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4章 岩場の墓 2

 ――ノースシティにやって来て七日後。

 サルヒは、その日の昼過ぎにゴルドバの家へとやってきた。


 予定よりも一日早い来訪である。

 馬ですら十日は優にかかる距離、それをたった七日でやってくるのだから、その健脚ぶりは見事という他ない。

 恐るべきは、馬に並ぶ速度に人の持久力を併せ持った狼族の身体能力であろう。


 そんなサルヒの旅の無事を、ジルとラコは大いに喜んだ。

 そしてお互いの話もそこそこに、明日、共に岩場の墓に行くことを約束してその場は別れることとなる。


(これからサルヒは、家族との再会を喜び合うのだろう)


 ジルはそう思いながら、ラコと共に駆けるサルヒの背を見送るのであった。


 ――ノースシティにやってきて八日目の朝。


 朝食を食べ終えると、ジルとラコは探索のために装具を装着する。

 ジルは、鉄で補強したヘッドギア、鉄の胸当て、鉄の前腕当て、鉄の手甲、鉄芯の入った革靴。

 ヘッドギアは頭の上にある獣耳を封じないためだ。

 下半身については動きを制限しないため、一切の防具をつけていない。


 ラコも、半球型の鉄ヘルムを被る以外はジルと全く同じ装備である。


 そして二人は剣を取りリュックを背負うと、学校をずる休みしたというタケオに連れられて探索者ギルドへと向かった。


 探索者ギルドとは探索者を取り仕切る組織のことである。

 例外もあるが、その統括はそれぞれの国によって行われ、探索者達がただの武力集団にならないように統制がなされていた。


 当然、ギルドに登録せずに探索することも可能だ。

 しかしその場合においては、他の探索者に何をされても責任を持たないとギルドは公言しており、登録しない者はそれこそ物好きだけしかいなかった。


 奴隷時代、ジルとラコは二人で探索者ギルドを見に行ったことがある。

 それはタケオの探索の話に触発されたせいだ。

 中に入ることこそしなかったが、建物と出入りする探索者を、外からキラキラと憧れの目で眺めていたものである。


 そして今目の前に見えるのは、あの時と変わらぬ二階建ての大きな建物であった。

 見るだけでしかなかったかつてのそれ。


 ジルはなにやら感慨深い気持ちにさせられるのであった。


「サルヒ!」


 ラコが、ギルドの前で立っているサルヒを見つけて、うれしそうな声を上げる。


 腰と背中に一本ずつの剣。鉄製の胸当て、腰当て、前腕当て、手甲をそれぞれつけ、下半身には特にこれといった装備はない。

 そして足下には探索で担ぐであろうリュックが置いてある。


「サルヒさん? 二人の保護者をしているタケオです。今日はよろしく」


「これはご丁寧に、サルヒと言います」


 タケオとサルヒ、初対面の二人がにこやかに握手を交わす。


 ジルは、タケオが来ることを昨日のうちにサルヒへと伝えており、二人は特に問題もなく顔合わせを済ますのであった。

 そして皆はギルドへと入っていく。


 ギルドの中は広々とした空間が広がっていた。

 さらにその一角では机椅子が並び、飲み物が売られ探索者達が談笑している。


「ここがギルドだ、まず探索に行く前には――」


「ここで報告するんでしょ? 知ってるわよ、学校で習ったもの」


 これ見よがしに知識をひけらかそうとするタケオに、ジルが言う。

 その心の内は、遠足じゃないんだからやめてほしいという気持ちであった。

 まるでお子様のような扱いを、他の探索者達に見られ聞かれでもすれば、恥ずかしいことこの上ないのだから。


 そして、「そ、そうか……」と言ってシュンとなるタケオであった。


 ジル達は空いていた受付カウンターへと進み、そこに座る女性職員に岩場の墓に行くことを告げる。


「無登録者四名の組ですね」


 初心者用の遺跡である岩場の墓に限っては、たとえ無登録であろうとも、ギルドの許可の下での探索が許されていた。

 要は仮探索者の体験ツアーである。


「代表者の名前をお願いします」


 職員の言葉に、ジルは他の三人を見る。

 まずタケオが首を横に振った。かつてはここでブイブイいわせていたらしいし、面が割れると何かあるのかもしれない。

 サルヒはお前がやれと言わんばかりに顎をしゃくり、ラコはぼけっと見つめ返すだけ。


(まっ、予想していたけど)


 そう思いつつ、ジルは職員へと向き直る。


「ジルよ」


「ジル様ですね」


 職員はその名を復唱し手元の紙に記載すると、再び口を開いた。


「現在二つの組が岩場の墓で探索しています。その後も何組か増えると思われますのでご注意ください」


 探索で注意すべき点、それは魔物やマッピングというのもあるが、その中の一つに同じ探索者への注意があげられる。


 例えば曲がり角、魔物の気配かと思ったら探索者でした――なんていうのはよくある話だ。


 さらに、あまり考えたくない話ではあるが、金や装備目当てに襲ってくる探索者もいるらしい。

 まあ、これは初心者用の遺跡ではまずないだろうが。


「わかったわ」


「ではお気をつけて」


 割とあっさりとしていたが、探索者として登録もしていない初心者などこんなものだろう。


 さて、これよりジル達はノースシティは北――岩場の墓へと向かうのであった。






 ノースシティの街並みを抜け、ジル達は左右を山に囲まれた岩場の墓へと続く道を歩いていた。


 山はどちらも禿げあがっており、この奥が岩場というのも納得である。


 やがて山と山を繋ぐ関へとたどり着く。


「わぁ……」


 ラコがそれを見上げて驚嘆の声をあげた。

 それは石を積み重ねて造った二つの壁、高さは大人のおよそ三倍ほど。

 その中央に門を建て、関としているのだ。

 これならば弱い魔物ならば容易にはね除けるだろう。


「ねえ、通りたいんだけど」


 ジルは、門の前に立っている二人へと話しかけた。

 その二人は門を守護する兵士である。


「ん? ああ」


 ジルの言葉に返事はするも、動こうとはしない兵士二人。

 その手は親指と人差し指を擦りあわせている。


「ねえ!」


 ジルが動かない兵士に向かって声を張り上げたところで、後ろから肩を掴まれた。

 タケオである。


 いぶかしむジルをよそに、タケオは片方の兵士の下へと進み出た。

 次いで懐から金貨を出してこっそりと兵士に渡す。


 兵士は門を開けるために金を要求していたのだ。

 チップ文化は無いけれど、見えない場所では立場を利用した金の要求が横行している、ちょっと困った世界であった。


 そして、一方の兵士は金貨を見てギョッとしていた。

 相手は所詮初心者、貰える金は多くても銀貨だと思っていたのである。

 しかし、それがまさかの金貨。ギョッとしないわけにはいかなかった。


 やがて、兵士の顔はみるみるうちに喜色ばんでいく。


「お嬢様方のごにゅーーじょーー!」


 先程までとはまるで違うてきぱきとした動きで、両開きの門を開け、しまいには大きな声でこっちが恥ずかしくなることを叫ぶ始末だ。


「まあ亜人の身の上だ、こういうのも悪くない」


 亜人には決して受けられない待遇。サルヒは悪い気はしなかったようだ。

 そして門を通る四人。


「前に来た時は金など要求されなかったんだけどな」


 門から離れるとサルヒが言った。


「その時は君一人じゃなかったんじゃないか?」


 ジル達三人の後ろでタケオが言葉を返す。


「ああ、父達のグループと一緒さ」


「ならそれが原因だ。人間と獣人では獣人の方がはるかに勝る。

 普段人間は亜人などと呼んでいるが、いや、呼んでいるからこそ、いざ前にすれば怖いんだ」


 タケオの言うとおりであった。

 普段安全な場所から亜人を馬鹿にしているのだから、誰の目も届かぬ場所においてその反撃を恐れるのは必定であったのだ。


 なるほど、とサルヒが頷く。


 さらに、亜人の強さと人間の弱さをあっさりと認めるこの男は、果たしてどれ程強いのかと好奇心がわくのであった。


 すると、ラコが言う。


「ボクは怖がってないよ!」


 これは自分の強さをひけらかす意味で言っているのではない。

 ジルは家族でサルヒは友達だと言っているのだ。


 その言葉に、ジルはうれしさで頬を緩ませ、サルヒもまた同じ気持ちなようで笑みを浮かべていた。


 やがて山峡を抜けると、そこには大地が広がっていた。


 地面は凸凹として見渡しが悪い。

 それにもかかわらず、広大だと感じたのは先程まで二つの山に囲まれていたせいか。


 青い空がとても大きく感じる。

 太陽もじきに真上に昇るだろう。


(ここが岩場の墓……)


 ジルは呆と辺りを眺めていた。


 ゴツゴツとした石が転がる大地。その所々からは大きな岩山が突き出ている。


 そこはジルとラコがこれから初めて探索する場所――ずっと夢見ていた探索者としての出発点となるべき場所であった。


「ここが岩場の墓、別名――」


「待って!」


 タケオがこの場所を物知顔で語ろうとしたところで、それは語るべき相手のジルによって止められる。


「何も言わなくていいわ。私達の力だけで探索させて」


 ジルはタケオに懇願するように言った。

 それはわがままなのかもしれない。

 しかしジルは、最初の一歩となるこの探索を、自分達の力のみでやり遂げたかったのだ。


「……わかった。ただ足場には――」


「足場には気をつけろ、でしょ? 地形に応じた戦いは武芸の基本よ、言われるまでもないわ」


 言うが早いか、ジルはピョンピョンと飛び跳ねて、近くの高い岩山の上に登っていった。


 その一方で、ギルドの時同様にシュンとなるタケオである。


「うわぁ……」


 岩山の上にて、ラコ顔負けの驚嘆の声がジルの口から漏れた。

 そこから広がる景色。それはまさに雄大であったからだ。

 どこまでも広がる灰色がジルを襲ってくる。


 横を見ればラコも岩に登ってその景色を眺めていた。


 サルヒはそんなジルとラコを子供を見るように笑っている。


 でもこればっかりはしかたない。

 ジルとラコの夢の始まりがここにあるのだから。


「とりあえずこの辺りに魔物はいないようだわ」


 岩の上から抜け目なく辺りを索敵していたジルが、地面に下りて言った。


「それでどうする? 経験のある私が指揮をとってもいいが、先程の口ぶり、“初体験”を楽しみたいんだろう?」


 サルヒがいやらしく笑う。たまに下品な物言いをしてくるのだ、この女は。


「そうね。だから私が指揮を取るわ、足りないところは逐次助言してちょうだい」


 ジルのつまらない答えに、サルヒは肩をすくめて「わかった」と言った。


「見晴らしのいい岩もそこらじゅうにあるし、私が指揮及び偵察を兼ねるわ。

 二人は直接、敵に当たって。

 道は常に見通しのいい箇所を選ぶこと。私の指示だけを信じないで」


「うん!」

「わかった」


「では解散」


 作戦はこうだ。


 岩の上からジルが辺りの策敵を行い、目標となる岩を選ぶ。その目標へラコとサルヒが進んで周囲の安全を確保。

 次にその岩の上にジルが移動し、また辺り一帯の策敵を行いつつ次の目標の岩を決める。


 後はそれの繰り返しである。


 そして――


「いたわ。二時の方向に鬼猿三匹、私の方に向かってきてる。

 二人とも戦闘準備」


『了解』


 ――とうとう実戦が始まった。


 鬼猿の恐ろしいところは人間のように手を使うところである。


 もしそこに剣があればそれを武器とし、盾があればそれを防具とする。

 身体は人の半分程しかなくても、その力はやはり獣。

 探索者の死体から剥ぎ取った武器や防具などを軽々と振り回し、襲ってくるのだ。

 しかしそれは逆に、手に持つ道具がなければ何の脅威もないということである。

 そんな時の鬼猿の武器攻撃と言えば、精々が石を投げることだけだろう。

 そしてその投石も、魔力を使える者に対しては全く意味をなすことはない。


 それどころか、逆に魔力を扱う探索者が石を持ったならば――


「グエッ!」


「ギャッ!」


 ――それは恐るべき武器になるであろう。


「二匹を倒したわ。残りの一匹は岩影に隠れた。追い込むわよ」


 手に持っていた石を投げつけて、二匹の鬼猿の頭を砕いたジルが指示を出す。


「気をつけろ、二匹はまだ生きてるかもしれんぞ」


 生存の可能性を示唆したサルヒ。

 確かに不意を突かれれば鬼猿とはいえ脅威足り得る。


「そうね、思慮が足りなかったわ。まずその二匹を確実に仕留めなさい」


『了解』


 やがて残りの鬼猿が隠れる巨大な岩に辿り着いた。

 その手前に転がる二匹の鬼猿。


 ラコとサルヒは周りに気を配りながら、鬼猿の胸に剣を突き刺す。

 生物の命を奪うことに逡巡することもなく、その動きは手慣れたものだ。


 そして残りの一匹――岩影の猿を左右から挟み込むために、ラコとサルヒは二手に別れた。

 左からはラコ、右からはサルヒ。お互いが同士討ちにならぬようゆっくりと進む。


 そして飛び出す鬼猿。

 その行き先はラコであった。


「やっ!」


「グギャッ!」


 掛け声と共に放たれた斬撃は、鬼猿の首へと吸い込まれ、その頭はくるくると宙を舞った。


 やがて頭がゴロリと地に落ちると、それを見届けたラコは剣を一振りし血を払う。


「ふぅ」


 初の実戦のため緊張があったラコは、肩の荷を下ろすかのように息を吐いた。


「お見事」


 回り込んできたサルヒが、首を飛ばされた鬼猿を見て賞賛する。

 それはお世辞などではない。ラコの剣はまさしく必殺であった。


「うん、ありがと」


「さあ、どんどんいくわよ!」


 その士気は高く、ジル達は岩場の墓の深部へと進んでいく。






 日は既に高く昇り、結構な距離をジル達は進んでいた。


「死体が増えてきたわね」


 岩の上から、道の先に見える鬼猿の死体を見て、ジルは呟く。


 先に来ているという二組も自分達同様に、入場門からまっすぐ墓石へと向かっているのだろう。


「このまままっすぐ進むと二匹の鬼猿が横たわっているわ。注意して」


『了解』


 ジルは二人に指示を出した。


 二人からは途中の岩に遮られ、まだ見えない位置にある鬼猿の死体。

 しかし鼻をひくつかせているサルヒだけは、その匂いで位置を把握しているようだ。


 やがて、ラコとサルヒが鬼猿の死体の場所までたどり着く。


「どうかしら」


 ジルは岩の上から周囲を警戒しつつ、死体を検分している二人に尋ねる。


「刺し傷と切り傷がどっちも多いよ」


「骨に止められた傷からも、練度の低さが窺える。先程のものとは別の組だろう」


 ラコとサルヒの報告を聞いてジルが情報を整理する。


 傷が多いのは、一太刀にて仕留められなかった証拠。それは練度の低さを表している。

 骨で止められた傷というのも、両断できない未熟さ故のことだろう。


 そしてここでサルヒが言った『先程の』とは、ここに来るまでにあった一刀の下に倒されていた死体を指す。


 ここには、ジル達よりも先に二組ほどが来ているとギルドの者は言っていた。

 武に長けた組とそうでない組がいるのだろう。


 遥か先には煙が二本上がっている。おそらくそれが先にいる二組に違いない。


 ――時には、同じ探索者であっても敵となる。

 もしもの時に備えて、その情報の収集には余念がないジル達であった。


 その後もジル達は順調に進んでいく。

 もっとも、先にいる二組が通り道の魔物を倒していたため、魔物との遭遇は少なく、ジル達にとっては物足りない探索であった。


 だからといって、もちろん油断などはしないが。


 やがて、辺りから突き出た岩がなくなり、凸凹とした大地も平地へと姿を変えていた。


 見通しが良くなったことで、右手と左手、お互いが大きく離れた位置に煙の火元が見える。


「左に三人、右に四人か。私達とそう変わらない人数ね」


 ジルが火を囲うそれぞれの組を見て言った。


 火には弱き魔物は近寄らない。

 あの二組は休憩をしているのだろう。


 そしてその左右に離れた二組のちょうど間には、人の二倍はありそうな黒い岩が立っていた。


「あそこが目的地みたいだわ。行きましょう」


 ジルは岩を下りてラコ達と合流し、黒い岩へと向かう。


「おっ、もう一組のお出ましだ!

 今度はなんと亜人連れだぞ!」


 その時、右側にいる四人組の一人が叫んだ。


 もっと前からジル達の存在に気づいていただろうに、ある程度近づいてから言うところを見ると嫌がらせのつもりなのだろう。

 ジルは、面倒臭そうだなと思い、眉間にシワを寄せた。


 一方、左の三人組はヒソヒソとジル達を見て話し込んでいる。


「サルヒ」


「ああ、気にもしない。大丈夫だ」


 亜人の立場は弱い。

 それゆえ、馬鹿な人間が突っかかってくることなど日常茶飯事だ。

 ジルは、これから予想される中傷や挑発に決して乗らないようにと、サルヒに伝えたのである。


「おうおう、ガキんちょまで連れて探索ごっこか?」


 わざわざそんなことを言うためにこちらに近寄ってきたのは、先ほどと同じ男――ブラウンの短めの髪をツンツンに逆立てた青年であった。

 髪が寝ていないのは兜を被っていなかったため。視界を遮られるのを嫌ったか、はたまた魔物を侮っているのか。


 ジルは挑発を無視し、そいつの全身を観察する。

 ジル達と同じく最低限の下半身の装備。それは何よりも俊敏な動きを求めるからだろう。


 さらに鉄製の胸当てと肩当て、両腕に小盾を付けた籠手と、腰にある二本の剣。


 剣を二本持つことはなにも不思議なことではない。ジルもサルヒも折れた時のためにもう一本を背にかついでいるし、ラコも身体に短剣を腰にぶら下げている。

 しかし、両腕の小盾がそれを否定した。

 両の手で剣を持つには、それらは邪魔なのだ。

 すなわちツンツン頭は――


「――二刀流ね」


 ジルはポツリと呟いた。


 それを聞き付けたツンツン頭は、「ほう」と感心する声を上げた。


「よくわかったな。もう一組のグズよりも少しはできるようだ」


 この物言い、このツンツン頭の組が手練れの方であろう。


「(ちょっと、やめときなって)」


 その後ろではツンツン頭のズボンを引っ張る、赤茶色の髪をショートボブにした女。小さな声でツンツン頭を諌めようとしている。

 そして他の二人の男女は火の下に座り込んで、こちらを見ようともしない。

 どうやらこの組はツンツン頭以外はそれなりにまともらしい。


 ジルは相手にするのも馬鹿らしいと思い、ツンツン頭を無視して黒い岩へと近寄った。


「これが墓……」


 縦に長い正四角柱。

 高さはジルの二倍以上、横幅もまた二倍近くある真っ黒のそれ。

 確かに岩というには整いすぎており、明らかに何者かの手で作られたものだった。


「うわぁ……」


 ラコは驚きながら、黒い岩を見上げていた。


 ジルはそんなラコに体を向ける。


「ラコ、岩場の墓――――深部到達よ」


 ジルは笑いかけて言った。

 対するラコは一瞬キョトンとする。

 しかし、すぐに笑い返してきた。


「うん!」


 兜の下でも変わらない、太陽のような笑顔であった。


「よーし! じゃあ写真とるぞ! 墓石の前……ってのは縁起悪いか、ちょっと離れた場所で撮るぞ」


 その声の主は、ここまで空気と化してジル達の後をついてきていたタケオである。

 なんと、タケオはこの日のためにデジタルカメラを持ってきていたのだ。


「しゃしん? なんだいそれは」


 聞いたこともない言葉にサルヒが首をかしげた。


「いいからいいから、ほら並びましょ」


 ジルもラコも写真を撮るのは初めてではない。

 何をするのか不思議に思っているサルヒを、無理矢理に並ばせて被写体にさせた。


「ほら笑って」


 ジルとラコが笑い、サルヒも訳がわからないまま同様に笑う。

 するとタケオの持つカメラからカシャッっと言う音が何度か鳴って、サルヒがわけもわからないままに写真撮影は終わったのであった。


 そして少しの休憩を挟んだ後、ジル達は帰ろうとする。


 すると、ツンツン頭の組ではない三人組の方も動き出した。


「おい、帰んのか?」


 こちらをチラチラと見ていたツンツン頭が、ジルに近寄り声をかける。

 当然のことのように、ジルは無視を通す。

 しかしツンツン頭は、それに構わずに話を続けた。


「やめときな、あいつらの盾役にされるだけだぜ」


 そう言って顎の先をもう一組へと向ける。


 盾役とはどういうことだろうか、とジルは首を捻った。


「あいつらは俺達より先に来てたんだが、余りにもヘボすぎて俺達が抜かしちまったんだよ。

 そしたらあいつら実力もないくせに俺達にひっついて、とうとうここまで来たってわけさ。

 それで、帰りも俺達を待っていたが、俺達はなかなか帰らない。

 すると新たな盾役が現れた、ってわけだ」


 それを聞き、ここで二組がずっと立ち往生している理由に合点がいったジルである。


 ジルはサルヒとラコを見る。

 サルヒは勝手にしろとでも言うように肩をすくめ、ラコはよくわかっていないようでキョトンとしていた。


 相変わらずのラコにジルはくすりと笑い、三人組の方に顔を向ける。

 するとその組の者達はビクリとした。


「あんたたち! ついてきたいなら、ついてきても構わないわ!

 でも邪魔だけはしないこと! いいわね!」


「なぁっ!?」


 返事はなかったが、別の方からは驚きの声が上がった。

 ツンツン頭である。


「おい亜人、俺の言うことを聞いてなかったのかよ! あいつらに利用されるんだぞ!」


 ここで今まで黙っていたジルが、ツンツン頭を初めて正面から見返した。

 それによりツンツン頭は、思わずたじろいでしまう。


「あら、それじゃあここにずっといるつもり? 私達はそんなのごめんだわ。

 それに盾?

 ふふ、ご冗談を。ここにいる魔物なんて、私達にとって障害でもなんでもないもの。

 言うなれば、ただ道を歩くがごとし、ってね」


 ジルはそう言って、得意気に微笑んだ。


 こんなことを言われてしまえば、己の矮小さを露呈するだけである。


「ぐっ……。

 おい! 俺達も行くぞ!」


 プライドを刺激されたのか、ツンツン頭は仲間に出発の合図を出す。

 他の者達は、その急な指示に文句を言いながら荷物をまとめるのであった。


 そうこうしている内にも、ツンツン頭達を待つ謂れもないジル達はさっさと出発していた。

 途中、ちらりと後ろを見ると申し訳なさそうについてくる一組。

 その中の一人が何度も頭を下げている。


 やがて、ジル達は門の前へとたどり着く。


「魔物が全然いなかったわね。それに他の組も見なかったわ」


 そう、帰り道は行きよりもさらに魔物との戦闘は少なく、ジルとしては肩透かしを食らった気分であった。

 加えて、ギルドの職員がさらに探索者が増えると言っていたにもかかわらず、その様子はない。


「それはな、他の組は左右に散らばって魔物を狩っているんだよ」


 サルヒがジルの疑問に答えた。


 既に三組が前にいるのだから、墓石までに魔物が少ないのは明白であった。

 そのため、特に黒い岩を目指していない者達は、人の通らぬ場所にて魔物を狩るのだ。


「なによそれ、じゃあ迂回なりしてればもっと魔物にありつけたってわけ!? そういうことは先に言ってよ!」


「おいおい、指揮官はそっち。

 おまけに今日の目標は深部到達だろう」


「う……」


「それに、魔物との戦闘はいつでもできるさ。

 明日以降も行くんだろう?」


 その言葉に、ジルとラコはおそるおそるといった風にタケオを見た。

 タケオがついてこなければならないと言うのなら、おそらくダメであろう。

 タケオは学校をそうそう休むわけにはいかないからだ。


 そしてタケオは少し悩んだ後に頷いた。

 気は進まないが、この三人なら岩場の墓など全く問題にならない。

 自分がいなくとも、大事が起こることはないであろうと考えたのである。


「やった! 許可が出たわ

 明日からもバンバン行くわよ!」


「ボクも!」


 タケオから了承を受けて、羽でも生えたかのように気分を浮わつかせる二人であった。


 そして、これより皆は門を通って探索者ギルドへと戻る。


 その後は、家に帰り今日の探索の疲れを存分に癒すのであろう。


 しかし、これで終わりではなかった。


 ――皆の長い一日はここから始まるのだ。


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