をここに売った張本人だったんだもの。


「エマ、リリィ。

 タケダ様が貴女達の首輪を外します。

 他の者達は皆外して、後は貴女達だけです」


 御主人様が言う。

 ちらりと整列している皆に目を向ければ、確かに首輪がなかった。

 なぜ首輪を外すのかを尋ねたかったけれど、それを御主人様に聞くのはメイド長の役目だ。


 エマがこちらに目を向けたので、私は頷いた。


「少し苦しいが我慢しろ」


 そう言われて、エマが目をつぶる。

 しまった。私からやるべきだったかな。


 そして仮面の男の手がエマの首輪に伸びると、ガキンという音をして砕けた。


「え?」


 呆けた声と共に、私は思わず自分の首輪を触った。

 うん、とても硬い。

 私自身、魔力の心得は少しあるけど、絶対に壊せる気がしない。

 それを目の前の人間は事も無げにやってのけたのだ。


 いや、まて、仮面を被っているところを見るに、実は人間じゃないとか?


「次」


「は、はい!」


 声が上ずった、恥ずかしい。

 すると、ぷっ、という噴き出した声が列中から聞こえた。

 二倍恥ずかしい。


 そして私は男の方へ進み出ると、男の手が首に伸びて――


≪主人を人質にせよ≫


 え?


 私は男の手を後ろに跳んで避けた。


≪主人を人質に兵を掌握せよ≫


 頭に響く不思議な声。


 私は今から首輪を外してもらう……なのに……なんで……。


 ……今から……首輪を外す……今から……今から。


 ――私は今から主人を人質にしなければならない。



◇◆


 突然、飛び退いたリリィ。

 怖がらせてしまったかとタケオは思った。


「痛いのは一瞬だ、心配するな」


 もっと言い方があるような気もするが、思い付かないのだから仕方がない。

 タケオはリリィに近寄ろうとする。


 その時だった。


 リリィは横に大きく飛び、そしてそこから一直線に老婦人の下へ駆けたのだ。


 ――だが。


 ガンという床の踏み抜く音。

 それは凄まじい速さにて、老婦人の前に現れたタケオの停止音である。


 するとリリィは動きを止めた。

 タケオとリリィの視線が交差する。

 両者の空気が張り詰め、使用人達は何事かとざわめいた。


「タケダ様、まさか……」


 老夫人の悪い予想を口にして、それにタケオが頷く。


「リリィお姉ちゃん……?」


 まだ列に入っていなかったエマが戸惑いの声を上げた。

 リリィが床を蹴る。

 その向かう先は老夫人ではなく、エマであった。


 だが、リリィがエマにたどり着くことはなかった。

 タケオの驚異の踏み込みと共に放たれた蹴りが、リリィの腹部を捉えたのだ。


 リリィは勢いよく飛んでいき、壁にぶち当たった。

 そして胃液を吐き散らしながら……なんと立ち上がったのである。

 タケオは驚いた。

 タケオの放った蹴りは手加減をしたものであったが、それでも少女が立ち上がれるほど弱くはなかったからだ。


 とはいえ、リリィは多大な傷害を負っており、その動きは緩慢としている。

 タケオは再びリリィの懐へと潜り込んだ。

 そして、その鳩尾に拳を当て、さらに呼吸を困難にさせると、すぐさま首輪を破壊した。


 ふう、とタケオが大きく息を吐く。


「もう大丈夫です。早く彼女の治療を」


 タケオが老婦人を安心させるように言う。

 その足元には、えずくリリィ。


「リリィお姉ちゃん!」


 エマが悲鳴のような声をあげてリリィ駆け寄った。


「ほらメイド長、早く治療の指示を出して」


 老夫人がそう言うと、メイド長が「は、はい!」と慌てたように返事をし、てきぱきと指示を出す。


 そんな中、タケオは戦慄していた。


(間違いなく、今のは王石からの指令だ。

 ……ウジワール教国がもう来たのか。

 いや、それよりもあのエルフ――)


 ――リリィは明らかに考えて行動していた。

 操られている中で、タケオとの戦力差を理解し、老夫人を手にすることが無理と見るや、標的を変えて状況の打開を図ったのだ。


 タケオは、首輪の奴隷がもっと命令に行動を縛られ、単純な思考しかできないものと考えていた。 だがそれが、見当違いも甚だしい考えだったことを、今思い知らされていた。


(おまけにあのダメージでも立ち上がった……)


 命令に忠実、死を恐れない上に、考える化物。

 それが首輪の戦士の正体である。


「ごほっ……わ……わ、たし……なん、てことを……」


 腹を押さえながら呻くように言うリリィ。


「ご、しゅじんさま……にむかって……えま……に、も……ごほっごほっ!」


 後悔。

 彼女は自分がやろうとしたことをはっきりと覚えていたのである。


 タケオは、その痛ましい姿のリリィに近寄って、操りの中にあった際の心の内を尋ねた。


「こ、こえが……だ、だれかのこえが、きこえて……いしきが……」


 声、それは紛れもなく教皇のものであろう。


「あ、あらがうなんてことは……できない……それがしぜんと、じぶんの……いしになってたから……」


 届いた声はリリィの意思となり、自身の思考をもって事に及んだのだという。

 それだけ聞くと、タケオはリリィから老婦人へと向き直った。


「ウジワール教国が攻めてきたようです。もう行かねばなりません」


「はい」


「もしウジワール軍がここにやってきたなら、人でない者は逃した方がよいでしょう。

 ウジワール軍はエルフや亜人を徴発して、軍の増強を図っているようです」


 ウジワール軍が占領した領土で、奴隷でないエルフや亜人にも強制的に奴隷の首輪をつけて兵士にしているという情報をタケダ商会は掴んでいた。

 ただし、人の徴発だけは行っていないらしい。

 それが、即戦力にならないためか、今後の統治を考えてのことかはわからない。


「わかりました、そのように致します」


 老婦人はエルフと亜人を逃がすことに同意した。


「それでは」


 タケオが立ち去ろうとすると、老夫人から「タケダ様」と呼び止められる。


「なにか」


 タケオは足を止めて、振り向いた。


「戦争に行かれるのですか?」


「……わかりません」


「そうですか、では床の修理費は全てが終わった後に請求します。

 だからどうか、死なないでくださいね。

 死んだらなんにもなりませんから」


 老婦人なりの優しさであった。

 タケオが戦争に行こうが行くまいが、無事であってほしい。

 そんな慈しみの心である。


「……肝に命じておきます」


 それだけ言うと、タケオは今度こそ去ろうとする。


「まって!」


 しかし、またもや呼び止める声。

 タケオが、「なんだ」と振り向いた先、それはリリィであった。


「た、助けてくれてありがとう」


「……顧客を助けるのは商人として当然のことだ。お前に礼を言われる筋合いはない」


「ここに、御主人様の下に送ってくれてありがとう」


「……」


「エマと一緒にいさせてくれてありがとう」


「……」


「ずっと言いたかったから」


 腹部に手を当て痛みをこらえながら、それでもリリィはハッキリとした声で言った。

 ――ありがとう、と。


「あの、わたしも!

 リリィお姉ちゃんを助けてくれて、あとリリィお姉ちゃんと一緒にいさせてくれて、ありがとうございました!」


 エマもまたリリィの隣でその小さな頭を下げた。


「……その居場所、大切にしろよ」


 それだけ言い残し、去っていくタケオ。

 その胸中は些か熱を帯びているようであった。


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