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4章 奴隷商人になるまでの話 4―1

最後の過去編です

 ジルとラコを奴隷として買ってから様々なことがあり、その紆余曲折の末に商人になることを決めた武田武雄。

 商売を始めるのならば、日本に戻るのは絶対である。

 何せ、売るべき物は日本の品なのだから。


 唯一の憂いは、武雄の心の中にある家族と再び会うことへの躊躇い。

 しかし、ミリアの両親との邂逅が、心に小さな希望と決意をもたらしていた。



 ――これは武田武雄が奴隷商人タケオ・タケダになるまでの話。


◆◇


 ミリアの両親がノースシティを発った日の翌日。


「じゃあ何日かいなくなるけど心配しなくていいから」


 ゴルドバの家の居間にて、武雄はジル達に商品の見本を取りに行くため、数日ほど家を留守にすることを伝えた。

 ジルとラコはついていきたいと言ったが、武雄は決して承知しなかった。

 当然だ。武雄の行く場所は日本なのだから。

 そして武雄は、ジル達の目の前で黒い水溜まりを潜った。


 その光景を初めて見たジル達は、思わず目を丸くする。

 なにせ、黒い水溜まりが宙に現れたかと思ったら、武雄がその中に入りどちらも跡形もなく消えたのだ。

 驚かない方がおかしいであろう。


「魔力変換……」


 ポツリとミリアが呟いた。

 かつて人間に魔力運用を教授したというエルフの一族だけあって、ミリアも魔力に関してはそこそこに詳しい。


「魔力変換って、自分の魔力を火とか水に変えるやつよね?」


 ジルが尋ねるとミリアが頷いた。


 ジルもラコも武雄から魔力について少しばかり習っている。

 しかし――。


「聞いたことないよ、消えちゃうのがあるなんて」


 そう、ラコの言う通り武雄は黒い水溜まりの存在を教えてはいなかった。


「おそらく、どこか遠くへ移動する魔力変換でしょう。

 その存在を教えてもらえなかったのは、信頼に足りていなかったからではないでしょうか」


 誰の、とは言わなかった。

 そんなミリアの言葉に顔を曇らすジルとラコ。


「そして今、目の前でタケオ様がそれを見せたのは、貴女達を信頼しているからでしょうね」


 ミリアは優しく微笑んだ。

 それを聞いて、二人は曇天に突如、光が差したかのようにパァと輝かせる。


「ふんっ、帰ったら問いただしてやるわ」

「ボクも!」


 武雄のことをもっと知りたいという気持ちのジルとラコ。

 まだ幼い二人は、家族になったばかりの武雄との関係を深めるには、とにかく相手のことを知ることだと考えていたのである。




 一方の武雄は日本の己のマンションへと帰ってきていた。

 ムワッとした独特の暑さ。

 それは武雄に日本の夏を感じさせる。


 そこで武雄は、ふと思った。


(あちらも夏で、こちらも夏か……)


 それは別に何か考えるところがあるわけでもなく、ただ頭によぎっただけのこと。


 部屋を見渡せば、ここを離れて数ヵ月が経っているというのに当時のままであった。


 いや、違う。どこを探しても携帯電話が見当たらない。


 思い当たるのは、家族か警察か。


(近くに公衆電話はあったかな?)


 武雄はそんなことを考えながら、こちらの服に着替えて外に出た。

 そして、とりあえず駅の方へといけば途中に電話があるだろうと思い、道を歩き行く。


「ない……それに暑い……」


 しかし公衆電話は何処にもなく、タケオはとうとう駅までやってきていた。

 おまけにあちらの夏に慣れてしまった武雄にとって、日本の湿気むんむんの茹だるような夏はつい弱音を吐いてしまうほど厳しいものだった。


 さすがに駅の中には電話があったので、それに百円を入れて家へと連絡する。


 トュルルルルという音が何回か鳴った後、がチャリと受話器の取る音が聞こえた。


「はい、武田ですが」


 それは母の声であった。


「あの、母さん? 僕、武雄だけど……」


「た、武雄!?」


 なにを話せばいいかわからずに、つい言葉をつまらせる武雄。

 すると、受話器の向こうからは驚く声が聞こえてきた。


「どこにいたの! お父さんもお母さんも心配してたんだから!」


 まるで怒ったかのような母の言葉は、武雄の心に安らぎを与えた。

 案じていてくれていた、そのことが武雄は嬉しかったのだ。


「ごめん、母さん」


「……とにかくまずは警察に連絡しなさい」


 先程までの安らぎが途端に凍りつくような心境であった。

 言い様のない隔たりを武雄は母との間に感じたのである。

 それにより、武雄の緩んだ心が元の緊張したものへと戻ってしまう。


「……わかった、連絡するよ。じゃあね」


 今はこれ以上母の声を聞きたくない。

 そう思った武雄は、逃げるように電話を切った。


 続いて警察に連絡し、駅にいることを伝える。

 やがて二台ほどのパトカーと多数の警察官がやって来て、武雄は連れていかれた。

 しかし、これは元より予想していたことなので、特に動じることもない。

 そして武雄は警察に拘束され、前に捕まった時の焼き回しのような扱いを受けることになる。


 それから五日が過ぎた頃、武雄は解放された。

 気がついたらまたあちらの世界にいたと武雄が言い張れば、警察にはどうしようもなかったのである。

 さらにもう一つ幸いなことがあった。

 武雄は拘束された際に多量の金貨を携えており、それの含有率を調べた後に正規の値段で買ってくれると言うのだ。


 今後、商売をしていく上でこちらの貨幣は必要である。

 月々の小遣いだけで事足りるかもしれないが、そうでない場合、多額の金銭を得る機会はここしかないと思い、武雄は金貨をこちらの世界に持ってきていた。

 警察に黙って古物商に売ろうとも考えたが、何を売るにしろ身分証明がいる。

 それを何らかの形で警察に知られ、変に疑われてもつまらない。

 そのため武雄は自ら警察に金貨を差し出し、それらは向こうから持ってきたと告白したのであった。


 またこの際、前回の時のように奪われる心配はしていない。薬や武器などとは違い特異な物ではなく、金貨は一般の所持が認められている上に、価値の定められた物であるからだ。

 これを警察が自分達の物にしてしまえば、それこそ泥棒であろう。

 国が買うのか研究所が買うのかわからないが、これで色々な手間隙が省けて、武雄としては万々歳であった。




 ――警察署の入り口。そこには車で迎えに来ていた父と母がいた。

 軽い挨拶の後、武雄は車に乗せられる。

 そして特に会話もなく車は走り、着いた場所は実家ではなく武雄のマンションであった。


「何かあったら電話しろよ」


 そう言った父に、武雄は偽りの笑みを浮かべて頷いた。


 その後は、昼間は街を回って向こうで売れそうな物を物色し、夜はあちらの世界へと戻ってジル達に己の身の上を説明するという生活を送る武雄。


 ――そんな日が続いて五日後の朝のこと。


 これまで特に警察からの連絡はない。

 もうほとぼりも覚めたかなと思い、武雄はたくさんの品が入った段ボールを抱えて、黒い水溜まりを潜るのだった。



◆◇


 朝から段ボールを担いでゴルドバの家にやって来た武雄は、ジル達との挨拶もそこそこに、ミリアを連れてベント商会へと向かった。

 その目的は、武雄が持ち込んだ品をベントに確認させ、商会立ち上げの計画を決めるためである。


 ベント商会に着くと、武雄達は店員に商品を吟味するための部屋へと通された。するとさらにベントもやって来て、その部屋にただ一つある大きな机を皆で囲んだ。


「ほう、これはこれは」


 武雄が段ボールの箱から取り出し机に置いていく品々を見て、ベントが胸を踊らせる。

 アクセサリー、部屋を彩る装飾品、食器類、懐中時計、そして場違い感しかない傘。


 ベントはまず、幾つかあるアクセサリーの中から一つのペンダントを手に取った。

 金属のチェーンの先に付けられているのは、金属の器に嵌め込まれた羽を背に持つ赤子が描かれている石。

 あらゆる方向から検分するも、絵はどうも石の中に描かれているようである。


「なるほど、ガラスですか」


 平たい透明性のガラスの片面に絵を描き、それを内側にして金属の器に嵌めたのだ。

 それにしても、透明性のガラスにはこんな使い方もあったのかと、ベントはいたく感心した。

 間違いなく一級と言っていい品である。


 次にベントは白い椀に手を伸ばす。

 見た目や手触りから判断するに、それは陶器。

 白い地肌に、申し訳程度の模様が入ったそれ。

 白色の陶器は無色のガラスと同様に、職人が目指せども未だたどり着けていない境地である。

 これもまた、金持ちならば誰もが欲しがる品に違いない。


 次に透明なガラスの杯。

 これは改めて手に取るまでもない。

 無色透明のガラスの価値は言わずもがな、酒の味や臭いのみならず、その色も楽しむことができる杯である。

 風情を知る酒飲みならば、是が非でも手に入れたいと考えるだろう。


「素晴らしいです。傘以外の物は誰もがこぞって欲しがるでしょう」


 ベントが平静を装いつつ言った。しかし、鼻の穴が大きく開いているのを武雄とミリアは見逃さない。


 そして、思ったよりもこの世界で売れそうな物が見つからず、苦し紛れに持ってきた傘はベントの御眼鏡にかなわなかったようで、少しばかりがっくりとした武雄である。


「後は数をどれだけ用意できるかですな」


「……多少の時間さえあれば、どれだけでも」


「なんと!」


 武雄の答えに驚きの声を上げて、顎に手をやり考え込むベント。


「ふむ……。武雄様、あなたには三つの選択肢があります。

 まず、一つ目はここノースシティで商売を行う。

 二つ目は王都で商売を行う。

 そして三つ目はカシスで商売を行う」


 武雄とて馬鹿ではない。その三択が商売の規模に関わってくることにはすぐに気がついた。


「まず一つ目のノースシティ。

 ここでの金持ちは主に奴隷商人と探索者ですね。

 奴隷商人はその数が限られています。探索者はたくさんいますが、果たしてこれらの品に興味を示すかと尋ねられれば、首を傾けざるをえません。

 要するに客を多く見込めず、外から客を得るにしても、名を上げるまでに相応の時間が必要です」


 ベントの話は非常にわかりやすく、なるほどと納得させられてしまう内容であった。

 つまり、ノースシティは高級品を売るにはあまりよろしくないということだ。


「二つ目の王都。

 王都というだけあって貴族が多く住み、金に糸目をつけない者も多いでしょう。

 ここならば、間違いなく品は売れます」


 ふんふんと、武雄は相づちを打つ。


「しかし、一つ問題点が。

 これだけの品々を王都で売りさばけば、すぐに王や高級貴族達にも知られることになるでしょう。

 王都でばかり売られているとなれば、当然作った者も王都にいると彼らは考える。

 新たな技術は国の大事、厳しい追求が予想されるでしょうな。

 それをヒラリヒラリと躱す自信がありますか?」


 もちろん武雄の答えはノー。

 つまり王都もペケである。


「そして、最後は商業都市カシス。

 南国との交易の中心地であり、その地の領主は、街の発展のためならば多少のことには目をつむるという聡明な方です。スラムに足を運べば大規模な闇市もありますしね。

 あらゆる商路がそこで交錯していますから、たとえ商品について追求されても誤魔化すことは容易と言っていいでしょう」


 もはや選択肢などあってないようなものであった。


「カシスならば客を探す必要はありません。あの街は商人の街といっていい。珍品があれば自ずと客が寄ってくるでしょう。

 さらにそれで得たコネクションを使えば、タケオ様の珍しい品のみならず、他の商売への新規参入も可能です。

 ちなみに、王都のように経済勢力図が古くから書き換えられていないような街では、新規参入はなかなか難しいでしょうな」


 それが追い打ちとなった。


 ジルとラコが不自由なく暮らせるための商売である。

 武雄に何かあっても商会が不変なく続いていくようにするには、一般の商売も必要であったのだ。


「カシスで商会を開きたいと思います」


 武雄はそう決断した。



「わかりました。では私もついていき、一月ほど面倒を見てあげましょう」


「え? しかし、それは……」


 ベントのその答えに、武雄は言いよどむ。


 一月とは結構な時間である。おまけにここノースシティとカシスは、コエンザ王国の北と南。

 おいそれと行き来できる距離ではない。

 ベントの店は大丈夫なのかという心配が武雄にはあったのだ。


「心配はいりませんよ。私どもはこの店は引き払い、王都に本拠を置くつもりですから。

 まあ、王都で部下が開店の準備している間の一手間といったところです。信頼できる息子もいますしね」


 武雄の心配を見抜いたベントは、何てことのないように言う。


(子供がいたのか……)


 武雄はその事実に少し驚いたが、ベントも三十後半もしくは四十代といった年齢に見えるので、結婚をして子供がいても別に不思議ではないかと思い直した。

 ともあれ、これでなんの憂いもなく商会を立ち上げることができるだろう。


 しかしここで、ずっと黙っていたミリアが口を挟む。


「それで貴方はタケオ様に何を求めるのですか」


「ふむ、いい質問です。少し待っていてください」


 するとベントは立ち上がり、部屋を出る。そして一枚の羊皮紙を手に戻ってきた。


 武雄は一目でそれが何かわかった。


 ミリアは、机の上に置かれたそれに視線を落とす。


「こ、これは……っ!」


「左様、ペットボトルの独占販売権です」


 ミリアは驚いた。その紙には、ペットボトルをベント商会のみに売ることが書かれていたのである。


 先程の、時間があればどれだけでも品を持ってくるこてができるという武雄の発言。

 その中には、間違いなくペットボトルも含まれていることだろう。

 ベントがかつて武雄と結んだ契約、それがここにきて多大な利益を生むことになったのである。


 そして、さらにベントは言葉を続けた。


「私の求める条件はその契約の履行と――」


 ベントが机の上へのある品へとと指を伸ばす。


「――時計の販売です」


 ベントの指が差した先には、手巻き式の懐中時計がチクタクと時を刻んでいた。


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