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4章 奴隷商人になるまでの話 4―4

すみません遅くなりました

 その後、武雄とベントは酒場のマスターより各商会の情報を買い取ると店を出た。


 表の情報屋より得た情報を広く浅くとするなら、裏の情報屋で得た情報はまさに狭く深く。この時、武雄達がマスターより聞かされた話は特異なことばかりであったのは、やはり人手の少なさが原因であろう。

 規模の大きい表の情報屋には、速度と範囲でどうやっても勝てない。ならば、裏の情報屋は質で勝負するしかないのである。


 武雄達が店の外に出ると、どんよりとした空の中、雲に隠れた日は西へと僅かに傾いていた。

 時刻は午後三時の鐘が鳴ったばかり。ベントがもう寄るところもないと言うので、武雄はベントと共に少し遅めの昼食をとった後、タケダ商会へと戻った。


「今、来店している方を最後に店を閉めますので」


 店に戻ると、ベントはミリアにそのように告げた。

 途中、看板を持って立っていたラコも連れ帰ってきている。

 そして店を閉めた後、ジルとラコは待合室の清掃を行い、武雄、ベント、ミリアの三人は面談室にてお互いの首尾を確認した。


 ベントが今日の来客についてミリアが記した紙を閲覧し、ミリアもまた、ベントが書き取った各商会の情報を綴った紙の束に目を通していく。

 そして唯一武雄だけは、ぽつねんとそんな二人を眺めていた。


「あれ?」


 あるところでミリアの目が止まる。


「どうかしましたか?」


「いえ、このオロボンス商会なんですが……」


 ミリアが指差す先に書かれた名前――オロボンス商会。

 それは、あの土下座を行った者の商会であるが、そこには新興としか書かれていなかった。


「ああ、その商会ですか。確か泣き落としを狙って十金貨を提示したところでしたね」


「はい」


 ミリアの脳裏にあの時の光景が浮かぶ。


「気にしなくていいでしょう。

 よくある手ですよ、法律すれすれのことをやっては悪い噂がたつ前にドロン。そして名を変えて新たにまた商会を立ち上げる、なんてのはね」


 取るに足らないことのように言うベント。

 それに対し、ミリアは表情こそ冷静であった。しかし内心では、あれは全て演技だったのかと思って、ふつふつと怒りが沸いていた。


「一応、裏の情報屋には調べるように頼んできてあります」


「裏、ですか?」


 ミリアがベントに聞き返す。ミリアは、武雄達が情報屋に行っていたことは聞いていたが、裏とはなにやら穏やかではない。


「それについても明日行けばわかりますよ。

 明日は私が来客の相手をしますので、タケオ様と今日やって来た商会について情報屋で調べてきてください」


 そう言うとベントは、武雄の方に視線を移してパチリとウインクをした。

 ベントとしては、二人でデートでもと気を利かせてのことであるが、武雄はその意図を掴めず気持ち悪いものを見たように顔をしかめるだけであった。





 翌日、特にいちゃこらとした展開もなく武雄とミリアは情報屋を回っていく。

 また、この時から武雄は紙とペンを持ち歩くようになっていた。

 一度聞いただけではよくわからなくても、書き取って何度も見直せばなにか見えてくるものがあるかもしれない――そう考えてのことである。

 この世界の字は書けずとも、あちらの世界の字は書けるのだ。

 当初は、『他の者に任せて、自分は品物の仕入れをしていればいいや』などと考えていた武雄であったが、ここにきて商人としての自覚が芽生え始めてきたのである。

 しかし、これによりこちらの字の必要性を余計に感じなくなり、文字の習得が遅れに遅れることになろうとは思いもよらない結果であろう。


 そしてさらに翌日、今度はミリアと武雄がタケダ商会に残り、情報収集はベントだけで行うと、その日をもって件の品の購入希望の受付を終了とした。


 それ以後、タケダ商会では連日話し合いが行われる。

 どの店を選ぶべきか、値段をどれ程に設定するのか。

 まず、武雄やミリアが思い思いの意見を出し、最終的にベントが経験に基づいた見解をもってそれらを正した。


 そして期日の日を迎える。

 タケダ商会は、カシス周辺における売買の禁止を条件とし、各品一点につき三百金貨という卸し値を設けた上で、厳正な審査の元選ばれた商会と取引に応じることになった。

 またこの際、取引は今後も継続して行われるという契約であったが、契約書は存在していない。

 それはタケダ商会が、時を選ぶことなく自由に契約の是非を決めることができる、ということだ。

 つまり取引に応じる者達は、常にタケダ商会の顔色を窺わなければならなくなったのである。

 こうして各商会はどんな些事であってもタケダ商会に便宜を図り、その結果、タケダ商会はカシスを中心にして物凄い速度で成長していくことになる。


 その勢いはベントが去った後も、留まることを知らない。

 タケダ商会の商品には新たにガラス鏡まで加わり、三百金貨で売った品々は世に出たならば倍以上の値がつき、時には千金貨を超える高値で取引されていた。

 そしてそれは、タケダ商会が千を超える数を販売しても変わることはなかった。




 始めは小さかった店舗も日をおうごとに大きくなっていき、やがては上等な者のみが住まう区画に巨大な屋敷を構えるまでになったタケダ商会。

 屋敷の元の持ち主は奴隷商である。

 その者は違法な手段を多々用いて、あらゆる種の奴隷を扱い、そして遂には他国の貴族にまで手を出してしまった強欲者であった。

 結果、事が露見するやいなや、カシス領主テオドルスに一族もろとも首を刎ねられて、奴隷商の持っていた資産は他国の貴族への賠償に当てられることになる。

 その資産の一つをタケダ商会が買い取ったというわけだ。


 そして現在、武雄は地下牢にいた。

 別に閉じ込められているわけではない。ただ己が買った屋敷に地下牢があったため、何となくその場に降りて眺めているだけだ。


 そこは奴隷商が、表に出せない奴隷を隠すために作った場所である。


 武雄はかつて奴隷が繋がれていた牢を見つめながら、ふと考えた。


(この世界において、奴隷が無くなるのは果たしてどれだけ先であろうか)


 社会は成熟しておらず、身分の格差は激しい。飢えて死ぬ者もごまんといるだろう。


 子を売ることで食い繋ぐことができる者がいる。

 売れなければ、口減らしに殺されるだけだ。


 罪ある者が奴隷に堕ちることで、危険な仕事はその者達に分担されている。

 奴隷がいなければ、善なる者がその職に就かされるかもしれない。


(奴隷は無くならない、それは今この世界において必要なことなのだから)


 そして武雄は、己が奴隷だった頃のことを思い出した。


 毎日を怯えて過ごしていたあの日、それは地獄のような日々であった。


 鉄格子の一本の柱を握る。


 それはとても冷たかった。


 聞くところによると、ここにいた奴隷商はとてつもない悪であったらしい。


 柱にはその冷たい心が宿るようであった。


「タケオー?」

「お兄ちゃーん!」


 その時、武雄の耳にジルとラコの己を呼ぶ声が届いた。

 武雄はそれを聞いてフッと笑う。

 すると、手に握る柱も不思議と暖かく感じられた。


 武雄は、これも何かの縁だろうと考える。


 日本の品に頼らぬ商売――丁度、それを何にしようか決めかねていたところであった。


(この世にいる奴隷商が悪ばかりだというのなら、一人くらい善き奴隷商がいてもいいのではないか)


 武雄はそう思ったのだ。


 こうして武田武雄は奴隷商タケオ・タケダとなり、この時から己を偽る仮面を被るようになったのである。



◆◇


【小話】


 これはタケダ商会が取引相手を決めてすぐのこと。


『タケダ商会、遂に各商会と契約する』


 その話は商売人の間ではちょっとした話題になっていた。

 なぜならば、タケダ商会が取り扱うのは、無色透明のガラスに白の陶器という未だに世に出ていなかった品だったからである。

 今後、高級品の取引市場の話題はそれ一色になることは間違いないであろう。


 また、それに伴い情報屋は大繁盛であった。

 タケダ商会はどのようにしてその品を手に入れたのか。そのルートはもちろんのこと、製作用法などわからぬことは数多あり、それらを求めて商人達は次々に情報屋へと駆け込んだのである。


 そしてそんな中、心穏やかでない者がいた。


「タケダ商会め……」


 己が営む商会にて一人怨嗟の声を吐いたのは、ダルム商会会長のダルムであった。


「ゴッドン子爵の名を出したにもかかわらず、こちらの申し出を無下にするとは……」


 ダルムはゴッドン子爵の従兄弟に当たる男である。


 余談ではあるが、コエンザ王国において貴族の爵位と領地は一子相続と定められており、主に父から長男へと引き継がれることになっていた。

 ではそれ以外の子についてはどうなるか。

 女子ならば当然嫁ぐのみであるし、男子ならば官職を得て爵位を賜るか、もしくは男の跡取りがいない貴族の下へと婿養子に入り、その領地と爵位を受け継ぐしかない。

 それすら叶わない者は庶人と変わらぬ身分になるだけだ。


 ダルムの父がまさにそれであった。

 貴族の次男坊であり、『働きたくないでござる』を地でいく放蕩者。それ故に官職にもつかず、貴族の息子から庶人に身を落としたのである。

 されど、金だけは父の跡を継いだ兄から貰っていたので、ダルムの父は何不自由なく悠々自適の暮らしをしており、本人はとても幸せそうであったが。


 しかし、その子であるダルムの心は平静ではいられなかった。

 なにせ、父が死ねば当然父の兄がダルムの家に送金する義理はなくなる。

 さすればダルムは貧乏な庶人に早変わりである。

 つまりダルムとしては、何かしら身をたてる必要があったのだ。


 これをマズイと思った当時十五足らずのダルム。彼は一計を案ずると、父に無理を言って父の実家である子爵領を訪れた。

 そこで当時のゴッドン子爵の息子にして現ゴッドン子爵、アンドレ・ファン・ゴッドンと出会うことになる。

 そして、ダルムはアンドレに媚びへつらい、うまく取り入って友宜を結ぶことに成功。それによりアンドレが父の家督を継ぐと、ダルムはアンドレより資金援助を受けてダルム商会を立ち上げることになったのである。


 その後は、アンドレ――もとい、新たなるゴッドン子爵の権力を笠に着て、まずはゴッドン子爵領の権益に大きく関与し、さらに他の地でも着々とその勢力を伸ばしていったのであった。


「かくなる上は直接ゴッドン子爵に頼むしかないか」


 ダルムは高級な椅子に腰掛けながら、一人呟く。


 無色透明なガラスの杯に白の陶器。

 話に聞くところ、その数は一つや二つではなく、タケダ商会は今後継続的に品を卸すことができるようだ。


(本来、ゴッドン子爵ではなく他の貴族と関係を持つために、あれらの品を手に入れるつもりだったが、この際一つ二つはゴッドン子爵にくれてやってもいいだろう。

 その代わりタケダ商会には、独占販売権を力ずくにでも結ばせてやる)


 そんな悪しき思いを胸に、ダルムはゴッドン子爵の下へ早馬を出した。





 その翌日。

 ゴッドン子爵領には、カシスのダルム商会より書簡を携えた早馬がやって来ていた。

 すわ何事かと、ゴッドン子爵はピンと跳ねたる己の口髭を一撫でして、その書簡を開く。

 すると、そこにはこう書いてあった。


『拝啓、ゴッドン子爵殿。


 この度、カシスにおいて無色透明なるガラスの杯が売りに出されました。


 私めはゴッドン子爵への日頃の感謝を思い、その杯を子爵に献上するために購入を願いました。


 しかれども、その品を取り扱うタケダ商会は私には決して売らないと言い、それでも私はゴッドン子爵のためにも売ってくださいと平身低頭してお願いしましたが聞いてもらえず、とても悔しい思いをしております。


 あの無色透明なガラスの杯はそれは美しく、必ずやゴッドン子爵も気に入ることでございましょう。


 されど、タケダ商会の嫌がらせにより、私の献身の心はゴッドン様に届くことはありません。


 心中はまるで先日の大雨のように、目からも涙が――』


 最後の方の文字は滲んでいて、読めなくなっている。


 これを見たゴッドン子爵は、警護の兵を連れて直ちにカシスへと向かった。

 無色透明のガラスの杯にも興味があったが、それよりも己の名が出されたにもかかわらず品を売ろうとしなかったタケダ商会に怒りが沸いたのだ。


(商人風情が子爵たる俺を侮るか!)


 白き顔を真っ赤に染めて、ゴッドン子爵は馬を走らせる。

 カシスに到着してもその怒りは憤懣やるかたなく、ダルム商会にてダルムと合流すると、鬼のような形相でタケダ商会へと向かった。


「ここか」


 北の大通りの脇へと入る道にあるこじんまりとした店、タケダ商会。

 扉は閉まり、閉店と書かれた札が掛かっていた。


「おい、なんと書いてあるかわかる者はいるか」


「さあ、字が下手すぎて読めませんな」


 ゴッドン子爵がその場にいる者達に尋ねると、それに答えたのはダルムであった。


 何も本当に下手な文字であるわけではない。さらに言えば、子爵達が字を読めないほど馬鹿というわけでもない。


 この場にてゴッドン子爵こそがルール。

 ゴッドン子爵があのカラスは白いな、と言えばそれは白いカラスである。

 すなわち、ゴッドン子爵は店に用があるのだから、そこに閉店などという言葉は存在しないのだ。


 幸いにも鍵はかかっておらず、警護の兵が扉を開けるとゴッドン子爵はずかずかと中へ入っていった。


「店主! 店主はいるか!」


 入ってすぐにあるのは受付兼待合室であり、ゴッドン子爵はそこに並べられた椅子にドカリと座って、大いに叫んだ。


 すると、奥の部屋から黒髪の貧相な顔をした男が現れる。


「すいません、現在は閉店となっております」


 だが、そんなことはゴッドン子爵には通用しない。


「貴様が店主か」


「はい、タケオ・タケダと申します」


 家名があることに、ゴッドン子爵は一瞬眉をひそめた。

 もし貴族に所縁のある者ならば、こちらも相応の態度を示さねば面倒なことになりかねないからだ。

 しかし、考えを巡らせてみたところ、タケダなどという家名は聞いたことがない。

 ゴッドン子爵は、なんだただの箔付けかと思い、タケオ・タケダなる商人を遠慮なく叩きのめそうとした。


「貴様、ダルム商会を知っているか?」


 椅子に座るゴッドン子爵が頭だけを大きく後ろに反らし、無理矢理に見下す格好をとって尋ねると、タケオ・タケダは少し考えた様子をして答えた。


「ええ、知っております」


「ならば、この私、ゴッドン子爵の名も知っておるな!」


 その質問についても、タケオ・タケダの答えは是であった。


「なれば何故、無色透明なるガラスの杯とやらをダルム商会に売らなかった! このゴッドン子爵を愚弄しているのか!」


 空気が張り裂けんばかりの大声である。


 それに対しタケオ・タケダは、再び少しばかり考える。

 タケダ商会としても別に嫌がらせで売らなかったわけではない、もっと売るにふさわしい相手がいたから売らなかっただけだ。


 すると、またも扉が開く。

 そこより現れたるはエルフの女であり、その女は一礼すると口を開いた。


「ダルム商会が提示した額は一つ百金貨です。一方私共は三百金貨を提示する店と取引することに決めました」


 ぐうの音も出ない話であった。そもそも、ダルム商会側の提示した買取り額が安すぎたのである。

 これにはゴッドン子爵も恥ずかしくなり、今度は怒りとは別の意味で顔を赤くした。

 形勢は一挙にタケダ商会に傾いたのだ。


「ほう三百金貨。ならばこちらは三百と十、いや三百と五金貨出します。それで文句はありませんね?」


 ここで発言したのは、これまで黙っていたダルムである。


 それを聞いたゴッドン子爵は、、なんかケチくせえなと思ったが、己は商売に詳しいわけでもないので黙っておいた。


「いえ、額だけの問題ではありません。その者達にはコエンザ王国南部での売買禁止を条件に品を卸すことになっています。それ以外にも、厳正な審査を行った上で選ばれた取引相手です」


「それでは、私はどうやって買えばいいのだ!」


 女エルフの言にゴッドン子爵は自分の太ももを強く叩いて怒った。


「カシス周辺地域においては、私共の店から直接買うしかありませんね」


 そう言った女エルフに対し、次に声を荒げたのはダルムであった。


「ふざけるな! こちらは品物を卸せと言っているんだ!」


「そうだそう――え? いや、あれ?」


 ゴッドン子爵は戸惑った。自分としては、謝罪とガラスの杯を買えればそれでよかった気がするのだが、なにやら仕入れ話になっている。


「ダルム。私のためのガラスの杯なのだから――」


「ゴッドン子爵、それはなりません。

 この者達は子爵を侮辱したのですぞ?

 その罪を償わせるためにも二百金貨、いや百金貨にてガラスの杯を売却させるべきです。

 さらには、ダルム商会に同額にて独占的に品々を卸させ、それらをゴッドン子爵の名の下に高級貴族の方々に買い取って貰えれば、子爵領はさらに潤うに違いありません」


「え、百金貨?」


 なにやら三百金貨の値が、いつの間にやら百金貨の値になっていることにゴッドン子爵は驚いた。

 とはいえ、安く買えるのならばそれに越したことはない。


「まあ、とりあえずだ。百金貨か三百金貨か知らんが、今あるものを我々に売れ」


 もうさっさと終わらそうと思い、ゴッドン子爵はそう言った。

 されど女エルフの答えはまたもや否である。


「申し訳ありませんが、今ある在庫はとあるお方が全てお買い上げになられたのです」


「なに! どこのどいつだ!」


「すみません、お客様のことは申し上げられません」


 ゴッドン子爵が何かを言う前に今度はダルムが声を張り上げて尋ねたが、それも教えられないと言って女エルフが頭を下げる。

 しかしその時、奥の部屋からゴホンという咳払いの音が聞こえた。


「奥の部屋に誰かいるな? 出てこい!」


 虎の威を借る狐は居丈高に叫んだ。

 しかし、返事はない。


 すると、ダルムはずかずかと奥の部屋に向かって歩を進めた。

 ゴッドン子爵も、もう全てをダルムに任せる腹積もりのようである。


「お待ちください。それ以上はご勘弁を」


 タケオ・タケダが扉の前に立ち塞がる。


「そこをどけ! 奥にいる奴に話がある!」


 ダルムには考えがあった。


(タケダ商会の奴等も自分達のことならば我慢もするだろうが、客をないがしろにされては融通を利かす他ないだろう)


 ここで傍若無人を振る舞えば、譲歩を引き出すことは容易である――そう踏んだダルムの押せ押せの行動であった。


「どうかご勘弁ください」


 タケオ・タケダが言い、女エルフと揃って頭を下げる。


「よい、通せ」


 すると扉の向こうから声がした。

 タケオ・タケダと女エルフは顔を見合わせると、お互いに頷いて道を開ける。


 ダルムとしては少々肩透かしを食らった感じだ。

 しかし、ここで攻勢を弱めてはならない。

 ダルムは気を取り直して、勢いよく戸を開けた。


「貴様か! ガラスの杯を買い占めた者は!」


「いかにも」


 机の上に並ぶ品々と、それを前にして椅子に座っている金髪の男。


「ゴッドン子爵が所望しておる! 我らに譲れ!」


「ふむ、これも何かの縁、一つなら構わんぞ」


「ならん! 全て譲れ!」


「全てときたか、なかなか強欲よのう」


「無礼者め! ゴッドン子爵を強欲と申したか!」


 金髪の男はゴッドンのことを言ったわけではないのだが、ダルムは飽くまでも子爵を前面に押し出す構えである。


「名を名乗れ、このトンチキが!」


 そのダルムの侮辱の言葉が少々癇に障ったのか、金髪の男は眉間にシワを寄せながら立ち上がった。

 机とそこにあった品々に隠れてわからなかったが、金髪の男が立ち上がったことによって露になったその衣装は、中々に高級感が漂うものである。

 されど、ダルムはそれに気づかない。

 そして、金髪の男はおもむろにその名を口にした。


「テオドルスだ」


「テオドルスだぁー? なんだその偉そうな名前は!」


「実際に偉いんだがな」


「なんだと? テオドルスなんて名、ま……え……?」


 その時、女エルフがダルムに金髪の男の正体を告げる。


「カシス領主、テオドルス・ファン・シーボルト様であらせられます」


 そして、ダルムは凍りついた。

 爵位こそ侯爵なれど、どの貴族も及ぶことがない程に強い力を持っているカシス領主テオドルス・ファン・シーボルト。

 テオドルスが獅子なればゴッドン子爵は兎でしかなく、ダルムに至っては虫けら同然であろう。


「あ、あうぇ……?」


 それ故、謎の言葉を発するくらいにはダルムは動揺しているようであった。

 その隣では、いつのまにやらゴッドン子爵が貴族のプライドも省みずに頭を床に擦り付けている。


 本物の土下座を知っている女エルフ――ミリアとしては、それを見て『まだまだなっていないですね』と思ったとか思わなかったとか。


 そしてこの件によりダルムの首こそ転がることはなかったが、ダルム商会の持っていた子爵領の権益の多くはテオドルスの息のかかった商会へと譲渡された。

 またゴッドン子爵については、タケダ商会にしばしば、まるで便利屋のように使われることになるのであった。


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