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4章 岩場の墓 1

 ややあって執務室に現れたタケオは、己の席に座りながらジルの話を聞く。


「いいよ」


 そして、それはもうあっさりと遺跡探索の許可を出した。

 断られるだろうと身構えていたジルとラコは少し、いやかなり拍子抜けである。


「……いいのですか?」


「ああ、岩場の墓でしょ? 構わないよ」


 ミリアが疑わしげに再度確認をとろうとも、その返事は変わらない。

 タケオは、何てことないように了承の意を伝えるのみだ。


 そんな様子にポカンとしているジルとラコ。するとタケオは小さな黒い水溜まりを呼び出し、そこに手を入れてごそごそとし始めた。

 やがて手に持って現れたのは一本の剣。

 さらに油と布まで取り出して、タケオはにやつきながら剣を磨き始める。


「ふふふ、久しぶりの探索か。今宵の虎鉄は血に飢えておるわ……ふふふ」


 こいつついてくるつもりだ。


 ジルはそう思った。


「じゃ、じゃあそういうことで私達は寮に帰るから」


「お兄ちゃんまたね」


 もう寮に戻ると言う二人。

 タケオの心中は少々名残惜しかったが、寮の外出には制約もある。

 また、すぐに会えるかと思い、タケオは別れの言葉を口にした。


 ジル達が部屋から出ていくと、執務室にはタケオとミリアの二人のみである。

 するとミリアが口を開いた。


「本当によろしかったのですか? 初心者用の遺跡とはいえ、危険はあるんでしょう?」


 普段のタケオならば、まず遺跡探索の許可など出さないだろう。それがミリアの心に引っ掛かっていたのだ。


 それに対し、タケオは先程までとは打って変わった真剣な顔となる。


「問題ない。油断は禁物だが、あそこなら何があっても完璧にカバーできる。

 それにいい機会だ。二人には探索がどれだけ危険か知ってほしい」


 タケオの心配はラコにあった。

 ジルは強い。獣人に近い強靭さと人よりも優れたの魔力を持っている。

 言うなればダークエルフに近い存在であろう。

 しかしラコは人間だ。

 魔力はエルフにもダークエルフにもはるかに及ばず、力は獣人にもダークエルフにもはるかに及ばない。

 ダークエルフの劣化版といっていい、典型的な弱き人間なのだ。


 それ故に、ラコには早めに自分の力の無さを知って、探索者の夢を諦めてほしかった。

 体が出来上がってしまっては、それなりに通用してしまう。

 だからこそ、今この時の探索はうってつけだったのである。


 タケオの本心を聞くと、「そうですか」と言って手元の書類へと目を移すミリア。


「ふふふ」


 執務席にてタケオは、再び気持ち悪い笑みを浮かべる。

 なんにしろ久方ぶりの遺跡探索なのだ。

 タケオは目的を忘れてはいけないと思いながらも、ゴルドバの剣を磨くその手は一向に止まらなかった。


◇◆


 それからあっという間に時は過ぎて、明後日となった。


 カシス全民校はその日の授業を午前で打ちきり、それ以後は二ヶ月間の休校に入ることとなる。


「それじゃあ、向こうで会いましょう」


「バイバイ、サルヒ」


「ああ、それではな二人とも」


 その日の最後の授業を終えたジルとラコは、学校の正門前にてサルヒと暫しの別れを交わす。

 既にノースシティでの住所を交換しており、向こうに着いたならばサルヒがゴルドバの家を訪ねることになっていた。

 これはジル達の関係者が事情を知っており、サルヒの関係者が事情を知らないためだ。

 要は、サルヒの到着が遅れた際、その家をジル達が訪ねて無用の混乱が起きるのを避けたのである。

 そしてジルとラコはタケダ商会へ、サルヒは街の北門へと向かった。


 ジルとラコがタケダ商会に着くと、昼にも関わらずタケオは執務室におり、学校の宿題をやっていた。

 その日、タケオの通う学校は休みであり、タケオは朝からタケダ商会に顔を出していたのである。


 タケダ商会は現在休業中であり、ミリアも特にやることはない。

 そのため、早々にタケオ達四人はノースシティへと向かうのだった。

 とはいっても、タケオが呼び出した黒い水溜まりを潜るだけであるが。


 そして、黒い水溜まりを潜り抜けた先、そこは懐かしの実家。

 ノースシティを出ていったあの時と変わらぬ――


「――って、埃に蜘蛛の巣だらけね。これじゃあ感動も台無しだわ」


 一番最初に黒い水溜まりを潜ったジルが、その惨状を嘆いた。

 ゴルドバの家の中は、雪が降り積もったかのように真っ白であったからだ。


「わっ、お姉ちゃん」


 次に黒い水溜まりを潜ったラコが、ジルの背中に鼻をぶつけた。


「ああ、ごめんごめん」


 ジルは謝ると、すぐに黒い水溜まりの前から移動する。

 するとそこからミリアが現れ、最後にタケオがやって来ると、黒い水溜まりは跡形もなく消えた。


 後に残されたのは、埃にまみれた居間にて呆然と佇むタケオ達四人。


「まずは掃除ですね」


 そのミリアの一言によって、皆は掃除に取りかかるのであった。


 夕方にもなると、皆の奮闘のかいもあり、それなりに見えるようになったゴルドバの家。

 グゥと鳴ったジルの腹時計を掃除終了の合図として、タケオ達は懐かしの酒場へと向かう。


「おう、タケオに嬢ちゃん達! 久しぶりだな!」


 これまた懐かしいマスターと再会の挨拶を交わし、夕食を頼んだ。

 そして出されたのは、かつては特に旨くも感じなかったはずの料理達。

 それを口に運ぶ。

 すると、「まぁ」「へぇ」と皆はその旨さに舌鼓を打った。

 それがなかなかに美味しく感じられたのは、懐かしさ故か、はたまたマスターが腕を上げたのか。


「また来いよ!」


 腹を十分に満たし、タケオ達はマスターの声を背にゴルドバの家へと帰っていく。

 家にたどり着くと、誰も彼もがもう何もする気が起きず、皆はカシスから持ってきた布団を敷いて泥のように眠るのだった。


 ――翌朝。

 ミリアは黒い水溜まりを潜ってタケダ商会へ、タケオも学校があるため向こうの世界へと消えた。

 現在、ゴルドバの家にはジルとラコしかいない。


「さて、サルヒが来るまで八日ってところね。朝は昨日やり残した箇所の掃除。午後は、訓練か勉――」


「訓練!」


 ソファーでくつろいでいたジルがこれからの予定を話し出したところで、同じくソファーに腰を沈めていたラコが間髪いれずに訓練を推した。

 ラコは勉強が苦手というわけではないが、それにも増して剣を振るうのが好きだったのだ。


「ふふっ、そうね。勉強は明日からにしましょう」


 そんなラコの様子に思わず笑みが漏れるジル。

 二人は午後からの訓練を予定通り始められるよう、すぐに掃除に取りかかった。


 やがて日が暮れると、タケオとミリアが帰ってきて、皆で夕食を食べに酒場へと向かう。

 すると酒場で出された料理は、かつての『別に旨くもない料理』に戻っていた。


 それはまるで、あの頃に戻ったかのように錯覚させられるモノ。

 タケオ達は、郷愁の思い出を語りながら幸せな一時を過ごすのであった。


◆◇


 ――ノースシティにやって来て五日目の朝。

 朝食を食べ終えるとミリアはタケダ商会へと向かったが、タケオは学校が休みであるため向こうの世界には行かず、ソファーでごろりとしている。

 するとそこにジルから声をかけられた。


「ねえ、久しぶりに訓練を見てよ」


 ジルとラコが学校に通って以降、タケオは一度も剣を教えていない。時折二人が商会に顔を出した時も、商人になることを口うるさく言うばかりであった。


「それじゃあ、どれくらい上達したか見せてもらおうかな」


 探索に行くまでに二人の実力を見ておくいい機会かと思い、タケオは腰を上げた。


「では、まず上段十本。全力で」


 庭に出ると、タケオの指示に従いジルとラコは手に持った剣を振るう。

 すると、かけ声と共に空気を切り裂く音が鳴った。


 それはかつてタケオが教えた構えから放たれた斬剣。

 だがその剣は、昔とは何もかもが違っていた。


 やがて二人の口から十の声が上がると、タケオは次の指示を出す。


「突きを十本」


 二人が宙に向かって剣を突き出す。

 すると今度は空気を突き破る音が聞こえた。


 魔力を存分に乗せた剣突である。これもまた、あの時とは全く別の剣であった。


 それも当然だろう。

 背丈は伸び、ジルに至っては体つきだけならば少女という枠を既に越えている。

 それに比例して、魔力も上がっているのだ。


「払いを十本」


 そしてラコ。あの小さかった少女が手に持つのは、もう木刀ではない。

 魔力を全身に充満させて、ラコは鋭い剣を振るっている。


 タケオは思う。

 わずか二年余り、ここまで練り上げるのにラコはどれだけの努力をしただろうか、と。

 身体はまだできていない。

 しかし、歳に似合わぬ魔力によって、その剣には速さと力強さが確りと兼ね備わっていたのである。


「それまで」


 剣を振り終えた二人が、肩で息をしながらタケオを見る。


 ジルは『どうだ』と言わんばかりの得意満面な顔であり、ラコはどこか不安な様子であった。


 タケオは目を閉じる。その心は言うべきか言わざるべきかで揺れていたのだ。

 そして口を開いた。


「……この二年間、二人ともよくがんばったな。惚れ惚れするような剣だったぞ」


 タケオの率直な感想である。

 それを口に出すかどうか、迷いはした。本音を言えば、やはり探索者にはなってほしくはない。

 しかし、あんなものを見せられては誉めないわけにはいかなかったのだ。


 そしてその賛辞を聞いた二人は対称的な表情を作った。


「当然よ! 私達は学校が終わった後も毎日剣を振ってきたんだから!」


「ボクも、ジルお姉ちゃんよりちっちゃいから……だから……だからがんばって……っ!」


 ジルは誇り、ラコは涙する。

 絶対の才能があった者と、そんな者を目の当たりにしながらも努力を続けてきた者の違いであった。

 ジルは賛辞を当然とし、ラコはただただ認められたことに嬉しかったのだ。


 するとジルはタケオに目線で訴えかける。


『もっとラコを誉めてあげて』


 その目はそう言っていた。


 ジルはラコの苦悩を知っていた。

 姉に置いていかれることを恐れながら、毎日魔力を搾りきるように訓練していたラコ。

 タケオが使うような特殊な魔力変換と違い、肉体強化のみで魔力を枯渇させるのはヤスリで肉を削るがごとき苦行である。

 限界以上に肉体を酷使させ続けなければ、到底枯渇なぞ望めないからだ。


 しかし、ラコはそれをやった。

 普通の子供ならば諦めるところで、彼女は決して諦めなかったのだ。

 魔力が少なかったことで枯渇が容易であったというのもあるが、ラコは肉体を酷使し続けて魔力枯渇を繰り返した。

 使えば鍛えられるのは筋肉だけではない。魔力もまた同じである。


 やがて枯渇しなくなったラコの魔力。

 並外れた努力により、ラコはその歳には不相応の魔力を得ていたのである。


「ラコ。大した奴だよ、お前は」


 そう言って、タケオは鼻をすするラコの頭を抱いた。

 かつては腹の辺りに収まった白い頭も、今では胸下の辺りにある。


(こんなに大きくなっていたんだな)


 成長したラコをまるで自分のことのように思い、誇らしくなるタケオであった。


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