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3章 奴隷商人になるまでの話 3―3


 コエンザ王国は北方の街ノースシティに、剣を腰に差した二つの影が足を踏み入れた。

 それは白い肌と長い耳を持ち、美しく長い金の髪を揺らす二人のエルフ。

 その容姿は美しく、男女の組であったが、長い髪も相まって両人とも美女に見間違えるほどである。

 しかし片方の豊満な胸部が、二人が男女であることを強く印象づけていた。


「ここがノースシティか」


「はい、あなた」


 この二人こそ、ミリアの両親の父トマスと母アメリアである。


「到着が少し遅れてしまったな。ミリアが心配しているといけないから、早くタケダ商会を探そう」


「そうですね、あの子はとても優しいですから」


 送った手紙が予定通りに着いていたならば、今現在は予告日よりも一日〜三日遅れているであろう。

 移動手段が発達しておらず、連絡手段も限られているこの時代。旅の予定時間のズレに対しおおらかな反応をする者ばかりであったが、それでも心配する者は心配する。

 優しい娘ならば――と思って、二人はタケダ商会の下へと急ぐのだった。


◆◇


 その頃武雄は、タケダ商会の看板を掲げた小さな二階建ての店舗にいた。

 店の中には客もおらず、陳列されている物は安値の日用品ばかり。

 実はこれ、ベントによって用意された、タケダ商会とは名ばかりの仮初めの店であった。


 文字の読めない武雄に代わり、ベント商会から一時的に出向いた店員がカウンターに座っている。 そして武雄自身は店の掃除をしながら考え事をしていた。

 それは、これからのことについてだ。


 ――商会を作る。


 ベントは武雄なら容易であると言った。それは武雄にしか手に入れられない物があるから、と。


 その通りであった。

 そしてそれらは“向こう”の世界の物である。


(あちらを離れて四ヶ月か……)


 武雄は向こうの世界を思った。


(ここでの居心地のよさに忘れていた。

 いや、忘れた振りをしてただ後回しにしていただけか)


 警察などはどうでもいい。証拠はないのだ、再びこちらの世界に移動させられた言えばどうにでもなるだろう。

 しかし――


(またいなくなったと聞いて、父さんや母さんはなんと思っただろうか。

 話しすらできなかった妹は何を思っているのだろうか)


 ――あちらの家族のことが武雄の心に重くのし掛かっていたのであった。


 とはいえ、いい機会である。

 こちらで商会を作ることに迷いはない。

 ジルとラコが己の子となった以上、親としてできることをしてやりたかった。

 ありていにいえば、もうジルとラコには探索者という危険な職にはつかせたくはなかった。

 そのためにも商会を作り、財を蓄え、またコネクションも拡げる。最悪、武雄自身に何かがあっても二人が健やかに過ごせるようにしてやりたかったのだ。


(向こうに行くのはこれが終わったらかな)


 そんなことを考えながら、武雄はミリアの両親を待った。


 ちなみにもうこの状態が続いて三日目だ。

 来訪の予定日にはミリアの親は現れず、ミリアはその事を何度も謝りながら、今日もジルとラコを連れて親を探しにいった。

 手紙の一件以来しおらしくなり、奴隷から解放されて以後はその態度にさらに拍車がかかっているミリアであった。


◆◇


「タケダ商会? 知らないね」


「そんな店、聞いたこともないわ」


 店の立ち並ぶ大通りにてトマスとアメリアは、道行く者達にタケダ商会の場所を尋ねて回っていた。

 しかし聞けども聞けども、誰もが皆、知らぬ存ぜぬである。


「どういうことだ? ミリアの手紙にはノースシティのタケダ商会としっかり書いてあるのに」


 そう言って、トマスは手紙を取り出しその名を確認する。

 そこには間違いなくノースシティとタケダ商会の文字があった。


「あんまり有名じゃないのかしら?」


 あらあら、と頬に手を当てて困った顔をするアメリア。


「そうだわ。魔は魔を知る、商会の方に聞いてみてはどうかしら」


 アメリアはかつて街で学んでいたことがあった。そのせいか、時折成句を並べてその知識をひけらかすのだ。


「おいおい、物騒なことを言うなよ。ミリアが悪魔みたいじゃないか」


「あらやだ私ったら」


 ――ただし、どこかずれていたが。


 トマスとアメリアは尋ねる相手を商店の者に絞って、聞き込みを開始する。

 しかし結果は先程までと変わらず、知らないという答えばかり。

 そしてそれは、二人の尋ねた店が十軒をわずかに越えた時のことだった。


「父さん、母さん!」


 二人がとある商店から出てきたところに声がかけられたのだ。

 それは二人にとって、聞き覚えのある懐かしい声。


 トマスは声のかけられた方を向く。

 目にしたのは、長いスカートを摘まんで駆けてくる己が娘――ミリアであった。


「ミリア!」


 トマスがあまりの嬉しさからその名を叫び、通りを歩く者達はなんだなんだと注目した。


 幾年ぶりかの最愛の娘との再会なのだ。こんな場面で周りを気にする親などいないだろう。


 トマスは駆け寄って来るミリアを抱き止めるために、その腕を大きく広げた。

 そしてミリアはその広げた腕の中に飛び――――込まなかった。


「あれ?」


 トマスの口から間抜けな声が漏れる。

 愛娘を抱き締めようとしたその腕を、ミリアはスルリと潜り抜けてトマスの後ろのアメリアへと抱きついたのだ。


「母さん、会いたかった……」


「あらあら、この子ったら」


 ミリアとアメリアは互いに抱き合って、再会の喜びをを分かち合う。

 その傍らには、腕を空振りさせて自分で自分を抱き締めるというちょっとアレな格好のトマス。

 未だ何が起こっているのか理解の追い付かないその姿は、ひどく哀愁が漂っている。


 そんな中、トマスはふと目の前に二人の少女がいることに気がついた。


「……」

「……」


 人の顔に獣の耳が生えた少女は同情の視線を送り、その隣の人間の少女は不思議そうにトマスを見つめている。


「――はっ!?」


 それにより、ようやく自分の滑稽な姿に気づいたトマスである。

 己の恥態に顔を赤く染めたトマスは、コホンと咳払いをして場を仕切り直すと、ミリアとアメリアが抱き合っているであろう背後へと振り返った。


「ミリア、お父さんもいるんだけどな」


 申しわけなさげに話しかける父トマス。

 それに対しミリアは、アメリアから離れて毅然とした態度で言った。


「あら、父さん久しぶり」


「それだけ!? ちょっと冷たくないか!?」


 あまりにも淡泊で味気のないミリアの言葉。

 娘の母と父への対応の落差に、トマスは思わず泣きそうになる。会いに行くと決めてから、感動の再会を何度も頭で思い描いてきたトマスにとって、それはあんまりな仕打ちであった。


「ほら、ミリア。お父さんも寂しかったんだから、ちゃんとしてあげて」


 アメリアが落ち込むトマスを見かねてミリアを諌める。するとミリアは恥ずかしそうに言った。


「……父さん、ごめんなさい。父さんに会えて幸せよ」


「おお……ミリア……」


 トマスは感動したように腕を広げ、ミリアはその腕の中に飛び込んだ。

 二人の表情は幸せを噛みしめているようであった。


「ミリア、昔のようにお父さんにキスしてくれないか」


「もうっ、しょうがないわね」


 ミリアはそれに従いトマスの頬に唇を近づける。

 父にせがまれて仕方なく、という口ぶりではあったが、その内心は満更でもなかった。

 トマスがそうであったように、ミリアも父に会えて本当に嬉しかったのだ。


 しかし――


「――はっ!?」


 ミリアはトマスの後ろでこちらを見つめる視線に気がついた。


「……」

「……」


 ただ呆と見ているジルと、指をくわえてじっと見つめているラコである。


 するとミリアは、父トマスを押し退けその腕から逃れた。


「え……、ミリア……?」


 トマスは娘の行動に驚きを隠せなかった。

 そしてミリアはコホンと咳払いをして、場を仕切り直す。


「父さん、私もタケダ商会副会長という立場です。

 エルフは歳をとりにくく、父さんと私はまるで同年代のよう。

 公衆の面前で不道徳ともとれる行為は慎ませてもらいます」


 そう言って、ミリアは頭を下げた。


「なっ……!?」


「あらまあ」


 トマスはミリアの言動に驚愕し、絶望した。

 その頭の中ではミリアが幼かった頃の記憶が走馬灯のように、駆け巡っていく。


『ぱぱー、まってー』


『ミリア、こっちこっち』


『ぱぱ、はやーい』


『ハハハ、ごめんごめん』


 いつもトマスの後をついて回っていた幼いミリア。それは懐かしい情景の数々であった。


「ミリアが……あんなにお父さん大好きっ子だったミリアが……」


 トマスはガクリと膝をつく。その目には涙が滲んでいた。


 そんな夫にどうしたものかとアメリアが頭を悩ませていると、こちらを見ている小さな二人に目が留まった。


「あら? もしかしてジルさんとラコさんかしら?」


「うん!」


 ラコが元気よく返事をする。


「まあまあ、ミリアの手紙でお二人のことが書いてありましたよ。とっても優秀な生徒さんだって」


「へへへ」


 ラコは嬉しそうに笑い、ジルは照れ臭いのかそっぽを向いた。


「母さん、立ち話もなんだから家に案内するわ」


「あらそう? じゃあそうしてもらえるかしら」


「待て!」


 話を中断させたのはトマスである。何がそうさせたのか、この短い間にトマスは復活を果たしていたのだ。


「家に行くよりも先に確かめたいことがある」


「なにかしら父さん」


「タケダ商会のことだ。街の者のみならず、店を出している者ですらその存在を知らなかったぞ。

 まさか手紙で俺達に嘘をついていたんじゃないだろうな」


 先程の仕返しにと、疑わしげに見つめるトマス。

 ミリアがこんな風になった原因があるのならば、排除しなければならない。

 そんな意思が瞳に込められていた。


 対するミリアはトマスの『嘘』という言葉にギクリとする。まさしく、その通りであるからだ。


「もし嘘ならば、お前を村に連れて帰るぞ。

 嘘をつくということは、今の生活に誇りを持っていない証拠。ならば村で――」


 その先をトマスが言う前に、ミリアが反論する。


「その心配はないわ。

 じゃあ、家に行く前にタケダ商会に行きましょうか」



◇◆


 ミリアは両親を連れてタケダ商会の前へとやって来た。


「ここが、タケダ商会か。やけに小さいな」


「あなた」


「む……すまん」


 店を見て失礼な物言いをするトマスであったが、アメリアにたしなめられて謝った。

 タケダ商会を疑ってはいるものの、善悪の分別はつくほどに大人ではあるのだ。

 商会の関係者であるミリア達三人も、この店が仮のものであると知っているため、特に気にした風もない。


「さあ父さん母さん、中へ」


 開けっ広げの扉からミリアが中へと入り、トマスとアメリアがそれに続く。


「おおミリア、親御さんが来られたか」


 中で掃除をしていた武雄が、その手を止めて声をかけた。


「はい、タケオ様。お手数お掛けして申し訳ありません」


「うん、では奥にお通しして」


 その言葉に従い、二階の応接室へと案内するミリア。


 武雄はジルとラコに金貨を数枚渡して、家で歓迎の準備をするようにと頼んだ。

 酒場のマスターには、歓迎会を行うことは伝えている。

 金を渡せば、夜の営業の準備のついでに、歓迎会のための食材も用意してくれることだろう。


 そして武雄は、お茶を入れに一階に戻るミリアと入れ違いに応接室へと入った。


「タケダ商会の会長のタケオ・タケダと申します」


「ミリアの父、トマスです。よろしく」


「母のアメリアです。よろしくお願いしますね」


「はい、よろしくお願いします」


 お互いにソファーに座り、順に握手していく武雄。

 改めてアメリアを見ると、ミリアは父親似だなと武雄は思った。どこを見て判断したかは内緒である。


「……」

「……」

「……」


 挨拶を終えると、瞬く間に沈黙が流れた。

 武雄は所詮中卒の身である。ミリアの両親を前に何を話すべきか、言葉が見つからなかったのだ。

 またトマス達も、ホスト側に話の進行の権利を譲るのが礼儀と考え、話題を出すことを自粛していた。


「……ミリアはどうでしょうか?」


 やがて沈黙に根負けしたトマスが、やっとのことで口を開いた。

 このまま待っていても埒が明かないと判断してのことである。

 武雄もその蜘蛛の糸にしがみついた。


「ええ、ミリアさんはとても優秀で、よくやってくれてますよ」


「そのわりには繁盛していないようですが……」


「あなた」


 痛いところをついてくるトマスであった。

 失礼だと、咎めようとするアメリアにも全く動じない。

 娘を案じているからこそ、たとえ勤め先の主の前であっても遠慮はしないのだ。

 元は周りの反対を押しきって、無理矢理に村を飛び出したミリアのこと。

 ここで無為に時間を過ごしているのならば、村に連れ帰り、婿養子でも貰ってまた昔のように共に暮らしたかったのである。


「……たしかに、今はまだ小さい店です。客もほとんどいない」


 武雄もトマスの意図していることはわかった。

 しかし、それは困る。

 ミリアとも相談し、今後はタケダ商会の一員として恩を返していきたいと彼女は言ってくれた。なによりジルとラコが寂しがる。

 当然、武雄もジル達と同じ気持ちだ。


 武雄は無言で立ち上がり、部屋に備え付けてある棚へと向かう。そしてその引き出しからある物を取り出した。

 こんな時を予想して用意していた物――そう、困ったときのペットボトルである。

 ちなみにペットボトルは全て売却済みであり、目の前にあるのはベントから借りてきた物だ。


 武雄はそれをトマス達の前の机の上に置いた。


「これは……」


 水のように透明なそれを見て、トマスが感嘆する。

 続いて、トマスは街で暮らしていたこともあるアメリアの方を見た。

 するとアメリアは首を横に振るう。

 見たこともない物である、ということだ。


 トマスはペットボトルに興味をひかれ、つい手を伸ばした。


「それの名はペットボトルと言います。この世界にまだ十八本しかない内の一本がそれです」


「――っ!」


 武雄の言葉にトマスの伸ばしていた手が止まった。


 ――世界に十八本。


 それが本当ならば、目の前の物がどれ程貴重なのか馬鹿でもわかる。


「どうぞ、手にとって見てください」


「いや、しかし……」


 気軽に勧める武雄に、逡巡するトマス。

 もし傷でもつけようものなら、果たしてどうなるか。


 すると、その横から伸びた手がペットボトルをさらっていった。


「あ」


 トマスの口からは間抜けな声が漏れる。

 ペットボトルを手にしたのはアメリアであった。


「瓶とも違うのですね。弾力性があるようだわ」


 未知の物に対する探求心は知恵者の証であろう。

 アメリアは両手に持ったペットボトルを、前後左右に向けながら吟味する。

 一方のトマスは気が気でない。アメリアがペットボトルを動かすたびに、心配そうな声をあげていた。


「瓶とは全くの別物です。それを床に落としてみてください。瓶が割れるくらいの強さでも構いませんよ」


「――え?」


 それはトマスにとって耳を疑うような発言であった。

 それは一瞬の油断。

 トマスはその発言者である武雄に顔を向けてしまう。


 そしてその僅かな間に、アメリアは「えいっ!」というかわいらしい声と共に、ペットボトルを床へと叩きつけたのであった。


「ば、ばかっ!」


 トマスは瓶のように砕け散るペットボトルの姿を想像し、目を閉じた。

 もちろん弁償する金などない。ではミリアも含めたトマス一家はいったいどうなるのか。


(そうか、これは俺達エルフを奴隷にするための策略だったか)


 かくなる上は剣によって道を切り開くのみ――などと、考えをとてつもない方向に飛躍させて、トマスは剣を手に取ろうと目を開ける。


 しかし、その時のこと。


「まあ、すごい」


 のほほんとしたアメリアの声が上がった。

 ペットボトルは壊れてなどいなかったのだ。

 床に叩きつけられたそれは、小さく弾んだ後、変わらぬ姿でゴロゴロと床を転がっていた。


 それをアメリアがソファーから立ち上がり拾ってくる。


「ほら、あなたも見て。材質は何なのかしら」


 そう言って手渡されるペットボトルを、トマスは恐る恐る受け取った。

 そして、手にあるそれを見る

 確かに無事であった。


 凄いでしょう、と武雄が話しを続ける。


「たった十八本しかないそれ。その十八本は全て私達の商会が取り扱った物です。

 これから、そういった物は増えていきます。間違いなくタケダ商会は大きくなりますよ」


 トマスは武雄の瞳を見た。真贋を見極めるなどと言うつもりはない。

 しかし、それでもトマスには武雄が嘘をついているように見えなかった。


「そして、そのためにはミリアさんの協力は必要不可欠なのです」


 どうやらミリアは悪くない生活を送っているようだと、トマスは思った。


 ――その後、ミリアが見計らったかのようにお茶を持って現れると、武雄は親子水入らずにしようと思って部屋を出る。

 こうして、ミリアとトマス達は久方ぶりの家族の語らいを楽しむのであった。






 やがて夕方となり、ゴルドバの家に皆が集まった。


 隅々に設置されたランタンのお陰で、昼間のように明るい居間。

 特別に用意された大きな机には、豪勢な料理が並び、各々の手には酒または果実水が注がれた木の杯があった。


 武雄が回りを見渡して、コホンと咳払いをする。


「では、ミリアとご両親の再会を祝って、乾杯!」


 その音頭の下、宴が開始されたのであった。


 皆は料理を味わい、酒やジュースで喉を潤す。

 人数はわずか六人の小さなパーティーであったが、ワイワイと誰もが楽しそうであった。


「どうぞトマスさん」


「お、これはすみません。ではこちらも返杯を」


 武雄がトマスに酒をつぎ、トマスもつぎ返す。

 それは麦の醸造酒。

 度数の強い蒸留酒は、多飲の場となる宴席にはふさわしくないであろうと考えて用意されていない。


 武雄とトマスの二人は酒を交わしながら、しばし歓談する。

 その内に話に一区切りがつくと、トマスが気になっていたことを口にした。


「ジルさんとラコさんはタケオ殿のお子さんだと聞いていましたが……」


 どちらも武雄とは髪の色が違う二人。その上、ジルに関しては頭に獣の耳が生えているのだ。

 トマスが疑問に思うのも当然と言えた。


「ええ、義理の娘です」


「なるほど」


 トマスと武雄の二人は、アメリア、ミリアと楽しげに談笑を交わすジルとラコを見た。


「自慢の娘達です」


 武雄が誇らしげに言う。

 二人のうち一方は、人の世に嫌悪されし亜人である。

 それを自慢だと高らかに語る武雄の姿。


「なるほど」


 トマスは強く頷いた。


「タケオ殿」


「はい?」


「娘を……ミリアをよろしくお願いします」


 この者ならば大丈夫であろうと、トマスは思ったのだ。


◆◇


 ――夜。外では月の下でしか鳴かぬ鳥が、ホウホウとその喉を震わせている。


 宴会は終わり、皆は床についていた。

 客人であるトマスとアメリアには、ベッドが二つあるミリア達の寝室を使ってもらい、ミリア達には武雄の部屋が宛がわれている。

 武雄の寝床は今座っているソファーだ。

 もちろんミリア達は遠慮したが、トマス達の手前、ミリア達を居間に寝かすわけにもいかない。


 というわけで武雄は、一人居間にて酒を飲んでいた。

 その時、耳に届いたギィという扉の開く音。

 現れたのはアメリアであった。


「タケオさん、私ももう少し付き合っていいかしら?」


 武雄は木の杯に酒を注ぎ、「どうぞ」と言って、手渡した。


 お互いが特に話すこともなく、ソファーでチビりチビりと酒を喉に通す。

 ほどなくして、不意にアメリアが口を開いた。


「ジルちゃんとラコちゃんが、タケオさんのことを嬉しそうに話してくれましたよ」


 そう言われて悪い気はしない。武雄は、そうですかと言って朗らかに笑う。


「なにか失礼なことを言ってませんでしたか?」


 こう言ったものの、本当の心配は、ジルとラコが奴隷であったことについて口を滑らせていないかであった。


「とんでもない。二人からとっても愛されているようで」


「それはよかった」


 どうやら大丈夫そうである。武雄は、心の中でそっと息を吐く。

 そして少しの間が空いた後、アメリアがミリアについて話し出した。


「……ミリアは村で一番賢かったせいか人一倍自尊心が高くて、見栄っ張りなところがあるんですよ」


「はい」


 それは武雄もよく知るところである。今回の件の原因がまさにそれなのだから。


「それが災いして、なにか失敗をしていないか心配で心配で。

 もしかしたら、大変なことをやらかして奴隷にでもされてるんじゃないかと」


 ドキンと武雄の心臓が跳ねた。

 さすが親といったところか。

 まさか、娘を奴隷として買った男が目の前にいるとは夢にも思うわないだろう。


「タケオさんのご両親は? 近くに住んでいらっしゃいますの?」


「いえ、遠くに」


 あちらの家族の話は苦手である。酒も入ってるせいか、つい、ぶっきらぼうになってしまう武雄。

 しかし、アメリアもまた酔っているためか、気にも止めずに話を続けた。


「そう、それはご両親も心配してらっしゃるでしょうね」


「……」


「あら、もしかして仲が悪いんですか?

 孝心に至れど親はなし。

 いざ親のことを思うようになった時、後悔することがあるかもしれませんよ?」


「……考えておきます」


 今の武雄にはその答えが精一杯である。


「親にとって子はいつまでも子。

 いつの間にかミリアも大人の顔つきになって、でも、それでもやっぱり娘なんですよね……」


 そう語るアメリアの横顔に、武雄は母の姿を見た。


 ――翌日の朝、ミリアの両親はノースシティを発った。


 僅かばかりの間ではあったが、人の親というものに触れた武雄。

 この後、武雄は日本へと帰り再び両親と対面する。

 その結果の是非は芳しいものではなかったと言えるだろう。

 しかし、流れに身を任すのではなく、自らの意思で両親に出会ったことが武雄を少しだけ成長させるのであった。


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