6章 行方 2
申し訳ありません。
前話の 6章 行方 1 の内容の後半部分を大幅に変更いたしました
変更内容は
タケオが妹の行方不明を知って鮫島に会わずに異世界に行く
↓
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というようになっております
どうかよろしくお願いします。
眩しい光だった。
由利子は、いや教室にいた生徒は誰もが目をつぶった。
そして少しの後に、目蓋の裏から光の気配が消える。
由利子は、恐る恐る目を開けた。
「なに……ここ……」
驚愕。
先程までいた教室は、その姿を一変させていた。
そこは石壁でできた、教室の三倍はあろうかという広い部屋。
隅々には火が焚かれてぼんやりと部屋を照らしており、さらに地面には妖しく光る紋様があった。
あまりにも異常な空間。
しかし、真に驚くべきなのは、そこにいる生徒達以外の存在である。
薄暗い部屋の奥には、西洋鎧に身を包んだ騎士がズラリと並んでいたのだ。
夢か幻か。
由利子は本当はまだ学校に行っておらず、家のベッドで寝てるんじゃないかと思った。
だが、そんな理性的な考えこそが、現実であることの証明だった。
夢とは得てしてどこか感情的で、それが夢だとは殊のほか気づかないものなのだから。
「な、なんだよ、ふざけんなよ!」
「はあ!? ここどこだよっ!」
「うそ……、私達教室にいたはずなのに……」
我に返ったように騒ぎだす生徒達。
「ね、ねえ、これってまさか……」
良美がひきつった顔で言う。
由利子もまた、そのまさかだと思った。
(学校の七不思議、神隠しの教室。
兄の行方不明と同じ……)
その時である。
『騒がしいな、ようやく成功したと思えば、なんだこの有り様は』
部屋の中である声が響いた。
それは、日本語でも英語でも、地球圏のあらゆる言語とも異なり、由利子達には決して理解できないものだ。
そしてそれを発したのは、並んだ騎士達の中央、鎧を纏っていない一人だけ異質な存在――長い銀髪の男。
男は、ただ一言『やれ』と口にした。
この場所に転移する前のことになるが、由利子、良美、千鶴の三人は、教室から出ようとするところだった。
そう教室の前の戸から。
そのため三人は、必然的に生徒達の中で騎士達と最も近い位置となる。
だがそれでも、由利子達と騎士達との距離は十メートル以上の開きがあった。
――それなのに。
「あっ……」
その声は由利子達三人の内、誰のものか。
気づけば目の前に大柄の騎士がいたのである。
これは別にワープしたとかいう話ではない。
騎士がオリンピック選手よりもチーターよりも速く、由利子達へ詰め寄ったというだけだ。
由利子は騎士を目前として足がすくみ、動けなかった。
良美も同様である。
だが千鶴だけは違った。
千鶴は左腕で、由利子達と騎士の間を遮ったのだ。
彼女にはその背丈に勝る心の強さと、誰にも負けない優しさがあったから。
――瞬間、血の雨が舞った。
鞘から抜き様に振るわれた騎士の剣が、千鶴の身体を下から上と斬り裂いたのである。
由利子には何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
すると宙へ舞った血の雨滴は、ポタポタと地に落ちていく。
それが、まるでスローモーションのように水滴が丸く見え、ゆっくりと膝から崩れ落ちる千鶴の姿が、由利子の目に映った。
その中で千鶴は由利子達の方へ振り向いた。
「に、げ……て……」
ドッという千鶴の身体が倒れこむ音を合図に、残された二人の感覚が元に戻る。
「イヤアアアアアアアァァァァァァーーーーーー!!!!!」
良美の叫び声が響いた。
そんな良美の腕を引き、由利子は言う。
「逃げるよ!」
由利子自身、泣き叫びたい気分だった。
だが、千鶴は最後まで自分達のことを心配してくれたのだ。
逃げなくちゃならない、絶対に。
千鶴の最後の言葉が由利子を突き動かしていた。
「千鶴は! 千鶴は!?」
良美が千鶴の名前を連呼する。語尾はなかったが、千鶴はどうするの、と言いたいのだろう。
由利子は良美の腕を引きながら今一度千鶴を見る。
千鶴の目の焦点は合っておらず、瞬きをする様子すらない。
「千鶴はし……」
言えなかった。由利子はその言葉を言えなかった。
「いいから、早く! 死にたいのっ!」
由利子達の目の前には騎士がいる。
何故か何もしてこないが、いつまでもそうだとは限らない。
(意識すればまた動けなくなる。
とにかく今は逃げることを考えないと)
由利子は良美を引っ張り続け、良美も遂にその足を生きるために動かした。
由利子と良美は騎士達がいる方とは逆方向、つまり後ろへと走る。
他の生徒達も一連の惨劇をしかと目撃していたようで、泣き叫びながらも由利子達と同じく、この場から逃げようとしていた。
幸い、後ろにはこの部屋唯一の扉があった。
それは両開きのいかにも分厚そうな金属製の扉である。
生徒達はそこに群がった。
「早く! 早く開けろ! 俺達も殺されちまう!」
「押せ! 全員で押せ!」
しかし、扉はびくともしない。
「どけえっ!」
不良気取りの松村が、生徒達と同じくここに来ていた机を前にして突っ込んでいく。
するとモーゼの十戒のように生徒達が割れ、その先にあった扉へと机はぶつかった。
ガンッ! という衝突音。
「がぁっ!」
そして、机に己の身体を勢いよくぶつけた松村の苦痛の声が上がる。
扉はやはりびくともしない。
「俺達を閉じ込めるために、外から鍵がかけられているんだ」
委員長の坂手が冷静に言った。
「だったらどうするっていうんだよっ!」
怒るように松村が叫ぶ。
坂手は後ろを向いた。騎士達はいまだあの場所に控えたままだ。
「彼らが俺達を殺すつもりなら、なぜ動かない」
坂手が騎士達を見て、思案しながら呟いた。
そうしている間も、生徒達は人を代え道具を代え、門をどうにか開けようとしている。
「逃げられないことをわかっているから? じゃあ何故、生徒を一人殺した。
恐怖心を煽るため? 俺達が恐がるのを楽しんでいるのか?」
ぶつぶつと呟きながら思考を続ける坂手。
「ならば、何故笑わない。口を大きく開けて、俺達の醜態を嘲らない。
つまり、もっと別の目的があるはずだ。
順に考えろ。
突然の光、ワープ現象、ここにやってきた俺達。
そして何故殺すのか、もっと単純な……殺す、危害を加える……」
途端のこと、坂手の脳裏に教師が丸めた教科書で生徒の頭を叩く姿が浮かんだ。
「まさか、俺達をただ黙らすだけのためだけに千鶴さんを殺したのか……?」
坂手が思い至った結論は、日本という国の常識では計り知れないものであった。
◆◇
タケオは異世界から、自然公園のトイレへと戻ってきた。
時間は夜。トイレの中では、切れかかっているのか、蛍光灯が時折点滅している。
タケオはポケットの中で震える携帯電話を手に取った。
メールの着信。
発信者は両親、鮫島、高崎紗香、高崎郷三郎、後は知らない番号が一件。
メールを開くまでもないと思い、タケオは鮫島へと電話した。
何よりも行方不明事件についての情報が欲しかったからだ。
『武雄君か、今までどこにいた』
「いえ、ちょっと……」
異世界にいたことを言えるわけもなく、タケオは言葉を濁す。
『まあ、いい。それでどうだ、調子の方は』
「……少し気持ちに整理がつきました。
それで、会って話がしたいということでしたが」
『そうか。すぐにキミの住むマンションに向かう、そこで話そう』
では後程、と言ってタケオは電話を切った。
夜道を歩き、タケオは己の住むマンションへと到着する。
まだ鮫島は来ていないようで車はない。
タケオは二階へと階段を上がる。
すると、急に過去に同様の行方不明事件に巻き込まれた高崎紗香のことが気になった。
(高崎さんは今どうしているのだろうか……)
そんなことを考えながら、タケオが紗香の住む二○一号室の前まで来るも、いつものように出てくる気配はない。
どうにも心配になり、タケオは紗香の部屋のインターホンを押した。
ピンポンという機械音が鳴るが、反応はない。
しかし、扉の奥からは確かな気配が感じられた。
タケオは、ドアをコンコンとノックした後、「高崎さん、武田です!」と呼び掛ける。
そして、呼び掛けてから気がついた。
出てこないんじゃなくて、出てこられない。
高崎紗香はトイレじゃなかろうかと。
しかし、それは杞憂だったようで、ドタバタとドアに走り寄ってくる音が聞こえる。
そしてドアが開かれた。
「武雄さん!」
飛び出してきた高崎紗香はそのままタケオの胸に飛び込んだ。
タケオはなんなのだと思ったが、すぐに見当がついた。
高崎紗香は震えていたのだ。
これが意味することは、既に行方不明事件について知っているに他ならない。
「テレビで……ま、また……誰かが、異世界に……」
途切れ途切れの言葉。
だが、はっきりと異世界という言葉をタケオは聞いた。
「大丈夫だから」
タケオはそう言って、紗香の肩を軽く抱いた。
「あっ……」
上擦った声が紗香の口から漏れる。
タケオは、安心するまでしばらくはこのままでいいだろうと思い、そのまま肩を抱き続けた。
しかし、十分後。未だに高崎紗香は離れようとしない。
どう見ても震えは止まっているにもかかわらずに。
さらに二○一号室のドアの隙間からは、かよ子がずっとタケオ達を覗いている。
タケオは、止めてくれよと思った。
「あの、そろそろ離れてくれないかな」
「す、すいません」
高崎紗香がサッと身を引いた。
その頬は赤い。
「それで、テレビで行方不明の話を聞いたということでいいのかな」
すると彼女はまた震えだした。
「は、はい……わ、私が……向こうの世界に、つ、連れていかれた時と、おな、同じで……」
「そうか。
事件が起きた場所は、昔、僕が連れていかれた学校だった。もしかしたら、あの時と同じ教室なのかも」
紗香が同じという言葉にビクリと震える。
――場所が同じなら、人が同じであることもあるのではないか。
紗香をどうしようもない不安と恐怖が襲った。
「大丈夫、君は安全だ」
タケオの言葉には力があった。
無論、紗香にしか通じない力であるが、それでもタケオの安全だという言葉は、何よりも安心できたのだ。
「でもマスコミがここに来るかもしれない。高崎さんは一度、実家の方に戻った方がいいと思う」
このタケオの言に、そんなっ、と紗香は思った。
「かよ子さん、出てきてください」
タケオがその名を呼ぶとガチャリと扉が開いた。
先程からずっと扉の隙間から覗いていたかよ子である。
彼女は、恐怖に震える紗香を安心させるために、部屋に来ていたのだ。
「武田様、こんばんは」
「こ、こんばんは」
悪びれもなく現れて挨拶をするかよ子に、タケオはこういう人なのかと、今更ながらにその人柄を知った。
「かよ子さん。
僕は、高崎さんを実家に帰すべきだと思いますが、いかがですか?」
「そうですね……」
少し考えた風にするかよ子。
すると、タケオとかよ子の間を裂くように紗香が言う。
「……あの、一緒にいたら迷惑ですか?」
迷惑です、とは口が裂けても言えないタケオ。
しかし、タケオとしては今後、異世界にかかりきりになるであろう。
たとえ、隣の部屋に紗香がいようとも、それは変わることはない。
妹が連れていかれたのだから。
「妹が、連れ去られたんだ……。
誰かに気を使う余裕が今の僕にはないんだよ」
今さら隠すことはないと、行方不明者の中に妹がいることをタケオは告げた。
それを聞くと、高崎紗香は我が事のように悲しい顔をして、ごめんなさい、と一言謝った。
ちょうどその時、車のエンジン音が聞こえてきた。
車はマンションの前で止まり、プッと短いクラクションを鳴らす。
鮫島がやって来たのだ。
「もう行かなくちゃ」
タケオはグッドタイミングだと思って、紗香に背を向けて階段の方へ歩いていく。
「あのっ……、全部終わったら、また帰ってきてもいいですか」
タケオの背にかけられた言葉、そして立ち止まるタケオ。
「ああ、待っているよ」
タケオはそれだけ言うと階段を下りていった。
「武雄君、久しぶりだな」
「はい」
マンションの前で、タケオは車から出てきた鮫島と挨拶を交わす。
久しぶりという言葉の通り、高崎紗香の件以降、タケオと鮫島は会っていなかった。
「高崎紗香か。仲良くやっているようで何よりだ」
鮫島の含みのある言い方に、タケオは渋面を作る。
紗香がタケオの隣に越してきたことも、調査済みであったようだ。
「とりあえず今から現場に行こうと思うんだが、どうだ?
学校の居なくなった生徒達の家族……君のご両親もまだ学校にいるはずだ」
「あの、被害者の親族の前に僕が行くんですか?」
「いや、キミが被害者家族の前に顔を出す必要はない。むしろ、キミは他の被害者家族と接触しないようにしてくれ」
タケオは安心した。
同様の事件の被害者ということで、根掘り葉掘り聞かれては堪らない。
いや、それだけならマシだろう。
考えようによっては、怒りの矛先がこちらに向くことだって考えられるのだから。
車はタケオを助手席に乗せ、件の中学校へ向かって発進する。
そして鮫島が、ハンドル片手に事件の説明をし始めた。
「事件が起きたのは君がいなくなったのと同じ教室。
廊下にいた生徒が見たらしい。教室が強く光ったと思ったら、誰も居なくなっていたそうだ。
その後、先生達が学校中を探し回ったが影も形もなかった」
「……」
タケオは返事をしなかったが、間違いなくあちらの世界に連れていかれたのだと思った。
「今のところは集団失踪事件として、学校及びその周辺を捜索中だ。
被害者家族やPTAが中心となって、独自の捜索隊も組織されている。
だが、キミもわかっている通り、まず見つからないだろう」
鮫島も確信しているのだ。
生徒達が異世界に連れていかれたことを。
「武雄君、経験者としてなにかしらアドバイスがほしい」
こちらの世界からは手を出すことはできない。
警察としては、タケオの助言はまさに藁をも掴む思いであろう。
「僕にできる限りのことをします」
「わかってると思うが、キミのことについては箝口令……喋ってはならないことになっている。今回、キミに話を聞くというのも公にはできないことだ。
だが過去の行方不明事件から、キミに話を聞こうとする者もいるだろう。それはマスコミかそれとも今回の被害者の家族か。
それだけの類似点があるからな。
キミは、決して異世界について喋ってはならないことを肝に命じてくれ」
「はい」
そして車は事件が起こった舞台、海野ヶ丘中学校へと到着する。