4章 蟻の袋 1
門を通り抜け、ジル達は今日の戦果を語りながら、探索者ギルドへの道を歩いていた。
「ねえ、ちょっと待ってよ!」
その声に振り向けば、後ろから駆け寄ってくるのはショートボブの女――ツンツン頭の横にいた女だ。
さらにその女はもう一人、ラコほどの背丈の女を手に引いている。
そしてそして、そのさらに向こうには二人の男、その内の一人は不機嫌そうなツンツン頭であった。
どうやら彼らの組が追い付いてきたようだ。
「何かしら」
ジルがショートボブの女に尋ねる。
ツンツン頭に対するものとはまるで違うその態度。それはジルが、ショートボブの女には特に悪印象も持っていなかったからだ。
「いやー、同じ女同士、話をしたいなって思ってね。ギルドに着くまでちょっと話そうよ」
ショートボブの女がにこやかに言った。
その心はジル達と仲良くなりたいようである。
それに対し、ジルはどうするべきかとラコとサルヒに目を向けるが、反対する様子はない。
ジル自身もショートボブの女が何か企んでいるようには見えなかったので、ジルは「別に構わないわ」と言ってそれに応じた。
「私、ラズリー。で、こっちはアリス」
「……ども」
ショートボブの女――ラズリーが自己紹介をし、ついでに紹介された眠そうな目をしてる水色の髪をした少女――アリスが脱力気味に頭を下げる。
ジル達も自己紹介をすると、その話とやらを聞いた。
「そのさ、女の探索者って少ないでしょ? こういう縁を大事にしないと将来女同士でパーティー組めないわけよ」
人間も亜人も探索者になる上で男と女にあまり差はない。
男は力が強く、女は力が弱い。その代わりに男は魔力が弱く、女は魔力が強い傾向にあったからだ。
しかし、男女の気性の違い故か、はたまた荒事は男がやるものという昔ながらの固定観念によるものか、探索者には男が圧倒的に多かったのである。
「ああ、そういうこと。確かに男女混合だと色々面倒よね」
「私はあまり気にしないがな」
ラズリーの言葉に得心して頷くジルとサルヒ。
主にトイレや恋愛など、男女混合パーティーにおいて問題が尽きないのは、少し考えればわかることであった。
もっとも、ラコだけは話についていけずにポカンとしていたが。
「うん、だから同じルーキー同士、今後もお近づきになれたらなって思って。できればパーティーを組む方向で」
「そうねぇ……でもあたし達の内二人は亜人よ? それでもいいの?」
ジルは少し考えた風に見せると、ラズリー達に亜人であることの是非を尋ねた。
ツンツン頭があれだけ亜人亜人と罵った後では、かなり意地の悪い質問であろう。
「ああ、カルロスが言ってたことを気にしてるの? だったら私達は気にしないから大丈夫よ。ねえ?」
「うん。気にするのは強いかどうか」
しかしラズリーは、あっけらかんとした様子で亜人であっても是非はないと答え、相も変わらず半目なアリスもいまいち締まらない顔でそれに同意した。
ちなみにカルロスとはツンツン頭のことだ。
そんな二人にちょっぴり嬉しくなるジル達である。
「うーん、でもやっぱりダメね」
「えぇ、なんで!?」
「だって私達、まだ学生だもの。カシス全民校武芸科二年、卒業まで後三年とちょっとあるわ」
「探索者じゃないの!? って、亜人が学校行けるの!? どんな学校よそこ!」
「ふふ、カシス全民校っていうのはね――」
――こんな風にギルドまでの道を話を弾ませて歩く一行であった。
◆◇
一方その頃のタケオは、ジル達がラズリー達と親交を深めるのを尻目に、ずっと考え事をしていた。
それはジルとラコの今後について。
今日の二人の探索は、初心者としてはどちらも文句のつけようもないほどの遺跡探索であった。
しかし、これはまずい。まずいのだ。
このままでは、本当に探索者になってしまう。
タケオは何か手はないかと考えるも、いい答えなど早々思い付くものではない。
当然だ。そもそもそんな考えがすぐに思いつくのならば、二人にはとっくにその夢を諦めさせている。
(しかし、何故だろう……)
探索者にはなってほしくない、そう思っているはず。
それなのにタケオは、心の底でどこか嬉しいと思っている自分に気がついた。
ゴルドバと共にあるために探索者になったタケオ。
そんなタケオと同じ探索者になろうというジルとラコ。
嬉しくないわけがなかったのだ。
そしてタケオがなんら答えを出すことなく、一行はギルドへと到着する。
空を見れば、日は傾き始めており、それはじきに赤く染まるであろう。
ジル達は探索者ギルドに入ると、受付で到着の報告をし、さらに魔物達から剥ぎ取った角を取り出して換金を行った。
ギルドは探索者が獲ってきた物の換金業務も行っており、魔力の結晶とも言える魔物の角は、魔法薬の材料となるため換金可能である。
そして、岩場の墓にいた他の組も同様に、受付にて報告と換金を行っていた。
――その時である。
ギルド内が突然ざわめいたのだ。
受付職員の目は途端に大きくなり、その視線はジル達から外れ出入口へと向かっていた。
タケオとジル達もそれに釣られて後ろに振り返る。
そこにいたのは魔物の体液にまみれた、息も絶え絶えな様子の探索者達であった。
「救助依頼を頼むっ! 『蟻の袋』で仲間が取り残されているんだっ! Aランクの探索者を呼んでくれ!」
一番前の男が救助の要請を叫び、さらに続々とボロボロの格好の探索者達が現れる。
血と魔物の体液の混ざったツンとする臭いが、辺りに充満した。
仲間なのだろう、それは総勢八名の探索者達であった。
「待ってください! すぐ動ける探索者を調べます!」
まさしく非常事態。
探索者が魔物の闊歩する遺跡に取り残されているという、一分一秒を争う状況である。
職員達は焦った様子で受付業務を一時中断し、書類を漁り始めた。
「親父っ!」
そんな中、ツンツン頭――カルロスが叫びながら、救助を叫んだ男へと駆け寄った。
カルロスはその男の息子であった。
他にもアリスともう一人の男が、親と思われる同じ男の下へと向かう。
アリスともう一人の男は兄妹であり、カルロス同様そこに父がいたのだ。
さらに言うなれば、ツンツン頭達は探索者パーティーの子供でチームを組んでいるのだろう。
「パパ、パパはどこ!?」
しかし、ただ一人父の姿が見えぬ娘がいた。
――ラズリーである。
「まだ……穴の中だ……」
カルロスの父親が拳を握りしめ沈痛な面持ちで言う。
それはラズリーを絶望の淵へと叩き落とすものであった。
「そんな……」
ラズリーは失意の中で膝をついた。
そんな一連の様子をタケオは冷静に見つめていた。
(……探索者である以上、これは仕方のないことだ)
悲しいことではあるが、それが探索者の現実である。
タケオはジルとラコの方に顔を向けた。
そこにいるのは悲痛な面持ちで事態を見守っている二人。
(探索者は夢のある仕事だ。しかし、それ以上に重い現実と向き合わなければならない)
タケオはこれを機会に、二人がもう一度探索者という仕事について向き合ってくれることを望むのであった。
「駄目です! Aランク、Bランクの探索者は『蟲の袋』に探索中です!」
「こちらも駄目だ! 皆、『蟲の袋』に探索中だ! 戻ってくるのは明日以降だぞ!」
ギルド職員が次々と報告を上げていく。
しかし、そのどれもが好ましい結果ではなかった。
「Aランク、Bランク探索者で動ける方はいません。申し訳ありません」
そして、受付を取り仕切る係長が、カルロスの父に非情な現実を突きつけた。
「なんだと……? じゃ、じゃあCランクでもDランクでもいい! 誰かいないのか!」
「ダンカンさん、貴方達の団はBランクとCランク混成団でしょう。それもノースシティでは一番に数が多い。
貴方達よりも下の者が行くと思いますか?
そもそも何があったのか、まずは事情を説明なさい」
係長の正論であった。
探索者ギルドに勤める者として、探索者達の命を粗末にすることはできない。
その信念を持ってカルロスの父――ダンカンに相対したのである。
「くそが! もういい!」
ダンカンは何も答えずに踵を返す。これ以上は時間の無駄だと考えたのだ。
そして仲間達もそれに続く。
「おい、まさか戻るつもりか!」
「死ぬだけだぞ!」
「うるせえ! 仲間を見捨てられるか!」
ギルドにいた野次馬の探索者達が口々にやめるよう言うが、ダンカンもその仲間も聞こうとはしない。
しかしその時、ダンカン達にとって天の声ともいうべきものが、ギルド内に響いた。
「待って下さい!」
それは黒い髪に黒い目、特に見るものがない体つき、装備は胸当てと腰の剣のみという、年若い男。
そう、タケオである。
「ちょっと! あんたまさか!」
叫ぶようなジルの声。そのまさかであった。
「タケオ・タケダ、Bランク。
もっとも何年も前のランクだから、記録に残ってるかわかりませんが」
Bランク探索者のタケオが、救助要請に名乗りを上げたのである。