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4章 蟻の袋 2

「タケオ・タケダ、Bランク。

 もっとも何年も前のランクだから、記録に残ってるかわかりませんが」


 タケオが名乗りをあげると、辺りはシンと静まった。


 その名前に驚いているのではない。

 皆は『誰?』という気持ちであったのだ。


 それもそのはず、タケオがここで探索者をやっていたのは七年も前。

 受付の職員は全員変わっているし、当時のいた者で今も辞めもせず死にもせずに探索者をやっている者などは、当然皆高ランクになっている。

 つまり、タケオを知っている探索者は『蟲の袋』にて現在絶賛探索中だ。

 さらにダンカン達もノースシティにやって来たのは三年ほど前であった。


 皆はタケオに注目する。

 大きい体ではない、装備も胸当てと剣のみ。おまけに顔は童顔。


 とてもBランク探索者には見えず、信用できようはずもなかった。


 とはいえ、ダンカンにとっては仲間が増えるに越したことはない。たとえそれが実力のない者であろうとも、使いどころは多々あるのだから。


「そうか、わかった! よろしく頼む!」


 ダンカンはタケオの助けを快く受け入れる。

 するとタケオに追随するようにラズリーとカルロスが声を上げた。


「わ、私も行きます!」


「お、俺も行くぞ!」


 蟻の袋、それはとても新人探索者が挑んでいい場所ではなく、実力に不相応な探索に待ち受けるのは死だけであろう。

 だというのに、怯えた顔で同行を願い出るラズリーとカルロスの姿はまさに勇ましい限りであった。

 ラズリーは己の父親を救いたいがため、カルロスはそんなラズリーの助けになりたいと思って、志願したのである。


 とはいえ二人は成人すらしていない子供。加えて大切な息子と仲間の娘である。

 そんな二人を死に追いやるような真似をダンカンが許すはずもなかった。

 しかし、二人はそれでもしつこく食い下がっている。


 そして、その間にタケオはやるべきことを行った。


「というわけだ、悪いが余ってる食料品を全部くれ。

 サルヒさんも申し訳ないが食料品を分けてくれると助かる」


 ジル達三人に、食料品の供出を頼んだのである。

 たとえ探索が浅かろうとも深かろうとも、遺跡の中では何が起こるかわからない。

 それ故にリュックは常に満杯にするのが鉄則であった。


「……それは構わないが、大丈夫なのか? BランクとCランクの混成団がしくじったところだぞ」


「ああ、問題ない」


 サルヒの心配する声にも、全く動じないタケオ。


「……」

「……」


 ジルとラコも何か言いたそうにしているが、それでも無言でリュックの中から残った食料品を出していく。


 それらをタケオは自分のリュックへと詰めていった。


「……ねえ」


「ん?」


 ジルが力ない声でタケオに話しかける。


「本当に大丈夫なの?」


「心配か?」


「当たり前じゃない、あんたがいなくなったら私達どうすればいいのよ……!」


「ミリアがいるだろう」


「そういう意味じゃないわよ、馬鹿……」


「冗談だよ。

 でも今の気持ちを忘れないでほしい。それは、二人が探索者になった時に僕やミリアが思う気持ちなんだから」


「――っ!」


 それ以上、ジルはなにも言えなかった。

 立場が逆になって初めてわかったのである。

 わかっているつもりだったタケオの思い、それはとても重いものであったのだと。


「……お兄ちゃん」


 心配そうに見つめるラコ。


「ラコもよく考えてみてくれ。探索者になれば、いつも隣にいるジルを失うことになるかもしれないって」


「……うん」


 タケオの言葉にラコは小さく頷いた。

 その顔はとても辛そうであった。


 タケオは思う。


(頭ではわかっていようとも、実際に目にしなければわからないということがある)


 この救助依頼にタケオが行くことで、二人は待つ者の心を知ることになるだろう。

 そしてこれから迎えるであろう顛末を二人がどう受け止めるのか。

 願わくばジルとラコを正しく導かれるようにとタケオは祈った。


 そうこうしていると職員が気を利かせて、薬と水の入った皮水筒を持ってくる。

 それらは勿論無料ではなく、後でダンカンのパーティーに請求がいくことだろう。


 そしてタケオの準備が整った頃には、ダンカンらの言い合いも決着がついたようだ。


「お父さん……」


「くそっ……」


 うなだれるラズリーとカルロス。

 ラズリーは父を助けに行けない悲しさから涙を流し、カルロスは己の無力さを悔しく思い顔を歪ませていた。

 やはりというべきか、ダンカンは息子達を連れていくことはなかったのである。


「行く前に聞きたい。蟻の袋で何があったんですか?」


 タケオがダンカンに歩み寄って尋ねた。


 ――蟻の袋。


 ノースシティの西側に双子袋と呼ばれる二つの遺跡があった。

 どちらも地中を縦横無尽に穴が走る洞窟型の遺跡であり、その途中には袋と呼ばれる四つの広い空間が存在している。

 そう、その二つの遺跡は全く同じ形をしていたのだ。

 そのため双子袋。


 出てくる魔物もまた同じ。

 蜘蛛、百足、蠍、団子虫。

 一つの袋を一種が巣とし、それが四袋。

 四種は、巨大な遺跡の中でお互いがお互いを食らいながら暮らしていた。


 しかしある時、片方の遺跡にどこからか巨大な蟻が現れる。

 蟻は、無限に生まれ出る蟲の魔物を餌としてその数を爆発的に増やし、巨大な巣を作った。

 そして双子袋は蟻の袋と蟲の袋と呼ばれるようになったのである。


 ――このように、蟻は蟲の魔物を圧倒するほどに強い。

 とはいえ、蟻がいかに強くとも高ランクの探索者を集めれば敵ではないはず。

 だからこそタケオを含めたその場にいる者達は、ダンカン達の今の状況を不思議に思っていた。


「第一の袋にキングマザーがいた」


 そのダンカンの言葉に、ギルド内はザワリと緊張が走った。


 蟻の袋は、第一から第三の袋にはマザーと呼ばれる女王蟻が、さらに第四の袋にはキングマザーと呼ばれる女王蟻の王がおり、巨大なコミュニティを統率している。


 そしてマザー以下の蟻が黒色なのに対し、キングマザーとその周囲を固める蟻は赤色をしており、その外殻の硬さは黒の蟻とは段違いであった。


「俺達は出口の近い第一の袋でマザーを刈るつもりだった。

 しかし、そこに現れたのが一匹の赤い兵隊蟻だ。最初は紛れ込んだだけかと思い、皆で狩ろうとした。

 だが違う。奴等は次から次へと第一の袋の方から現れやがったんだ」


 ダンカン達はキングマザーの姿を見てなかったが、確かに第一袋にキングマザーがいたと考えていい事例である。


「俺達は赤い蟻との戦闘により、多くの負傷者を出してしまった。

 動けない奴もたくさんいたが、仲間を見捨てることはできない。

 そのため俺達は組を二つに分けた。

 片方は外に助けを呼びに行き、もう片方はわざと袋小路に入り、守りを固めて助けがくるのを待っているというわけだ」


 袋小路に入ったのは蟻の侵入方向を限定するためだ。それにより残った者は、一方に対する守りの陣形をとったのである。


(キングマザーの近衛兵か……)


 タケオがかつて戦ったことのある赤い蟻の姿を思い出す。その外殻はとてつもなく硬い。

 ゴルドバの剣だけでは不安が残る相手であった。


「ジル、ラコ、剣をくれないか。帰ってきたら、もっといい剣を買ってやるから」


 ジルとラコの装備は全て二人のお小遣いで買ったものだ。

 それ故にあまり高いものではなく、名品と呼ぶには程遠かったが、それでもないよりがはマシである。

 

「飛びっきりのを買ってもらうんだから、絶対に帰ってきなさいよ」


「ボクもお兄ちゃんにいいのを選んでもらうから、だから絶対に帰ってきて!」


 二人の精一杯の激励が飛んだ。

 せめて送り出す時は笑顔で――二人はそう考えたのだ。


「ああ、期待して待っててくれ」


 タケオはそう言って二人から剣を一本ずつ貰い、背と腰にそれぞれつける。


「準備はいいか?」


 ダンカンの言葉にタケオが頷くと、負傷者二名を残した計七名にて蟻の袋へと向かった。


◆◇


 ――タケオとダンカン達が去った後のギルドでは、一部の職員こそ冷静に負傷者の救護にあたっていたが、その他の者達はあまりの事態に未だ動き出せないでいた。


 そんな中、ギルドの受付を取りまとめる係長が口を開く。


「思い出した……タケオ・タケダ――」


 彼はタケオ・タケダの名前に聞き覚えがあり、それをずっと考えていたのだ。

 そしてその口ぶり、タケオ・タケダはやはりBランク探索者だったかと、皆が係長に注目する。


「――あのタケダ商会の商会長だ」


「あのタケダ商会の……」

「あのカシスで有名な……」

「そりゃあ凄い……」


 タケオ・タケダの正体を知り、皆が息を呑んだ。


 そして、ん? となった。


『商会長が探索に? なんで?』


 皆の気持ちはこれであった。


 謎は深まるばかりである。


 一方、やはりいいとこの令嬢だったかと、サルヒはジルとラコの二人を見る。


「……ごめんなさい、今まで黙ってて」

「ごめんサルヒ」


 その視線に気づいたジルとラコが、サルヒに頭を下げた。

 しかしサルヒは元々気づいていたし、むしろ自身がそのことを黙していたという事実にばつが悪くなってしまう次第だ。


「気にもしないさ、それよりもタケオさんは本当に大丈夫なのか?」


「心配いらないわ、絶対に帰ってくる」

「お兄ちゃんが約束を破ったことなんてない!」


 その顔はとても心配いらないようには見えなかったが、まあ、それでもその言葉を信じて祈っておこうかとサルヒは思った。


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