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5章 プロローグ

 その日、探索者の街ノースシティはとある話で持ちきりであった。


「知ってるか?

 昨日、ダンカンとこのパーティーが蟻の袋でやられたらしい。

 なんでも第一の袋で赤い蟻がわんさか現れたんだとか」


 どこにでもあるような酒場にて、料理の乗った机を囲む二人の探索者。その内の一方――無精髭を生やした若い男が、今巷を騒がしている話題を口にした。

 その内容は、ダンカン率いる探索者パーティー『鉄の鎖』が蟻の袋にて壊滅的な被害を出したことについてである。


「なに、『鉄の鎖』なぞここノースシティにあってはまだ小物。所詮は数に頼った有象無象よ」


 お前何様だよ、と言いたくなるような発言をしたのは向かいに座る男。

 その男は無精髭の男同様に若かったが、顔面を斜めに走る大きな傷が只者でない風格を漂わせていた。


「ギルドは一時蟻の袋への探索を禁止するそうだ。Aランク探索者達が戻り次第、調査部隊を編成するんだとか」


「ふん、当然だな。雑魚を集めたところで無為に屍を増やすだけ、精鋭を集めるのは必然だろう。

 ……俺が呼ばれないことには不満だがな」


「そういえば、タケオとかいう元Bランク探索者が取り残された連中の救出で相当な活躍を見せたらしい。

 赤い蟻を一人で何十も倒したとか」


「ほう、なかなかの強者と見える。一度手合わせしたいものだな」


 無精髭の男の言に傷面の男はニヤリと強者の笑みを浮かべると、木製のジョッキに入ったエールを一気に飲み干した。

 その傷面の男の名はピエール。岩場の墓――別名『初心者の庭』を主戦場とするFランク探索者であった。


◇◆


 蟻の袋にてタケオがダンカンのパーティーを救助してから三日が過ぎた。


「ジル、ラコ、今日の予定は?」


『……』


 時刻は早朝。ゴルドバの家にて朝食をとる中、タケオがジルとラコに尋ねた。

 それに対し二人は食事の手を止めはしたものの、答えはなかなか返ってこない。


「……武芸の鍛練と、勉強をするわ」


「……ボクも」


 やがてジルが陰鬱そうな顔を上げて返答すると、ラコは顔も上げずにそれに同調した。

 そして二人はまたゆっくりと手を動かし始める。

 食事の音だけが部屋に響き、時折鳴るスプーンが陶器の皿にぶつかる音が妙に哀愁を感じさせた。

 そんな二人の様子にミリアも困り顔だ。


(今日もか……)


 タケオはため息を吐いた。

 蟻の袋の一件の後、まるで気が抜けたようなジルとラコ。

 それは数日が過ぎた今においても変わらぬままである。

 多くの者の死、さらに残された家族達の慟哭。それらを目の当たりにしたことが、相当の衝撃だったのだろう。

 級友であるサルヒが家を訪れても遺跡に赴くことはせず、元気の無い体で会話を交わすだけであった。


(さてどうしたものかな)


 タケオはこれはいよいよ薬が効き過ぎたかと思ったが、同時にこればかりは仕方の無いことだとも思っていた。

 この程度で挫けるならばどのみち探索者としては大成しないだろうし、加えてこのまま探索者の道を諦めるのなら、タケオとしてはむしろ願ったり叶ったりである。


 しかし、二人はそれほど弱くはない。




 その日の夕方。タケオがミリアをタケダ商会より連れ帰り、皆でいつもの酒場に行き夕食をとっていた時のこと。


「明日、岩場の墓に行くわ」


 そうジルは切り出した。


 タケオはちょうど左手に持ったパンを食べようとしていたところであり、口を開いた状態のまま目線だけをジルにやる。

 するとジルは真っ直ぐにタケオを見つめ返した。


 続いてタケオは、間抜け面のままラコの方に顔を向ける。


「ボクもいくよ」


 ラコもそう言ってタケオを見つめ返した。


「よく考えたのか?」


 タケオは漸くパンを皿に戻して、二人にその心の内を聞いた。


「二人で話し合って決めたわ。

 まだ先のことはわからないけど、後悔しないために今はとにかく武芸を磨くことにしたの」


 タケオの問いにジルが答え、それにラコが頷く。

 目に迷いはなく、言葉には力強さがあった。


「そうか……わかった」


 タケオは特に何も言うことなく、二人が探索に行くことを了承した。

 この世界はなかなかに物騒であり、タケオとしてもジルとラコが武芸を学ぶことに否応はなかったのだ。

 ただし、二人が探索者になることだけは認めていないが。

 まだこの先、あの手この手で諦めさせてやろうという思いがタケオにはあった。




 翌日、予定通りジルとラコはサルヒと共に遺跡へと向かう。


 タケオは、学校を休んで己もジル達についていこうかと思ったが、それはやめておいた。

 ジルとラコにサルヒを加えた三人ならば、岩場の墓など歯牙にもかけないことを先の探索でよく知っていたからだ。

 その考えの通り、夕方にもなるとジルとラコは何事もなかったかのように家へと帰ってきた。


 そしてその後も日々を遺跡に潜って過ごすジルとラコ。

 タケオも、タケダ商会の長期休暇が明けると、高校に商会長職という二足のわらじを履きながら毎日を忙しそうに送るのだった。




 そんなある日のこと。

 タケオ達がいつも通り酒場にて夕食をとっていると、その座る席に大柄な男が一人やって来た。


「久しぶりだな」


 そう言って男は、取手と注ぎ口の付いた人の頭程の樽を机の上に置く。その中身は酒だ。


 タケオは最初誰かと思ったが、声に聞き覚えがあり、よくよく見るとその男はダンカンであった。

 鎧兜を着けていなかったため、一目でわからなかったのである。


「どうも」


 タケオは椅子に座ったまま、小さく会釈をした。


「悪いが色々と入り用でな。あんまり高い酒じゃねえ」


「お気になさらず。救助の件はこちらにも利があった話ですので」


 タケオは事も無げに言った。

 つい商人っぽい口調になってしまったのは、隣にミリアがいたせいであろう。


「そう言って貰えると助かる。

 しかしなんにせよ、アンタのお陰で助かった。礼を言う」


 ダンカンは深々と頭を下げた。

 そこには仲間を助けようと必死であった姿など影も形もなく、ただ覇気のない弱々しさだけがあった。

 下げた頭に混じる白髪、それは果たしていつできたものか。


「その礼、受けとりました。どうか頭を上げてください」


「そうか、悪いな」


 ダンカンは頭を上げるとマスターにつまみを幾つか頼み、そして隣のテーブルの空いていた椅子を持ってきて座る。

 どうやら、この場に居座る腹積もりのようだ。


「まっ、飲んでくれ」


 ダンカンは酒の入った樽を差し出した。

 タケオが慌てて自分の杯の中身を飲み干すと、そこに並々と酒が注がれる。

 ミリアやジル、ラコにも樽が差し出されたが、ミリアは酒に強くないため首を横に振り、ジルとラコについてはタケオが止めた。


 そして飲み物を片手に、タケオ達とダンカンは改めて自己紹介を交わすのだった。





「それでタケオ、あんたは一体何者なんだ。尋常じゃない強さだったが」


 一通り互いに紹介を済ませると、ダンカンが酒を片手にずっと気になっていたことを尋ねた。


「昔、魔力頼りに探索者をやっていただけですよ。今はすっかり足を洗って、商売の道に進んでいます」


 タケオはダンカンに無難な答えを返す。

 するとダンカンも深く追求することはしない。


「そうか、もったいない。是非、俺達のパーティーに誘おうと思ったんだがな」


 これは別に本気ではなく、いわば口ばかりの形式的な文句である。

 タケオ程の強さを持った者が、二段も三段も実力の劣る者達と組む必要性はない。そのことはダンカンもよくわかっていた。


「そちらはどうですか?」


 よくない状況にあることは聞くまでもない。しかし聞かないのも失礼であると思い、タケオはあえて尋ねた。


「まあ、なんとかな。とりあえず今は団子虫を狩りながらチマチマやってるよ」


 団子虫とは、蟻の袋と対をなす蟲の袋において最弱を誇る魔物であった。

 売れる部位はその殻。

 鎧の材料になるのであるが、蟻の外殻はもとより同じ蟲の袋にいる蠍の外殻よりも硬度は低く、その硬さは鉄とどっこいどっこいといったところだ。

 それ故に大した値段では取引されていないが、団子虫は余りに弱いため中級以下の探索者達は好んでその魔物を狩っていた。


「それは大変ですね」


 実際、大変どころではない。

 仲間は小さくない心の傷を負い、団子虫という雑魚しか狩れないという状況なのだ。

 さらに厄介な問題がもう一つ。


 ダンカン達の仲間意識が強いことは『鉄の鎖』というパーティーの名前からも想像はつくだろう。

 今回、多くの遺族をダンカンは抱え込んだ。

 稼ぐ者がいなくなり、養われる者のみが残ったのである。

 手切れ金を渡してハイさよなら、なんていう真似などできないダンカンにとって、その者達は相当の重荷であった。


「まあ、仲間の調子が戻ったら第二、第三の袋にも足を伸ばすつもりだ。

 今はまだ、といったところだな」


 ダンカンは強がりとも思える言を吐くと、木の杯に口をつけた。


「おじさん」


「ん?」


 その時、ダンカンに声をかけたのはラコであった。ダンカンのみならず、その場にいた者の視線がラコに集中する。


「ラズリーは……ラズリーは大丈夫なの?」


 ラコは父を亡くしたラズリーが心配だったのだ。

 彼女とはこちらに来て、それなりに話した仲である。

 しかし、あの一件以来会ってはいない。

 もしかしたらラズリーはもう探索者を諦めてしまったのではないか。そう思うと、それはまるで未来の自分達のようで、ラコは胸を締め付けられるような気持ちになっていた。


 ダンカンは言う。


「……ラズリーはまだ塞ぎ混んでる。片親で唯一の肉親だったからな。

 立ち直るのは難しいかもしれん」


 それを聞いて、ラコは悲しそうな顔をした。


「そんな顔をするな。なに、俺達があいつを見捨てることは絶対にしねえ。

 探索者にならなくても仕事なんて幾らでもあるからな」


 ダンカンは、恩人の家族に要らぬ気遣いをさせないよう笑った。

 心はどんなに辛くとも、守るべき仲間がいる限り彼は強くあり続けるのだ。


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