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3章 奴隷商人になるまでの話 3―1

 獣人と人間とのハーフの少女ジルと人間の少女ラコ。二人はひょんなことから、武田武雄の奴隷となる。

 さらにそこに、もう一人奴隷が加わった。

 ジルとラコに勉学の教師として武雄に買われた、女エルフのミリアである。


 そしてそれから三ヶ月程が過ぎた。その間、様々な問題が起きたりもしたが、それが逆に武雄達の関係をより深いものにしていく。

 それは雨降って地固まるがごとし。


 ――これは武田武雄が奴隷商人タケオ・タケダになるまでの話。


◇◆


「ミリアお姉ちゃん、お手紙!」


 ――ミリアがゴルドバの家に来てから、およそ三ヶ月後のある日の朝のこと。

 剣の訓練を終えたラコが、手紙を掲げながらミリアの下へと駆け寄った。

 その手紙は、玄関にて配達人から受け取った物だ。


「ありがとうございます、ラコさん」


 掃除をしていたミリアが、その手を止めて手紙を受け取る。


「お父さんとお母さんから?」


「はい」


 宛名を確認せずとも、ミリアの下へ手紙を出す者など他にはいない。

 しかし、それでも宛名を確認してしまうのはなぜだろうか。

 ミリアは封筒の裏に書かれた名前を確認する。

 それはまさしく両親からの手紙であった。

 ミリアが武雄の下に来て以来、両親から度々手紙が届いており、今回もまた、ということだ。


 すると、普段は仏頂面を絵に描いたようなミリアも、この時ばかりは花が咲いたような笑顔を見せた。


「ふふっ」


 ミリアが嬉しそうに封を切り、中身を読む。その姿を、ラコもまた嬉しそうに眺めていた。


 ラコは皆が笑っているのを見るのが好きだ。ジルの笑顔が好きだし、武雄の笑顔も好きだ。


 そしてもちろん、ミリアが笑うのもラコは大好きだった。


 しかし――。


「あわわわわ」


 嬉しそうに手紙を開けていたはずのミリアは、中の手紙を読むにつれて急に狼狽え始めたのであった。目は泳ぎ、口からはへんてこな声が漏れ、手などはプルプルと震えている。

 いつもの冷静沈着なミリアとは似ても似つかない状態であった。


「どうしたの? ミリアお姉ちゃん」


「い、いえ、なんでもありません」


 誰がどう見たって、なんでもないわけないだろと言いたくなるような状態である。

 ラコが不思議に思って尋ねるが、ミリアは何事もなかったかのように、気丈に振る舞った。


 ――昼ともなれば、武雄以外の三人は奴隷の務めとして昼食の準備を行う。

 今は台所にて、皆で作った料理を居間へと持っていくところだ。


 その時、カランという音が響いた。


「す、すみません」


 ミリアが木の皿を落としたのだ。その中身のスープは床に盛大に撒き散らされている。


「ちょっと、大丈夫?」


 ジルが心配そうに声をかける。


「は、はい、すみません」


「あんたでも失敗すんのね。雑巾持ってくるわ、あんまり気にしちゃダメよ」


 そう言って、ジルは掃除道具入れに向かった。


 はぁ、と引っくり返った皿を見ながらミリアはため息を吐く。

 そんな様子を物陰からラコがじっと見つめていた。


 ――昼食の片付けが終わった後は勉強である。

 ジルとラコは文字をあらかた覚えており、その日は計算の勉強と相成った。


「できたわ」


「……」


 ジルが、庭の土に書かれた足し算引き算の問題を全て解き終わり、声をあげる。しかしミリアの反応はない。


「ちょっと! できたって言ってるでしょ!」


「え? あ、はい」


 心ここにあらずといった様子のミリアである。

 そんなミリアをラコはじっと見つめていた。


 ――その日の夕食時。

 武雄達はいつもの酒場へとやって来ていた。

 武雄が酒をたしなむために夕食は家で作らずに、毎夜この酒場で済ませているのだ。


「混んでるなあ」


 武雄が酒場の入り口を潜った先で満席のテーブルを一望し、つい愚痴を漏らす。

 酒場の中は千客万来といった様子で、多数の探索者達がその日の成果を酒の肴に盛り上がり、溢れんばかりの熱気が立ち込めていた。


(大きな獲物を得たのか、それとも最下層への到達者が出たのか)


 概ねそんなところだろうと、武雄は予想をつけた。


 武雄達は仕方なしにテーブル席をあきらめ、カウンターに座る。


「すまねえっ! 忙しくてお前らの飯は後にしてくれ! とりあえず飲み物だけ出すからよ、言ってくれ!」


 マスターが慌てた様子で注文を取りにきた。


「私は果物ジュース」

「ボクも!」


 ジルとラコが間髪入れずにジュースを頼む。甘いものが大好きな年頃である。


「僕はいつもの酒を」


 続いて、武雄がゴルドバが好きだった酒を頼んだ。

 後はミリアだけである。


「……」


 しかし、ミリアは黙ったままだった。


「ミリア?」


 それを不思議に思った武雄が、ミリアに呼び掛ける。


「え? あっ、はい。じゃあ、同じものを」


 ん? と武雄は思った。


「ほらよ!」


 カウンターに置かれる四つの木の杯。


 ジルとラコがその中のジュースの杯を手に取って、美味しそうに飲み始める。

 そして武雄が見つめる中、ミリアが残りの杯を手に取って口をつけた。


「ぶふっ!」


 その中身は酒である。

 当然とも言うべきか、ミリアは盛大に口に含んだ酒を吐き出すのであった。


 その結果に、「やっぱりか」と武雄が呟く。

 普段一切酒には手をつけないのに、おかしいなと武雄は思っていたのだ。


 そんな中、ミリアはごほごほと咳き込んでいる。


「ミリア、新しいの頼もうか?」


「い、いえ、大丈夫です。飲みます、飲みますから」


 武雄の提案を拒否して、ミリアは酒の入った木のコップを手に取る。

 一方、武雄とジルは心配そうにしており、ラコはミリアをただじっと見つめていた。


 ――酒場からの帰り道。

 武雄がミリアを背負いながら、家へと帰っていた。

 ミリアはたった一杯で酔いつぶれたのである。

 ジルとラコは、奴隷である自分達が背負うと言ったのだが、身長差のために武雄が背負っているという状況だ。


「なあ、ミリアに何かあったのか?」


 武雄がジルとラコに尋ねた。


「原因は知らないけど、今日はずっとボケてたわね」


「うーん、ラコはなにか知らないか?」


 続いてラコに尋ねる。


「……手紙。ミリアお姉ちゃん、お手紙をよんでからずっと変だった」


「手紙……? あの親からのやつ?」


 ジルもミリアが両親からの手紙を楽しそうに読んでたのを知っていた。


「うん」


「手紙……か」


 武雄がポツリと呟く。

 その頭の中では、ご両親に不幸でもあったのだろうかと考えていたが、子供二人の前で言うことでもないので黙っておくことにした。


「まあ、なんにせよ帰ってからだな」


 家に帰りミリアをベッドに寝かせると、武雄は居間にてろうそくに火を点けた。

 ソファーには三人の影。

 今から三人でミリアについて話そうというのだ。

 いや、ラコは帰ってきて座った途端にうつらうつらとし始めたので、実質的には二人だが。


「で、どうすんのよ。ミリアは自分からは絶対に言わないわよ」


「……手紙のある場所はわかるか?」


「収納箱の一番上の引き出しよ」


 ジル、ラコとミリアは同室。ジルが手紙の場所を知っているのも道理であった。


「すまないが……」


「わかってるわ、取ってくればいいのね」


「ああ」


 ジルが武雄の依頼を受けて寝室へと入る。

 そこには二つのベッドがあった。片方はミリアのベッドであり、もう片方はジルとラコのものだ。

 ジルは音を立てぬようにミリアが寝ているベッドの横まで行き、そこにあるタンスの引き出しを開ける。

 その中には数枚の手紙があり、ジルはそれを手に取った。


「はい、これ」


「うん」


 居間に戻ったジルが武雄に手紙を渡す。

 そして武雄が渡された手紙の束から、最も新しいと思われる一番上のものを開いた。


「……」


「で、なんて書いてあるのよ?」


「むぅ……これは……」


「な、なによ」


「……僕、文字読めないんだよね」


「ぶっ!」


 ジルが噴き出した。場の雰囲気をなごますための、武雄のお茶目であった。


「『むぅ……』とか言ってたのは何だったのよ! 思わせ振りなことしないでよね、まったく!」


 そう言って、ジルは武雄の手から手紙を引ったくる。


「えーと、なになに……」


「あ、声に出して読んでよ、僕も知りたいから」


「わかってるわよ。えーと――」


『――我が愛すべき娘、ミリア。元気にしていますか。


 お父さんもお母さんもとても元気にしています。


 ノースシティにいると言うことで、冬になればなかなか寒いと思います。


 ですのでこの間、狩りで獲った狼の毛皮を首巻きにして贈ろうかな? と思ったのですが、母さんに止められました。


 タケダ商会の副会長たるミリアにそんな田舎臭いものを送るな、ということらしいです』


 親からのごくごく普通の手紙であるはずのそれ。

 しかし、武雄には一つ引っ掛かる部分があった。


「ね、ねえ、タケダ商会ってなにかしら……」


「い、いや、僕に聞かれても……」


「と、とりあえず続きを読んでみるわね」


 ジルが再び手紙に目を向けて続きを読み始める。


『――そんなことありませんよね?


 ミリアは狼の毛皮をきっと喜んでくれると思います。


 ところで、お仕事の方は順調でしょうか?


 前に勤めていた商会は潰れてしまったそうなので、商売というのはとても難しいのではないかと心配しています。


 まあ、ミリアは村で一番賢かったので、そこまで心配する必要はないかもしれませんが。


 これも、親心というものですね。


 でも心の中ではミリアがタケオ・タケダ会長と二人三脚で頑張っているとわかっているつもりです』


「……タケオ・タケダ会長って誰のことかしら?」


「……少なくとも僕じゃないことは確かだ」


 ジルが率直な疑問を口にするが、その答えは武雄にもわからなかった。


『――そういえば、タケオ・タケダ会長の子供であるジルさんとラコさんはお元気ですか?


 ミリアはジルさんとラコさんの教育係も務めているということで、忙しさで倒れてしまわないか心配です』


「おかしいわね。他人とは思えない名前が載っているわ」


「……」


 武雄にとっても反応に困る内容である。


『――というか、そんなにミリアを働かせてタケオ・タケダ会長は何を考えているんでしょうか?


 あんまりこんなことを言いたくありませんが、おとなしくて何も言えないミリアの性格につけこんで奴隷のように働かせているようなことは感心しません。


 本当にこんなこと言いたくありませんが、その商会は大丈夫なんでしょうか? お父さんはとても心配です』


「もうどこに突っ込めばいいかわからないわね」


「そ、そうだな……」


 武雄も同感であった。


『――ですので、お父さんは少し様子を見に行こうかと思います。


 何分そちらも準備があると思いますので、この手紙が届いて一週間後くらいにそちらに着くように調整します。


 あ、準備といっても歓待してくれとか言ってる訳じゃないですよ?


 お酒とか料理とか全然いらないので。


 お父さん、お酒は大好きですけど、街の料理も大好きですけど、そういうのはいらないので。


 というわけで、この手紙が届く予定日の一週間後にお会いしましょう』


 ああ、これが理由か。

 二人はそう思った。


 ――そして翌日の朝。


「あ、頭が痛い……」


 ミリアが頭を押さえながらベッドから起き上がる。

 そして寝室を出ると、居間では武雄とジルがソファーに座っていた。


 普段この時間に起きているのはミリアだけである。そのことに首をかしげつつも、ミリアは武雄に声をかけた。


「タケオ様、おはようございます。すぐ朝餉の用意をしますので」


「いや、その前にちょっといいかな」


「? はい、構いませんが」


 武雄から椅子に座るよう促され、それに従うミリア。

 武雄とジルもソファーから机を囲う椅子へと移動する


 机を挟んで武雄、ジルその対面にミリアが座った。

 ちなみにラコはまだ眠っている。


 はて? とミリアは思いながらも、すぐに昨日酔い潰れたことかと判断し頭を下げた。


「昨日はすみませんでした」


「うん、それは別にいいんだ」


「は?」


 ではなんのことだろうか?

 ミリアの疑問はますます深まるばかりである。


「話というのは、これのことなんだけど……」


 武雄が机の上にある物を置いた。


「あ……」


 ミリアはそれを見て凍りつく。


 それは両親からの手紙であったのだ。


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